第四話 準備

聖歴1493年、夏期 終わりの月 第1週目 東国境砦付近


 東国境砦。この周辺地域は、本来なら王国 – 帝国間の交易商人を狙った山賊が暴れるか、森から迷い出てきたオオカミやクマに襲われる程度の争いしかない地域である。もちろん、過去の国境紛争時には激戦になったこともある地域ではあるが。

 王帝会議が行われる今年は、交易商人を狙った山賊たちですら大人しくしているはずだった。山賊歴の長い、いわゆるベテラン山賊ほど王帝会議の情報には敏感であった。両国にとって非常に重要な会議であり、王国、帝国それぞれの首都で何度も開かれてきた。そのたびに山賊や盗賊では手出しを考えることすら厳重な警備体制を整えていたことも理由の一つだが、最大の理由は山賊などの襲う側からすれば、全く旨味が無いのだ。完全装備の常備兵のみで構成された護衛部隊、守っているものは大使とその他数名からなる使節団である。大使も含む使節団は全て貴族のため、身代金目的であれば多少は稼げるかもしれない。だが、完全装備の常備兵に山賊は全くと言って良いほど歯が立たない。平地であれば、3倍の数で奇襲が成功しても山賊側が負けるというのが、この世界の常識である。これはひとえに、魔法があるためである。

 この世界では、平民や貴族どころか動物まで魔法の恩恵に預かっている。もちろん、魔法の扱いが上手い、下手はあれど、ある一定レベルまでなら訓練次第で誰でも使用できる力なのだ。言い換えれば、専門的な訓練をしなければ戦場で役に立つレベルまでは達しない。10人に2,3人程度は生まれ持ったセンスで訓練無しでも一定レベルまで達するが、それは身体強化の補助魔法に限ってである。攻撃魔法に関しては、完全に訓練がモノをいう。そして、その訓練方法は、支配者階級が完全に秘匿していた。

 これらの理由から、王帝会議の時期というのは、ならず者たちが活動を休止する期間であったはずだったのだ。だが、今回は違った。東国境砦より王国領に入ってすぐに王国正規兵の鎧を纏った集団に襲撃された。今回は何とか追い払えたものの、襲撃者集団の数が多すぎた。


「王国の護衛部隊はどこにいるのか!?今回と同じ規模であれば、2回目の襲撃は防げるかもしれん。だが、3回目は防げんぞ・・・。」


 帝国の護衛隊長がそうこぼす。そもそも相手国への訪問のため、訪れる側は最低限度の兵力しか連れてきていないのだ。迎える側の国が十分な護衛戦力を提供するのが通例だった。そして、襲撃されただけでも大きな問題ではあるが、これを理由に帰国するかどうかの判断は、大使次第なのだ。護衛隊長としては、自身の任務を全うするためには、帝国に引き返すことが最も確実である。だが、それは王国に対して、帝国は話し合いの席に着く気が無いと通達するに等しい。

 護衛隊長は、念のため今回の大使、アルベルト=バルツァー宮中伯に確認をとる。


「バルツァー閣下。護衛部隊を率いるものとして進言させていただきます。帝国へ引き返すべきです。今回は撃退できましたが、何度もとなると現状の戦力ではお守りしきれません。」

「・・・・・・王国の護衛部隊はいずこか?」

「少なくとも、目視で確認できる範囲にはおりません。そして、襲撃者は王国正規軍の鎧を纏っておりました。そして、身体強化魔法も見事なものでした。襲撃者は、間違いなく訓練を受けた軍属です。王国側の護衛部隊もこの場に居ない以上、」

「それ以上は言うな。我々帝国としては、帝国側から話し合いの席を蹴るつもりはない。それに、砦の王国兵は、今回の襲撃にどう対応したか?」


 砦といっても簡易な関所である。両国が最低限の戦力をおいているにすぎない。つまり、砦に詰めている両国の全兵力を護衛に回したとしても、焼け石に水であった。


「確かに、砦に詰めていた王国、帝国の兵士たちも、今回の襲撃者に立ち向かっておりました。そして少なくない負傷者が出ました。砦の兵たちは今回の襲撃に無関係であると考えてよろしいかと思います。」

「無関係かどうかまでは分からんが、死人は出ていないのか?」


 護衛隊長は、少しの間、自身の記憶を思い返した。確かに、死者は出ていない。そして、動けない程の重傷者も出てない。積極的に前線に出ることは難しいが、身体強化魔法を使えるものであれば、援護や雑用くらいは数日でできるようになる程度の怪我しか負っていなかった。


「死人も、おいていかなければならない程の重傷者もおりません。ですが、砦までは戻っていただきたい。敵や王国の思惑がどうであれ、木柵があるだけでも防衛はしやすくなります。」

「そうか。そうだな。分かった。砦の中で待とう。」


 バルツァー宮廷伯は、そういって護衛隊長の指示に従った。そして馬車に乗り込んだあと、ひとりつぶやいた。


「王国領内に入ったとたんに、しかも砦からの応援を受けられる範囲で王国正規軍から攻撃を受けたというもの、どうにも納得がいかん。まるで砦に詰めている両国の兵士に、王国正規軍が襲撃を仕掛けたと見せたいようではないか。王国、帝国、はたまた両方か?どうやら、会議を成立させたくないものがおるのやもしれぬ。もしかすると王国の護衛部隊も何者かに襲撃されて足止めされておるのやもしれんの。」


聖歴1493年、春期 中の月 第2騎士団駐屯地


 時間は少し戻り、ラドクリフ第2王子より任務を通達された翌日、アクスとエルキュールはそれぞれの団の百人長、その全員となる5人づつを連れ、第2騎士団駐屯地にて護衛計画について話し合っていた。


「護衛計画ねぇ。つってもよぉ。はっきり言っていいか?騎士団が護衛している集団を襲うバカは居ねぇよ。こちとら2年前まで現役だったからな。そこは間違いない。でだ。それでも襲い掛かってくるアホがいるとすれば、現実を知らないルーキー山賊か、正規軍並に訓練を受けた逸材が仲間になった盗賊かって前提で考えていいのか?」


 エルキュールはしばし考え、そしてアクスの問に答えた。


「おおむねそれで問題ないだろう。ただ、念には念を入れて、我々以外の騎士団が襲撃してきた場合を考えた方が良いだろうな。」

「は?どこの騎士団が襲ってくるんだよ。第6あたりか?」

「そうではない。実際に襲ってくると言ってるのではなく、騎士団レベルの戦力からも大使殿をお守りできる戦力を整えるべきだという話だ。そもそも貴様。第6騎士団とは未だに和解していないのか?」

「その話はおいておけよ。本題からズレてんぜ?」

「貴様・・・。あの件でどれほど殿下に迷惑とお手数をお掛けしたと!だが、確かに本題を先に済ませるべきというのは一理ある。」


 護衛計画を立て終わったら話をしてもらうからなとでも言いうように、エルキュールはアクスを睨みつける。だが、当のアクスはどこ吹く風。明らかにチッうるせぇなという表情で、ハンセイシテマーーース、などと宣う始末。せっかく護衛任務に話が戻りそうだったところで混ぜっ返されてはたまらんと、両団の百人長たちが、それぞれの団長をなだめる。


「まずは、数だな。騎士団の一つが襲ってくるとすると、最低でも同数じゃなきゃ話になんねぇ。もちろん、装備の質が似たようなもんならって前提だがな。ただ、一回だけなら同数でも問題ねぇけどよ。これが二回、三回となると、同数じゃぁ厳しい。」

「そうだな。身体強化の甘い市井の敵であればともかく、我々と同様に魔法訓練を受けたと敵を想定するならば、数で劣ることは任務の失敗に直結するか。だが、第2騎士団、第13騎士団が総出で護衛任務にあたることもできん。我々は殿下の手足として動かねばならぬし、貴様ら第13騎士団も野盗や害獣の間引きといった通常任務もある。何より、数が増えれば増えるほど行軍が遅くなる。」

「うちの通常任務は、スピアとダガーのどちらかを含む百人長2人がいれば問題なくこなせるぜ。こいつらは貴族枠で百人長になったからな。両方を護衛任務に連れて行った場合、どっからどう考えても残ったのが他の団や文官どもと問題を起こす未来しか見えねぇ。」


 エルキュールは想像してみた。帝国大使と接触した場合、しっかりとマナーを学んでいるものが必要であることは言うまでもなかった。通常であれば団長となるものは伯爵以上の家格を持つ貴族子弟か、現役の子爵や男爵である。だがアクス、彼は違う。2年前、王が失業率緩和のために行った事業の一つ、唯才令と呼ばれる生まれも行動も前職も不問、ただ能力のみを持って採用するとした、第13騎士団創設時に入団したのだ。腕っぷしのみで。マナーどころか常識すら危うい男だ。そもそも一晩だけとはいえ、一国の王女様に腐りかけの生首をぶん投げて城の牢屋にぶち込まれた騎士団長など、王国400年の歴史を見ても初の珍事だろう。もっとも、あの事件はアクスだけに非があるものでは無かったが。

 とにかく、そんなマナーのマの字も無い男を、外付けマナー・常識装置となる貴族枠百人長を伴わずに他国の重要人物の前に出すなど、悪夢でしかない。最悪、国際問題になることすらありうる。だが、同時にそんな外付けマナー・常識装置を2人とも連れて行って、残った第13騎士団(荒くれもの)に王都で問題を起こされ、他国の重要人物に騎士団丸ごと牢屋に入ってますなどと知られることも大問題だろう。


「わかった。こちらからは百人長2人と私が出る。第13騎士団からはアクスを含む百人長3人を出してくれ。これで見かけの上では騎士団ひとつ分の数になる。」


「了解。別に文句があるわけじゃねぇんだが、こっちが百人長1人多いってのは、なんか理由があんのか?」

「もちろんだ。そちらの百人長のうち、スピア殿かダガー殿のどちらかが来るのであろう?であれば、我々第2騎士団とともに大使殿の直掩に回ってほしい。そして、第13騎士団の残りの百人長とアクスは、護衛の前後に展開し、警戒を行ってほしい。大使側に問題が起こった際の連絡役も直掩となった第13騎士団の百人長が担ってくれ。我々第2騎士団は、第2王子殿下の親衛隊だ。そもそもが外に出て実戦を行う部隊ではない。ただ、2回、いや3回だな。3回だけではあるが野盗との実戦経験もある。だが、それだけだ。こと行軍においては、普段から王都の外に出ている第13騎士団にはかなわんと思っている。」

「了解だ。こっちからすれば正直いつもとかわんねぇ。そして、他国のお偉いさんから俺らみたいな荒っぽいのを遠ざけるってのも納得できる。第2騎士団はともかく、帝国側の護衛だって貴族様なんだろう?そっちとトラブらねぇって保証はねぇからな。それと、親善試合で俺と戦ったのを野盗との戦闘数1回って数えてんじゃねぇよ。」


 アスクは配置と数に問題が無いことを伝えた。もっとも、アスクの本心としては帝国貴族と関わらなくてホッとしているというのが本音だった。無論、王国貴族でも気に入らない奴、チャンスさえあれば頭をかち割ってやろうと思っている奴もいる。とはいえ、アクス自身、今があるのは第2王子のおかげだと分かっている。荒っぽい言動どころか犯罪者スレスレの言動ばかりの男だが、少なくとも明確に受けた恩を仇で返そうという気はなかった。

 だが、帝国は違う。騎士団に所属する前は、帝国との国境にある森近くの村で暮らしていた。だが、その村は今では誰も住んでいない。帝国の攻撃によって滅んだ。領主として税だけ巻き上げておきながら何もしなかった領主一族も、平和に暮らしていた故郷と呼べる村を滅ぼした帝国も、アクスにとっては敵だった。少なくとも、アクスが経験し、認識している事実はそうなっていた。


「次は装備か。基本的には通常の警備に用いる装備でかまわんと思うのだが、殿下が肝いりで配備した新装備はどうなんだ?アクス、貴様のところでは、既に実践運用も行ったと聞いているが。」

「うちに配備されたのは、全部で3種類だったな。ソード、レイピア、フレイルのところで1種類ずつ試させた。3種類とも雨がふったら使えないが、そのうちで今回の任務に使えそうなのはソードとレイピアに試させたやつだな。3人とも、使った感想を聞かせてやってくれ。」


 アクスは、これまで黙って団長同士のやり取りを聞いていた部下に話を振る。第2王子は、昨年の秋期の出撃で新機軸の装備の試用を第13騎士団に命じていた。もちろんアクスは報告書を第2王子に報告したが、やはり実際の使用感は使ったものにしかわからないということだろう。余談にはなるが、アクスは報告書を第2王子に渡しはした。しかし、実際の報告書を作ったのはダガーとスピアである。報告書としてまともな体裁を保った文書を作れるのは、第13騎士団にはこの二人しかいなかったためである。


「第13騎士団、百人長のフレイルです。私の隊に割り当てられたのは、火薬を使い、大きな鉄の弾を発射する兵器です。威力は共同攻撃魔法クラスです。利点は弾と火薬さえあれば発射装置が壊れるまで撃てることと、共同攻撃魔法と比べて射程が長いことです。欠点は発射装置と弾が非常に重たいこと、命中率が低いこと、火薬に着火する必要があるため雨の日には使えなくなることです。もしこの兵器を今後も運用するのであれば、この兵器専門の運用部隊が必要になると思われます。」

「第13騎士団、百人長のソードです。私の隊では、陶器の玉の中に鉄片と火薬を詰め、それを敵に投げ破裂させる兵器を試用しました。威力は共同攻撃魔法よりは弱めです。破裂する距離は、火薬に着火させるための縄の長さで調節します。威力は破格なのですが、手で投げるため、飛距離が足りないと味方にも被害がでます。また、縄の長さの調節を間違えても、敵に想定した通りの被害を与えることができません。雨の日に使えないことも、フレイルと同様です。」

「第13騎士団、百人長のレイピアです。私の隊で試用したのは、小さな鉄の弾を火薬の力で飛ばす兵器です。威力は個人攻撃魔法と同等かやや弱いくらいです。ただし、着弾までの速さは攻撃魔法よりも格段に上です。雨の日に使えないのは、先の二つの兵器と同様ですが、数回撃てる程度の弾と火薬であれば、個人で持ち運べます。また、しっかり狙っても着弾点がブレることも、一度撃つと次の発射までに時間がかかることも欠点といえます。運用で改善されるかもしれませんが、現時点では、一度だけ撃てる弓の射程に個人攻撃魔法の威力がある兵器とお考え下さい。」


 エルキュールの感想は、どれも使えないというものだった。唯一、レイピアの試用した兵器は使い道もあるのだが。そもそも、第2、第13騎士団にある全ての装備を自由にして試用して良いとはいえ、新機軸の兵器を他国の人間に見せても良いものかということもある。そう思案しているところに、アクスが意見を述べた。


「名称は秘匿とされているからややこしい言い方しかできないが、レイピアが試した兵器は持っていくべきだと思うぜ。ありゃ今までの鎧や盾で防ぐことは無理だ。距離がありゃ別だがな。だが、十分に引き付けて撃てば、当たりさえされば確実にダメージを与えられる。そして、命中率の低さは複数名での同時攻撃で多少は補える。もし野盗が相手なら一回目の射撃でビビらせりゃ引くだろうよ。騎士団クラスに装備が整っている相手だとしても、当たりさえすればダメージを与えられるうえに、槍よりも広い攻撃範囲がある。火薬が濡れてしまうと使えねぇって問題こそあるが、油紙に火薬を包んでおくことで湿気らせにくくもできる。何より、通常の装備に追加しても、さして行軍速度も落ちねぇ。」

「その装備を使えるようになるまで、どの程度の訓練期間が必要になる?」

「とりあえず撃てれば良い程度であれば、3日あれば何とかなるんじゃねぇか?正直言って、狙って真直ぐ飛ばすのは無理だ。十人長あたりを射撃用の指揮官にして、10人で同じ的を狙えば、体のどこかしらには一発くらい当たってくれるだろうよ。」

「よし。任務に参加する百人長の隊をそちらに送るので、新兵器の訓練をしてくれ。第2騎士団と第13騎士団の連携訓練も必要だろう。王都から東国境砦近くの街までは、乗合馬車でも10日前後か。ならば、夏期 中の月 第2週目に出れば間違いなく夏期 終わりの月 第1週目に着くな。」

「了解だ。だが、もし野盗以外の襲撃があるとすれば、東部大河を渡ってから帝国国境までの間だろうな。帝国のクソ大使と合流してから2、3日くらいが一番大変だろうよ。」


 エルキュールは、なぜそんなことが分かるのかと思ったが、百人長の選抜と連携訓練に時間を当てた方が良いと考え、特に問題にしなかった。こうして、多少の多めの余裕を持って東国境砦に到着することを決めたアクスとエルキュールであった。この多少多めの余裕が彼らの任務をかろうじて失敗にさせなかったことを、まだ、彼らは知らない。

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