第十二話 襲撃(中編)

聖歴1493年、夏期 終わりの月 第3週目 フォレの村付近の森 逆撃2日目


 休息を終えたアクスたちは、日が完全に落ちた後に第3地点から真直ぐ北上し、そこからは馬を捨てて森の中を徒歩で行軍していた。フォレの村へは平原側からだと近づきにくい。かといって森の中を馬で行くのは難しい。アクスだけなら不可能では無いが、全員でとなると無理だった。また、大使一行と合流しない以上、東部大河砦を使って渡河しない予定であった。そうなると馬を使えるのは河を渡る前までとなり、どちらにしろ捨てざるを得ないのだ。

 こうして森の中を進みながら近くまで来たとき、フォレの村がある方向から、少しだけ光が漏れていた。村は家などは崩れ落ち、柵も既に体を成していなかった。家は燃料にするために打ち壊されたのか、それとも単に腐って崩れ落ちたのか。無事な見た目の方が少なかった。


「団長。やつら、団長たちの予想通りに廃村を拠点にしていたようですね。」

「そうだな。そして、居ることは分かっても、どれだけの人数がいるのかが分からねぇ。第1地点の時みてぇに、遠目から見て確認することも出来ねぇ。」


 情報が無ければ襲撃計画も立てれない。だが、この状況で偵察するのは至難の技だ。ついでに言うと、音がならないように防具も脱ぎ捨てていかなければならない。本当なら革製の装備があれば良かったが、今回持ってきていたのは金属鎧しかなかった。

『さて、どうやって偵察するか。』と考えていると、カチャリ、カチャリと何か音が聞こえた。村までは聞こえないだろうが、なるべく音を立てるなと注意しようとしたアクスが見たものは、鎧を外しているバスクだった。


「何をしている?バスク。鎧を外せとはいってねぇぞ?」

「いやね?旦那。偵察って言ったら俺の仕事ですわ。それに、ついこの間まで猟師でしたからね。鎧と鎖帷子を脱いで草だの土だので汚して見れば・・・・・・ほら?どうです?どっから見てもただの猟師にしか見えないでしょ?」


 確かにどこかの兵には見えないかもしれない。だが、危険なのは間違いない。相手が地元の猟師と勘違いしてくれても、物資を集めている状況を見られた以上はと口封じしてくる可能性もあるのだ。


「旦那。危険でも、危険じゃなくても、情報は必要なんだ。そうである以上、誰かが行かなきゃなんねぇんですよ。なら、第13騎士団うちの偵察担当の俺の仕事ですぜ。」


 アクスはしばらく悩んだ挙句、自分が覚えている限りではあるが、自分の住んでいたころの村の間取りを教えてから、バスクを送り出した。


「バスク。無理すんじゃねぇぞ?たぶん、あの大きな篝火は、村の中心、元は聖教の教会があった場所のはずだ。かなり見通しが良くなっていて、井戸なんかもある広場になってた。村の東側、森に近いところには備蓄倉庫があったはずだ。物資おけるほど広いスペースは、広場か倉庫跡しか無ぇはずだ。気をつけろよ?」

「了解でさ。」

「お前が行ったら、もう少し村に近づいて待機しておく。無理だったら引けよ?無理なほど守りが厚いってのも重要な情報なんだ。無理に突入すれば全滅する可能性もある以上、お前が捕まっちまったら助けには行けない。明日まで待って、第3地点に出撃するのを確認してからそっちを潰すって方法もあるんだ。」

「分かってますって。もし俺がヘマした時は見捨ててくだせぇ。そんかわり、王都に戻ったら、いつもの酒場で一番高いやつを奢ってくださいよ?」


 バスクはそういって、村に侵入していった。少ししてから、アクスは残った部下に指示を出した。


「もう少し村に近づくぞ。バスクがしくじって逃げてくる時に、なるべく早く合流出来る位置までだ。音を立てるんじゃねぇぞ?」


 そうして、村に近いところまで寄ったアクスたちは、じっと身をひそめるのだった。

 村に侵入したバスクは、慎重に村の中心、広場に近づいて行った。村はそれほど大きくなく、壊れて崩れかけた建物の陰に隠れながらだ。広場の見通しが良くなっているということは、ある程度の距離があっても、物資が積み上げられているか、そうでないかは分かるはずである。


(広場は・・・・・・とりあえずは人だけ。なんとなく偉そうな奴らが何人かいるねぇ。あれが指揮官か?いや、あいつらが指揮官かどうかではなく、物資の集積場所なんだよな、知りたいの。広場には無しと。さーてさて。お次は東側の森に近いところっと。)


 広場に近づいた時と同じく、建物から建物へと身を隠しながら進んだバスクであったが、倉庫跡まであと少しというところで、廃村を巡回していた兵士と鉢合わせてしまった。


「貴様!そこで何をしている!出てこい!!!」


 巡回兵に見つかってしまった以上、出ないわけにも行かない。しかも結構大きな声で言うものだから、周りから他の兵も集まってくるのは間違いなかった。バスクは覚悟を決めて巡回兵の前に姿を現した。


「へ、兵隊さん。待ってくだせぇ。わたしゃちょっと南にある村で暮らしてるバスクってんです。しがない猟師ですわ。ちょっと獲物を取る罠を張ろうと思って森に来たら、この廃村から何か明るいもんでして。もし盗賊やら野盗やらのやつらが住みついたようだったらご領主さまにお伝えしなくちゃって思って様子を見に来ただけなんでさぁ。」

「ふんっ。この廃村に近づくやつなどほとんど居ないと聞いているがな。まぁいい。不審者を見つけた場合は、閣下の前に連れていくことになっている。大人しくしろ。」

(近づく奴はほとんど居ないと『聞いている』だと?こいつら、プレヴェール伯爵の兵じゃないってことか?)


 そうして他にも集まってきた兵とともに連行され、村の広場に来たのだった。


「閣下。村の倉庫跡に近づく不審者を捉え、連行しました。」


 閣下と呼ばれた男はバスクをつまらなそうに見据え、近くにいた若い男に話しかけた。


「騎士殿は正体不明の敵に良いようにやられ、今度は不審者。全く。見張りはどうなっているのでしょうかねぇ。だいたい、この不運な平民はともかく、あんな見通しの良い場所でただ時間を待つこともできないとは。負傷者まで含めれば作戦遂行能力を失ったと言って良いほどの大損害。しかも、その大部分は同士討ちとのことじゃないですか。もうこれ、どうやっても報告したものでしょうか。もうこれ以上の作戦遂行は無理でしょ、これ。」

「お待ちください、ししゃ・・・閣下。あれは夜に奇襲されたからです。少数であれば、行軍速度はあがります。それであれば、次の日の出前に出発すれば、あのような場所で夜を明かす必要ありません。もう一撃、大使たちに加えることができます。」

(大使にもう一撃?ってことは、この騎士って呼ばれた方が第1地点の指揮官か?第1地点での襲撃は防げたってことでいいのか?)


 閣下と呼ばれた男は、さらに表情を険しくした。険しくしたというか、呆れているのだろうか。大使たちをもう一度襲撃したい、そう言い募る騎士と呼ばれた男に対し、ため息交じりに返答する。


「騎士殿。相手は同格。野盗相手では無いのですよ。しかも、こちらの戦力は比較的軽めの負傷者と物資の護衛部隊を入れたとしてもですよ?100にも満たないのです。そんな手勢でどうやって5倍の敵を潜り抜けて大使を害するというのです?しかも、明日仕掛けられる場所は待ち伏せには向かないと自身もでもおっしゃっていたじゃないですか。はっきり言って不可能です。まぁ、護衛たちには多少の損害を与えることは出来るかもしれませんが。」

「負傷者を入れなくとも、騎兵だけでも投入できれば、」

「その騎兵も!既に半数を失っているのですよ、騎士殿。しかも戻った者たちからの報告では、こちらが投入した騎兵は全て失われ、相手の損害は軽微らしいじゃないですか。これはもう、相手が騎兵に対する新戦術を生み出したか、対騎兵特化の新しい武器でも作り出したと考えるべきでは?」

(ああ、レイピア百人長を襲った奴らのことだな。鉄砲にやられたんだな。よし。確定。あとはどうやって旦那に伝えるかだが・・・・・・。)

「それに、襲撃自体は実際に行えたのです。我々の目的を果たすには十分とは言えずとも、最低限の戦果は得られています。これだけでも十分に帝国と王国の問題にすることが出来ますよ。」


 そうして押し問答を繰り返している閣下と騎士に対して、バスクは話しかけ辛そうに、何にも知らない平民が必死に命乞いをしている風を装って口を開いた。


「あのぅ、旦那がた?わたしゃいつ解放して頂けるんでしょうか?ここは貴族様の管理森林では無かったと思いますし。本当に、誓って、ここに近づいたのはならず者が住みついたんじゃないかと思ってのことだったんですよぉ。今夜見聞きしたことは墓場まで持っていきますんで、村に戻らしては頂けないでしょうか?」

「そういえば、不審者もいたのでしたね。しかし、墓場まで持っていく、ですか。あなたが聞いてしまったものは、結構な機密情報なのですよ。あなたの言葉を信じて、『はい、解放。』とはならないのです。そうですね。あなた、それなりの年齢のようですし、結婚はしてますよね?あなたの妻と子供を我々に差し出しなさい。そうすれば、あなたは見逃しましょう。」


 閣下のその言葉を聞いた騎士は、即座に反論する。


「閣下。そのようなことは認められるわけがないでしょう!?この男を殺すことは、もう聞かれてしまった以上仕方が無いのかもしれません。ですが、なんの関係も無い領民をいたずらに害するような真似は!」

「何をおっしゃる。関係ないと言えば、目の前のこの男もそうではありませんか。ですが、自身の妻子を差し出してまで生き延びたいという実績を出したのであれば、それは信用に値するのでは?それに、この男にこうして見られている時点で、他にも見られている可能性があります。ここを引き払う際には、ならず者が住みついていました、とする方が良いのでは?ならず者が住みついていた証拠に、近くの村から攫われてきた被害者がここで死体で発見されました。この方が通りが良いでしょう?」


 そうして、閣下はバスクに妻子を差し出せと迫り、騎士が怒りを耐えているなか、バスクは深呼吸をしつつ答える。


「だ、旦那ぁ・・・・・・。」

「どうしました?早くきめなさい。」


 バスクは覚悟を決めた顔をして、息を大きく吸い込んだ。そして、顔を天に向かって上げ、大声で叫んだ。


「旦那ァァァァァァァァ!!!第1地点、被害甚大!襲撃中止!第3地点はここ!補給物資は倉庫跡!」

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