妄想世界でつかまえて

@JULIA_JULIA

妄想世界でつかまえて

って、書ける?」


 昼休みの教室にて、クラスメイトのギャル───御堂みどう はなが、唐突に話し掛けてきた。俺と御堂は特に仲が良いワケではない。というよりも、ほぼ接点がない。それなのに、どういうワケか話し掛けてきた。


 高校入学から、およそ半年。俺は、未だに友だちを一人も作れずにいる。対する御堂は、いつも誰かと喋っている。色々な生徒と喋っている。ようするに、彼女は人気者だ。


 そんな御堂が、こんな俺に話し掛けてくるとは、何事だろうか。俺はこの状況を理解できず、咄嗟に思う。


 これは、か?


 どうやら俺は、相当にヤバい状態らしい。約半年間のぼっち生活により、とうとう妄想をする羽目に陥ってしまったようだ。女子に話し掛けられるという妄想を始めてしまったようだ。しかも、よりによって、人気者のギャルである御堂に話し掛けられるという、大それた妄想を。


「ねぇ、聞いてる? って、書ける?」


「・・・マンジ?」


 再び聞いてきた御堂。その声に対し、俺はオウム返しをすることしか出来なかった。なんとも情けない対応だ。しかしまぁ、妄想世界なんだから、別に気にすることはないだろう。


「だからさぁ、こういうの」


 そう言って、御堂は両腕を左右に広げ、右の前腕は下に、左の前腕は上に折り曲げて、首を右に傾けた。中々に滑稽な格好である。しかし御堂がすると、それなりに可愛らしく見えるから不思議なモノだ。


 そんな格好と、先程から彼女が発していた言葉が俺の頭の中で結び付き、とある文字が思い浮かぶ。


「あぁ、か。書けるけど」


「ホントに!? じゃあ、書いてみて」


 俺の返答を聞き、目を輝かせた御堂。卍なんて誰でも書けると思うのだが、なにをそんなに目を輝かせているのだろうか。


 しかしまぁ、ともかく。なんだか期待されているようだ。妄想世界の御堂から、期待されているようだ。現実世界では決して有り得ないシチュエーションに対し、俺の心は昂った。妄想とはいえ、御堂の期待に応えるべく、俺はノートと筆記用具を机の中から出す。


 そうしてノートをバッと広げ、筆箱から取り出したシャープペンシルをギュッと握り締める。そこから俺の筆は、軽やかに走った。白紙のページの上を、鮮やかに走った。


 そうして現れたのは、【まんじ】の一文字。


 それを書き上げた俺は、ノートから御堂の顔へと視線を移す。どうだ、と言わんばかりに。


 すると、御堂が一言。


「え? ダメじゃん・・・」


 はい? なにが?


 俺はノートへと視線を落とし、【卍】の文字を見る。それは、どこからどう見ても、卍だ。まごうことなき、卍だ。なにがダメなのか、全く見当がつかない。そんな俺の耳に、御堂の声が届く。


「書き順、メチャクチャじゃん」


 ・・・書き順、だと?


 俺は唖然とした。いや、呆然とした。いやいや、唖然と呆然の明確な違いなど、俺は知らない。そして、卍の書き順も、知らない。


 再び御堂の顔を見ると、彼女は呆れ顔で自身のスマホを見ていた。その表情から察するに、俺は御堂の期待に応えられなかったようだ。現実世界ならば、いざ知らず。まさか妄想世界でも期待に応えることが出来ないとは、なんと世知辛いことだろうか。


「ほら。これ、見てみ」


 そう言って御堂は、俺にスマホを見せてきた。その画面には、卍の書き順を示す動画が表示されていた。


「四画目が、なんだよね」


 いやいやいや! 四画目どころか、二画目も鍵じゃないのか? ・・・っていうか、その書き順、合ってるのか?


 そんな疑問が浮かんだが、そんなことは、どうでもイイ。とにかく卍の書き順は、一筋縄ではいかないようだ。なんとも、ややこしいので、とても正解者が出るとは思えない。


 そうして戸惑う俺に、御堂は言う。


「まぁ、こんなこと知ってたトコで、どうってことないけど」


 だったら、なんで聞いてきた? いや、それ以前に・・・。


「なんで、俺に聞いてきたの?」


「え? なんか頭、良さそうだし。いっつも本、読んでんじゃん」


 いや、それは・・・。友だちがいなくて、やることが、ないからなんだけど・・・。


 そんな恥ずかしいことを口に出せる筈もなく、俺はただただ黙り込むしかなかった。




 いやいや、ちょっと待て! ちょっと待て、俺! これは白日夢だ! なにを弱気になってるんだ!


 そう思い直した俺は、妄想世界の御堂に言い放つ。


「そんなこと言って、本当は俺のことが、気になってたんだろ!」


 右の人差指を御堂の顔へと、ビシッと向けた俺。こんな真似、現実世界では絶対に出来ない。しかし今なら出来るのだ。妄想世界だから出来るのだ。


すると指を差された御堂は、一瞬目を見開き、その直後に笑い出す。


「アハッ! ヤバッ! キミ、面白いね!」


 その言葉のあと、腹を抱えて笑う御堂。やがて落ち着いた彼女は、瞼を擦りながら、言う。


「あ~・・・、ヤバいヤバい、超ウケるんだけど。たしかに、気になるかも。ねぇ・・・、連絡先、交換しようよ」


 なな、なんとっ!? 御堂から、そんなことを言ってもらえるとは!?


 そうして俺たちは、互いの電話番号とメッセージアプリの連絡先を、スマホに登録した。そのやり取りの中で俺は、御堂がメッセージアプリの登録名を【はなな】にしていることを知る。その登録名に対し、俺は思う。


 おいおい、【はなな】って・・・。なんだよ、それ。


 これは白日夢だ。俺の妄想世界だ。よって、【はなな】という登録名も、俺の潜在意識が名付けたモノだ。俺はその安直なネーミングセンスに対し、自分で呆れた。


 とにかくまぁ、最終的に俺の白日夢は、中々の着地点に落下したようだ。オチとしては、まぁまぁ満足できるところに落ち着いたようだ。人気者の御堂と連絡先を交換できるだなんて、まるで夢のようだ。・・・いや、夢なんだけど。


 そんなことを考えていると、俺の目の前から御堂は去っていき、俺は現実世界へと戻っていった。






 その日の最終授業が終わり、帰路へと着くために、俺は教室から出る。するとブレザーの右ポケットが震えた。そこからスマホを取り出し、画面を見る俺。


《やっほー! もう帰んの? 良かったらさぁ、どっか寄ってかない?》


 ん? なんだ、これは?


 俺はイタズラメールでも送られてきたのかと思い、無視しようと考えたが、送信されてきた文言がメッセージアプリからのモノだと気づき、足を止めた。


 は? どういうことだ?


 このメッセージアプリでは、登録した相手にしかメッセージを送信できないし、登録されている相手からしか受信できない。


 となると、先程のメッセージは、俺の知り合いから送信されてきたモノ───ということになる。その事実に困惑しながらも俺は、送り主の登録名を確認した。すると、【はなな】となっていた。


 ・・・はい?


 いまいち状況が飲み込めず、俺の思考は停止した。俺の足はすでに停止していたが、思考までもが停止してしまった。そうして俺が廊下で立ち尽くす中、背後から声がする。


「ちょいちょい! 無視すんなし!」


 その声には聞き覚えがあった。咄嗟に振り返ると、見覚えのある顔。


「既読スルーとか、やめてよね」


 そう言ってきたのは、御堂 華だった。




 ・・・え? あれって、現実世界の出来事だったのか?




 そのあとのことは、よく覚えていない。かろうじて覚えているのは、ファミレスに立ち寄ったことくらいだ。いや、もう一つだけあった。


 御堂の笑顔だ。


 彼女は、やたらと笑っていたような気がする。なんとも楽しそうに。


 しかしこんな俺と二人きりで、御堂があんな顔をするだろうか。俺といて、楽しいのだろうか。


 もしかしたら、今度こそ、白日夢だったのかもしれない。



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