第4話 怪しい行動
翌日の朝食時のウィリアムはいつもの彼に戻っていた。
突然訪ねて来た時、少し感じた違和感は朝になったら消えていた。
「大変お疲れ様でした。視察はいかがでしたか?」
「ああ、採取量は期待以上だった。素晴らしいダイアモンドだった。採掘の環境も問題ない」
「そうでしたか。町は、何といいましたっけ、ええと」
「オートナムだ。大きくないが、鉱山のおかげで豊かな町だ。人の出入りも多く、活気がある。若い娘や男も多くて、これからもっと栄えるだろうな」
(まあ、いつもより饒舌なのね。いい事でもあったのかしら)
「お気に召しましたのね。今度ご一緒したいですね」
「……ああ」
意外にも、ウィリアムは気のない返事をした。皿の卵をつついて、何か言いたげでもあった。
(この間はあれほど一緒に行くと言っていたのに、もうどうでもよくなったのかしら?)
「エドワードの様子はどうだ?」
急に話題を変えてきたが、これはよくある事だ。
「はい、まだ、なかなか落ち着きませんわ」
「デイジーはそのような事があったとは、聞かなかったが……」
デイジーはビアンカの娘で今年六歳になる。ウィリアムが十九歳の時の子だ。私が嫁いで翌年の事だった。私は、懐妊まで四年かかった。
「女の子は手が掛からないと申しますから」
「そんなものか……」
他意はないのはわかっている。だが、連日の寝不足で心が弱っているせいか、何だかエドワードとデイジーを比べられているような気がしてくる。そして私と、ビアンカを比べているようにも聞こえる。
(この方はそんなつもりで言っているわけではないでしょうけど)
「ああ、それから、また近いうちに視察に行こうかと思う」
「どちらへ?」
「……オートナムだ」
「問題はなかったのですよね?」
「ああ、いい所だったし、まだ見ていない施設も多いのでもう何度か行く必要があるのだ」
「そうなのですか……」
よくわからないが、ウィリアムが言うならそうなのだろう。でも、何度も行く必要があるのだろうか。
***
言葉通りウィリアムは、二週間後にオートナムに視察に向かった。こんなに急に行くとは思わず、少なからず驚いた。今回は一緒に行こうとは誘われなかった。
(何だか不思議な感じがするわね。前回あれ程騒いだのに)
「王妃様、国王陛下はまたご視察に行かれたのですか?」
「ええ、まだ見ていない所があるんですって」
ローレンは不思議そうに首を傾げた。お茶を入れる手が止まっているので、シンクレア伯爵夫人が窘めている。
「あ、申し訳ございません」
ローレンは慌てて、お茶の準備に意識を戻した。小さなお菓子と共に、香りの良いお茶がテーブルに置かれた。私は甘い物が好きだった。王妃になったからといって、あまり楽しみもないものだ。夜会は運営側になると仕事でしかない。ドレスだの宝石だのといっても、ある程度持てば数があればいいというものでもない。お菓子を食べる位しか、楽しみと呼べるものがなかった。
(贅沢なのはわかっているけれど、物が沢山あってもそれほど幸せが増えるわけではないわ)
「厨房のお菓子の担当が代わりましたの。お気に召しまして?」
シンクレア伯爵夫人が聞いてくれる。彼女は私の好みを一番よくわかってくれている。
「好きな味だわ。それに美しいし」
「ええ、芸術的な料理人らしいんですの」
「これから楽しみだこと」
そして、ウィリアムの話題はお終いにして、三人でテーブルを囲んで次回の夜会の打ち合わせをした。
ウィリアムは、今度は十日後にオートナムから帰って来た。前回と同様に饒舌にオートナムの話をしてくれた。今回は、私にダイアモンドのお土産を持って帰ってきた。
「王妃に似合うと思って」
まだ加工前の石で、似合うも何もないと思ったが、せっかくなので丁寧にお礼を言った。
「好きなように加工をするがいい。きっとよく似合うから」
ウィリアムはなぜかご機嫌だった。確かに贈り物は今までもしてくれたが、誕生日とか、出産の労いとか、何か口実がある時に限っていた。唐突な贈り物はこれが初めてだ。
(何だか、最近陛下が不思議な感じがするわ)
だが、夜会の準備や、義母の相手、側室二人のもめ事の仲裁、息子の夜泣きでへとへとの私は、その不思議さについて考える余力がなかった。次の夜会が終わったら、新しい慈善事業の構想を深めねばならない。協力頂く貴族夫人たちとの交流など、少しばかり面倒な事が多い時期だった。
落ち着いたら、この不思議さについて考えてみるつもりだったが、それはローレンが代わりに考えてくれる事になった。
また、ウィリアムがオートナムに出かけたからだ。
「王妃陛下、これは誠に怪しいですわ」
ローレルが声を大きくして騒ぎ立てた。
私の侍女は四人いる。ローレンとシンクレア夫人、伯爵令嬢のマチルダ嬢とリッチモンド男爵夫人だ。
交代で側に仕えてくれているので、四人が揃う時間はあまり多くはない。今日は慈善事業の骨子を話合うために、四人に集まってもらったのだ。
「ローレン嬢、声が大きいですわ」
シンクレア夫人はローレンの教育係のようになってしまっている。
「でも、本当におかしいんですもの。夫人はそうお思いにならなくて?」
「思っておりますとも」
「え?何の事?」
皆が頷いているが、どうも私一人がわからないようだ。
「国王陛下のオートナム行きの事です。ふた月の間に三回の視察で、一週間や十日など長期でご滞在なんて、おかし過ぎます!ほとんど王宮にいらっしゃらないじゃないですか!」
「私も不思議だとは思っていますよ?」
「では、何でお止めにならないのです」
「え?何を止めるのですか?」
四人の侍女は顔を見合わせて、意を決したように私を見つめた。
「王妃陛下、女性の匂いがしませんか?」
ああ、そういう事かと思った。リリーの後、大して時間も経っていないので迂闊だったが、そうだ、あの方はそういう人なのだ。忙しくてあまり気にしていなかったが、またなのか。今度はどんな女性か分からないが、リリーの時よりもご執心である事は事実だ。リリーについては、ウィリアムから言われるまで、気が付かなかったのだから。
四人が心配そうに私を覗き込んでいる。私はにっこりと笑ってみせた。
「いつもの事ではないですか」
こんな話に時間を費やしては、肝心の慈善事業の話が進まない。私は四人に向かって、意識的にはっきり「仕事をしましょう」と告げた。
だが、ちょっと嫌な予感がするもの事実だ。
(また面倒な人でなければいいけれど……)
***
「王妃、また良い石を見つけた」
ウィリアムがオートナムから戻ると、お土産を持って帰ってくるのが定番になった。あれから半年が過ぎたが、ウィリアムは毎月オートナムに出かけた。誰かいるのは間違いがなさそうだ。私は何も気づかぬ振りをして、毎回丁寧にお礼を言った。
「嬉しいかい?」
「ええ、もちろんですわ」
私が笑顔で答えると、なぜかウィリアムがほっとしたような顔をする。今まで何度も女性問題を起こしてきたが、こんな風に私の機嫌を取る人ではない。ある意味、女性問題やらは妻の仕事の一つと思っているような人なのだ。
(今回は、特別な人なのかしら?)
「陛下、今度は私もご一緒しましょうか?」
鎌をかけてみたら、しっかり態度に出た。
「い、いや。エドワードがそなたを離さないだろう。大丈夫だ。一人で行く」
(ああ、陛下。あなたは分り易過ぎます)
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