第六話 合流

聖歴1493年、夏期 終わりの月 第1週目 東国境砦まで後半日


 東部大河を渡り、その後は問題も無く東国境砦まで行軍していた。エルキュールにとしては東国境砦にて夏期 終わりの月 第1週目の初日を迎えたかったところではあるが、渡河で足止めを食ってしまった。だが、任務自体は第1週目に東国境砦に到着すれば問題ないはずである。予定よりは2日ほど遅れたが、その後は順調であった。小さな農村(とはいえ、この辺りでは大きめの部類なのだろうが)を一つ通り過ぎ、東国境砦まであと半日というところまでたどり着いた。通例に則り第2騎士団から先駆けを出し、砦に第2騎士団と第13騎士団が到着することを伝えることにした。


「緊急時の合図は分かっているな?問題が無ければ、何も無し。我々も通常の行軍速度で砦へ向かう。ファイアーロッド1発であれば、団長が必要な事態だ。数名を連れてなるべく早く到着するようにする。無いとは思うが、もしも砦が襲撃されているなどの非常事態であれば、ファイアーロッド2発を挙げよ。全軍が全速力で駆けつける。」

「はっ。承知しました。それでは、行ってまいります。」


 ファイアーロッド、これは火の個人攻撃魔法を魔力を流すだけで撃てるように作られた魔道具である。ただし、長射程で派手に爆発する火魔法が出るが、威力は戦闘用としてはお粗末なものであった。改良なども試みられたが威力は改善しなかった。だが、この派手な見た目は部隊同士の連絡用としては優れていたため、現在はもっぱら連絡用として用いられていた。なお、攻撃魔法を道具で代用するという試みは、今のところどの国でも成功していない。

 このあたりの主要街道付近は、多少の起伏はあるとはいえ騎士団を襲えるほどの大部隊を隠せる場所は無かった。少なくとも砦に着くまでは襲撃は無いと判断したアクスは気を緩める。自分だったら輜重隊を狙う。このためには、何かしら騒ぎを起こして本体と分離させねば不可能である。そして、ここから砦までの間に、問題を起こせる場所は無い。このような状況のため、アクスは以前から気になっていたことをエルキュールに尋ねてみることにした。


「先駆けを出してから10分、そろそろ砦と接触してるくらいか?ところでよぉ。このロッド。あんだけ派手に爆発するくせに、威力がほとんどないって、どんな原理なんだ?」

「砦に到着したかまでは分からんが、目視は出来る頃合いだろうな。そして、ロッドのことは作ったやつに聞け。私は使う側だ。知らん。」

「なんだよ、知らねぇのかよ。こいつで魔法がポンポン撃てれば、俺も魔法使い様だぜって言い張れたのにな。」

「何を阿呆なことを言っているのだ。気を抜かずに・・・!何?2発だと!?」


 取り留めも無い話をしているさなか、先駆けから非常事態を知らせる連絡である、ファイアーロッドの爆発2発が空へ打ち上げられた。アクスとエルキュールは直ぐに全速前進の指示を出した。


「騎兵は駆けよ。戦闘が行われているようであれば、直ちに味方の援護に当たれ!歩兵は可能な限り早く砦へ到着せよ。」

「騎射ができる奴は準備しとけ。後はいつも通りだ。誰に喧嘩売ったのか、あの世で後悔させてやれ!レイピア、輜重隊はお前が指揮を取れ。ぬかるんじゃねぇぞ。」


 どちらの指示がアクスであるかは言わなくても分かるだろう。第2、第13騎士団から騎兵31騎が砦へ向けて駆けだした。騎士団1個分の人数となると500名近くになる。これに対して騎兵31騎は少ないと思うかもしれない。だが、500名全員が戦闘部隊ではない。今回は輜重隊も全て騎士団内で構成している。また、騎士団での飲み水の補給のための水魔法専門の魔法使いもいる。実質的な戦闘専門の騎士団員は、500名近い中の300名程度である(もっとも、輜重隊の役割を振られたのも騎士団員のため、荷を捨てれば全員が戦闘に参加可能ではあるのだが)。そのうち10%が騎兵と考えれば、それほど少ないとも言えないのではないだろうか。

 当然ではあるが、行軍速度は騎兵、歩兵、輜重兵の順に遅くなる。もしこれが通常の大部隊同士の戦を想定した軍であれば、商人たちを同行させ、輸送自体は賦役で徴用された農民が行い、これに十分な護衛をつけた部隊を輜重隊としただろう。補給とは、食料だけでなく矢弾や予備の槍や剣、鎧なども含まれている。このため、荷を積んだ馬車での行動はどう頑張っても遅くならざるを得ない。そして、襲う側からすれば輜重隊は狙いやすい。補給物資を奪うことが目的ならともかく、補給物資を使えなくさせることが目的であれば、何も護衛部隊と真面目に戦う必要もないのだ。火魔法や火矢で補給物資を積んだ馬車を焼き払ってしまえばよい。全てではなくとも、少なくない数を失わせることができるだろう。

 砦へ急行するアクスたちを見送ったレイピアは、直ぐに指示を出す。


「戦闘部隊と行動が別れたってことは、物資を狙ってくるんだろうなぁ。護衛の厚い商人の交易隊を狙うときは、まずは護衛を引っぺがすってところからだったし。よし。鉄砲持ってるやつは今のうちに弾と火薬を込めておけ。火皿に火薬は入れんなよ?で、盾持ってるやつは外側に出ろ。襲ってきた奴らから、鉄砲持ちが射撃できるまでの時間を稼げ。矢の雨が来てから突撃、補給物資に手を出してくるって思っとけ。鉄砲持ちは、何が何でも魔法兵だけは仕留めろ。魔法兵が居なければ、突撃してくるやつらの度肝を抜いてやれ。そして、一発撃ったあとは接近戦だ。二度目の射撃を許してくれるほど敵が間抜けだと思うなよ?補給物資だけは絶対にやらせるな。」


 今回持ってきた鉄砲は、ちょうど100丁。十人長を射撃指揮官としているため、10回の射撃ができると考えて良い。あとはどのようにその10回を使うかだ。50m以下まで相手を引き付けて撃てれば、1回の射撃でかなりの数を倒せるだろう。だが、そこまで来ると腕の良い魔法兵であれば、馬車に被害を出すことも可能な距離だ。30mまで寄せられたら物資を守れなくなる。逆に100mまでであれば、敵の最前列をある程度は崩せるだろう。だが、魔法兵が最前列にいる可能性は低い。

 レイピアは、どうしたもんかと考えながら、輜重隊に出発命令を出した。


聖歴1493年、夏期 終わりの月 第1週目 東国境砦


 帝国大使襲撃から2日と半日。最初の襲撃以降は、特筆すべきこともなく砦は平和であった。帝国大使アルベルト=バルツァーは、初日の襲撃について考えていた。

 護衛隊長が言うには、ただの野盗ではなく訓練を受けた戦闘部隊とのこと。仮に襲撃してきた戦闘部隊の目的が帝国大使一行を王帝会議に参加させないことだった場合、一番確実なのは護衛も含めた大使一行を皆殺しにすることだろう。だがその場合、砦から直ぐに援護が来る場所で仕掛けたことが引っかかっていた。襲撃者の戦力的にはこちらを十分に撃破しうるものだったとは思うが、砦の帝国兵が本国に報告してしまえば、それで終了だ。帝国中央へ報告が行ってしまえば、王帝会議が延期されるだけの話だ。もちろん、初日の襲撃者がただの山賊だった場合は、帝国軍は山賊すら追い払えぬ弱兵とそしられるだろう。帝国のメンツは丸潰れだ。このため、不備を理由に簡単に帰るわけにもいかないのではあるが、もし本当に王国が帝国と戦争を始めるために正規兵を差し向けていた場合でも、まずは一貴族の暴走か否かを両国で確認するだろう。もっとも、単なる不備でも一貴族の暴走でも、帝国は王国に賠償を求めるだろうし、それが過ぎたものでなければ王国も応じるだろう。

 事実、過去には護衛計画に不備があり、王国、帝国を問わず大使一行が野盗に襲撃されたことはあったが、非がある側が賠償金を支払って終わりであった。今回にしても、王帝会議への横やりだけで帝国と王国との関係が崩れることはない。帝国の大部分は現在の王国との関係が続くことを望んでいる。

 ・・・・・・ちょっと待て。今、自分はなんと考えた?『帝国の大部分は現在の王国との関係を望んでいる』、つまり、少数派ではあるが、現在の帝国と王国の関係に不満を持っているものもいるのだ。その少数派の筆頭は・・・キースリング辺境伯。王国との国境に領地を持ち、王国が東部大河と呼ぶ大きな河までの地域を、帝国に編入すべきであると語っている人物だ。もし彼が今回の襲撃に使用する分の王国正規軍の鎧を手に入れることが出来たとしたら。王国正規軍に攻撃され、王国は帝国に対して害意があると喧伝した場合は・・・。

 待て。王国はどうであろうか。もちろん完全に意思統一されているなどと言うことは無いだろう。現状の王国と帝国の関係を良く思っていない者もいるはずだ。仮にそんな者がいるとして、キースリング辺境伯と共謀していたとするならば。王国貴族であれば、王国正規兵の装備を手に入れることも容易だろう。もしも、もしもである。あの王国正規兵の鎧を着た襲撃者たちの中身が王国兵で無かった場合。キースリング辺境伯は、間違いなく両国の調査団に加わるはず。もしも戦端が開かれた場合、一番最初に王国と戦う場所は、帝国側であれば彼の領地、王国側であればプレヴェール伯爵家の領地なのだ。王国側にも戦端を開きたい者が居て、もしもキースリング辺境伯と王国側の者が共謀して戦端を開こうとした場合は・・・・・・。

 現状、証拠はない。この考えは推論とも呼べない、ただの妄想だ。だがもし、もしもキースリング辺境伯と王国側の共謀者が戦争を起こそうとしているのであれば、今回の『王国正規軍の鎧を装備した襲撃者』はまずいかもしれない。

 バルツァーは、証拠の無い現状では妄想でしかないと自分自身でも分かっては居るものの、次回の襲撃では襲撃者の確保が必要であると考えた。襲撃者の確保について護衛隊長と話をしようと思ったところで、ノックも無しに護衛隊長と護衛隊の兵士5名が現れた。


「護衛隊長殿。ノックも無しに入ってくるとはいささか」


 マナーについて注意するバルツァーの言葉をさえぎって、護衛隊長が緊急事態であると報告する。


「閣下!先の襲撃を行ったと思われる集団がこちらへ向かってきていることが確認されました。もう数分で接敵するものと思われます。襲撃者集団が1部隊だけとは限らない以上、閣下にはこの砦内で待機していただきたい。もしも防衛不可能となった場合には、大使一行には、帝国へ引き返していただきたい。この5名を護衛につけますので、防衛が可能か不可能かの判断は、この5名に任せていただきたく。」

「・・・・・・承知した。可能であればで良いのだが、襲撃者を誰でも良い。それこそ死体でも良いから、確保してほしい。」


 護衛隊長は、可能であれば、とだけ返事をして砦の木柵へと向かった。そして木柵へ到着した護衛隊長は、陣形を整え、北からの襲撃者を迎え撃つのだった。


「敵集団の規模の報告は来たか?」

「はっ。騎兵が10、歩兵が200程度とのことです。別働隊は発見できず、正面戦力のみの戦力と報告が上がってきています。」

「我らの倍か。これはまずいな。防衛側とはいえ、陣地の防御力は当てにならん。盾隊、柵の内側で防御隊形を取れ。槍隊は盾隊が受け止めた敵を突きまくれ。弓隊は騎兵や指揮官を重点的に狙え。絶対に騎兵を側面に回らせるな。輜重隊も矢玉などを運び終えた後は戦闘に加われ。絶対に柵の中に敵を入れるな!」


 こうして、今できる範囲での防御態勢をとった護衛部隊と襲撃者集団との戦端が開かれた。先制したのは、襲撃者たちだった。80mくらいの距離から弓を3回放ち、3回目が放たれると同時に盾と刃渡り60cmほどの両刃の剣を腰だめに持ち突進してきた。柵に盾を押し付けるように構えた護衛部隊の盾隊とぶつかり大きな音と怒号、そして、各隊を指揮する者たちの声が戦場に轟く。


「槍隊、突けぇぇぇぇぇぇ!!!」

「弓隊、弓引け。目標敵騎兵。放てっ。」

「槍や盾が壊れた者は後ろと交代しろ、1分でも長く敵を止め、一人でも多く突き殺せ。」


 もちろん、護衛部隊だけではない。敵集団、襲撃者たちも声を張り上げて戦っていた。


「突撃隊、柵を倒せ。柵ごと倒せば敵も倒れる。後は踏みつぶしてしまえばいい。」

「弓を使えるものは弓兵を狙え。騎兵が砦側面に回り込めればこちらの勝ちだ。」


 護衛部隊の盾隊が持つ盾に損害が目立ち始めるが、それでもひかないことを見た襲撃者たちは、装備した盾ごと木柵へ体当たりを行い木柵を相手側に倒そうと試みる。護衛部隊の弓隊も、被害を出しつつも襲撃者騎兵を回り込ませないように奮戦していた。

 実際に両者がぶつかり合ってから数分とも数十分とも感じられた時間が過ぎ去り、だんだんと数に勝る襲撃者側に形勢が傾きつつあったとき、砦から見て西の空に2回、大きな爆発がおこった。


「襲撃者に魔法兵は居なかったのでなかったのか?!西からの攻撃に備えろっ!!!」

「隊長。斥候が索敵した時点では、西にも南にも敵部隊は確認できませんでした。むしろ、あれほど長射程を持つ魔法兵が西にいるのだとしたら、空ではなく、我々がいる砦に撃ち込んでくると考えられます。」


 部下からの意見を聞き、護衛隊長は確かにと考えた。何かしらの合図にしろ、魔法を撃つ方向を間違っただけの間抜けにしろ、西に何かいるのは間違いない。これが王国から来た大使護衛の部隊であれば良いが、そうと決まったものではない。だが、押し込まれかけている現状、確認のために兵はさけない。護衛隊長は、嘘も方便と腹をくくり、士気を上げるため、戦場に響き渡るほどの大声で叫んだ。


「皆、見たか!!!あの爆発こそが王国からの護衛部隊が援護に来てくれた合図だ!!!ここが踏ん張りどころだ!帝国大使を害そうとする王国の跳ねっ返りどもに、我らこそが精強な帝国軍であると知らしめてやれ!!!!!!」


 護衛部隊の兵たちは、自分たちの隊長によってもたらされた救援来るの報に、『オォォォォォォ』と地の底まで響き渡る声で応える。苦しくなってきたところに、あと少しで救援が来ると分かったのだ。そこかしこから『押し返せ!』『いや、王国の救援が来る前に叩き潰してやれ!!!』などの声が聞こえてくる。救援が迫っているという情報は、護衛部隊の指揮を大きく上げたのだった。

 これは、もちろん自分たちの隊長の言を信じたからというのもあったが、あの爆発が空に上がって以降、襲撃者たちの攻め手が緩んだことも一因だった。そう、襲撃者たちは、あの合図が何かを事前に聞かされていた。空に爆発が2回。王国騎士団で非常事態自体を示し、まずは先行できる戦力が援護に来る。そのあとで足の遅い部隊も含めて、全ての戦力が到着する合図だ。

 ここにきて、襲撃者側の総指揮官が初めて声を上げて命令を出した。


「まだ時間はある。時間切れまで、もう一度全軍攻撃を行う。その後撤退だ。撤退指示は追って出す。ここを逃せば、もうチャンスは残っていないぞ!!!」


 護衛隊長は、『若い男の声のだったな。時間切れも何も、歩兵が余裕を持って引けるのは、救援が到着する前の今しかないだろうに。』と内心思った。だが、相手の指揮官が若かろうとそうでなかろうと、命令は命令だ。引き際を間違えて逆転されるなんて、経験の足りない若い指揮官がやりそうなこと思っていると、なんとその命令を受けた襲撃者たちの攻撃が激しくなる。襲撃者側の執念のようなものを感じる攻撃ではあるが、護衛部隊も士気は絶好調だ。救援がくるまで、長くともあと10分、15分だろう。あとはやり切るだけだ。

 しかしそれは、救援だと思っていた部隊、アクス率いる第13騎士団の騎馬部隊と、エルキュール率いる第2騎士団の騎馬部隊が目視できる距離に近づいたとき、護衛部隊にとって悪夢に変わった。


「隊長!!!大変です。救援と思わる部隊が・・・・・・。救援と思われる部隊が!!!」

「どうした。報告は明瞭かつ簡潔にしろ!!!今は戦闘中だ!!!」

「ほ、報告します。救援と思われる騎馬部隊が、山賊のような騎馬部隊に追い立てられ、この砦に向かってきています!!!」


 これを聞いた護衛隊長は、何を言っているのかわからないという顔をし、ポカンと口を開けたまま十数秒は固まっていた。そして報告された言葉の意味をだんだんと理解すると、血管が切れるのではないかと思うほど顔を真っ赤にして叫んだ。余談ではあるが、そんな状況でも護衛隊長が右手に持った両刃の長剣を落とさなかったのは、彼の普段の訓練の賜物だろう。


「お、お、お・・・。王国には跳ねっ返りか弱兵しかいないのか?!なぜ軍属の騎馬部隊が山賊程度を追い払えない!!!救援に来たのに敵も一緒に引き連れてくるとは、何がしたいんだ!!!!!!」


 護衛隊長は、最初の襲撃の後に大使一行を縄で縛り上げてでも帝国へ戻すべきだったと、後悔していた。

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