第七話 反撃

聖歴1493年、夏期 終わりの月 第1週目 東国境砦


 砦まであと少しというところで、エルキュールは合流した先駆けを含む部下に指示を出した。


「第2騎士団の前3騎は私とともに砦へ突入。帝国側の護衛部隊と合流する。残りはアクスの第13騎士団とともに敵部隊の横っ腹に突撃しろ!」


 応、という返事とともに、3騎がエルキュールの傍へ、残りの12騎は少し後ろにいるアクスと合流した。まずは少数で援軍に来たことを知らせ、帝国大使の状況を尋ねる。そのあとは、状況次第で敵に突撃するアクスと合流するか、砦内より帝国護衛部隊の援護をするかと考えていた。

 エルキュールは速度を上げ、砦へ到着するとともに、声を張り上げる。


「ストラスマール聖王国、第2騎士団団長、エルキュール=マルローである。第13騎士団とともに帝国大使殿護衛の任で参った。開門せよ!誰も門におらぬなら、非常時ゆえ、押し通る!」


 門とは言ったが、正直なところ民家よりはマシという程度の木製の扉だ。打ち破ること自体は、多少時間がかかるが、問題はない。もっとも、ちゃんと内側から開けて貰えたため、打ち破るなどの言うことはしなくてすんだ。これは、山賊に追われてるようにしか見えなかった第2騎士団を直ぐに収容できるように、唯でさえ手が足りないさなか、帝国の護衛隊長が手配していたものだ。当然ながら、対応は悪い。門を開けることを命じられた帝国護衛兵からすれば、襲撃を受けている最中であり、今も仲間が懸命に戦っているのである。


「ストラスマール聖王国、第2騎士団長のエルキュール=マルローだ。護衛部隊の指揮官殿にお取次ぎ願いたい。」

「山賊程度に追い立てられていた騎士団長様にはわからないのかもしれませんが、現在戦闘中です。隊長は前線後部で馬に乗って指揮をとっておられるため、すぐにわかるでしょう。私どもの任務は門を開けたことで終わりました。前線へ戻らせていただきます。」


 門を開けた帝国兵士は、そういって駆け足で前線へ戻ってしまった。皮肉どころか真正面から文句を言われてムッとしたものの、やはりそうなるかと分かっていたエルキュールは、護衛隊長に接触する。


「失礼。ストラスマール聖王国、第2騎士団長のエルキュール=マルローです。王国より、帝国大使殿護衛の任を受け、参上しました。護衛部隊の指揮官殿で間違いありませんか?」

「そうだ。私が護衛部隊を纏めている。護衛どころか山賊を引き連れて何をしに来たのかと問いただしてやりたいところだが、見ての通り忙しい。邪魔さえしなければどうでもよい。ご自由になされよ。」

「そのことも含めて、ご説明いたします。そもそも、あれは山賊などではなく」


 エルキュールがそこまで言って話したところで、襲撃者たちに少量の矢が降り注ぐ。そしてタイミングが良いのか悪いのか、第2、第13騎士団の騎兵とともに敵に突撃するアクスの声が響き渡った。


「てめぇらぁぁぁぁぁ。俺のシマで誰に断って暴れてやがる!!!全員血祭りにしてやるから、そこ動くんじゃねぇぞ!!!!!!全員突撃!!!一人だって生かして返すな!!!」


 明らかに騎士と分かる風貌の騎兵と、明らかにならず者だと分かる風貌の騎兵が、山賊の親玉としか見えない男を先頭にして襲撃者たちへ突撃していく。砦を攻撃するために足を止めていた襲撃者たちも、砦を守っていた帝国護衛部隊も、騎士風の騎兵はともかく、なんで山賊まで襲撃者に攻撃を仕掛けているのかがわからず、戦場だというのに妙な間が出来ていた。

 それを見た帝国の護衛隊長は、エルキュールがしっかりと援軍を連れてきてくれたと理解し、最初の非礼を詫び、そして尋ねた。


「マルロー殿。先ほどの非礼はお詫びいたす。援軍、まことに助かりました。ところで、先ほど山賊では無いとおっしゃっておられたと記憶しておりますが。」


 エルキュールは、歩兵が到着するまでは少数であるが、そこからさらに少数を抽出して説明にきたのは間違いではなかったと思った。自分だってあの男を知らなければ、ならず者だとしか思わない。そもそも、突撃するときの口上もあれは無いと思いながら、帝国護衛隊長に返答する。


「先ほど突撃した騎馬隊は、第2騎士団と第13騎士団の混成部隊です。そして、先頭に立って突撃した者が、第13騎士団長でアクスと申します。ストラスマール聖王国が誇る、山賊や野盗対応の専門家です。」


 騎馬隊を指揮していたアクスは、突撃の勢いを緩めずに襲撃者の隊列を突き抜けた。こちらは騎馬部隊であり、砦の攻防戦で多少の数は減っているとはいえ、それでも150名以上はいる歩兵の列に突っ込んだのだ。初撃は無防備な横っ腹であったため獲物は選り取り見取りとできた。だが、2回目の突撃がそうでないことくらいわかる。わかるというよりも、実体験として知っていた。もっともそれを知ったときのアクスは、騎馬突撃する方ではなく、される方だったが。

 さて。次はどこに向けて突撃するかと考えていたところで、敵の襲撃者集団は撤退を始めた。西を見ると歩兵隊が近づいて来ているのであろう土煙のようなものが見える。これを見て撤退を決めたのだろうと考えた。そして、騎馬部隊に指示を出した。


「よし。最後っつっても2回目だが、敵の最後尾を撫でるように攻撃すんぞ。逃げるっていうなら逃がしてやれ。ああ、嫌がらせに罵声くらいは浴びせていいぞ。」


 第2騎士団からの団員はこの『罵声を浴びせても良い』という許可を無視したが、第13騎士団の団員は面白がってのった。突撃しながら、『大人数で攻めてなんにも出来ずに逃げ帰るって、どんな気持ちですかぁ???』だの、『痛かったでちゅねぇ。帰ってママに慰めてもらうんでちゅかぁ?』だの、程度の低い罵声を敵集団全体に響くほどの大声で笑いながら浴びせていく。もちろん襲撃者側も、そんなものは無視して撤退するのだが、一つだけ、このどうでもよい、子供が罵倒するような言葉の中の一つにだけ、反応してしまった。しかも、襲撃者たちの指揮官と思われる騎馬兵の一人がだ。


「いやー、さすが税だけ持ってく盗賊貴族様だ。ちょっと不利になればスタコラサッサ。そりゃぁ領民を守ろうなんてしねぇわけだよなぁ。」


 その言葉に、あろうことか馬まで止めて言い返してしまう。


「誰だ!今、我が家を侮辱したのは、誰だ!!!その侮辱、我慢ならん。今すぐその首をとってくれる!!!」


 言い返した者は、周りの騎馬兵に止められて、悔しそうに撤退を再開した。盗賊貴族と言葉を発した団員も、別に大きな意味があって言ったわけではない。単純に他の団員と同じことを言っても芸が無いと思ったから、この東部大河から国境までの地域でささやかれる領主貴族に対する悪口を転用しただけだったのだ。そう、プレヴェール伯爵家に対する悪口である。

 アクスはこの状況を見て『若い男の声だったな。他のクソ見てぇな罵倒はともかく、プレヴェール伯爵家に対する罵倒にだけは反応したか。もしかすると、鎧だけ適当な兵に着せましたじゃなく、本当に王国貴族も一枚嚙んでるかもしれねぇな。単にあの反応した奴が伯爵家に縁があったのか、それとも伯爵家自体が絡んでるのか。』

 結局、今ここで考えていてもわからんと思ったアクスは、東国境砦に入ることを優先するのだった。


聖歴1493年、夏期 終わりの月 第1週目 東国境砦まで後半日の地点


 第13騎士団の百人長、レイピアが指揮をする輜重隊に話は戻る。アクスたちと別れてから数分、レイピアは周囲を警戒しながら砦へ進んでいた。第2、第13騎士団の戦闘部隊と別れる際、アクスから『ぬかるな』と言われた。計画的にか偶然かは知らぬが、戦闘部隊とここまできっちりと分けられた以上、襲撃がある前提で動くべきだというものだ。もちろんレイピアも同意見で、だからこそ新兵器である火縄銃に弾と火薬を込めさせた。あとは火皿に火薬を入れ、火縄に火を着ければ撃てるはず。そして、その時間を稼ぐために盾持ちを外側に出した。あとはどこで襲撃があるかだが。

 そう考えているうちに、前方左手に小高い丘が見えてきた。あそこなら砦からも見えず、先行した戦闘部隊が戻ってくるのも不可能な距離ではあるが、前方右手は起伏のほぼ無い平地である。そんなことを考えていた時、隊列の前方から伝令が飛んでくる。


「敵襲。敵襲ゥゥゥゥゥゥ!!!騎兵10、歩兵多数、50以上。接敵まで2分程度!歩兵の装備は確認できず!」


 レイピアは考える。騎兵がいるのはまずい。そして10騎。もう、これは仕方がない。鉄砲は騎兵に使用する。その後、なるべく早く敵と距離をつめ、乱戦に持ち込むしかないか。こちらは200名程度はいる。水魔法使いも別に戦えないわけではない。彼らも騎士団員だから、戦闘訓練は受けている。そして、金属と魔法が干渉することもないし、おとぎ話の魔法使いよろしく三角帽子を被って杖を持っているわけでもない。単純に水魔法によって飲み水を作ることが彼らの最重要任務であるから、戦闘部隊から除外されているだけである。

 思考する時間が長くなればなるほど一方的に撃破されてしまう。この状況で、レイピアは作戦を決めた。もっとも、それは作戦とは呼べないレベルであったが。


「全体止まれ!!!盾隊、前方へ布陣して防御隊形。鉄砲持ち100名は相手騎兵に一斉射。タイミングは俺がとる。確実に仕留めろ。撃ち終わった後は近接装備にて盾隊とともに撃って出ろ。敵を補給物資に近寄せるな!水魔法使い。前方からの襲撃が囮だった場合、馬車を死守。仮に馬車を燃やされるようなことがあれば、水魔法を使っても構わん。火を止めろ。砦までもうすぐだ。飲み水を出せなくなっても問題ない。以上、行動開始!」


 レイピアたちの布陣が完了したころには、騎兵を先方として200m程度の距離まで、相手は迫っていた。ここから火皿の火薬を入れ、火縄に火をつけるとなると、かなり相手騎兵が近くまで迫ることになる。だが、相手騎兵をまずはどうにかしないと、補給物資以前にこちらが一方的にやられてしまう。鉄砲の発射準備をさせながら、レイピアは目標の指示を出す。


「こちらの左端の十人長の隊から順番に目標を設定しろ。最も左端の十人長が、最も左端の騎兵だ。目標を間違えるなよ?火蓋開け。狙え。・・・・・・撃て!!!」


 野盗などに対する試用を除けば、この世界で初めて鉄砲が火を噴いた。耳がおかしくなりそうな轟音と、城っぽい煙が視界を覆う。視界も晴れぬ中、レイピアからの命令により突撃を行う。


「全軍抜剣。突撃せよ!!!」


 騎兵が生きていたらどうしようか、などと考えている者はいない。訓練でさんざん撃ったこの鉄砲という武器は、弾が真直ぐ飛ばない。これは説明を受けた通りだった。ただし、その真直ぐ飛ばないというのは、70mや80m、またはそれ以上離れた時だ。50mを下回るような距離であれば、5割から6割は人間大の的に当てることができる。しかもそれは、数週間から数か月しか習熟期間が無かった自分たちがだ。そして、不幸だったのは世界で初めて鉄砲をみた騎兵たちだろう。何かしら武器らしきものを構えたと思ったら、轟音とともに訳の分からないまま物言わぬ肉として、人も馬も地に伏したのだ。

 歩兵として来ていた襲撃者たちは、まさか騎兵が何も出来ずに撃破されるとは思わず浮足立っていた。遠めに見ている分には、轟音が鳴り、煙が立ち込めたと思ったら、騎兵が全滅していたのである。そして、前方から王国騎士団の歩兵たちが王国伝統のファルシオンと呼ばれる片刃の剣を掲げて迫ってきていた。戦わなくては死ぬだけだと思い直した襲撃者たちは、騎士団と接近戦に入る。

 ここでレイピアは不思議に思う。襲撃者たちは、何故か王国正規兵の鎧を着ていた。正規兵であれば、レイピアたちは味方のはずである。もちろん、第13騎士団だけをみれば野盗や山賊に見えるかもしれない。だが、自分たちには第2騎士団も同行している。もちろん、この輜重隊にもだ。平和的に接触するならわかるのだが。そして、なんというか、違和感があるのだ。鎧は王国正規兵用のものに見える。しかし、これは王国の兵なのかと。何故かはわからないが、戦っていて確かに違和感を感じていた。

 そんなことを考えながらも戦っていると、前後の両方から声が聞こえてきた。


「火が出たぞ。よし。撤退しろ。作戦成功だ。引けるものから引け!!!」

「レイピア百人長。補給物資を積んだ馬車が奇襲を受けました。現在消化作業中です。」


 レイピアはハッとして後ろを見ると、確かに煙が上がっていた。火は見えないが、明らかに何かが燃えただろうという煙であった。自分たちの最優先目標は、補給物資の警護だ。目の前の敵を倒すことではない。敵と戦っているのは、補給物資に近寄らせないためである。


「全軍。襲撃者が引くというなら引かせてやれ。我々の目的は、あくまでも補給物資を減らさずに団長たちと合流することだ。目の前の敵を倒すことが目的じゃない。」


 補給物資を載せた馬車まで戻ったレイピアが見たのは、天幕などを少し焼かれた馬車であった。食料などの引火しやすいものや水濡れに弱いものには少々被害がでたが、行軍不可能になるほどでは無かった。水魔法使いを残したのが功を奏したようである。水魔法使いたちから話を聞くと、敵騎兵を鉄砲で撃破し突撃したあと、火魔法使いが5騎、そう、馬に乗った火魔法使いが5騎、襲撃して来たという。そして、水魔法使いたちの射程に入らないようにしながら、個人で放てるだけの火魔法をそれぞれ馬車に放って撤退したということだった。明らかに、こちらの物資を消耗させることを狙った動きだと、レイピアは考えた。


「警護していた水魔法使い。馬車を直接襲撃した相手は、5人とも、馬に乗ったまま火魔法を放てる練度だったんだな?」

「はっ。一度も降りたところも、止まって魔法を放ったところを見た者もおりません。また、相手が馬に乗っていたため、追っても追いつけないことが分かり切っておりましたので、追撃は行いませんでした。」

「かまわん。俺がその場にいても、追わせなかったと思う。それはそうと、魔法兵の立場からいくつか答えてくれ。仮に、市井の魔法兵なんてものがいたとしてだ。その魔法兵はどんなやつだと思う?」

「市井の魔法兵なんてものがいるかどうかはわかりませんが、仮にいるとすれば、『騎士崩れ』などと呼ばれる、元々はどこかの領主貴族や国に使えていた者たちになるかと思います。」

「だよなぁ。ちなみに、お前さんだったらどんな時に騎士団を止めて出ていこうと思う?」

「私は第10騎士団に所属するような精鋭中の精鋭ではありませんが、我々のような攻撃魔法を使えるものは優遇されております。ですので、この立場を捨ててどこかへ行こうとは思いませんね。あ、第10騎士団への移籍であれば、いつでも受け入れます。」


 レイピアは水魔法使いに礼を伝え、最初に撃破した騎兵のところへ向かった。騎兵を観察していたが、どうにも戦闘中に感じた違和感の正体が分からない。だが、違和感の正体を悠長に探っている時間もない。レイピアはとりあえずの指示として、団員に命令を出した。


「誰でもいい。この騎兵の死体と、もう少し先で戦った歩兵の死体を装備ごと馬車に積んでくれ。どちらも1体ずつでいい。何か重要な見落としがあるような気がしてならない。とりあえず、自分たちはこんなのから襲撃を受けましたってことで、団長たちに見せるぞ。」


 襲撃者の死体を予備の装備品が積んである馬車に積み、レイピアたち輜重隊は砦へ向けて出発した。そうして、先行してた第2、第13の歩兵部隊も含め、日が落ちる前には全員が東国境砦で合流したのであった。

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