第十一話 襲撃(前編)

聖歴1493年、夏期 終わりの月 第4週目 王城 王の執務室


 王都の西門より入場したアクスは、第13騎士団の詰所で待機していた。もちろん、そもそも王都に到着したのが夜だ。そのため王都の門はしまっており、どうやって通るかと考えていたところ、自分の名前を出したら、第13騎士団の詰所で待機するようにとのラドクリフからの伝言を受領したのだ。詰所に到着し部下たちに解散を言い渡した後、自身も着替えて10分程度待ったころだろうか、詰所に現れた第2騎士団の団員に先導され、王の執務室にやってきたのだった。

 いつもの調子でドアを開けようとしたものの、そういやノックしてからって言われたかと思い出したアクスは、トントンではなくドンドンとドアが壊れそうな勢いで戸を叩くと、一言言った。


「第13騎士団アクス、ただいま参上しやした。・・・・・・って、これどのタイミングで扉を開けりゃいいんだ?」


 アクスが迷っていると、王より入室の許可がでた。


「入りたまえ。」


 王の執務室には、今回の王国側の関係者がそろっていた。もっとも、ラドクリフだけは『身内しかいないんだから』の一言で寝巻だったが。そして王の一言でアクスの報告が始まった。


「第13騎士団、団長アクス。此度の任務ご苦労だった。そこにいる第2騎士団、団長エルキュールより、行きと帰りについては既に報告を受けた。ゆえに、第2騎士団と別行動をとった後から王都帰還までの報告をせよ。」

「おう。エルキュールたちより少し早い日の出前に東国境砦を出立後・・・」


聖歴1493年、夏期 終わりの月 第3週目 東国境砦日の出前 逆撃1日目


 まだ日も登らぬ暗がりの中、アクスとその部下10名は暗がりに紛れて東部地域で馬を走らせていた。アクスたちは襲撃犯の検分を行った次の日を準備にあて、大使とその護衛部隊と8時間程度の時間差になるように出立していた。

 別に脱走したわけではない。目的はふたつ。ひとつは東部地域にて大使を襲撃するために待ち伏せしてるであろう戦力を叩くためである。もっとも、叩くといっても王国の補給部隊と東国境砦を襲った際に撤退した兵だけでも150名以上いるのだ。10名の騎兵とはいえ、待ち伏せしている部隊の方が数は多いだろうから、正面から当たったら数の暴力で一方的に押しつぶされてしまう。それに、騎兵がいた場合は避けるしかない。このため、騎兵が居なければ弓や投石にて手傷を与えたり、可能であれば相手の遠距離攻撃手段である矢玉などを喪失させ、相手を撤退に追い込むこと第一としていた。少なくとも、大使一行が襲撃予定地点を通るときには、再度待ち伏せ部隊を配置出来ない状態にすればよいのだ。

 もうひとつは、襲撃犯の補給物資集積場所を襲撃することである。人間、食べて飲まねば行動できないのである。そして、武器や防具も使えば痛むし、特に矢玉は使えば減る。そして、東部大河砦から物資を搬入して東部地域で使うのでは、東部地域の街道上での襲撃は時間的に不可能だろう。ならば、どこかに襲撃犯が用意した物資集積場所があるはずなのだ。襲撃は、東国境砦から途中の農村までの間に1回か2回、農村から東部大河砦までの間に1回が限度だろう。もっとも、農村から東部大河砦までの間の地点は、ここで襲うなら農村に入ったところを襲った方がマシといえるくらい条件は悪い地点だったが。

 これらはあくまで、騎士団入団前にこの地域で賊働きしていたアクスとレイピアの見立てである。さらに言えば、街道よりも海側は想定から外していた。単純に海側は隠れられる場所が少ないことと、街道よりも海側、森側の両方に戦力を出すことが不可能だったためだ。相手の騎兵は、少なくとも15騎は残っているのだ。30騎のうち10騎を振り分けるだけでも痛手なのに、さらに10騎出して、襲撃犯の騎兵数よりも少なくすることは出来なかった。もちろん、15騎という想定は最低数であり、もしかしたらもっと数がいるのかもしれない。

 そうして、月明りのみで馬を走らせていたアクスたちは、待ち伏せ予想地点の一つ目に近づいていた。


「よし。ここらで止まれ。バスク、偵察を頼む。見つかった場合は直ぐに合図しろ。お前の馬を連れて救援に行く。」

「任せといてくれよ、アクスの旦那。これでも元猟師だ。動物に比べたら、人間は鈍いぜ。ヘマはしないさ。」


 アクスは停止命令を出し、バスクを偵察に出した。まだ日の出まで2時間以上あるため、まだ暗い状態だ。矢自体は、一人当たり20本入りの矢筒をふたつ持ってきているし、念のためと東国境砦で分けてもらった油が入った壺が5つある。だが、偵察の結果が大人数であれば仕掛けるのも難しいかもしれない。

 しばらくして、バスクが戻る。偵察は無事成功したようだった。


「旦那、戻りました。敵さん、テント張ってグッスリでしたよ。テントの数からのみてって話なんで正確じゃありませんが、兵力は80名から100名ってとこじゃないですかね?陣地というには柵などは特に立ててませんでしたが、篝火は結構焚いてました。その灯りで見えた範囲ですが、今、俺らがいる側に6名でした。たぶん、逆側にも同じ数はいるでしょうね。で、俺らから見て右手奥側に篝火が多めでした。たぶん、指揮官か矢玉なんかの物資か、何か他とは違うものがあると思います。」

「おう、わかった。ご苦労さん。相手の方が数は多いのは想定内だが、10倍とはなぁ。これが任務でなきゃ尻尾巻いて逃げ帰るんだが。どうしたもんかねぇ。」


 アクスは悩みながらも、撤退という選択肢は無いことを分かっていたし、相手が寝こけている今が襲撃のチャンスであることも分かっていた。少し考え込んでいると、部下の一人が作戦を提案してきた。


「団長。上手くいくかは分かりませんが、こんなのはどうでしょうか?」

「どうした?なんかあるなら行ってみろ、ゴップ。」

「団員になる前に住んでた村に、旅芸人が来たことがあったんです。その芸の中に劇がありましてね?その劇に、今みたいな少人数で大人数の敵陣地を攻めるってシーンがあったんですよ。やったことは簡単で、主人公たちが突撃して『敵が攻めてきたぞー。大軍だ。やつら、こっちを潰すつもりだー。』って言いながら、篝火を蹴り倒して暗がりを作るんですよ。で、篝火が無くなった陣地は暗がりと主人公たちの流した偽報告で、同士討ちまで発生する大混乱。主人公たちは窮地を脱するって話だったんです。」


 アスクは『劇ねぇ。』と思いつつ、他に方法が浮かばなかったため部下に尋ねる。


「こんなかで、俺以外に騎射できるやつはいるか?・・・・・・4人か。よし。俺も含めた騎射できるやつは、見張りをやれ。他のやつは、『敵が攻めてきた』『俺らよりも多いぞ』『俺は味方だ、攻撃してきた奴が敵だ』とか、篝火を蹴り倒しながら混乱しそうなことを叫んで手当たり次第に攻撃しろ。んでもって、篝火は見つけ次第蹴り倒せ。物資があったなら、なるべくそれに引火するようにな。油壺も各自の判断で使っていい。レビルとジャミトフは、バスクが言ってた右手奥に行け。物資でも指揮官用のテントでも良いから、焼いとけ。戦果の確認はしなくていいから、それだけやったら一気に駆け抜けて第2地点に行くぞ。混乱から立ち直ったら、俺らの戦力じゃどうしようもないからな。」


 アクスは、そういって街道からは見づらい小高い丘の裏手にある敵陣に突撃していった。アクスの指示通り、騎射出来る者が放った矢が見張り兵の3人を仕留めた。アクスの雑な指示で3人持って行けたのは良い方だろう。そして、残った見張り兵とアクスたちが口々に敵襲を知らせる。


「なっ、敵襲、敵襲ゥゥゥゥゥゥ!!!見張りがやられたぞ。」

「や、奴らたくさんいるぞ。俺らを潰しに来たんだ。」

「皆を起こせ、敵は騎兵複数!」

「歩兵もたくさんいる、暗闇から突撃してくるぞ。」

「敵は騎兵。弓を持ってる奴は撃ちまくれ!」

「うわぁ。誰だ、今撃った奴。こんな味方が密集している場所で弓を撃つな!!!」

「俺は味方だ、攻撃するな!」

「武器を振ってるやつはやめろ。篝火が倒れる。」


 アクスたちは篝火を蹴り倒してドンドン進む。特に騎射出来る者たちは、馬に乗ってない者に矢を放っていく。襲撃者たちが訓練された兵士だったとしても、寝起きと篝火が減ったことによる暗がり、そして何より真面目に報告してアクスたちに射貫かれる見張りや、アクスたちが言ったことを上官が言った命令だと勘違いするものなどなど、襲撃者たちはアクスたちが突撃してから数分も経たずに大混乱に陥っていた。


「やめろ、弓を撃つな。味方に当たる。」

「敵の歩兵も大軍だ。弓を持ってるやつは撃ちまくれ。敵の足を止めろ。」

「敵は、敵はどいつなんだ?」

「右だ!右の奴だ!そいつから攻撃された!」

「誰の右なんだ!!!」

「うがっ・・・。い、痛てぇ。てめぇ!やりやがったな!」

「違う、俺じゃない。やめ・・・。ぎゃぁぁぁぁぁ。」

「こいつ・・・味方をやったぞ、こいつが敵だ!」


 もはや、アクスたちが何もしなくても敵が敵を増やしてくれている状況になっていた。

 一方、何かがあるらしい場所へ向かったレビルとジャミトフだったが、どうやら指揮官用のテントがある場所のようだった。通り道にある篝火を蹴り倒すのはもちろん、警備の兵と見られるものや起きて混乱を治めようとした指揮官に矢を放って走り去っていった。物資で無かったことが悔やまれるものの、あくまでも敵を混乱させ損害を与えることが、今自分たちのやるべきことであると自覚していた。

 待ち伏せしていた襲撃者たちの混乱を尻目に、アクスたちは一人も欠けることなく陣地を脱出していた。


「ヒュゥゥゥゥ。劇ってのも侮れないもんだな。なかなか良い戦果だったんじゃねぇか?確認は出来ねぇけどな。ところで、全員そろっているな?」


 アクスは襲撃者の陣地を抜けて少ししてから確認した。別方向に向かったレビルとジャミトフも合流していたようで、アクスに物資で無かったことを報告した。何事も無かったことを喜びつつ、もし待ち伏せを確認する第2地点にも敵がいたら『情報が共有されていないこのタイミングなら同じ手で行けるか?』と考えていた。もっとも、第2地点には待ち伏せ部隊はいなかったのであるが。

 第2地点を確認したアクスだったが、そこはもぬけの殻だった。自分たちはともかく、馬は少し休ませないと行動不能になる可能性もある。休息を取る必要があるのだが、そこをどこにするかが問題だった。ここらであれば地図に載っていない小さな川まで把握している。ここいらの近くだと、最終目的地であるフォレの村に近い場所と第3地点に近い場所に小さな川があった。

 アクスは、東国境砦で襲撃が2回あったと聞いたとき、『どこかに襲撃者の補給物資をまとめている場所があるのでは?』と思っていた。2回目の襲撃が北からという情報からすると、街道より森林側で活動する際の拠点として最も使いやすい場所が、フォレの村があった場所であった。当たり前と言えば当たり前の話なのだが、隠れ里などを除けば、どう頑張っても孤立するところに集落はつくらない。森林地帯で取れる素材を村に集約し、そこへ街道を伸ばして近くの大きな村や街、ひいては領内に素材を行き渡らせるのだ。

 廃村となって以降は再建されていない以上、あのあたりに近づく者は多くない。アクスは木材の耐久年数など知らないのだが、家や柵に使われていた木材だって、ずっと住むには使えなくても、ほんの数日間だけ持てばよいということであれば、使って使えないことも無いかもしれない。仮に一時的な拠点を築くことには使えなくても、火を焚く際の燃料にはできるかもしれない。

 そこまで考えたところで、まずは第3地点を確認することにした。遠目から見て敵が居なければ問題なし。第3ポイント近くの川で休憩を取ろうと。そして第3地点にも、襲撃者はいなかった。第1地点の襲撃者にどの程度の被害を出せたかは分からないが、フォレの村では、物資を守っていた奴らも含めて、また100近い敵とやりあうんだろうなと考えていた。

 休憩地点とした川に着くと、アクスは自分を含む6人と5人の班に分け、4時間の仮眠取るように指示した。仮眠を取っていない方が見張りと馬の世話である。そして、日が落ちたらフォレの村付近に移動して、物資を焼き払ってしまうか、相手に何かしらの打撃を与えて帝国大使襲撃を断念させなければならない。そう考えながら、アクスは自身も休息を取るのだった。

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