第2話 最初の仕事(前編)
王宮警備隊員のピダランが自腹で旅の仕事を整えると、ロタク、ヤオラ王子とともに王都の北門を抜けて都の外に旅立った。
「王子、これから王子の身の回りのお世話やお金の管理は私が務めます」とピダランはヤオラに言った。
「うむ。ピダラン、よろしく頼む」
「それではまず、王子の手持ちのお金を預かりたいのですが」とピダランが言うと、ヤオラは妙な顔をした。
「僕は金など持っていない。いつも侍従が持参している」
「え?・・・王子は財布をお持ちではないということですか?」
「そうだ」
「それでその侍従はどこに?」
「王宮にいるだろう。もはや僕の侍従ではなくなったからな」
「・・・つまり、まったくの無一文ということですね?」
「そうだ」
「ロタク、お前はいくら持ってる?」
「急に王都を出てきたから一銭も持ってないよ。まだ
「何てことだ!」とピダランは言って天を見上げた。
「私も裕福ではありません、王子。ですから、今後の旅は行く先々でお金を稼いでいただく必要があります」
「僕も働くのか?」
「当然です、王子。もちろんロタクも」
「おもしろそうだな。で、どんな仕事をすればいいんだ?」と楽しげな王子。
「大きな町なら商業
「どれもあまりしたくないが、・・・するなら野獣討伐か盗賊討伐かな?どんな野獣を討伐するんだ?」
「夜中に畑の周りで見張りをして、野菜を食い荒らすネズミ、モグラ、ウサギ、シカ、イノシシなどを追い払う仕事です。野獣を殺してもかまいません」
「要するに畑の作物番ってことだね」とロタクが言った。
「人がいればあまり動物は来ないから、のんびりできる仕事だよ」
「おもしろくなさそうだな。もうひとつの盗賊討伐とは?盗賊のアジトを急襲する仕事か?」
「夜中に畑の周りで見張りをして、野菜を盗もうとする輩を追い払うか取っ捕まえる仕事です。我々を攻撃して来ることがあり、その場合は反撃しますが、盗人とはいえ殺したら我々が人殺しとして捕まりますので、手加減が必要です」
「やることは野獣討伐と一緒か」
「でも、待ち時間が長いから、その間に剣の稽古とかできますよ」とピダランが言った。
「そんなのしかないのなら仕方がない。ただし、町の掃除は絶対にしないからな!」と王子が言い放って、ロタクもうなずいた。
そんなことを話しながら半日ほど歩き、ロタクたちはようやく最初の町に着いた。王都の近くだけあってそこそこ大きな町だったが、郊外には畑が広がっている。畑番の仕事には困りそうになかった。
まず町の市場に寄り、ピダランのわずかな手持ちでパンと干し肉とワインの瓶を買った。昼間っから飲食できる状況ではないので、買ったものはピダランの袋の中にしまい、すぐに商業
幸い商業
ピダラン、ヤオラ、ロタクの順に
「何かご用ですか?」とすぐに職員らしい男がピダランに話しかけてきた。
「あ?ああ、日雇い仕事の求人がないか聞きに来たんだが・・・」と答えるピダラン。
「日雇い?・・・それは裏通りの斡旋所に行ってくれ」と職員に冷たく言い返され、半ば追い出されるように出口に追いやられた。
仕方なく商業
「なんだ、あの態度は!?」と怒るヤオラだったが、今は旅人の装いで、王子らしい衣装を着ていなかったから、丁重に扱われなくても当然だった。
「すみません、王子。もう少し小さな町なら日雇い仕事の斡旋を同じ建物内でしてくれるんですが、ここは中途半端に大きな町で、商人たちの意識も高いようでした」
ぷりぷり怒る王子をなだめながらピダランは裏通りに進んで行った。ロタクはもともと金持ちの子ではなかったので、金持ちらしい大人に邪険に扱われても気にはしなかった。
裏通りには石造りであるが少し寂れた建物が並んでおり、道端に汚い格好をした人が何人も座り込んでいた。彼らから死んだ魚のような目を向けられながら、ピダランは日雇い仕事の斡旋所を探した。
間もなく見つけたその斡旋所の前には浮浪者のような男たちがたくさん座り込んでいる。その間を通ってピダランたちは斡旋所の中に入った。
建物の前にたくさんいた男たちのような風体の者は建物内にはいなかった。入って来てもすぐに追い出されるのだろう。ピダランはすぐに受付の前に進むと、座っている職員に、
「仕事を探してるんだが」と話しかけた。
その職員たちはピダランたちをざっと眺め回した。
「あんたたちはまだ体が動きそうだね。・・・外にいる連中は掃除はさぼるし、畑の番もできないしで使い物にならないんだが、あんたたちにできるような仕事ならいくらでもあるよ」と職員は言った。
「俺たちは剣を使えるから、畑の番でも警護でもできるぜ」とピダランは言い、腰に下げているショートソードを見せた。
ちなみにヤオラは剣は持っていないが、王子だから多少の手ほどきを受けていることだろう。ロタクは剣に触ったことすらなかった。
「なら、ドンクんちの夜番をするか?最近夜中に野犬が出て、ドンクが飼っている家畜が食い殺されたんだ」
「野犬?」ロタクは少しびびった。野犬に襲われたら木に登って逃げるしかない。
「それでいい」とヤオラが勝手に承諾した。「剣の腕を見せる好機だ」
「わかった。その仕事を頼む」とピダランが職員に言うと、
「ドンクんちはこの町の郊外の北西の森のそばにある農家だ。報酬は一晩ごとにひとり小銅貨1枚、夕食と朝食付きだ」と職員が答えた。
「小銅貨1枚?」とヤオラが不満を口にした。ロタクも野犬を相手にする割に報酬が少ないと思った。小銅貨1枚なら子どもがおつかいをする駄賃としてもらうような金額だ。
「家畜が1頭殺された上に、その騒ぎで家畜が乳を出さなくなってな、ドンクんちも困ってるんだ。報酬に不満があるなら町のドブさらいの仕事が町長から依頼されているぞ。こちらは小銅貨5枚だ」
「・・・ドブさらいなんかやってられるか!野犬退治でいい!」とヤオラが勝手に契約を決めてしまった。ロタクとしてはドブさらいの方がましだと思っていたが。
ピダランたちは斡旋所を出てドンクの農園を目指した。けっこう遠いところにあり、たどり着いた頃には日が暮れかかっていた。
「斡旋所から紹介された。夜間に野犬の番をする」とピダランがドンクという名の農夫を見つけて話しかけると、
「おお、夜番をしてくれるのか。助かる」とドンクは喜び、すぐにピダランたちを厩舎に案内した。
かなり大きな厩舎で、中には人の背丈ほどもある乳牛が何頭も飼われていた。
「牛か!?」と驚くピダラン。「野犬に襲われたのは仔ヤギだとばかり思っていた!」
「やられたのは一番大きな乳牛だ。よく乳を出してくれるいい牛だったんだが、あの犬っころめ!」と怒りを露わにするドンク。
しかしピダランたちはそれどころではなかった。
「こんなでかい牛を食い殺す野犬なんて聞いたことがないぞ」とピダランはヤオラたちに囁いた。
「野犬じゃなくて熊じゃないのか?」と聞き返すロタク。
「いくらなんでも熊と野犬の区別はつくだろう。・・・でかい猛獣なら俺の剣じゃ心もとないぞ」
「僕も王子も丸腰ですよ」とロタクが言った。
ピダランは考え込んでから、ドンクに「何か武器になりそうな農具を貸してもらえないか?」と頼んだ。
「干し草用の熊手ならかまわんよ」とドンクは言って、干し草置き場に置いてあった長い三叉鍬を2本貸してくれた。その熊手は武器を扱えるピダランとヤオラが持つことになった。
「僕はどうしたらいいの?」と聞くロタク。
「ロタクは拳大の石を集めておいて、野犬が出たら投げて加勢をしてくれ」とピダランに言われた。
ドンクが提供する報酬の一部である夕食は、一塊のバターとお椀一杯の麦粥だけだった。のどを通りにくいバターの塊を必死の思いで飲み込むと、ロタクはすぐに石を拾いに行った。
森の近くまでおそるおそる近づき、できるだけたくさんの石を拾い集める。石は大きすぎても上手く投げられないし、小さすぎると野犬にダメージを与えられない。何とか手頃な石を集めて戻ると、ピダランが3人の配置を決めていた。
厩舎の森側の角にピダランが、厩舎の一方の端にヤオラが、もう一方の端にロタクが立ち、野犬の襲撃に備えるということだった。
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