第五話 足止

唐突だが、王国の地形について少し説明が必要だろう。王国北部は山岳地帯である。そして、そこから王国南部にある海に向けて、大小多数の川が流れている。とくに重要なのは、2本の大きな川である。1本は王国の西側にあり、王国とその西側にある国との国境となっている。王国では、何のひねりもなく西部大河と呼ばれている。もう1本は王国東部に流れており、東部大河と呼ばれている。ただし、この東部大河は国境ではない。東部大河よりも2日ほど進んだ先、そこが帝国との国境になっている。東部大河は王国北部にある山岳地帯から南部にある海に向けて流れる川であり、その両端は森林地帯である。森林地帯も海から30kmほど内陸で途切れ、そこから海までは平野である。そして森林地帯は王国領であり、森林地帯の端から海に向けて真直ぐに引かれた線が、現在の王国と帝国の国境であった。王国と帝国、もっと具体的に言えば、この東部大河周辺に領地を持つプレヴェール伯爵家と帝国側の森林地帯周辺に領地を持つキースリング辺境伯家で争っている土地であった。帝国側からすれば、ここを取れば海が手に入る。王国側からすれば、ここを渡さなければ帝国を陸に封じ込めることができる。長くこの土地に住む平民は王国旗、帝国旗の両方を所持していると言えば、どのくらいコロコロと領有権が変わった土地なのかは想像できるだろうか。

 しかしここ50年ほどは、両家とも領有権を主張するのみで、大きな戦は起こっていなかった。戦とは呼べない、嫌がらせ程度に国境近くの村落を攻撃することはあっても、大々的に戦力を集めた『戦』は行われていなかった。そして、現在国境とされている場所には砦とは名ばかりの関所があり、東部大河の王国側には防御力の高い砦が築かれていた。


聖歴1493年、夏期 中の月 第4週目 東部大河砦


 アクスとエルキュールは、予定と大幅なズレがなく東部大河砦の船着き場に到着していた。この調子でいけば、夏期 中の月 第4週目のうちに東国境砦に到着できるだろう。だが、東部大河を渡ろうとした際、渡し守組合で受付嬢に止められてしまった。


「すまないが、もう一度言ってもらえるか?我々は、王都より帝国大使殿の護衛として派遣された、第2騎士団と第13騎士団である。プレヴェール伯爵には第2王子殿下の名で渡し舟の用意が通達されていたはずだ。私も、プレヴェール伯爵閣下に到着予定を伝える早馬は出していたはずだぞ。それが用意されていないとはどういうことだ!」

「は、はい。申し訳ございません。ですが、私どもとしましても、特別便の話は伺っておりませんでした。ご領主さまは現在、近くの宿場町の視察にいらしているとのことでしたので、そちらで事情を伺っては如何かと思います。もしくは、輜重隊の荷物を詰めるほど大きな舟となりますと、一番早くて明後日となります。そちらの出航までお待ちいただけると・・・。」


 エルキュールは受付嬢に食ってかかるが、渡し守組合としても問題が有れば宿場町に居るから案内するようにと言われていただけなのだ。ここで詰問されても、正直なところ事情がわからず困惑するしかなかった。そして問題が発生したため、伯爵からの指示通りに宿場町へ案内しただけなのだ。それが分かったアクスは、エルキュールに声をかけた。


「エルキュールさんよ、この姉ちゃんにいくら詰め寄ったって無駄だぜ。明後日まで待つか、クソ領主にカチコミかけるかしかねぇ。ついでに、クソ領主と話したところで時間の無駄だって言っておくぜ。」

「アクス。カチコミではなく話し合いに行くのだ。実は組合ではなく、伯爵が別な場所にご用意して下さっている可能性もある。」

「姉ちゃん。宿場町ってのは、セレスタで合ってるか?おう。合ってるか。エルキュール。明後日まで待つか、セレスタまで行くか、どっちだ?セレスタまでなら、馬で1時間も有れば着く。行くんであれば、俺の代理としてスピアを連れて行ってくれ。俺は行かねぇぞ。あのクソの顔なんぞ見たくも無いからな!」


 エルキュールは激怒しそうで何とか耐えているアクスを不思議に思いながらも、プレヴェール伯爵が滞在中の宿場町セレスタへ行くことにした。近くにいるのに代理を立てるのも問題があるとは思ったが、現在のアクスの状態を見ると、連れて行った方が問題を起こすとも思えた。やむを得ずアクスの代理としてスピアを連れて行くこととなった。

 そんな二人を尻目に、アクスは明後日に戻る渡し舟の徴発を行ったうえで、第2、第13騎士団の団員に対し、飲酒のみを禁じて明後日の出航準備まで休憩に入る指示を出したのだった。


聖歴1493年、夏期 中の月 第4週目 宿場町セレスタ


 セレスタに到着したエルキュールとスピアは、衛兵に領主がセレスタのゲストハウスに滞在していることを確認後、ゲストハウスへと向かった。しかし、ゲストハウスに居たのは現領主のナルシス=プレヴェール伯爵ではなく、ナルシスに家督を譲った前領主のアラン=プレヴェールであった。


「第2騎士団長殿に第13騎士団長殿。王都から遠路はるばるよくぞ参られた。なんでも儂に急ぎの面会が必要とのこと、如何かされましたかな?」

「第2騎士団長のエルキュール=マルローです。もう一人は第13騎士団長代理として参りました百人長のスピアにございます。東部大河の渡河の件に関してお伺いしたく参上した次第です。ところで、現領主たるナルシス閣下がいらっしゃると渡し守組合にて聞いていたのですが。」

「ああ、息子に御用でしたか。エルキュール殿もご存じの通り、我々王国貴族は、慣例として齢30前後の子息に家督を譲り、そこから10年程度は先代からの引継ぎと監督の元に領主としての仕事を行いますからな。今代は慣例よりも少々早かったとはいえ、2年前の唯才令が発布された際にプレヴェール伯爵家は代替わりしております。この引継ぎと監督の10年間は、平民からすれば領主が2人いるようなものでしょう。それで渡し守組合では先代と今代を間違えたのやもしれませんな。しかし、第13騎士団長殿は代理とは・・・。体調でも崩されましたかな?」

「団長代理、スピアでございます。予定通りに渡し舟が用意されていれば、代理など立てる必要はなかったのですが。」


 前領主のアランに『近くにいるのに代理を立てるとはどういう了見だ。』と嫌味を言われたスピアは、即座に『てめぇらがちゃんと仕事をしてたら、こんな面倒ねぇんだよ。』と言い返した。

 エルキュールは『多少の嫌味は流せ。』と思いつつ、まずは渡し舟について確認せねばと口を開いた。


「アラン閣下。我々は王帝会議にご出席される帝国大使一行の護衛任務のため、東国境砦へ向かっております。先日第2王子殿下より渡し舟の使用に関してプレヴェール伯爵家に対してご指示があったかと思います。ですので、もしかすると渡し守組合以外にプレヴェール伯爵家にて渡し舟をご用意いただいているかもしれないと確認させていただきにまいりました。」

「ふむ。第2王子殿下からのご要請ですか。・・・・・・申し訳ございませんが、私自身は把握しておりませぬ。現領主である息子に連絡がいっており、私が把握できてないということもあるやもしれませぬな。ほかならぬ第2王子殿下からのご要請でありますし、早馬を出して確認いたしましょう。なに、数日も待てば返答が来ますゆえ。ああ、もちろん、お待たせする間の滞在費と予定が狂った分の補給物資は伯爵家が保証させていただきます。」


 その答えに、エルキュールはなんと無責任であろうかと思ってしまう。そもそも、正式には現在領主で無いとはいえ、王国の慣例から言えば新米領主を監督している立場のはず。それが『息子に聞かなきゃわからない。』と言われたのだ。そして、明らかに渡し舟を再要請するよりも、渡し舟組合が提案した2日後の方が早い。2日後に出た場合でも、東国境砦には夏期 終わりの月 第1週目の2日目には到着できるのだ。

 エルキュールたちは伯爵家所有の船についても打診したが、現在定期補修中と告げられてしまう。結局はない袖は振れぬということ以上に進展が無いと理解すると、謁見に時間を取ってもらったことへの礼を伝え、再び東部大河砦へ向けて戻ることにした。

 アランは馬に乗って戻るエルキュールたちをゲストハウスの窓から眺め、自身がいつも連れている執事に話しかけた。


「ふん。中央のボンクラどもが。王族からの要請?はっ。いい気なものだな。まぁ構わん。長くともあと1年、2年の付き合いだ。それまではいくらでもへりくだってやるわ!お前らを、上に立ててやるわ!!!」

「旦那様が王国との決別を決意なされて、もう15年前になりますか。ついに、動かれるのですね。」

「15年前のフォレの村殲滅事件が決別の決定的な要因であることは間違いない。だが、我が祖父の代のときから、私は現王族が我らの上に立つ資格無しと思っておった。我らが何をした?我らが王国にどれだけ貢献した?帝国との国境を守り!帝国との交易路を守り!虎視眈々と海を狙っている帝国辺境伯のやつらにどれだけ睨みを聞かせてきたと思っている!!!それがどうだ?すでに巡回兵だけでは対応できなくなってきたから、帝国との国境近くに砦や防壁を築く許可を求めたときのやつらは。」

「たしか、帝国を刺激するから不許可。余計なものを作れるほど金が余っているならといわれ、毎年中央から支給されていた防衛費用も止められましたな。」

「その通りだ。祖父は落胆していたよ。プレヴェール家初代様から受け継いだ地だけに、それでも守り続け、毎年のように川向うへの防衛設備の充実を中央に申請していたわ。それは父の代になっても同じだった。父はなんとか今の東国境砦とよばれる木柵と掘っ立て小屋だけの防衛陣地を築く許可を得たわけだ。そして最後に、帝国辺境伯と密約した。お互いに略奪はしても人死には無しにしようとなった。そこから十数年。私に代替わりした我らを弱腰とみた帝国辺境伯は、密約を破りおった。そう。フォレの村殲滅事件だ。我らはフォレの村を襲った辺境伯軍をほぼ駆逐したが、村は全滅。我々は、間に合わなかったのだ。せめて生き残りが居ないか方々を探したが、見つからず仕舞い。」

「よく覚えております。私も含め、あの時いた上級使用人も伝手を総動員して生き残りを探しました。」

「ああ。王国は、プレヴェール伯爵家は川向うの民を見捨てはしない。村ひとつが無くなったという結果は残念なものだが、もし生き残りが居るのであれば支援を行い、生きてさえいれば、必ず我ら王国貴族が助けると示さねばならなかったのだ。だが。だが!王国の、中央の末生りどもは何をした!?」

「東部大河の王都側の船着き場に、立派な石造りの防壁付きの、強固な砦を作りましたな。」

「ああ。我らが何度申請したか。何代に渡って申請したか。しかも、それをよりにもよって東部大河よりも王都側に作るだと!?これでは、東部大河と帝国国境の間に住む民は、王国の民ではない、守る気など無いと宣言したに等しいではないか。砦を作るなら、なぜ国境線近くに出来なかったのだ!これであれば、何もしない方が、まだ、マシだったではないか・・・・・・。」


 事実、現在は東部大河砦と呼ばれる防御陣地が作られてからというもの、東部大河と帝国国境の間に住む住民は、書面上は王国民、だが王国民ではない。もちろん帝国民でもない。どちらが治めようと、所詮は被る帽子が変わるだけ。プレヴェール伯爵家など、税だけ持っていく盗賊と変わりはしない。もっとも、乱暴狼藉を働かないだけ、実際の盗賊よりは幾分かはマシと思われるようになっていた。


「だが、それももうすぐ終わりだ。王国よ、中央よ。自分たちが手放したものが、どれだけ大きかったか失ってから気付くがいい。そのために、我らは力を蓄え、期を待ったのだ。今回の王帝会議、ただでは成功させてやらん。最低でも、帝国との火種になってもらわねばならぬ。大きな火種にな。そのためであれば、補給物資などくれてやるわ。」


 アランも、完全に王帝会議をつぶして即開戦させることができるとは思っていない。だが、戦争になるほど王国と帝国の関係が壊れればそれで良い。王国よ、貴様らが要らぬと宣言した海につながる土地を帝国に渡したことで、どれだけ軍事バランスが帝国に傾くか。それをあの世かこの世からかはわからないが、笑ってみていてやると、そう思っていた。


聖歴1493年、夏期 中の月 第4週目 東部大河砦


 アクスは、戻ってきたエルキュールとスピアの様子を見て察する。『ああ、あの暴れないだけマシな、しかも我らは貴族であるなどとうそぶき、権力に任せて税だけは持っていくクソ伯爵クソ盗賊は、やはりなんの準備もしていなかったのだな。』と。


「よう、ご苦労さん。どうだ?時間の無駄だったろ?とりあえず、渡し守組合には、明後日のでかい船は全部貸切るって、あーーー、なんだっけ?騎士団で徴発?しておいた。仮に使わない船が出たとしても、使用料は全額払うって条件でな。あと、団員たちには明後日の出航準備まで休憩って指示しておいた。第2騎士団への指示で問題があれば、そっちで別な指示を出しなおしてくれ。ああ、スピアも休憩に入っていいぞ。」

「ああ、その指示で問題ない。手間をかけさせたな。しかし、なぜ貴様はプレヴェール伯爵がなんの準備もしていないと予想できたのだ?それに、野盗以外から襲撃があるとすれば東部大河を渡ってからだと断言していたな。少なくとも、今のところ野盗の襲撃が無かったことも含めて、貴様の想定通りに進んでいる。理由があるなら、教えてくれ。今後の動き方にも関わるのでな。」


 アクスはエルキュールの表情を確認した。どうやら、何も知らず、本当に不思議に思っているらしい。今までも理屈っぽい男だとは思っていたが、戦闘中のどうしようも無いときに理屈っぽさを出されても困る。とりあえずは自分のなかの根拠を説明することにする。


「野盗に襲われなかったのは単純な話だ。第13騎士団俺らが居たからだ。第13騎士団ができてから2年間、どれだけの賊どもをぶっ殺してきたと思ってる。奴らにとって恐怖の代名詞とまでいってるかはわからんが、少なくとも手を出すのは割に合わない相手だと思ってるはずだぜ。」


 野盗からしたら、確かに第13騎士団は恐怖の代名詞になっていた。そもそも騎士団が行う野盗狩りというのは、基本的に街道に出てきた賊を追い払うことに重点がおかれていた。その結果、王国の野盗は騎士団による街道警備の隙間を突いて狼藉を働くスタイルに落ち着いていた。だが、第13騎士団が出来てからは事情が異なっていた。第13騎士団は、そもそも団長が元賊である。自身の経験から、アジトになりそうな場所を割り出し、完全武装で突撃してくるのである。降伏勧告も無ければ、捕虜も取らない。森の中などの延焼の危険が無い場所に潜んでいた場合、逃げ場が無いように火責めすらしてくるのである。こんなもの、野盗だって相手にしたくはない。第13騎士団の団旗を見たら、財産すら捨てて即座に逃げ出せというのが、野盗たちの鉄則となっていた。


「貴様らはこの2年間、確かに真面目に任務をこなしていた。そうなれば、野盗側からしたら、ちょっかいをかけたい相手ではないか。」


「残りは伯爵様と野盗以外なら東部大河の東側で襲うってやつか。こっちも簡単だぜ?あのクソ伯爵様の中では、東部大河以降は王国じゃねぇってことさ。帝国だって賊だってやりたい放題だろうよ。」

「ちょ、ちょっとまて。それはさすがに無いだろう。プレヴェール伯爵家は、王国開闢以降400年に渡ってこの東部地域を帝国から守り抜いてきたお家だろう?」


 プレヴェール伯爵家が東部地域を守り抜いた、これを聞いたアクスは一度目を瞑り気持ちを落ち着け、そして吐き捨てるように言った。


「はっ。帝国から守り抜いたってんなら、なんでフォレはあんなことになったのかねぇ?」

「フォレ?それは町の名か?それとも貴様の友人の名か?」

「村だ。フォレ、もしくはフォレの村って呼ばれてた。東部大河の両側に森があるだろ?大河東側の森のすぐ南にあった村だ。だが、帝国の奴らに襲われて、今は誰も住んでねぇ。伯爵さまが一人でも騎士を派遣してくれてたら、また違っただろうよ。でもって極めつけは、今俺たちがいるこの砦だ。フォレの村が滅んだと思ったら、すぐにこの砦を作りやがった。この砦はどこにある?東部大河の西側、王国側だ。これ以上は・・・言わなくても分かるだろう?」


 エルキュールは混乱していた。王都においてプレヴェール伯爵の評判は、『王の忠臣』『帝国に対する砦』のようなものが多くを占めていた。だが、アクスが語るプレヴェール伯爵は、そんな評判とはかけ離れているように思えた。


「アクス。もしや、貴様は・・・その、滅んだフォレの村の生き残りなのか?」

これが公式に発表されたことだよ。クソが。」


 エルキュールは、アクスが東部大河よりも東の地域を警戒していた理由を理解した。同時に、王都で聞いていた伯爵の評判から、アクスの話を上手く呑み込めないでいることも、また事実だった。アクスとはなんだかんだで2年の付き合いである。そして、騎士になるまでの行いはともかく、人として悪いもので無いことも理解している。少なくとも、貴族社会の常識に疎いアクスに世話を焼いてやろうと思うくらいには、アクスという人間を信頼していた。

 そして2日後、アスクとエルキュールは徴発していた渡し舟にのり、東部大河を横断した。そして夏期 終わりの月 第1週目の2日目になり、到着の先ぶれを出したところで、歴史は大きく動き始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る