第二話 決裂
聖歴1493年 秋期 キースリング辺境伯領、領都 1日目
王帝会議を終えたバルツァーら大使一行は、カールスケール帝国の帝都にて皇帝を含む帝国の首脳部へ報告を行った。だが、バルツァーらが国境の砦にて襲撃を受けたことは報告されていた。
すでに賠償をどのように取るかという空気ではなく、戦争をどう仕掛けるかという状況になっていた。王国正規軍が襲ったのであれば、それは王国が宣戦布告したに等しいと言う者もいれば、襲撃犯が王国正規兵であろうとなかろうと、王国は既に国内すら押さえられないほど乱れているのだろう、と言うものもいた。どんな意見にせよ、この期に王国へ攻め、領土を切り取ってしまえという意見が大半だった。バルツァーが帝国を発った時とは、様子が一変していた。
実際に王国へ行き、自身の眼で王国を見てきたバルツァーとしては、王国と戦になったとして負けはしないだろうが、確実に勝てるとも言い難いという感想を持っていた。もちろん、護衛に来た王国騎士団が精鋭中の精鋭だったという可能性もあるだろう。だが、あの練度が通常か、通常よりやや上くらいだったら、帝国兵との差はほぼ無い。そして、騎兵を一方的に倒した何かも持っている。王国が乱れているという意見は、まぁ、ある意味正しいのだろう。そうでなければ、
バルツァーはそう考え、なんとか開戦を思い止まる様に説得を行った。だが一部の現状維持派以外は、既に戦争を行う前提の考えになっていたのだろう。そして、その戦争肯定派の筆頭ともいえるのが、イグナーツ=フォン=カールスケール皇太子であった。キースリング辺境伯は、以外にも表だっては戦争を肯定しなかった。むしろ、報告の場では皇太子を諫めてすらいた。対ポッポランド交易国で8年もの戦闘経験があるにしろ、攻めるのと守るのでは違いますぞ、と。帝国の領土を歴史的に見ると、元々はポッポランド交易国側、東側にもっと広かったのだ。だが、10年前に起こった聖教の派閥争いによってポッポランド交易国とカールスケール帝国は戦争となった。この結果、東側を丸々失う羽目になった。
聖教とはいうが、どちらかと言えば学問を行う集団という印象が強かった。そして主に扱っている学問といえば、農学、天文学(暦の作成)、統計学(結婚、出産台帳による戸籍の管理)、神学(道徳)であった。それに近年新たに経済学(商業)を行う新学派が台頭してきたのである。聖教国家圏を形成する大国のうち、アイギス聖盾国、ジブラスペン王国、ストラスマール聖王国、カールスケール帝国は、この新たに台頭してきた学問が自国で幅を効かせることを嫌ったが、商業を主軸とするポッポランド交易国にとっては都合の良いものだった。このため、ポッポランド交易国は新学派である経済学を保護、周辺諸国へ新学派を受け入れるべきだという活動まで行っていた。だが、これに対して新学派を嫌った他の大国は拒否、関係が拗れてきたポッポランド交易国と他の大国であったが、国境を接しているのはカールスケール帝国のみであった。ポッポランド交易国の度重なる新学派保護の要求に対して、カールスケール帝国は、これまでの食料を行き渡らせることで人が平等に生きるとした聖教の教えに反するのみならず、どの学派を重視するかは国家が決めることであるとの立場を示した。この結果としてドンドン関係が悪化していき、戦争となったのである。この戦争は帝国から領土を切り取ったポッポランド交易国の勝利であると認識されていたが、実際には勝利とも敗北とも言い難いものであった。ポッポランド交易国にしてみれば、欲しかった帝国北部の山岳地帯は得られず、得られたのはポッポランド交易国に反感をもつ扱いにくい領土である。カールスケール帝国にしてみれば、領土の東側を切り取られ、帝都のすぐそばに国境線が引かれる事態となった。
結局、会議では戦争肯定派と現状維持派の折り合いは付かず、まずは先例に則ってストラスマール聖王国と合同の調査と、その調査結果を元に協議が行われることになったのである。
こうして聖歴1493年の秋期を通して、王国と帝国の合同調査と協議が行われた。調査とは言っても、双方の当事者から話を聞くだけであり、目新しい話は出てこなかった。問題は協議である。帝国側の出席者は皇太子であるイグナーツ、もしも戦になった場合に戦場となりうる領主のキースリング辺境伯が中心人物であった。当事者であったバルツァーは居なかった。一方王国は、大使護衛についた騎士団の直属の上司である第2王子ラドクリフ、実際に襲撃を起こされた領地を治めているナルシス=プレヴェール伯爵、この二人が中心人物だった。だが、後学のためと言って譲らなかった第3王子ジュリアン=ラ=ストラスマールと、その補佐を行うとしたアラン=プレヴェール前伯爵もきていた。
襲撃が起こった現場から近く、そして最も大きな街がキースリング辺境伯の領都だったため、一行はそこに集まり協議を行うこととなった。自己紹介も終わり、では協議をというところで、当然のごとく王国側から質問が成された。
「失礼。協議を始める前にひとつだけ伺いたい。本件の当事者であるバルツァー殿が見当たらないが、遅れていらっしゃるのでしょうか?それとも、ここにいる面々で全てだと考えて良いのでしょうか?」
ラドクリフの質問に対し、答えたのはイグナーツであった。
「王国は知らんが、我が帝国は私とキースリング辺境伯のみだ。バルツァーは、あまりにも王国を擁護し過ぎる故、外した。どうした?鼻薬を効かせた者がおらねば、話も出来んか?ならば、直ぐにこの場を引き払うとするがな。最初に言っておくが、私自身は大使襲撃の時点で、王国から宣戦布告を受け取ったと解釈している。」
ラドクリフはそれを聞いて、襲撃の黒幕であると考えているキースリング辺境伯と開戦前提の皇太子か。王国が関わっていないという決定的な証拠を出さない限り、少なくとも賠償で済ませる気は無さそうだと感じていた。そして、バルツァー大使を取り込むなどはしておらず、当事者が居ないのは何故かという疑問を解消したかっただけと伝えようとしたラドクリフの言葉を遮ったのは、第3王子のジュリアンだった。
「ならば、こんなことをしていないで、さっさと宣戦布告でもすればよかったのだ。大方、強気に出て少しでも賠償金を多くせしめようという、浅ましい悪知恵なのだろう!そんな体たらくだから、ポッポランドごとき卑賎の商人たちに領地を掠め取られるのだ!!!」
それを聞いたラドクリフは、ジュリアンを叱責し、この場から摘まみだそうか考えた。が、それに待ったをかけたのは、ナルシス伯爵とキースリング辺境伯であった。
「ジュリアン!お前に発言は認められていない。あくまでも外交交渉の勉強の場としてついてきている。目に余れば、既に私の眼では余っていると認識しているが、いつでも摘まみだせるということを肝に命じておけ!」
「ラドクリフ殿下。外交交渉の勉強ということであれば、たったの一言、一度の過ちで勉強の機会を失うのは酷というものでしょう。我々帝国は今の発言を聞かなかったことにいたしますので、このまま続けてはいかがでしょう?」
「アラン前伯爵(父上)。ジュリアン殿下の不用意な発言は、行う前に止めていただきたい。」
こういわれてはラドクリフも引き下がらざるを得ない。正直、この話題で時間を無為に使うことは避けたいのも本音だ。
「こちらの失言、お詫びいたします。それでは、王国側で把握している経緯について説明させていただきます。」
そうして王国と帝国はお互いの王帝会議に参加した者たちの証言を交換する。ここまでは問題ない。実際に聞いたことから推論でしかないものを削っただけだ。帝国側も同様だ。とにかく、確実に本当だと言える事実を並べて、確かにお互いの認識に齟齬はありませんね、と確認したに過ぎない。
「フン。王国正規兵の鎧を来ているというだけで、既に王国に帝国への害意ありと分かるではないか。だから私は初めに言ったのだ。王国からの宣戦布告だと。」
イグナーツは、そう吐き捨てる。お前らの正規兵に襲われている時点で、王国の意思だろう?と。だが、ラドクリフも引き下がらない。
「イグナーツ殿下がおっしゃるように、王国正規兵の鎧であることは私も確認しました。護衛に出した騎士団が持ち帰ってくれましたので。ただし、武器や盾に関しては帝国での正規採用のものであると確認しています。また、襲撃者たちには王国人も帝国人もいたということもです。王国正規兵の鎧を着ていたから王国の意思である、というのは、いささか乱暴ではありませんか?」
イグナーツは、つまらなそうにラドクリフの反論を切り捨てる。
「帝国が正規採用している武器や盾を使っていたからなんだ?そんなもの、王国で偽物を作ったからという話で終わるではないか。鎧のようにそれぞれの所属を示す意匠が入ったものならいざ知らず、剣や盾など、形だけ真似るだけならいくらでもできるわ。」
それを聞いたラドクリフは、近くの文官に指示を出し、そして反論した。
「なるほど。イグナーツ殿下のお考えでは、今回の襲撃に用いられた剣も盾も、形だけ真似た急造品であるということですね。我々は、金属加工技術においては帝国に一歩及ばぬと理解しています。だからこそ、使い勝手の良いグラディウスではなく、少しでも切れ味を増せる形状であるファルシオンを採用しているわけですし。ところで、ここには実際に襲撃に使用された剣を持ってきています。もしこれが急造品であれば、ポッポランドとの戦で名を馳せた殿下であれば、本物の帝国製グラディウスをもって打ち壊すことが可能かと思います。どうでしょう?お試しいただくというのは。」
イグナーツは、それは良い。俺が一閃すれば模造品の上に急造品である剣など、叩き切ることは出来なくとも、無様にひん曲がるだろうと思った。あとは宣戦布告をこちらが受理して、この下らぬやり取りも終わりだと。
「よかろう。キースリング。この場にいる衛兵の剣を借りるぞ。まさか、否とは言うまいな?」
「はい。問題ございません。衛兵!殿下に剣をお預けしろ。」
そうして、襲撃犯が使った剣が運び込まれた。衛兵から剣を受け取り、鞘から引き抜いたイグナーツは、剣を借りた衛兵とキースリングに少しリップサービスでもしてやるかと口を開く。
「ふむ。剣の手入れは怠っていないようだな。感心なことだ。おい、そこのお前。良い仕事だ。十分な武具の手入れがあってこそ、実践で心置きなく戦えるのだ。これからも、その愚直さを持って帝国へ尽くせ。」
皇族から声をかけられた衛兵は誇らしげにしていた。そうして、皇太子が大上段に剣を構え、一気に振り下ろした。
だが、それはギィィィィンという金属同士がぶつかった大きな音共に、皇太子に大きな困惑をもたらした。自身の手が痛むのはともかく、襲撃者の使っていたとされる剣は、全く形を変えずにその場に佇んでいたのである。もちろん、平らな台の上に新品の剣と襲撃者の剣をおいて比べれば多少の差異はあるかもしれない。だが、皇太子自身は認めてしまっていた。これは王国で作った模造品ではなく、帝国で作った本物だと。そうでなければ、王国の金属加工技術は帝国と、少なくとも同等と認めなければならない。それだけは断じて出来ぬことであった。
そうして議論というよりも皇太子の『王国が戦争したがっている』という前提の追及をラドクリフが反論して潰すというやり取りが2時間に渡って繰り返されたころ、帝国の参加者であり、この議論の場所を提供しているキースリング辺境伯が声を上げた。
「両殿下。そろそろ夕刻も迫ってまいりました。今日はこの辺りで一度解散し、明日は今日の続きから議論してはいかがでしょうか?」
議場にいた者たちは、窓の外に目を移した。たしかに、もうすぐ空も赤く染まるだろうと全員が確認したところで、本日は解散となった。
ラドクリフ達王国の使者一行を見送ったキースリング辺境伯は、そのまま皇太子イグナーツが逗留する部屋へと向かった。第一日目は狙った通りに終わったが、明日はまだわからない。明日の対応をイグナーツと協議するためである。
「キースリング。お前の指示通りに、『とにかく戦争だ。お前らからの宣戦布告だ。』としてやったが、あれでよかったのか?」
イグナーツは、そうキースリング辺境伯に尋ねた。
「はい。大変良い仕事をしていただいたと感謝しております。本日の会議を見ていた感想でしかありませんが、早ければ明日、遅くとも明々後日には、あの
そうか、とイグナーツは短めに答えた。そして、決意に満ちた顔でキースリングに話す。
「正直、お前から話を聞いたときは、あの音に聞こえしキースリング辺境伯も、ついに耄碌したかと思ったわ。王国とポッポランドの2正面作戦など、今の帝国にできるものかと。だが、お前に勝るとも劣らぬような名を馳せたプレヴェール伯爵家を調略出来ているなら話は別。王国とポッポランドの見かけ上は2正面作戦だったとしても、王国側は河が天然の防壁となってくれるし、そもそもポッポランド戦線では員数外のプレヴェールが守ってくれるのだからな。そうなれば、こちらはポッポランド戦線に専念できる。そして、一時的とはいえもう少し西に帝都の機能を移動することを考えることができる。」
「そうですな。ポッポランドに奪われた土地では、未だ抵抗活動が続いていると聞きます。王国側を気にしなくて良くなれば、あとはポッポランド側に戦力を集中し、可能であれば奪われた領土の全てを。それが不可能であったとしても、せめて東部の山岳地帯に挟まれた平原は取り返したいものです。そのためにも、殿下にはもう暫しの間、戦争したがりのバカ殿下を演じて頂かなければならないのが心苦しいところです。」
「俺が戦争バカなら、お前はキースリング家の悲願に執り憑かれた耄碌老人だな。」
そういって、二人は声をあげて笑った。
一方、王国側はガタガタだった。何せ、ラドクリフ一人で孤軍奮闘していたようなものだ。プレヴェール伯爵家が裏切っているであろう前提で協議へ来ているため、精神的なダメージは大きくなかったものの、それでも疲れはする。さらには、自身の弟であるジュリアン第3王子から、援護射撃どころかフレンドリーファイアを受けたのだ。キースリング辺境伯が用意したゲストハウスに戻ってきてからジュリアンを怒鳴りつけたラドクリフには、誰が見ても悪くなかっただろう。
「ジュリアン!!!あの議場での発言はなんだ!!!お前はあくまでもオブザーバー、発言権は無いが勉強のためにあの場に居させてもらっている立場だぞ!」
これに対し、全く反省していないジュリアンは声を荒げて反論する。
「兄上が言わぬから私が言ったのです!なぜあそこまで舐めた態度を取られて平気で議論を進めようとしているのですか!帝国など恐れるに足らぬ。そんなに戦争したいと言うのであれば受けて立ってやるくらい言ったらどうですか!!!」
ラドクリフは、もう何言ってんだコイツという状態である。分からないなら分からないでも良いが、少なくとも自分の立場を弁えて聞くことに徹してほしかった。そもそも、お前のすぐそばにいるプレヴェールがほぼ確実に裏切っているから、戦争したくても出来ないんだと思っていた。いや、ラドクリフの本音は、戦争などせず第1王子の補佐をして楽に暮らしたいというものだったが。
「ジュリアン。お前の意見は分かった。だが、これだけは答えろ。お前は議場で口を閉じていられるか?それとも、それすらも無理か?」
「兄上が王族として真っ当な言動をしてくださるのならば、私が口を開くことはございません。」
それを言い切ると同時に、ジュリアンはラドクリフの部屋を出て行った。そしてラドクリフは、これはもうダメだと思った。王国へ引き上げる時までこのゲストハウスに軟禁しておくしかないかと。
ジュリアンが割り当てられた部屋に戻ると、プレヴェール前伯爵であるアランが待っていた。
「ラドクリフ殿下のご様子はいかがでしたか?」
そう尋ねるアランに、ジュリアンは苛立ちを隠そうともせずに答えた。
「なんだあれは!まるで帝国の臣下ではないか。言いがかりを付けられている王国の王族として、強き態度を示さねばならぬというのに。引かぬという態度を公式の場で見せてこそ、強き王族の姿を見せてこそ、帝国も王国の威光を恐れ、対等の話し合いとなるのではないのか!!!」
それにアランは、感動したように答える。
「ジュリアン殿下。正しく、正しくその通りでございます。王族とは常に引かぬもの。強き威光を持って、国内のみならず、外敵すら萎縮させるものにございます。こんなことを言えば不敬罪となるやもしれませんが、王やラドクリフ様のような態度では、王国を弱体化し外国に付け入られるだけと愚考いたします。我がプレヴェール家は王国に忠を尽くして400年あまり。私も50年を超えました。まさか私の代で王国の崩壊を目の当たりにしなければならないのかと絶望しておりましたが、ジュリアン殿下のように阿らず、強い王国を体現して頂ける方が王族にいらっしゃったことこそ、まさに僥倖。そして、ジュリアン殿下に王国を治めていただくことこそ、この老骨が最後に行う、王国への忠義でございます。」
それを聞いたジュリアンは、嬉しそうにアランに答える。
「不敬罪など、私がさせるものか。父上も、兄上たちも、本当に役に立つ家臣の言というのは、耳に痛いものだということを分かっておられないのだ。私も、お前から父上たちの評価を聞いて、正直なところ耳を塞ぎたいのだ。だが、それを聞き入れられる者こそ、人の上に立つべきであろう。そして、お前のような、隠居しても王国への忠義を捧げてくれる臣に出会えたことが、私にとって本当に幸運だと思う。その力、まだまだ私に、王国に貸してもらえるか?」
「もちろんでございます。そのためにも、明日はどんなにラドクリフ様の言動が目に余っても、口を開かずに居ていただいた方がよろしいでしょう。同じことを連日繰り返してしまえば、王族の何たるかも分かっていない者にとっては、協議を妨げる邪魔者と認識されてしまうかもしれません。」
「そうか。あまりにも我慢できなくなれば口を開いてしまうかもしれんが、努力しよう。」
そうして、アランはジュリアンの部屋を出た。
部屋を出たところでは、現在のプレヴェール伯爵であるナルシスが待っていた。
「父上、」
「部屋まで待て。話はそこでだ。」
二人は短く言葉を交わすと、アランに割り当てられた部屋へと急ぐのだった。そして部屋に付いた二人は、お互いに今日のことを報告する。
「父上。キースリング伯爵からの使者には、明日も同様で問題ないと伝えておきました。
アランは、呆れたように返答した。
「まず、キースリング辺境伯への返答はそれで問題ないだろう。
ナルシスは、苦笑しながら返事をする。
「良いではありませんか。神輿は軽い以上に紙で出来ているに越したことはありません。掌で転がすことも、跳ねさせることも、そのまま握りつぶすこともできるのです。せいぜい煽てて、高い木に登ってもらおうではありませんか。」
それだけ言葉を交わして、それぞれの部屋で就寝するのだった。
聖歴1493年 秋期 キースリング辺境伯領、領都 3日目
協議2日目は、ジュリアンをゲストハウスに軟禁しようとしたラドクリフをアラン、ナルシスの両名で説得、そのまま参加させた。そして、2日目の協議が終わるまでじっと口を閉じていたジュリアンを見て、ラドクリフは3日目の協議にも参加させることとした。ちなみに、2日目は1日目と同様にして終了した。
そして3日目も同様にして終わるかと思われた。結局のところ、争点となっているのは、王国に帝国を害する意思があるのかどうかという一点だった。王帝会議の邪魔をするだけではそれを断定することはできない。
だが、帝国側が3日目に焦点として持ち出してきたのは、なんとアクスたち、襲撃犯の物資を襲撃したことであった。帝国側の意見はこうだった。いくら地域を限定したとはいっても、たった10騎で襲撃犯の物資集積場所を見つけ出したのは出来過ぎている。もともとそのアクスという団長、もしくは百人長などの騎士団の行動に関与できる地位にいた人物が裏で手を引いていたのではないかと。それであれば、そもそも物資の場所を知っていて、見つけた上で物資を破壊したと報告したのではないか、そもそも、襲撃犯が軍属であれば、10倍以上の敵を相手に立ち回るなど不可能である、それこそが襲撃犯の仲間だった証拠ではないかと。
もちろん王国側もそれに反論した。実際にアクスは襲撃犯と時間的にも地理的にも連絡など取れる体制でなかったこと、襲撃犯を逆に襲撃したことは事実だが、アクスたちにも少なくない被害が出たことからも襲撃犯とのつながりは無いと判断していることを伝えた。
だが、それに我慢が出来なかった者が居た。そう、ジュリアンである。そもそも、ジュリアンはアクスたち第13騎士団を騎士団とは思っていなかった。山賊から騎士に取り立てたのは王国最大の間違いであり、あのような者たちを取り立ててしまったことこそが、王国の腐敗を招く最大の要因だったのだと。少なくとも、ジュリアンの眼からはそう見えていた。
「ふん。やはり帝国は弱兵だらけではないか。山賊まがいの騎士団に蹴散らされる程度の襲撃犯をどうにもできなかった護衛しか出せなかったのが、その良い証拠だ!そんな兵しかいない、戦争できる状態ではないからこそ、ここで戦争するぞ、するぞ、と吠えるのだ。弱い犬ほど良く吠えるとは、よく言ったものだ。皇太子殿も戦争経験がおありとのことだが、ポッポランドが本気で攻めてきていないから8年も防げているだけの話だろう。お山の大将とは、まさしくこのことだな。」
ラドクリフはジュリアンを摘まみだすために声を上げようとしたが、それよりも早くイグナーツに発言させてしまった。イグナーツは、ジュリアンが発言したら、即座に宣戦を布告しようと待ち構えていたのだから、ラドクリフとの反応速度に差が出るのは当然といえば当然だった。
「よく言った!一度目は怖いもの知らずの若者ということで我々帝国も聞き流したが、二度目はない。王国の、王族に連なるものが、公式の場で行った発言だ。しかも、協議とは言っているが、王国の警備の不備に関する賠償を決めるためのものだ。そしてそもそも、他国の王族や皇族を公式に侮辱すること自体が即開戦となってもおかしくない。よって、俺はカールスケール帝国皇帝ベルンハルト=フォン=カールスケールの名代である皇太子として、今のストラスマール聖王国第3王子ジュリアン殿の発言を、王国からの戦線布告とみなす。もうすぐ冬期だ。お互いに動けないだろうから、来年の春期には我々帝国はストラスマール聖王国へ侵攻する。首を洗って待っているが良い!!!」
ラドクリフはジュリアンをこの場で殴り倒したい気持ちを抑えながら、ジュリアンの暴言に対する謝罪と王国と帝国、両国が戦争状態に入ったことを了承する旨を告げ、キースリング辺境伯領を去っていった。
「よし。これで俺の仕事は終わりだな。それじゃ、ポッポランド戦線にもどるが、キースリング。帝都宛てに何か伝言なんかはあるか?」
そう問われたキースリング辺境伯は、特にありませんが、補給物資だけはまともに送ってください。とだけ言って、イグナーツと分かれた。
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