第九話 行軍

聖歴1493年、夏期 終わりの月 第2週目 東部大河砦


 砦にて襲撃があった2日後、エルキュールとバルツァーは東国境砦を出発した。多少の強行軍ではあったが、東国境砦を出て2日で東部大河砦に到着したのだった。もちろん、朝に東部大河砦の対岸に到着、昼過ぎには全部隊が東部大河砦へ渡河し終わるように調整した。東部大河砦では、アラン=プレヴェール前伯爵が待っていた。アランはバルツァーに挨拶をし、その直ぐ横のエルキュールをみると、渡し舟の不備を詫びてきた。


「帝国大使、アルベルト=バルツァー閣下とお見受けいたします。この地を拝領しております、プレヴェール伯爵家のアラン=プレヴェールと申します。既に隠居の身ではありますが、ご挨拶に参りました。この度の王国へのご来訪、心より歓迎いたします。王帝会議へのご参加ではあまり時間も無いかもしれませんが、ぜひ王国の地をお楽しみください。ああ、エルキュール殿。東国境砦へ向かう際は申し訳なかった。その際に足止めしてしまった2日間分の食料をこちらで用意しておきました。お詫びとしてお持ちくだされ。」


 バルツァーは、襲撃があったことなどまるで知らないような態度のアランに、不自然にならない程度に探りを入れてみることにした。


「これはプレヴェール前伯爵閣下。この度、カールスケール帝国より王帝会議の全権大使として任命されました、アルベルト=バルツァーでございます。皇帝陛下より宮廷伯を賜っております。国境の砦よりここまで、風光明媚な自然を堪能させていただきました。おお、もちろん、帝国軍に勝るとも劣らない王国正規軍の精強さも堪能させていただきました。」

「それはようございました。帝国とも違う文化の地、ごゆるりとご堪能ください。」


 反応はしないか、そうバルツァーは思った。さすがに長く上級貴族として、領主として、経験を積んできたわけでは無いと。だが、反応しなかったらしなかったでそこから読み取れることはあるのだ。これはプレヴェール前伯爵から離れたところでエルキュールと護衛隊長に共有しようと考えていた。

 挨拶も一段落と言ったところで、エルキュールがバルツァーに出発時刻が迫っていることを伝えた。


「ご歓談中、失礼いたします。プレヴェール前伯爵より頂きました食料の積み込みが終わりました。そろそろ出発しなければ、日のあるうちに次の街へ到着出来なくなってしまいます。」

「承知しました、エルキュール殿。では、プレヴェール前伯爵閣下。私は王都へ向けて出発いたします。」


 そうして、王都へ向けて進みだすバルツァー一行であった。そして、東部大河砦が完全に見えなくなったころ、バルツァーはエルキュールと帝国護衛隊長に、先ほどのプレヴェール前伯爵についての情報を共有した。


「あくまでも長年の経験から来る勘でしかないが、プレヴェール前伯爵も襲撃に関わっておるな。ん?何故か、じゃと?護衛隊長はともかく、エルキュール殿は、こういったことについても勉強した方が良いのぅ。先ほどプレヴェール前伯爵と話したときに『王国正規軍の精強さも堪能した』と言ったじゃろ。あの時プレヴェール前伯爵は、無表情を貫いておった。これは『王国正規軍の鎧を着た者たちに襲撃されたこと』それ自体を知らなかったということを隠したかった可能性が一つ。もう一つの可能性として『その話題を避けたかった』からということが思いつくのじゃ。東部大河砦にて、衛兵が前伯爵を呼びに行ってから挨拶なら前者とも思うが、あのタイミングで船着き場で待っていた以上、儂らの到着予定についての報告は受けていたじゃろう。」


 エルキュールは、なるほどと思いつつも、一つ疑問があった。


「バルツァー閣下と私は最初の渡し舟で東部地域から東部大河砦へ移動しました。このため、私たちの姿を見た東部大河砦の衛兵がプレヴェール前伯爵を呼びに行った可能性はないのでしょうか?」

「あるといえばある。じゃが、儂の顔を知っている衛兵がどれだけおるかの?儂の家紋であればいざ知らず、国境沿いにあるわけでもない王国の砦の衛兵が儂の顔を知っているとは思えん。エルキュール殿であれば、儂らを迎えに来る際にあの砦で大騒ぎしたそうじゃから、覚えていた者もおったやもしれんがのぅ。もっとも、自分たちが頂く王族からの要請ですら行き違いを起こすほど代替わりした息子の領主教育に忙しい前伯爵じゃ。事前情報無しで砦にこもっているということ自体がおかしいんじゃがな。そして、あの詫びとして寄越した食料じゃ。いくら保存食とはいえ、いつ来るか分からぬ者に渡すものじゃ。ずっと野ざらしにしておくかの?2日分とはいえ、500人を超える人数分となると相当な数である。それをパパっと人目につかず用意することは無理じゃしの。儂は東部大河砦に着いてから前伯爵に会うまで、あの食料を運んでいたものを見ておらん。いつ来るか分かっていなければ、直ぐにこちらの馬車に詰める状態で野ざらしにしてはおかんじゃろ?」

「なるほど。こちらが何時到着するかを知っているということは、こちらが襲撃を受けたことも知っているはずということですか。どこで見て、どのように情報が入ったかまではわかりませんが、東国境砦はまだ戦闘の後始末が終わっていませんでしたからね。いつ到着するかだけを計っていたとしても、我々が襲撃を受けたことも合わせて報告されるはずですね。ご教授、痛み入ります。」

「儂らを監視しておった者がいた可能性もあるが、もしかするとアクス殿が上手くやり過ぎたのかもしれん。東部地域では襲撃も受けんかったし、撤退した襲撃者自身から聞いたのかもしれんの。まぁ、この辺りは王都に遅れて到着するアクス殿の話を楽しみにしておこうかの。」


 そうしてバルツァーとその護衛一行は、足早に王都までの街道を進んでいくのであった。


聖歴1493年、夏期 終わりの月 第3週目 王都正門


 結論から言えば、東国境砦から王都までバルツァー一行は襲撃を受けることは無かった。プレヴェール伯爵領を出るまでは常に斥候を出すなどして警戒していたが、伯爵領を出て最初の村で大休止を行った。

 大休止を取った際、エルキュールは第2王子への簡易報告書を作成していた。内容はもちろん東部地域での襲撃とプレヴェール伯爵家の事についてである。王都まであと3日程度の頃合いで、第2騎士団の十人長に報告書を持たせて先触れとした。十人長では王族に直接拝謁する立場ではないが、名代としてであればゴリ押せなくも無い立場だ。物資の積み下ろしなどの作業中であればともかく、実際に襲撃があった護衛行動中に百人長を引き抜くのは不可能であった。

 エルキュールはこの十人長に『先触れとして、2-3日後に帝国大使一行が王都に到着することを王都に伝えること、自分が書いた東部地域の報告書を直接、第2王子に手渡しすること。そして、渡したら必ず直ぐに読んでもらうこと。』を厳命していた。

 王都正門についたバルツァー一行は、形式な入場手続きを行った。その際に先触れとして出していた第2騎士団の十人長が正門にて待機していたため合流した。その後、国王に到着の挨拶や護衛のために登城する大使と他数名を除いては、王帝会議の期間に帝国大使一行が逗留する館へと案内する手筈となっていた。それに従い、エルキュールたち騎士団は王都の中心にある貴族地区、その貴族地区の中心にある王城へと歩を進めると同時に十人長から、第2王子の伝言を聞くのであった。


「マルロー団長。第2王子殿下への書簡輸送任務、終了しました。第2王子殿下は、お渡した書簡をその場で読んで頂けました。そして、第2王子殿下よりご命令です。護衛部隊を解散した後、執務補佐の日常装備に切り替えたうえで殿下の執務室まで出頭せよ、とのことでした。」

「了解した。任務ご苦労であった。下がってよし。」


 エルキュールは、可能であればバルツァー大使と国王で今回起こった襲撃について意見を交わして欲しかったというのが本音だった。王の都合がどうしてもつかなければ、王子殿下たちのどなたかでも良い。もちろん、それが第2王子、ラドクリフ殿下であれば、第2騎士団としては言うことなしである。

 なんにせよ、護衛任務の半分が終わったところである。帝国大使一行が帰る際にも第2騎士団と第13騎士団が護衛に付くことになるだろうが、問題はアクスが王帝会議が終わるまでに王都まで戻ってこれるかどうかだ。戻ってこなかった場合は、最悪第2騎士団、第13騎士団の両方が護衛任務から外れることもありうる。王城へ向かう最中、エルキュールはこれからの事に考えを向けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る