第6話 夫の言い分

オートナムからウィリアムが戻ってきた。帰宅を迎え簡単な挨拶だけをして、私からは何も言わない事にした。




ウィリアムはいつものようにお土産のダイアモンドを持って来るでもなく、側近たちと執務室に籠るようになった。おそらく、私が探りを入れた事、町娘の存在に気づいた事を知ったのだろう。その証拠に、色々と言い訳をして朝食の席に来なくなった。私は、事態がはっきりするまで自分からは動かないようにした。


ウィリアムと朝食を一緒に取らなくなって、数週間が過ぎた。その間、ウィリアムのオートナム行きもなかった。




マチルダ嬢は私を気遣って、色々と楽しい話題を提供しようと頑張ってくれていた。


「陛下、今面白い公演があるようですよ」


観劇に誘ってもらったが、正直そんな気にはなれなかった。


「少し外にお出ましになって、気晴らしをされた方が良いですわ」


リッチモンド男爵夫人まで外に出た方が良いと言う。




(私、そんなに落ち込んでいるように見えるのかしら……)




二人の勧めに従って、私は観劇に出かけた。正直に言うと、落ち込んでいるように見えるのは、心外である。もちろん夫を気遣うつもりはあるが、夫の女性関係で浮き沈みするような女だと思われるのは我慢ならない。だが二人の侍女が言うように、確かに引きこもっている必要もない。何も悪い事をしたわけでもないのだから、今まで通りに暮らしていけばいいはずだ。




観劇は素晴らしかった。ここ暫く観劇には訪れていなかったので、楽しみを思い出したような気持ちがした。特に気に入っている役者が主役だったので、彼の演技を見ているだけでも癒された。


そう言えば、母が父と喧嘩をした時は、気に入りの役者の出る芝居にでかけて気分を発散すると、よく言っていた。母が観劇に出かけると、父が反応して母を気遣い始めたりなどしたものだ。




マチルダ嬢たちの勧めに従って良かったと、私はご機嫌な気分で宮殿に戻って来た。だが、そんな気分は、ウィリアムによって興覚めすることになってしまった。




マクレガー子爵が私の部屋に来て、ウィリアムが呼んでいると言う。


「王妃陛下だけで、お越し頂けますでしょうか」


リッチモンド男爵夫人は反対したが、私はマクレガー子爵とウィリアムの部屋に行った。




執務室ではなく、国王の私室に通された。お茶が準備された後に、完全に人払いされた。久しぶりにウィリアムと向かい合ったが、どこか知らない人を見るような感じがした。雰囲気が変わったと言ったほうがいいかもしれない。




「お久しぶりですね、陛下」


「ああ、ちょっと色々と忙しくて。朝食も一緒に取れずに、済まなかった」


「いいえ、お忙しいなら仕方がございませんわ」


ウィリアムは、じっと私を見つめた。何かおかしな事を言っただろうか?




「もう、隠しても仕方がないから、はっきり言おうか」


ウィリアムの口調にちょっと緊張した。何か以前と違う響きがある。


「オートナムの女性の事でしょう?」


緊張に耐え切れず、自分から口を開いてしまった。しまった、と思った。




「……そうだ。とても、見どころがあるというか、内面も素晴らしい女性がいる。これからも私を支えて欲しいと思っているんだ。……側室に、上げようと思う」


「どちらの家門の女性ですか?」


町娘だという事はわかっている。だが、ウィリアムにその事をもっと理解して欲しいと思ったのか、ついそう言ってしまった。


「……町娘だと知っているだろう?」




失敗したと思った。私は深く息を吸い込んだ。きっと寝かしつけの寝不足がたたっているのだろう。いつもの私なら、もっとうまく言えたはずなのだ。




「そなたのそういう所が……心配なのだ」




「どういう意味でしょうか」


「彼女を傷つけないか……心配なのだ。そなたは有力な公爵家の令嬢で、王妃になるべく育てられた。恵まれた環境で育ったそなたなのだ。どうか彼女の存在を、大きな心で受け止めてくれないだろうか」




私は頭の中が真っ白になると同時に、目の前が暗くなった。


(私が、その女を虐めるとでも言うのかしら……ウィリアムは、私を何だと思っているの……!)




目を閉じて大きく息を吸った。


「……ご心配には及びませんわ。側室が三人になるだけですもの。陛下は側室を持つ権利がございますから」


ウィリアムはまだ何か言いたそうだったが、私がもう限界だった。


「陛下、お話は分かりました。今日はこれで、失礼いたします」




(泣いてはならない!一人になるまでは……)


私はドアの外に声をかけて開けてもらった。マクレガー子爵がいる手前、部屋まで彼に送ってもらった。




部屋にはマチルダ嬢とリッチモンド夫人が心配そうな顔で待っていた。どう声をかけるか悩んだが、リッチモンド夫人が気を利かせてくれた。


「陛下、お疲れかと思い入浴の御準備をしておきました。お入りになりますか?」


「ええ、お願いします。今日は……もう下がってください」




私は一人で浴室に入り、体をバスタブに沈めた。お湯は一番好きな香りにしてくれたようだ。大きく深呼吸して、ウィリアムとの会話をゆっくり思い出してみた。




”そなたのそういう所”、と彼は言った。




彼にとって私は、側室虐めをするような女に見えているという事だ。恵まれた環境で驕り高ぶった女、に見えてもいるのだろうか。新しい側室を心配して、予め注意をしなければいけない程に?


喉の奥が詰まるように、ふっと声がもれた。そして、私は涙を止める事ができずに、そのまま泣き崩れた。


(良かった。ウィリアムの前で泣かずに済んで。ひとしきり泣いたら、エドワードの所に行かなくては……)






***




王妃が部屋を出てから、気まずい思いが込み上げてきた。もっと上手く説得できたかもしれなかった。本当にこれで、もう大丈夫だろうか。




一つ上の王妃は、私にって幼い頃から目の上のこぶの様な存在だった。最初は姉が出来たような気がして嬉しかった。乳母に「よく懐いておられて」と言われたものだ。だが成長するにつれて、段々鬱陶しいような気持ちになる事が多くなった。


王妃は頭が、おそらく私よりもいい。そのせいか、何かにつけて意見をしてくる事がある。もっと私を、盛り立てるように振舞ってもらいたいと思ったのは、一度や二度ではない。




その上王妃は美しく育った。幼い頃から美形ではあったが大人になるにつれ、どこか冷たい美貌というのか、冴え冴えとした容貌になっていった。威厳のある姿に憧れる事もあったし、それを褒める人も多い。だがやはり女性というものは、もっと柔らかく可愛らしく、愛おしさを沸き立たせるものではないかと思うのだ。




王妃といると、いつも気が抜けない。ほっとするには後宮が一番だ。その後宮に最愛の女性を迎えたいと思う事の、何が悪いのだ。王妃は私の権利だと言った。だが、心から言ったのではない事は分かっている。だから私は本当に心配なのだ。




彼女は大切な、生れて初めてこのような感情を味わわせてくれた女性だ。ビアンカにも、アリアドネにも、ここまでの気持ちを感じた事はない。




私の大切な”運命の女性"フローリアを、王妃や側室の嫉妬、人々の中傷から守らなければならない。


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