第5話 探りを入れる

ウィリアムが宮殿を開けるのを確認してから、彼の側近の所に行った。一番最初の視察に同行した二人の側近がいるのだ。




 オルター侯爵の執務室の前の警備の騎士に、取次を頼んだ。私は侍女は連れずに一人で来た。なかなか侯爵の返事がなかった。どうしたのかと思った頃、顔色の悪いオルター侯爵がやっとドアを開けてくれた。




「王妃様、どうなさったのでしょう……」


「少しお話がしたくて」


 オルターは少し戸惑っていたが、部屋に招き入れてくれた。


 お茶を入れてくれた後に、私は人払いをしてもらった。




 私は彼の向いに座ってお茶を一口飲み、ゆっくりと話し始めた。迂闊な事は言いたくなかったので、慎重に会話を進めようと思ったのだ。


「で、結局陛下は何をしていらっしゃるの?」


 オルター侯爵は息を呑んで、目を見開いた。なぜ驚くのだろうか。私が来た理由など、分かりそうなものだ。


「何をしているのかしら」




「あの、王妃陛下、私は何も知りません」


「側近のあなたが知らない事を、陛下はお一人でなさっているとでも?」


 オルターがまたしても息を呑んだ。


(可哀そうに。彼が悪いわけではないのに)




「大丈夫です。私を信頼してください」


「あの、今は申し上げられません。が、今暫くしましたら、国王陛下から直接お話があるかと思います。ですので、どうか、その、お許し下さい!」


 オルターが思いっきり頭を下げた。もうこれ以上何も言いたくないという意思表示だろう。


(はあ……どうしたのものかしら)




「では、私は待てば良いのね?」


「はい」


「いつまで?」




「おそらく、今回お帰りになったらお話があると存じます」


(まあ、ついに真相がわかるのね)




 これ以上オルターを責めても仕方がないので、私は早々に席を立った。


 次は、マクレガー子爵だ。




 私は子爵の執務室を訪れて、同じように質問した。王妃が直接訪れるとは思っていなかったようで、やはり慌てていた。確かにこんな時は、私の執務室に呼び出すべきだったかもしれない。だが、虚を突いた方が、真実に近づき易いのではないかと思うのだ。




「王妃様、何ともはや、そのお、何と申し上げたら良いか……」


 マクレガー子爵は汗を拭きながら、非常に困っているようだった。オルター侯爵は、子供の頃からウィリアムの側近候補として育った。二十七歳と年も近く、ウィリアムに忠誠を誓っているので王に不利な事は絶対に言わない。だが、マクレガー子爵は王に忠誠を誓っている事は変わらないが、行政官として執務の必要上ウィリアムに付いているに過ぎない。子爵の方が、口を割る確率が高い。




「王妃様、その、何も申し上げられるような事は……」


「マクレガー子爵、陛下からお話があるというのは聞きました。でも、私にも心の準備というものがあります」


 本当にそうだ。面倒事を急に聞かされるのは心臓に悪い。


「……陛下に知られたら……」


「安心してください。絶対にあなたから聞いたとは言いませんから」


 本当にそうするつもりだ。マクレガー子爵にも立場がある。




 すうっと深呼吸してマクレガー子爵が、ポツポツと話し始めた。




「オートナムを訪れた時の事です。鉱山の視察は順調で、何の問題もありませんでした。夜の宿泊所は町で一番良い宿でしたが、やはり不便な事も多く、近くの宿屋の娘などが手伝いに来てくれていました。その中に陛下のお目に留まる娘がおりました……」


(やはり、そういう事なのね。下女の次は町娘ですか)




「陛下は大変その娘がお気に召したようで、毎日食事の給仕を娘に頼んでおりました。何分、食事の席ですから会話も多くなり、意気投合したと言いますか……」


「町娘とそんなに話が合うものなのですか?」


 単純に疑問に思った。会話が楽しいから気に入ったというのか?




「そうですね、町娘ですから難しい会話をするわけではないのですが、若くて愛らしいので反応が可愛らしいと言いますか……、あ、失礼しました!」


 マクレガー子爵は失言したと思ったのか、慌てて訂正しようとした。


「構いません。続けてください」




「それで、陛下は毎回、またすぐ来るとお約束されるので、娘も楽しみにしていると言うものですから、自然と何度も足を運ぶ事になりまして……」


「それ程、気に入ったのでしょうか?」


 だが毎月視察と称して町娘の所に通われては、そろそろ周りに示しがつかなくなってくる。




「でも、こんな事がこれ以上続くのは、陛下の業務に支障があるでしょう」


「はい。……それで、側室に上げたいと仰せになりまして」




(はい?)




 私は言葉を失った。町娘が側室?側室になるというのか。頭が混乱してきた。




「ああ、大丈夫ですか?王妃様、陛下からお話があると思いますので、どうか、どうか今は何もお悩みになられませんように」


 マクレガー子爵は私がショックを受けたと思ったらしく、慌てて気遣ってそう言ってくれた。




 私はショックを受けたというより、怒りが込み上げてきたのだ。私が苦労している事のほとんどは、ウィリアムに関する事だ。エドワードの夜泣きは、子供が私を求めるのだから仕方がない。だが、義母は彼の母親だし、側室二人は彼の妻である。私がウィリアムの母や妻の世話に苦労して、睡眠時間を削って仕事や育児をしているというのに、当のウィリアムが他所で女遊びに現を抜かしていたというのか。




(いったい、私はなぜこんな苦労をしているの?誰か、これは悪い冗談だと言って欲しい)




「王妃様、ただの町娘でございます。側室に上げても、どうせ既にいらっしゃるお二人にも敵いません。ましてや王妃様が気にかけるような娘ではございませんよ」


「では、なぜそのような娘を側室に上げるのかしら?」


 マクレガー子爵は黙ってしまった。




(やっぱり、今度の娘は今までとは違うのね。ウィリアムは惚れっぽいけれど、面倒事を言われると、すぐに私に投げ出してきたもの)




 側室にしても構わないほど、気にいっているという事は確かなようだ。少なくとも、ビアンカやアリアドネと同等程度に考えているわけなのだから、先に聞いておいて良かった。


 突然、側室にしたいと言われたら、私はどうしただろう。




(怒って取り乱したりするわけにはいかないわね。しっかりしなければ……)

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