第十三話 襲撃(後編)

注意:第十二話と冒頭数行がかぶっていますが、わざとです。この小説を読んでくださっている方が、十二話で一度読むのをやめ、十三話から再び続きを読んだときに分かりやすいかなと思い、このような形にしました。本当は襲撃も前編、中編、後編と分けたくなかったのが本音です。ですが、かなり長いため、なるべく切りの良いところで区切った結果だとご理解ください。それでは、本編をどうぞ。



聖歴1493年、夏期 終わりの月 第3週目 フォレの村付近の森 逆撃2日目


 バスクは覚悟を決めた顔をして、息を大きく吸い込んだ。そして、顔を天に向かって上げ、大声で叫んだ。


「旦那ァァァァァァァァ!!!第1地点、被害甚大!襲撃中止!第3地点はここ!補給物資は倉庫跡!」


 そこまで言ったところで、閣下がバスクの近くにいた兵に素早く命令を下した。


「巡回兵!!!その男を殺せ!!!これ以上しゃべらせるな!!!」

「ハッ。」


 バスクのすぐ横にいた巡回兵は、直ぐにグラディウスを抜き放ち、バスクの頭に叩きつけた。


「やつらの目的は、ぐべぇ・・・。」


 グラディウスを頭に叩きつけられたバスクは、その場で息絶えた。突くことに比重をおかれているとはいえ、魔法で強化した腕力で鉄の塊を叩きつけたのだ。防具も何もなく守れるわけがない。

 バスクが死んだことを確認した閣下は、とりあえずは最悪は回避できたと考えた。正直なところ、もう騎士が何を言っても撤退するつもりだった。そうなると、相手が物資に気を取られている間に撤退準備を行うことを優先しようと思っていた。国境線を超えるまでの物資さえあればよい。水魔導士はこちらにもいる。だが、騎士は直ぐに物資の守りを固めるように兵に指示を出し始めてしまい、しかも自身も物資防衛に向かおうとしてた。もうどうしようもないと思った閣下は、相手が物資破壊に成功しても失敗しても、深追いはしないようにと騎士にも兵士にも厳命した。


「騎士殿。物資を守りに行かれますか?私は、損害が少ないうちに引くべきだと思いますがね。最低限の状況には持ってこれたのです。ここでいたずらに兵を失うよりは、今で満足するべきだと思いますよ。騎士殿が明日仕掛けるにしろ仕掛けないにしろ、私は引かせていただきます。」

「承知しました、閣下。物資がやられたら、どちらにしろ明日の襲撃はできませんから。」


 一方、バスクを送り出したアクスたちは、廃村が騒がしくなり始めたのを感じていた。バスクが捕まったかは定かではないが、少なくとも見つかったのだろうと。すぐにでも援護に行きたかったが、相手がどれだけなのか不明な以上、感情に任せて突っ込むことも出来ずにいた。こちらは廃村で全滅しました。小煩い邪魔者が居なくなった相手は、悠々と大使一行を襲いますとさせるわけにはいかないのだ。

 そんな直ぐに飛び出して行きたい感情を抑えていた時、バスクが大声で情報を伝えてきた。


「旦那ァァァァァァァァ!!!第1地点、被害甚大!襲撃中止!第3地点はここ!補給物資は倉庫跡!やつらの目的は・・・・・・。」


 やつらの目的は、で切れた以上、殺されたのだろう。いや、猿轡などをされたりして、単に言葉を出せない状態にされたのかもしれないが、暴れる人間を押さえつけて生かして話せないようにだけするのは、案外大変だ。だが、情報は手に入った。第1地点での奇襲は大成功。大使一行を襲撃できないほどの被害が出て、この廃村まで戻ってきた。第3地点はここ。これはアクスたちが第3地点を確認した時には、まだ待ち伏せに入って居なかったということか。そして、補給物資は倉庫跡であることまでは伝えてきた。


「ジャミトフ、ゴップ。油壺は一人ふたつだ。何が何でも物資にかけろ。レビル。残った油壺を預ける。篝火でも即席の火矢を作ってでもいい。油が染みた物資を燃やせ。そこまでやったら撤退だ。全員、森へ逃げ込め。・・・・・・バスクは、死んだものとして扱う。救援には、行けねぇ。先頭には俺が立つ。矢の隊形で行く。」


 そう指示を出した後、森の中を通って村の東側に移動し、ジャミトフとゴップ、レビルを囲むようにV字の隊形を作って倉庫跡へ駆けだした。バスクが文字通り命を懸けて情報を伝えてきたのだ。なんとしてでも成功させる。アクスたちは、そう意気込んでいた。

 倉庫跡へと駆け出したところ、パッと見たところで20名ほどの襲撃犯がいた。深夜のため、当直を割り当てられた兵以外はまだそれほど集まっては居ないのだろう。だが、どう少なく見積もっても、相手の方が自分たちよりも数は多い。アクスは、大声で叫びながら手に持った斧を近くの兵に叩きつけた。


「全員突撃!おらぁ、こいつみたいに頭かち割られたい奴からかかってこい!!!」


 なるべく派手に、目立つようにアクスは大声で叫びながら敵を攻撃する。ゴップとジャミトフをなんとしても物資まで届けなければならないのだ。物資までの道を切り開かねばならない。なるべくアクスたちに注意を引き寄せ、ゴップとジャミトフから注意を逸らさねばならない。

 実際、アクスは身体強化魔法の訓練を受ける前から、自身の生まれ持ったセンスだけで戦闘で役立つほどの身体強化が使えた。だからこそ訓練を受けたあとであれば、訓練してようやく戦闘で役に立つレベルまで身体強化を引き上げた兵よりも格段に強い。格段に強いが、100人も200人もの敵を薙ぎ払えるほどではない。そんなのは御伽噺に出てくる勇者などの化け物だけだろう。格段に強いと言っても、キルレシオ的な表現をするならば、通常の兵士を基準として1:5から1:8くらいなのだ。数の不利を覆すほどでは無いし、同格の者とは一対一で無ければ、アクスが不利となるだろう。

 アクスは右手に持った斧を振り、時には左手の盾ごと体当たりして敵を押し込むなど、着実に物資に向けて進んでいた。そんな中、まだ足場として使えそうな建物の残骸に乗り、他の敵よりも少し豪華な騎士のような鎧兜を来た男が敵に指示を出しているのを見つけた。


「物資をやらせるな!あれがやられれば、もはや引くしかなくなる。守り通せ!!あそこの斧を持って暴れている初は、槍で遠目から3人でかかれ。絶対に一人では相手にするな。」


 アクスは敵の指揮官の声を若い男の声だなと思いながら、サッと味方を見渡した。全員が戦いに精いっぱいであった。槍を使っていた者などは、既に折れたのか腰のファルシオンを抜いて戦っていた。敵指揮官を狙撃できそうなのはレビルだが、物資に着火する任を与えた3人をやらせるわけにはいかない。そういえば、東国境砦で騎馬突撃したときにプレヴェール伯爵家のことを盗賊貴族と揶揄したときに言い返してきた声も若い男の声だったと思いだす。また盗賊貴族と揶揄したら、激昂して突っ込んできてくれないだろうか。指揮するものが居なくなれば、物資を燃やして撤退することが容易になる。が、あの砦での感触からするに、こっちが撤退してもどこまでの追跡してきそうな意味での厄介さも思い浮かんだ。

 そう考えて挑発するかしないかを考えていると、その指揮官が次の目標を大声で指示した。


「敵中央、何やら怪しい動きをしているぞ!敵の陣形を崩せ!弓を持っていて曲射できるものは、曲射で狙え!!!敵はわずか10名ほど。すぐに潰せる。有利なのは我々だ!!!」


 これはもう迷ってる時間は無いと思ったアクスは、敵指揮官を挑発するために声を上げる。


「おーおー。盗賊貴族様は奪ったものは絶対に渡しませんってか?平民からは搾り取り、下っ端兵士たちは使い捨てってわけだ。ほら、そこの。お前らの指揮官様は、これから弓で味方ごと撃ってくるらしいぞ?おーーーい、聞こえてるか?指揮官気取りの盗賊貴族様よ!もう、貴族を外して盗賊ですって堂々と名乗っちまえよ!!!」


『味方ごと弓で撃ってくる。』、そのアクスの挑発を聞いた敵兵は、少しの間だが怯んだ。たしかに自分たちの指揮官は、味方が近くにいるなかで矢を放てと命じたと。そして命令された以上やらざるを得ないと思ったものが少なめだったのか、そもそも乱戦になると思って弓を携帯していた兵が少なかったのか、矢の量はそれほど多くなかった。そもそもアクスたちと戦っている場所からは、弓を使う程度には離れた距離である。しかも目標が味方と重なって見えない位置への曲射である。当然、撃った方も『大体この辺り』という感覚で撃つしかない。そうなると当然アクス達にも、襲撃犯側にも被害が出る。

 襲撃犯側としては、これ以上味方に矢を射かけられるのはごめんだと攻撃の手が激しくなる。一方でアクス達の被害は大きかった。着火役のレビルが利き腕である右腕に矢が刺さっていた。通常であれば後ろへ下がらせるが、今いるこの場所に後ろは無い。

 レビルは盾を外し、左手で油壷を投げた。当然ながらまだ距離が遠い。投げた油壷は、物資と篝火の間に落ちて割れた。そして、盾を左手でもち痛む右腕で近くに落ちていた槍を抱えるように持ち、ジャミトフとゴップに声をかけた。


「隙が出来たら、物資まで一気に行くぞ。近づいたらさっき俺が投げた油と物資の間に油を撒け。ツボごと投げてもなんでもいい。俺は篝火を油に向けて倒してやる。そうすれば、物資まで火の手が伸びるはずだ。」


 そうして、3人は道を切り開いてくれる仲間を援護しながら、時を待つのだった。


 一方、弓での攻撃を指示した指揮官はと言えば、アクスの予想通りというか刺さればラッキーくらいの挑発が、ものの見事にヒットしていた。本来なら最前線に広がった動揺を抑えるのが仕事のはずなのに、戦場を見渡せる足場から飛び降り、鬼のような形相かどうかは兜を被っているためわからないが、明らかに激昂していると分かる声色で叫びながらアクスの方へ走ってきていた。


「キッサマァァァァァァァァァァ!!!1度ならず2度までも!!!もう容赦はせん!そこに直れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 アクスは丁度良いと思い、レビルたちを見て突撃準備をしているのを確認すると、味方と戦っていた敵に手に持っていた斧と投げナイフで横から攻撃し、3人の敵を瞬く間に屠った。そして一言、行け、とだけ指示した。レビル、ジャミトフ、ゴップの3人は、物資まで一気に走り抜ける。敵指揮官がアクスのところへ到着したのは、それとほぼ同時だった。


「見つけたぞ!!!我が家に対するその侮辱。死をもって贖え!!!」


 アクスは初撃を避けつつ腰からファルシオンを抜き、敵指揮官と対峙する。指揮官だけあってと言えば良いのか、単純な力押しだとアクスが少々有利なようだが、使っているのは副武装の一つとして持ってきていたファルシオンである。戦って勝てない相手ではないが、隙をついたとて楽に勝てる相手でもなかった。ただし、激昂しているためか振るってくる攻撃がいちいち大振りになっていた。そんな大振りで大立ち回りをするものだから、周りにいる敵も敵指揮官を援護できないでいた。であれば、援護しようとして出来ないでいる兵を物資に向かっているレビルたちに回すべきなのだが、それを指示する指揮官がいない。

 アクスは、内心、こんなの指揮官にしちゃダメだろと思いながら、時に盾で斬撃をそらし、ファルシオンで相手の首を狙い、言葉巧みに挑発を行いながら時を稼いでいた。


「おうおう。何も考えずに突っ込んでくるとは、ほんっと、バッカじゃねぇの?お前、自分のお仕事、なんだかわかってますかー?」

「貴様のような犬畜生にも劣る盗賊風情を屠ることだ!!!!」


 これには周りの兵もアクスも呆れるしかない。どちらも良く受け、躱しているが、当たれば致命傷、もしくは相当のダメージになる攻撃をお互いに繰り返しているのだ。実戦経験では、現在の王国では抜きんでているアスクであっても、だんだんと精神的に疲労してくる。だが、それは相手も同じ事。今は激昂していて気付かないだろうが、いつかは確実にそれが出る。そう思いながら、アクスは時に受ける、切るだけでなく、蹴りや土を蹴り上げての目潰しなども織り交ぜながら、言葉で挑発していく。


「あ、悪ぃ悪ぃ。この地域じゃ、貴族って書いて犬畜生って読むのか。すまねぇ、勉強不足だったわ。」

「ふざけるな!この地を守ってきた我らを盗賊だなんだと。そんなに我らが気に入らぬか。我らがどれだけこの地の安寧に腐心してきたと思っている!」


『この地の安寧に腐心してきた?!』アクスはこの発言には苛立ちを覚えたものの、命がけで仲間が得た情報をもとに、これまた命がけで仲間が任務を遂行しているのだ。自分だけの事情で間違うわけにはいかない。少しでも長く、少しでも多くの敵を引き付けておかねばならないのだ。


 一方、物資を破壊しに行った3人、レビル、ジャミトフ、ゴップは、指揮官不在の混乱をついて物資までたどり着くことに成功していた。多少の敵からは攻撃を受けたが、まばらな攻撃では3人の足を止めることはできなかった。

 だが、3人の活躍もここまでだった。右腕の感覚がほとんどなくなっていたレビルは、篝火を倒すために盾を持った左手で払い倒した。そこに矢が殺到した。任務を果たしたレビルは、ここで脱落するのだった。

 レビルが矢により討たれたことを見たジャミトフは、咄嗟に盾を構えた。そしてゴップに警告しようとしたその時、物資に油をかけていたゴップも飛来した矢でハリネズミになってしまった。敵指揮官に置いてきぼりにされた敵弓兵は、直接切り合っている最前線から少しだけ離れていたがために、レビルたちが物資へ向かっていることに気づけたのであった。そこからは、その場限りの射撃統制官を一人選出し、弓兵部隊を立て直していた。

 咄嗟に近くの建物跡を遮蔽物にしたジャミトフは独り言ちる。


「団長に徴発されて飛び出していったイノシシよりも、もっと優秀な指揮官が居たんだな。ハハッ。こっちにとっちゃ最悪だ。」


 弓兵はまだ物資のあたりを狙っているはずである。そして、物資に火をつけるまでは団長たちも撤退できない。ジャミトフは周りを見渡し考える。火はある。レビルが倒した篝火が、篝火近くに撒かれた油に燃え移っている。何か燃えるものはと考えたとき、もしかしたら自分が隠れているこの建物、脆くなっていて、ファルシオンでも木材を取り出せる状態かもしれないと思い、手で壊れた壁であったろう部分を動かしてみた。すると、簡単に板状にはがれた。これであれば棒状にするのはたやすいと思ったのも束の間、これほど脆くなった木材は、果たして燃えるのだろうか?燃えたとしても、直ぐに火が燃え移ってくれなければ困る。自分が持っている油はまだある。木材に振りかければ、多少は燃えやすくなるか。あとは矢を防ぐ方法だ。盾は、一回であれば死なない程度に身を守れるはず。二回目は多分無理だ。炎までの距離は7m前後といったところ。敵の二射目が来る前に、この腐った木材に火をつけて、物資の油がかかった場所に投げつけて引火させれば任務完了である。

 それ以外に方法が思いつかなったジャミトフは、家の陰で40cm程度の棒状にした木材に油をかけ、左手の盾を前面に出して一気に駆け出した。一射目は予想通り防ぐことはできた。かなりの衝撃は来たが、盾に刺さったのは3本から4本程度のようだ。ジャミトフにとってショッキングな光景だったからゴップとレビルが矢でハリネズミになったように見えたが、実際のところ、敵弓兵自体は13人しかいなかった。とにかく油をかけた木材に火を移し、補給物資に向けて投げつけようとしたところで、敵弓兵の二射目が降ってきた。

 即死する場所には貰わなかったが、足に2本の矢が刺さってしまった。ジャミトフは、痛みをこらえながら火のついた木材を投げ、物資に火をつけた。そして、3射目を防御できぬまま矢の雨を受け、その生涯を閉じたのだった。


 アクスは敵指揮官を挑発して戦いながら、物資破壊完了の報告を待っていた。だが、その報告は、味方からではなく敵から行われた。


「騎士殿ぉぉぉぉ。どちらにおられますか?!物資が燃やされました。下手人は3人とも始末したものの、此方が持ち込んでいた油にも引火したようで、消火に手古摺っております。」

「な、なんだと!?防衛隊は何をしていた!!!」

「その防衛隊の指揮すんの、お前だったんじゃねぇのか?それをほっぽり出して俺と遊んでたんだから、味方に文句いうもんじゃねぇだろ。」


 アクスはついつい突っ込んでしまったが、どうやらレビルたちは任務を果たしたようだった。そして、生き残りは今アクスの周りで戦っている者たちだけだ。あとは撤退するだけなのだが、目の前の『騎士殿』と呼ばれて反応した敵指揮官がスッポンのごとく食いついてきたらどうするかという問題だった。

 アクスは味方に撤退の指示を出しつつ、最後に騎士と呼ばれた指揮官に話しかけた。


「さっき、『そんなに我らが気に入らぬか』って言ってたな。答えてやるよ。気に入らねぇよ。この村、なんで滅んだか知ってるか?なんて名前だか、知ってるか?」


 騎士は、脊髄反射とでもいうべき速度で、それに答えた。


「知らぬわ。私が知った時には、既に廃村であった。大方、開拓の失敗か?どうやらこの村の事で気に入らぬと言ってるようだが、逆恨みも甚だしい。」

「そうかい。じゃ、一つだけ教えてやるよ。ここはフォレ。フォレの村って呼ばれてたんだ。あとは自分で調べやがれ!撤退するぞ!!!」


 そう言って、アクスと生き残った団員は廃村から森へ走り去っていく。騎士は当然のごとく追いかけようとするが、周りの兵に止められていた。閣下に深追いはするなと言われていただろうと。

 アクスたちが立ち去った後、物資の消火活動を行った。結局、農村から東部大河までの間での襲撃は中止となった。物資の半分近くが燃えてしまったこと、消火活動後に襲撃地点まで行っても、すでに大使一行は居ないであろうことが理由であった。


聖歴1493年、夏期 終わりの月 第3週目 フォレの村付近の森 逆撃3日目


 森林地帯に撤退したアクスたちであったが、日付が変わるころになると、警戒態勢を解いた。とりあえず、追ってはこないようであると。生き残った人数を確認すると、5人であった。第1、第2、第3地点は順調であった。もちろん、寡兵で仕掛けるのだ。被害が出ることも分かっていた。だが、被害が大きすぎる。いや、全滅してもおかしく無い任務だったのだから、生き残ったことを喜ぶべきなのだろうが。


「団長。この後はどうしますか?東部大河砦の渡し舟まで戻りますか?」


 そう団員が尋ねてくるが、それは無理だった。渡し舟を使おうとしたら、まず間違いなく足止めされ、王帝会議中に王都へ帰ることは不可能だろう。王国としては、帝国との戦争にしないためにも大使に情報を持ち帰って貰わねばならないのだ。もっとも、情報収集よりも襲撃を防ぐことを主目的としていたため、プレヴェール伯爵家がほぼ確実に関わっているという情報以外は、アクスたちは持っていなかったのだが。


「とりあえず、この暗い中で動くのは無理だ。日の出までは休む。火打石は俺が持っているが、着火の魔法を使える奴はいるか?・・・・・・そうか。じゃあ、火をつけるぞ。最初は俺ともう一人で火の番だ。途中で交代する。もう少し森林を北に進むといくつかの河が東部大河に合流するんだ。そこよりも北であれば流れが激しいとはいえ、何とか渡れる。もう15年も前だが、当時12歳だった俺でも必死こけば渡れたんだ。」


 そういって、アクスは少し笑った。どうやら、フォレの村から逃げた時を思い出したらしい。そうして、休息をとった一行は、森を北上し何とか対岸へ渡ったのだった。


聖歴1493年、夏期 終わりの月 第4週目 王の執務室


 アクスはそこまで話して、王の執務室にいる面々を見渡した。そしてこう言った。


「で、今に至るってわけですわ。」


 東部大河の対岸に渡ってからが完全に抜けている。当然のことながら、ラドクリフは東部大河を渡ってからのことも聞いた。


「東部大河から王都までの報告も頼むよ。何もなかったんだろうけど、それでもね。」


 そういわれたアクスは、少しバツが悪そうに言った。それをみたエルキュールは、『こいつ、任務以外のところで何か問題を起こしたな。』と察し、ラドクリフも聞きたくないけど聞かなければならないという表情をしていた。


「あーーー、たいしょ、ラドクリフ殿下。その、東部大河の西側の森林の直ぐ近くの町。あそこから乗合馬車で戻ってこようとしたんですわ。そのために街に入ろうとしたんですがね?どうも山賊とか盗賊と間違われまして。門番の奴らが取り調べするって槍向けだしたんで、ちょっともみ合いになったんですわ。で、ちょっとばかし、そう、ほんのちょっとばかしなんですが、騒ぎが大きくなりやして。街の中から衛兵のお代わりが来た時に、俺の顔を知ってるやつが居たんでさ。ほら?去年の秋くらいに第13騎士団で出張った盗賊退治の時のことを覚えてたみたいなんですわ。それでそいつが門番やら衛兵やらに説明してくれまして。で、今はラドクリフ殿下の命令で動いているから、乗合馬車に乗りたいから通してくれと。あと、詳しい話は第2王子のラドクリフ殿下に問い合わせてくれってしときました。」


 エルキュールは目頭を揉んでプルプルと震えていた。さすがに王の御前でいつものようには行かなかったのだろう。王は王で、『そうだ。こいつはそういう奴だった。』という顔をしている。顔はニコニコしているが、目が全く笑っていなかったのは、全く知らないところで他領の門番や衛兵とイザコザを起こすという大問題な行動の当事者にされていたラドクリフである。


「東部大河の西、山側といえば、フォーレ子爵だね。うん。まぁ、子爵との関係は悪くないから、説明すれば分かってもらえるだろう。エル。後で私からの書状を届けてほしい。今は王都の館か領地に戻っているかは把握していないから、そのあたりを調べてからになるけどね。あと、そこのバカ団長。もう報告し忘れて居ることは無いね?」


 アクスはそういわれて、スッと目をそらした。


「はよ言え。王子様怒らないから、はよ吐け!」

「あのっすね?乗合馬車に乗るとき、誰も金持ってなかったんすよ。で、乗合馬車の組合にっすね?料金は後で王城のラドクリフ殿下のところまで取り立てに来てくれと。」


 さすがに頭に来たラドクリフは、被っていたいたナイトキャップをアクスに向かって乱暴に投げつけた。王はそれを見て爆笑していた。これで御前試合の時の私の気持ちが分かっただろうと。


 翌日。もう引き延ばす必要が無かった王帝会議を手早く終わらせた後、バルツァー大使と最後の情報交換を行った。王とバルツァー大使の間では、計画的に大使を襲うという行動は大問題だが、なんとか戦争まで発展する前の段階で解決したいと意見を交わしあったのだった。

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