第20話 ドレス合わせ

ウィリアムがこんなに子供っぽい事をするとは、にわかには信じられないが、そろそろ現状を受け止めないといけないようだ。実際にアリアドネは、夜会に出席できないかもしれないのだから。




(フローリアの衣装がピンクだから何だって言うの!)




 怒っていても三日後には夜会が開催される。ウィリアムに直談判したら、藪蛇になりそうである。今からボール・ルームの壁紙をピンクに塗り替える事も考えたが、会場に手を出してはガーランド伯爵夫人の怒りを買って、余計に面倒な事になるかもしれない。




(それであれば、”ドレス合わせ”だわ)




「アリアドネさん、ピンクのリッチパール夫人のドレスを着てください」


「え、でも。陛下のお怒りを買うんじゃ……」


「私も、ビアンカさんも着るのです」


「ドレス合わせをいたします。女のドレス合わせには、どんな男性も口出しは出来ませんわ」




 ドレス合わせとは、仲がいい令嬢たちが同じ色やモチーフのドレスを着て、仲の良さをアピールするものだ。使い方によっては、誰かを仲間はずれにする事も出来る、社交界の「手法」の一つである。女性特有の社交のテクニックなので、男性は口出ししないという暗黙の了解がある。




 今回は仲間外れではなく主役に揃えるので、ある意味非常に嫌味な方法ではある。だが、先に手を出してきたのは向こうなのだ。




 ビアンカやアリアドネと私は、急いで今回の夜会に招待されていそうな、仲の良い令嬢たちに手紙を送った。義母にも着てもらいたかったが、それはさすがに諦めた。




 王宮に戻った事はウィリアムの耳にも入っただろうが、何かと理由をつけて当日まで顔を合わさないように気をつけた。その間、私は父の公爵に今回の経緯を説明して、対応を相談していた。




 夜会やドレスだけならまだしも、ガーランド伯爵夫人が介添え人シャペロンを務めるのは、公爵家としても看過できない。伯爵家とはいえ、富豪で有名な家門である。ガーランド夫人は王の姉でまだ若く、社交界では一目置かれている。




 ビアンカの実家のクランドリー伯爵家もアリアドネのカトル子爵家も、結局はフォースリア家と同じ派閥である。王家が一つの派閥に偏るという批判もあるが、ウィリアムの出自をカバーするには、必要な事だと考えられるのだ。少なくとも、フォースリア家はそう理解している。




「お父様、ガーランド家がフローリアの後ろ盾に入るという意思表示でしょうか?」


「まあ、そうだろう。だが、陛下がそこまで考えているとは思っていないが……」


「陛下はもう何を考えておられるのか……」


 私は父の前で、つい泣き言を言ってしまった。




「ソフィア、お前は王妃だ。王子の立太子まで、気を強く持ってくれ。本来ならそれほど急ぐ事もないのだが……なるべく早くエドワード様には王太子になって頂く」




「……まだ、二歳ですわ」


 ウィリアムがまだ若いので、普通なら王太子の指名はまだずっと先のはずだ。




「フローリア妃の事は、少し軽く考え過ぎていたようだ。エドワード様の基盤を出来るだけ早く固めておきたい。色々と気にかかる事もあるのでな。ソフィア、体調が悪いのに苦労をかけてすまないな……」


「お父様のせいではありません。皆、ウィリアム陛下が悪いのですわ……」








 そして、夜会の当日になった。次から次へと、王妃宮の正面玄関に馬車が付けられる。招待客の多さに驚いた。マクレガー子爵に招待客のリストを貰いたかったが、下手に動くとウィリアムの耳に入る。水面下で有力な令嬢や夫人たちに連絡を取っていた。




 当日まで連絡した令嬢たちが、ドレス合わせしてくれる保証はない。当日に裏切られる可能性もある。私とビアンカ、アリアドネは、バルコニーから馬車を下りる女性たちの衣装をじっと見つめていた。概ね、協力を仰いだ女性たちが、こちらに付いてくれる事がわかった。




 それと同時に、フローリアのドレスも途中で変えられる可能性がある。こちらはローレンが派閥の令嬢や、下働きたちを使って目を光らせていてくれている。


「王妃様、フローリア妃がピンクのドレスで西宮を出たようです」


 ローレンが耳打ちしてくれた。




 会場では、マチルダが様子を偵察している。マチルダの使いが逐次情報を持って来る事になっている。


「会場はピンクの夫人方で埋め尽くされているようですわ」


 シンクレア夫人が教えてくれた。




 会場に人が集まり、国王と王妃が入場する時間となった。さすがに側室と入場する事はできないが、王妃不在の場合は別である。おそらく、フローリアと入場するために私に内緒で夜会を開きたかったのだ。




 入場のドアの前でウィリアムと顔を合わせた。半月ぶりの再会である。私のドレスを一瞥するなり、プイとそっぽを向いた。傷ついたのは事実だが、会場のドアを開けるときっと気持ちがスッとするはずだ。そう思って耐えた。




(やれるだけの事はやったわ。私に恥をかかせる作戦は失敗だわ、ウィリアム)




「国王陛下、王妃陛下のご入場です」




 ドアが開けられると同時に、入場の音楽が奏でられた。まばゆい光の中に、ピンクのドレスの令嬢や夫人たちがひしめき合っている。視線だけ動かして、そっとウィリアムの表情を覗いた。思惑通りちょっとだけ、気持ちがスッとした。


(でも、同時に空しくもあるわね……)




 王と王妃の席につくと、ウィリアムが立ち上がり、本日の夜会の趣旨を説明した。そして、いよいよフローリアの入場である。ピンクのシルクのドレスだった。複雑なひだが重なり合い、ホワイトパールが全体にあしらわれている。まるで妖精のようだった。




 ウィリアムは意気揚々と、フローリアのエスコートのために階下に向かって行った。ウィリアムに手を取られ、フローリアは花の様に微笑む。確かに、これで皆が違う色の衣装だったら、きっと切り取られた絵のように美しかっただろう。多少なりとも相手の作戦に水を差せたと思うべきなのだろうか。




 そして、唐突に音楽が鳴った。




 ダンスは最初に国王夫妻が踊るものである。私が着席している間に、ダンスのための音楽が鳴るなどあり得ない事だ。


 するとウィリアムが、優雅にフローリアに礼をして、ダンスに誘っている。私の前にフローリアと踊ろうというのだろうか。




 確かに以前、アリアドネのデビュッタントのファーストダンスは、ウィリアムが踊った。彼女をエスコートした男性の面目は丸つぶれとなった。でも、その前の国王夫妻のダンスは私と踊っている。心臓が痛くなってきた。




(ウィリアム!あなたは、それ程までに私を疎ましく思っているのですか……!)

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