第二話 帰還

聖歴1493年、春期 中の月 ストラスマール聖王国 王都


 王都。それは王侯貴族が暮らす国の中心である。文化の中心であり、物流も盛んだ。新鮮な魚や果物は無理でも、干したり塩漬け、油漬けなどの保存加工をした海の幸、山の幸も流通する。価格は上がるが、氷魔法を使える魔導士を雇った商会が、海の幸でも山の幸でも、冷やして鮮度を保ったまま流通させている。そんな、精神的にも物質的にも十分に満たされている王都の住人は、誰しもがこう言うだろう。自分たちがこの平和な国の中心に住まう、もっとも恵まれた国民だと。

 そんな中にあってひと際異彩を放つ集団がいた。騎士のように金属鎧は着けているが、統一感は無くバラバラである。あるものは胸当てと脛当てだけ。兜をかぶっているものもかぶっていないものもいる。中には金属鎧を着けずに革鎧を纏っている者もいる。一応隊旗らしい旗も持っているが、そもそも血濡れであるし、旗を着けている棒も何かにぶつけたようにひん曲がっている。どこからどう見ても山賊くずれのならず者集団に見えるが、王都に2年以上住んでいるものは気に留めていない。


「なぁ、あの、どう見ても王都の中に山賊としか見えない集団がいるんだけど、あれはなんなんだ?」


 王都に先ほどついたばかりの乗合馬車から降りた青年が、御者に尋ねる。


「あんた、王都は初めてかい?ありゃ2年前に新しくできた騎士団さね。山賊にしか見えないなんて失礼なこと言っちゃダメだよ。他の騎士団と違って、街道を外れてまで山賊や野盗と戦ってくれる騎士様たちなんだ。まぁ、なんだ。確かに見た目や言動はそこらのチンピラ以上にチンピラなんだがね。」


 そんな会話が聞こえたのかもしれない。隊列の端にいた騎士が何人か乗合馬車に近づいてきた。


「おいおい、御者さんよぉ?てめぇ、誰がチンピラだと?」

「こちとらまだクソ寒い時期から街道を歩き回らされて、法律守らねぇクソどもとド付き合ってきたんだ。てめぇらもド付き合ってみるか?おお?」


 チンピ・・・騎士に絡まれてあわあわしている御者と青年であったが、騎士の後ろから非常に不機嫌そうな大男が近づいてきた。そして、絡んでいるチンピ・・・騎士たちの頭を一発ずつぶん殴った。


「おい、てめぇら。街や集落のなかじゃお行儀よくしろって、あれだけ言ったよな?ああ?俺は言ったよな?!それが街に入ってから何分だよ。15分も経たずに国民のみなさまに絡んでんじゃねぇぞ!」


 頭目と見られる大男に怒鳴りつけられたチンピ・・・騎士たちは、サーセン、頭ぁ、とか、いや、ちょっと俺らの扱いに文句言いたかっただけでして、などと言ってさらに怒られている。


「ああ、アクスさま。チンピラなんて言ってしまったあっしらが悪かったんで。もうその辺で。」

「ああ、すんません。ほんっとこいつら、ちゃんと〆ておきますんで。おい、行くぞ。・・・ああ、いや、いい。ソード。もうこいつらいつもの酒場に放り込んで来い。でもって、俺が帰ってくるまで手綱握っといてくれ。街を歩かせてたら何するかわかんねぇ。スピアは隊舎に戻って着替えた後、俺と一緒に大将のとこ行って報告だ。」


 アクスはそう指示を出して、もう一度御者と青年に会釈をして去っていった。先ほどまで怒られていた騎士たちも、酒だーと言いながら酒場へ行く仲間に合流していた。

 アクスは、スピアと呼んだ騎士とともに王城へ向かっていく。そして、御者は青年に再び話しかけた。


「ね?悪い人たちじゃないんだよ。その、言動がアレなだけで。ただ、ここで絡まれてしまうと、馬車からお客さんが降りられないんだよねぇ。・・・まぁ、王都を楽しんでくださいや。でもって、お帰りの際も是非うちの乗合馬車を使ってくださいや。」


 ありがとうと苦笑いで返事をしてくる青年を送り出したあとは、馬車の乗客もそれぞれに降りていく。


 聖歴1493年、春期 中の月。未だ暖かくなり切れていない風が吹く王都の空は、平和に晴れ渡っていた。近くまで迫った動乱の時代の気配は、まだ、感じられなかった。

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