第八話 検証

注意:地球で歴史上使われた武器の名前が出てきますが、これは形を想像しやすくするためにそのまま使っています。武器名で画像検索すると形を確認できますから。また、これまでの話で距離をメートル法で表しているのも想像しやすさを重視しているためです。地球とは別の世界の話なのに雰囲気が壊れると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ご了承ください。では、本編をどうぞ。



聖歴1493年、夏期 終わりの月 第1週目 東国境砦 夕刻


 輜重隊も含め、日が落ちる前には東国境砦にて第2、第13騎士団は合流できた。状況を団長へと報告するため、各百人長が自分が指揮する各隊の状況を纏めていた。その間に、アクスとエルキュールの二人は帝国大使とその護衛隊長と、正式に顔合わせを行っていた。

 それぞれの自己紹介が終わった後、護衛計画をすり合わせようとしたエルキュールだったが、護衛隊長が待ったをかけた。


「第2騎士団長殿、第13騎士団長殿。危なかったところへの助太刀、まことに感謝しているし、大使たるバルツァー閣下、ならびにその随行員一同が無事であったことも含めて問題とする気はない。だが、遅れてきたことに対する謝罪くらいはあっても良いのではないだろうか?」


 エルキュールは、これに『何を言っているのだ?』と思い、自分たちが聞かされていた到着予定は第2週目であることを伝えようとした。だが、脊髄反射とでもいうべき速度で言い返す男がいた。そう、アクスである。


「おいおい、護衛隊長おっさん。あんたらが早く着く分には勝手だぜ?だがよぉ。十分に予定に間に合うように到着したこっちに文句言うって、どういう了見だ!ああ?」

「見てくれはどうあれ、仮にも騎士団長ともあろうものが、自分たちの非すら認められないのか?確かに第1週目には間に合っているが、その前の週には到着しておいてしかるべきであろう!それが両国のこれまでの通例だったはずだ!!!」


 一気に険悪なムードになる中、エルキュールとバルツァーはそれぞれの側を窘める。


「アクス。少し黙っていろ。どうやら食い違いがあるようだ。」

「護衛隊長殿。まずは話を聞いてからじゃ。」


 護衛隊長は『ハッ。申し訳ありません。』と素直に引き下がったものの、アクスは憮然として『へっ、悪ぅござんした。』と返した。エルキュールはアクスに言いたいこともあったものの、話が進まないということで無視してバルツァーに話しかけた。


「バルツァー閣下。どうも、お互いの予定に食い違いがあるように感じます。」

「そうだの。儂もそう思っておったところだ。帝国か王国、どちらかはともかく単なる伝達ミスであれば、ミスした者への叱責はあれど、今この場では流せる話じゃ。だが、意図的に儂らと貴君らの行動予定をずらされたとすれば、笑い事ではすまぬ。どんな命令を受けたか、話してはくださらんか?どのような話でもこの場限りにすることを約束しよう。」

「意図的に予定をずらされていた場合、確かに拙い事態かと思います。双方の命令の齟齬を見つけるため、そしてこの場限りとおっしゃった閣下を信用して話させていただきます。我々、第2騎士団と第13騎士団は、王帝会議のために王国をご訪問される帝国大使閣下とその随伴員一行が夏期 終わりの月 第2週目に到着されること、その護衛のため夏期 終わりの月 第1週目までに東国境砦に到着し、大使閣下到着まで待機。到着後は護衛として王都まで向かうことと命令を受けております。」

「ふむ。その内容だと、マルロー殿とアクス殿は真面目に命令を遂行したことになるのぅ。可能ならで良いが、その命令を証明はできるかの?命令書などがあれば一番良いのだが。」


 本来、軍事だけでなく命令書というものは内部資料である。それを外部の人間に見せるというのはよろしくない。だが、今回に関しては『命令の不備』というものを第2、第13騎士団でも体験していた。それにより2日間だけとはいえ足止めと受けたのである。これまでと違いイレギュラーが重なっている以上、どのような命令を受けたかを証明できるのであればしておくほうが話が早くなる。そう考えたエルキュールは懐から命令書を出した。そして、アクスにも命令書を出すように求めた。


「エルキュールで結構です、バルツァー閣下。こちらが我らが受けた命令であります。アクス、貴様も持っているなら出せ。」


 あいよ、とアクスも出す。この2通の命令書には、双方に同じ文章が書かれ、エルキュールが語った命令通りであると、バルツァーと護衛隊長は確認した。


「なんと!バルツァー閣下。これは、我々の到着予定が一週ずれております。」

「そうだのぅ。そもそも儂が命令を受けた時点で、第1週目に国境砦に到着し第4週目までに王都に到着とは、移動期間を長く見積もり過ぎでは?と大使の命を受けた後に確認もしたのじゃ。だが、到着予定は第1週目で間違いないとの返答だったからのぅ。」


 少なくとも王国、帝国から来た者たちは、それぞれが忠実に命令をこなしたということは確認された。この場にいる4人は、どうも何かおかしいと感じ始める。エルキュールは、渡河の際に足止めされたことを話そうと口を開きかけたが、その前にアクスが意見を述べる。


「そちらの帝国大使殿が許可してくれんなら、うちのスピアとレイピアもこの場に呼びたいんだが、いいか?」

「アクス。帝国大使『殿』ではなく、大使『閣下』だ、馬鹿者。確かにスピア殿には来てもらった方が良いかもしれないが、レイピア殿もか?」

「ああ、合流した馬車がボロくなってたからな。ありゃあ、輜重隊も襲撃受けたんだと思うぜ。」


 それを聞き、護衛隊長は団長2人でも何かあったら大使を守るのが大変だというのに、さらに人数を増やされてはと難色を示すが、バルツァーは少しでも手がかりがあるならと、この場に呼ぶことに許可した。

 3分も立たずに到着したスピアとレイピアが入室して自己紹介を行ったところで、エルキュールが話し始めた。


「まず、我々第2騎士団と第13騎士団は、本来立てていた予定であれば、夏期 中の月 第4週目の終わりか、終わりの月 第1週目の頭には、ここ、東国境砦に到着する予定でした。しかし、東部大河を渡河する際、本来であれば用意されているはずだった船が用意されていなかったのです。これは我が国の第2王子殿下の名の下にプレヴェール伯爵家に要請されたものでした。結局、船は伯爵家では用意しておらず、定期便がを徴発したのですが。私とスピア殿でプレヴェール伯爵家に確認した折には、連絡の齟齬を理由にされました。このために2日間、渡河日も入れれば3日間、本来の予定よりも到着が遅れました。」

「ふむ。自国の、それも王族からの要請があったにしてはおかしな話じゃの。連絡の齟齬となれば、もしもの一大事にそんなことを起こされる可能性もある。連絡担当者だけでなく、プレヴェール伯爵家にも不利になりそうなことだと思うのじゃが。エルキュール殿もスピア殿も、プレヴェール伯爵に気になった点などは無かったじゃろうか?もちろん、先に言った通り、何を聞かされてもこの場限りの話とする。」


 バルツァーからの問いかけには、スピアが答えた。エルキュールは自国の内情を話すのに多少迷ったが、スピアはアラン=プレヴェール前伯爵が自らの団長に貶したことを根に持っていた。


「私はエルキュール団長とともにアクス団長の代理として、宿場町セレスタにてプレヴェール前伯爵と謁見しました。渡し守組合でも、街の衛兵でも、現領主の滞在場所を聞いたうえで訪ねたにも関わらずです。プレヴェール前伯爵の言によりますと、『代替わりして2年。王国の慣例としての監督、引継ぎ期間のため領主が2人いるようなもの。このため、渡し守組合で間違って前領主の居場所を教えたのではないか。第2王子殿下の要請も現領主と前領主の間で情報の食い違いがあったのではないか。』とのことでした。正直なところ、この時点でもおかしな話なのですが、バルツァー閣下の到着予定期日、第2王子殿下の要請、最後に領主の認知に関することと、今回の護衛任務に関してだけでも3度もの情報の齟齬が起きております。1度や2度ならばまだしも、3度もとなると、これは。」

「うむ。今回起きた全てが悪意を持って行われた場合と前置きはするが、どうやら情報の齟齬ではなく、裏で手を引いている者がおると考えた方がしっくりくるかの。」


 バルツァーは悪意を持って行われた場合と前置きこそしたが、2度目の襲撃前に考えていた帝国と王国、もしくは両方の国に現状の両国の関係を壊したいものがいるということに結びつけてしまっていた。もちろん、現状は状況証拠、それも弱いものしかないのだが。それでも、警戒するに越したことはない。


「エルキュール殿。足止めさえ無ければ、中の月の第4週目か終わりの月の第1週目頭に到着する予定だったとのことじゃったが、間違いないかの?・・・・・・そうか、間違いないか。お互いの任務内容の確認の後にいう予定じゃったが、実は今日の襲撃で2度目なのじゃよ。」


 襲撃が2度目。このとこを聞かされたエルキュールは驚き、『なんですとっ!!!』と言葉を発しながらソファから立ち上がってしまう。アクスは『あのクソ伯爵の領地だぜ?そんな程度の警備だろうよ。』という顔をしていた。


「ほう。アクス殿の方は、あまり驚いてはおりませんな。良ければ理由を教えていただけますかな?」


 護衛隊長は、そうアクスに問う。護衛隊長も、裏で何かやっている者が本当にいたとしても、アクスがそれと繋がっていると考えるほど短絡的ではない。だが、ふつうは自分たちの護衛対象が自分たちの知らぬところで襲われたと知ったならば、大なり小なり驚くはずである。


「あん?そりゃ簡単だ。あのクソ伯爵がまともに領地守るわけねぇだろ。」


 アクスは若干不快そうに、そう答えた。もっとも、その答えを聞いたバルツァーと護衛隊長は呆気に取られていた。いくら何でもその理由は無い。そもそも他国の要人の前で自国の伯爵に対して『クソ』呼ばわりとはどういうことだろうか。

 エルキュールは『この任務が終わったら、殿下にアクス含む第13騎士団に対するマナーと常識のレクチャーを強く進言しよう。』と思いつつ、帝国の2人に説明する。


「私も全てを聞いてはおりませんが、騎士団に入る前のアクスはこの地域で暮らしていたそうです。そのころから、あまり領主に良い感情は持っていなかったそうで。ですので、多分に私情の入った言い分ですので、この場限りの話としてお聞き流しください。」

「そ、そうじゃの。儂がプレヴェール伯爵家に持っておった感想とは若干異なるが、この話の最初に『この場限りの話』としたからの。そこは信用してもらって良いぞ。護衛隊長も、良いな?」

「ハッ。承知しました。」


 そうしてアクスが語った理由は『個人の多大なる私情が入った一意見です。現体制への抵抗ではありませんよ。』として終わろうとしたが、それに待ったをかけたのもアクスだった。


「ちょっと待ってくれや。聞き流されちゃ困るんだ。別に俺が反乱を企ててるとかじゃねぇ。伯爵がこの地、東部大河から帝国までの間の領地を守る気がねぇって話をしたかったんだ。」


 その言葉にエルキュールと護衛隊長はギョッとするが、バルツァーは何か重要な話の可能性もあると続きを促した。


「この東部大河から帝国国境までの地域、ああ、長ったらしいからこの場では東部地域って呼ばせてもらうが、帝国も、この地の野盗や山賊も、やりたい放題だってのは知ってるか?」


 アクスとレイピアを除く面々は、『そうなのか?』と驚いていた。レイピアは、アクスとは騎士団に入る前の山賊時代からの付き合いであるため、アクスの話に首を縦に振り肯定していた。これにバルツァーが尋ねる。


「帝国も、と言っておったが、なぜ帝国兵だと思ったのじゃ?儂の記憶では、ここ50年近くは帝国と王国で小競り合いは無かったと記憶している。50年以上前であれば、小競り合いの絶えない地であったと聞いているがのぅ。儂よりも大分若いアクス殿では、その時の話では無いのじゃろう?」

「ああ、両国ともに兵士や騎士をそろえて戦ですってのはねぇよ。だが、帝国兵が入ってきて村で略奪なんてしょっちゅうだったし、野盗や山賊も交易商人を狙い放題だ。もっとも、交易商人を狙った方は、たまに伯爵家の兵に追っ払われてたがな。」

「ふむ。野盗や山賊はともかく、村を襲ったのが帝国兵だと、なぜ分かったのかの?」

「装備だな。そこの護衛隊長おっさんが着けてるみたいな黒っぽい金属の鎧に小手だの脛あてだの、いかにも高価そうな防具に、木と金属で出来た丸盾、突くのに適した刃渡り60cm程度の両刃の直剣。そして弓は小型のもの。これは帝国兵士の標準的な装備だろ?これが集団に1人か2人ならともかく、全員が統一された装備をしているなんて、どう見たって兵士の集団だろ。」


 この場にいる者は思う。確かに、と。帝国大使一行だってこの砦に襲撃してきた集団を、『王国正規軍の鎧を着ていたから王国軍だ』と判断したのだ。帝国兵士の標準装備で身を固めた集団を見たら、それは帝国兵だと思うだろう。だが、そうなると皇帝の許可を得ずに他国へ侵略行為を行っていたことになる。領主同士の小競り合いくらいはともかく、それが他国へとなると、最悪で国同士の全面戦争にまで発展する。そしてその地の領主も迎撃に動かぬわけがない。もし動かなかったなら、その地は周辺の貴族やならず者に舐められて、やりたい放題の草刈り場になってしまう。

 バルツァーは思う。それが先ほどの『クソ伯爵がまともに領地を守るわけねぇだろ。』という発言だったのかと。バルツァーはアクスに、『伯爵が領地を守らないというのは、平民にとってはどの程度の範囲で認識されているのか』と問えば、アクスは『少なくとも東部地域なら、俺が交流のあった範囲なら、そう認識してない方が少ないんじゃないのか?』と返答する。

 バルツァーは次にエルキュールに尋ねた。


「エルキュール殿。貴殿は、今の話を知っておりましたかな?」

「渡し舟に乗る前に、アクスから聞いておりました。もっとも、今でも王都で聞くプレヴェール伯爵家の評判とアクスの話が違い過ぎて、上手く吞み込めないでおりますが。」


 エルキュールは、実際にはアクスの住んでいた村の話も聞いていたが、さすがに本人が言ってもいないのに自分がいうわけにもいかないだろうと、東部地域における伯爵の評判にだけ同意を返した。

 バルツァーは少し考えを纏めたいと言い、水を口に含み目を瞑った。プレヴェール伯爵の領地に帝国兵が出陣したとすれば、その兵は領地を接しているキースリング辺境伯の手の者だろうか?仮にキースリング辺境伯の手の者で無いとするならば、キースリング辺境伯は武装した他領の兵が自分の領地を通過することを許したことになる。だが、これは無いだろう。数か所の領主が合同で行う街道警備などであればともかく、これから略奪しに行きますという兵には、自領の通行許可など与えない。これはキースリング辺境伯だけでなく、他の領主でもそうだろう。逆に装備だけ帝国のもので、その中身が王国の者というのも考えにくい。そもそも自分の領地を荒らして何になるというのかという問題もあるが、集団を形勢できるほどの正規軍の装備が他国へ流出したとなると、それはそれで問題がある。

 バルツァー閉じていた目を開け、アクスに話しかける。


「アクス殿。話は理解した。その帝国兵の装いをした者たちが本当に帝国兵であったのか、という点は確認しようがない以上疑問とするしかないのじゃがな。ただ、そういったことがあって、少なくとも当時のアクス殿や東部地域に住まう平民の視点からすると、プレヴェール伯爵は動かなかったということじゃな。」


 そういって、次は護衛隊長に話しかけた。


「護衛隊長殿。今日の襲撃前に『可能なら襲撃者を確保してほしい』と伝えたが、どうなっておる?」

「柵に近いところにあった死体を3名分確保しております。装備も手に持ったまま死んだもの以外は、死体の周辺に落ちていたものを確保しておきました。」


 そうしたところで、レイピアがバルツァーに発言の許可を求めた。


「バルツァー閣下。私からもよろしいでしょうか?」

「輜重隊を指揮していた・・・レイピア殿でしたな。何ですかな?」

「輜重隊も襲撃を受けました。襲撃した目的は補給物資を潰すことにあったように思われます。襲撃者は騎兵が10、歩兵が50以上の集団と、馬に乗った火魔法使い5騎でした。騎兵10騎と歩兵10数名は撃破しましたが、火魔法使いには逃げられました。襲撃されたタイミングは、エルキュール団長とアクス団長が戦闘部隊を連れて砦に向かった数分から10分程度後だったと記憶しています。ちなみに、騎兵と歩兵、それぞれの1体ずつの死体を装備ごと確保しておきました。」


 それを聞いたバルツァーは、ぜひとも砦で確保した死体や装備とともに見分したいと伝え、もう一つ、なぜ補給物資狙いだと分かったのかを尋ねた。


「まずは戦闘の内容をご説明します。砦より少し西の小さな丘陵がある地域にて、急襲されました。こちらは補給物資を積んだ馬車の護衛として水魔法使いを残し、残りは騎兵を撃破後に歩兵との距離を詰めて戦闘を行いました。戦闘中に馬車から火の手が上がっているとの伝令を受けた直後、相手の歩兵隊は『作戦成功』との声が上がり撤退を開始しました。我々は歩兵の追撃よりも馬車に戻ることを優先し、馬車側の襲撃者について水魔法使いから報告されました。馬に乗ったまま火魔法を放てる練度の魔法使いが5名で襲ってきたと。そして、馬車に火を放つことを終えると、戦果も確認せずに去っていったとのことでした。」


 バルツァーは、それならば確かに補給物資を狙ったであろうなと思うのだった。そして、目的を見据えた軍事行動を行ったこと、目標を達成した後は速やかに引いたこと、そして、迷いもせずに補給物資に火を放ったことからも、物盗りではなく、補給物資を潰すことを第一にしていたと結論付けた。

 ここまで情報がそろって、初日の襲撃後に護衛隊長が言った『訓練された軍属』が襲撃者であると確信したのであった。それが、王国の兵であるか、帝国の兵であるか、はたまたその両方かということまでは分からなかった。だが、襲撃者の装備や顔を確認できればもう少し情報が把握できるかもしれない。

 情報を擦り合わせているうちに日も完全に落ちた。だが、彼らは早急に襲撃者の正体を探らなければならない。そう思い、敵兵の装備見分のために場所を移動するのであった。


 既に夜も深まってきていたが、バルツァーたちの話し合いに呼ばれていなかった百人長も呼び出し、襲撃者たちの見分を行っていた。大使一行を襲撃した者たちがどういう者たちかという結論は出していなかったが、既に身代金や補給物資の奪取を目的としたならず者では無いと誰もが思っていた。知りたいことは、ここ東国境砦から王都までにどんな集団から襲撃があるのかということだった。


「ふむ。まず確認じゃが、儂はこれは王国正規兵の鎧だと認識した。この場にいる中で、これに異論のある者はおるじゃろうか?」


 バルツァーは見分している者たちを見回して問いかけるが、特に異論のあるものはいないようだった。これは騎兵も含めて、全員が同じ鎧を着けていた。では、武器はどうであろうか。今回、柵付近から拾い集めた武器と盾を持ってこさせると、意外なことが分かった。グラディウスと呼ばれる突くのに適した両刃の直剣の方が、ファルシオンと呼ばれる片刃の鉈のような剣よりも圧倒的に多いのだ。ちなみに、グラディウスを基本装備として採用しているのが帝国、ファルシオンを基本装備として採用しているのが王国である。帝国は丸い盾、王国は縦長の楕円形である。もちろん、これは基本装備であって全員が同じ武器を主武装として使っているわけではないし、戦況次第では鹵獲した相手の武器や盾を一時的に使うこともあるだろう。また、与えられた役割によっては、基本兵装を使わずに戦闘が終わるということも無くはない。

 ただし、2度目の襲撃では、はっきりと王国側や帝国側と分かっている兵士(例えば、バルツァーたちが到着した時点で砦で警備を行っていたものなど)からも死傷者が出ている。そもそも戦闘中だ。落ちている武器は、戦闘で倒れた者が持っていたとは限らない。何かしらの事情で落とした武器を探す余裕がない場合もあるだろう。だが、ここにある武器は帝国側の装備と思われるものが多かった。レイピア百人長が持ってきたものは騎兵も歩兵も両方がグラディウス、護衛隊長が集めたものはグラディウスが2、ファルシオンが1であった。最後に、5体ある襲撃者の死体から兜を外すことにした。だが、兜から出てきた顔からは、帝国人の特徴があるものも王国人の特徴があるものもいた。

 少なくとも、現状で確認できることはここまでである。襲撃者の死体自体はまだあるが、既に日も落ちた現状では探しようもなかった。そして、今夜のうちに王都までの行軍計画を立てなければならないのだ。

 ここまでを確認して、バルツァーが分かったことをまとめるように言う。


「ここまで分かったことをこれから並べてみようと思う。もし儂が間違っていたり、これまでに報告してなかったことを思い出したりしたら、遠慮なく言って欲しい。それで叱責したりはしないのでの。」


 そういって次の通りに述べた。


 1:帝国大使、王国騎士団の予定がかみ合わないようにずらされていた。

 2:騎士団が足止めされ、大使には1度目の襲撃があった。

 3:騎士団と大使と合流するタイミングで、2度目の襲撃を受けた。

 4:騎士団輜重隊は正面戦力が離れたタイミングで襲撃を受けた。

 5:襲撃したものは、全ての状況で王国正規軍の鎧を纏っていた。

 6:襲撃者が使った武器は、帝国軍の正式採用のものが多かった。

 7:数名の襲撃者の死体を確認したところ、王国人も帝国人もいた。

 8:領主のプレヴェール伯爵は、東部地域の防衛に熱心ではない。


「以上じゃが、何か報告を忘れていたり、儂が言い忘れたことなどはあったかの?」


 その場にいた全員が一度考える。そして、アクスが何かを思い出したように『あっ。』と声を漏らす。


「アクス殿。どんな小さなことでもよいのじゃ。何かあれば発言してはくれんか?」

「ああ、すまねぇ。言うタイミングが無くて忘れてたわ。俺らが砦に着いたとき、2回、騎馬突撃したろ?あの2回目の時だが、一つ嫌がらせでもしてやろうと、突撃しつつおちょくってやったんだ。そっちに聞こえてたかどうかはわかんねぇけど、クッソしょうもねぇ罵倒がほとんどだったんだが、一つだけ。一つだけ、相手の指揮官っぽい奴に刺さったみたいだった。」

「指揮官っぽい、とは?あの撤退途中で止まった馬に乗っていた襲撃者のことかの?」

「そうだ。その時の罵倒が、要は盗賊貴族に関することだったんだわ。なんて言ったか、一言一句は正確には覚えては居ねぇけど、内容は盗賊貴族のことだった。そうしたら、我が家を侮辱するとは何事かって足を止めて言い返してきてよ。俺と同じか、もうちょい若いくらいの男の声だったな。これよぉ。今回の件にプレヴェール伯爵家としてか、その類縁が独断でかは分からんが、プレヴェール伯爵家関係の奴が襲撃者にいるんじゃないかと思うんだよなぁ。」


 それを聞いたバルツァー含め、この場にいた者は非常に驚いた。まさか裏で糸を引いていそうな者が、昼間の襲撃の場にいたのかと。


「ふぅむ。状況証拠しかないが、とりあえずは王国と帝国、双方に、少なくとも王帝会議を邪魔したいものがいると考えた方が良いのぅ。そのうえで、王都までの護衛、よろしくお願いしますぞ。」


 その後、王国、帝国の護衛任務を受けた者たちは護衛計画を話し合った後、短い休息に入るのだった。

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