第三話 任務

聖歴1493年、春期 中の月 ストラスマール聖王国 王城


 王城の廊下をどう見ても場に似合わない2人組が歩いている。一人は身の丈2mに迫ろうかという大男、名をアクス。上質な礼服を着ているが、どう見ても着なれていない。若干歩きにくそうにしている。もう一人は平均的な身長ではあるが、アクスの隣にいると背が低く見える。この男はスピア。上質な礼服に着られている感はない。

 アクスはともかく、スピアは本名ではない。第13騎士団編成時に団の幹部である百人長は武器の名前を使って呼ぶと決めた。これは「団長の俺がアクス(斧)なんだから、百人長たちは全員武器を名前にしよう。そうしよう。」という思い付きから始まった。それから2年が過ぎ、団の中では定着していた。

 2人は目的地である第2王子の執務室に到着する。スピアが扉をノックをして入室許可を求めようとしたその時、アクスが扉に近づき、一気に開け放った。


「大将。今戻りやした。今回はご指令通り、王都の南側を中心に見てきやした。新たに発生した賊集団の数は6つ、内4つはすでに何かしらの略奪を行っていたためその場で処分。残り2つは鎌やらナイフやらで武装して集まっただけだったんで、げんこつはって故郷の村に戻しておきやした。」


 アクスは扉を開けると同時に一気に言いきった。その部屋の中には、豪華な執務机に向かい苦笑している品の良い青年と、目頭を押さえながら真っ赤になって震えている青年がいた。


「きっさま・・・。殿下に無礼な口をきくなと何度言えばわかる。大将ではなく、第2王子殿下、もしくは単に殿下と呼べ。この場には殿下と呼ばれる方はお一人しかおらんからな。何より、入室前にはノックをしろ!入室を許可されてから入れ!!!」


 真っ赤になって震えていた青年がアクスを怒鳴りつける。これに品の良い青年、第2王子が待ったをかける。


「エル。落ち着いて。アクスは我々貴族と接するようになって、まだ2年だよ?君みたいに生まれた時から貴族世界に身を置いて、マナー教育を受けてきたわけじゃないんだ。ちょっとくらいは大目に見ようよ。主な仕事はちゃんとやってるんだしさ。」


「殿下。現在は執務時間中です。私をお呼び頂くときは、ニックネームではなく第2騎士団長でお願いいたします。また、まだ2年ではありません。もう2年なのです。この状態では、公式行事に参加させるなど悪夢でしかありません。このままでは、この山賊モドキが殿下に対する攻撃材料となってしまいます。」


 第2王子と第2騎士団長がアスクの取り扱い、特に王族や貴族と接する際の教育について話し合っているさなか、アクスは自由だった。なんと、メイドを呼ぶためのベルを勝手に鳴らし、お茶を要求していた。もちろん、第2王子にも第2騎士団長にもそれは聞こえていた。聞こえていたからこそ、第2騎士団長の米神がひくついているのだろう。再度アクスを怒鳴りつけようとしたところで、スッと手を挙げて第2王子が制する。


「アスク。彼女は王家の使用人であって、君の使用人では無いよ。勝手に仕事を頼まれては、さすがに困るね。」

「ああ、すんません、たいしょ・・・第2王子殿下。以後、気を付けますわ。」

「さて、注意もしたところで、ここからはまじめな話だ。」


 第2王子の雰囲気が変わったことを契機に、部屋の中にいた第2騎士団長、アクス、スピアの表情もまじめなものに切り替わる。


「夏の終わりに、『王国 - 帝国交易比率の再審および改定のための二国間協議』、通称『王帝会議』があるのは知っているかい?」


 第2騎士団長とスピアは頷き、アクスは「知らんっすわ。」と言った。


「なるほど。では少し説明しよう。王国と帝国は、いろいろな物資を売ったり買ったりして、お互いの不足している物資や余っている物資のやり取りを行っているんだ。基本的には金銭を用いて買ったり売ったりしているのだけど、いくつかの物資については、金銭ではなく、お互いに価値を認める物資との物々交換にしている。例えば、王国側からは塩。帝国側からは銅や鉄などだね。」

「ちょっと待ってくださいや。銅も鉄も、王国北部に鉱山があるってそこの第2騎士団長閣下が以前に言ってやがりましたが。いや、こっちからはいくらでも作れる塩を出して、帝国からは金属っていうなら、王国にとっちゃウハウハなんでしょうが。」

「アクス。そう単純な話ではないのだよ。帝国は海に面した領土が無くてね。帝国内で塩を得ようとしたら、山岳地帯から岩塩の鉱床を探すしかない。岩塩もどれだけ採れるかは不透明なんだよ。だから帝国としては、岩塩以外に塩を安定供給できるルートを確保しておきたいのさ。もちろん、私たち王国だけでなく、他の国とも取引しているだろうがね。そして王国としては、帝国に鉄や銅を大量確保して欲しくない。これは軍事力に直結するからね。そして、王国産の鉄鉱石よりも、帝国産の鉄鉱石の方が、質が良いと言われているんだ。」

「へぇ。交易ひとつとっても、お偉方ってのはいろいろ考えてるもんですなぁ。」

「あはは。王都に住まう国民からみたら、アクスもお偉方の一人なんだけどね。なんて言ったって第13騎士団の団長様だし。っと、話がずれたね。今まで話した理由も大事なんだけど、王帝会議が開かれる一番大事なことは、会議が開かれたという事実なんだよ。それも、定期的にね。」


 会議の内容よりも、会議を開くことが重要と言われたアクスは、何が何だか分からなくなる。それぞれの国が重要と認める物資の交換比率を決める。これが重要だというのは分かる。これがもし漫画やアニメの表現であれば、頭の上にハテナマークが多数表示されていることだろう。


「わけがわからないって顔をしてるね。会議が開かれるってことは、話し合いをする気があるってことさ。どちらの国も、武力にものを言わせるよりも話し合って解決した方が良い、話し合って解決できる問題だと捉えている状態であるってことなんだよ。」

「ああ、何となく分かりやしたぜ。うちの団の連中だって、いくら相手が気に入らねぇからって、いきなりぶん殴ったりはしねぇですしね。ぶん殴る前に脅し文句から入りやすし。」

「団長。分かりやしたぜの後は余計です。」


 アクスが理解を示した後に、スピアがすかさず突っ込む。今までは団長以上の地位を持つ者たちでの話し合いのため黙っていたようだが、さすがに言葉が出てしまったようだ。


「うん。スピア君の言う通り、ちょっと余計だったね。そういうのは心の中で思っても、口に出さないようにすると良いよ。それでは、王帝会議の重要性も分かってもらえたところで、任務の通達だよ。」


 第2王子はそういって、執務机の引き出しから2通の命令書を取り出し、読み上げた。


「第2騎士団長エルキュール=マルロー、第13騎士団長アクスに任務を通達する。夏期、終わりの月、第4週目に『王国 - 帝国交易比率の再審および改定のための二国間協議』、通称『王帝会議』が開かれる。これに伴い、帝国よりアルベルト=バルツァー宮廷伯が全権大使として王国に訪問されることとなった。両騎士団は、夏期、終わりの月、第1週目までに帝国との国境にある東国境砦に赴き、第2週目に到着予定の帝国大使と合流。その後、王都までの護衛を行え。なお、第12騎士団よりの報告で、国境沿いに位置する森林地帯にて不審な集団が活動しているとの報告があった。活動内容は不明のため、単なる盗賊団か大使を害する目的の集団かは現時点では判明していない。王国の威信にかけて、大使を無事に王都までお連れしろ。このために必要な人員、装備は両騎士団内にあるものは全て使用可能とする。以上、両騎士団を預かるストラスマール聖王国第2王子、ラドクリフ=ラ=ストラスマールの名において命ずる。」


 第2王子ラドクリフは、読み終わった命令書をアクスとエルキュールに渡した。受け取った二人は、声をそろえて返答する。


「「拝命いたしました。直ちに取り掛かります。」」


 聖歴1493年、春期 中の月、動乱の国境まで、あと4か月。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る