52弾 この益獣をなでてみよう

「緋茶セット、4つ。このグランドキャット用に平皿を。」


 いつもセットメニューばかりだが、味は安定して美味しい。スタンダートな味だが、気をてらいすぎないのがいい。

 

 いつもは茶店に来ると、注文して、その間は新聞か雑誌か書物を読みながら、注文したものが来るのを待ち、スイーツを食べ、茶を飲み、会計して帰る。というパターンになっている。メムは俺の対面に座り、スイーツを食べたがるので、4人分注文して、スイーツを3人分、茶を2人分味わう。俺は、茶を2人分、スイーツを1人分味わう。まあ、公平にというわけにはいかない。等分にしたら、組合本部の部屋に戻った後で、メムがめんどくさい子になるので、困った末の対応である。


 いつも通りのセットメニューが来たので、新聞から目を離し、テーブルに並べてくれるのを見つめる。


「ありがとうございます。」


 といつも通りにお礼を言う。

 ここでいつもなら、中性的な顔をした少年ぽい店員は、そのまま下がっていくのだが、今回は初めてというのか、珍しくというのか


「あのう、そのグランドキャット、撫でてみてもいいですか?」

とおずおずと聞いてきたのだった。


「ちょっと待ってもらってもいいですか、俺たちの食事が終わってからでも?」


 と逆に問いかけると、


「あ、そうですね。じゃあ、食事が終わったら声かけてください。」


 と言って、奥に引っ込んでいった。


(いいですよね、これで。)


 とメムに念話術で確認する。


(いいわよ、子供くらい。)


 スイーツにがっつきながらメムが答える。


(あと、さっきのパーティメンバーの件で一つ確認なんですけど、メンバーになった方には、メム様と念話術はできるのですか。)


(多分無理ね。あの術、転送前にあなたと繋がったままだったからできているのじゃないかな。あ、このスイーツ美味ね。まあ、あなたが覚醒して必殺技を入手すればいいのじゃない。)


(俺をなんだと思っているのですか。そんなに酷使されても………。)


(わかっているわよ、軽いジョークよ。あ、あなたの分も、もーらいっと。)


 念話術しながら、その直後に俺のスイーツも掠め取る。

 ほんとによく食うな、この元女神猫。結局、俺は茶を2人分飲んだだけだった。



 メムは、ひと心地ついたようで眠たそうに伸びをする。


(じゃあいいですね、声かけますよ。)


(あーい。)


「すみませーん、食事終わりました。」


 と、奥に声をかける。


「はーい。」


 と言って、脱兎のごとくやってきて、


「いいのですか?撫でてみても。」


「いいですよ、乱暴にはしないでくださいね。」


 そう言うと、その店員はいそいそとメムの隣に座り、頭から撫で始める。


「しかし、よく経営ができますね。若いのに立派ですね。」


 俺が、メムを撫でながらうっとりしている、その店員に話しかける。


「いえ、運良く経営できているだけだと思いますよ。このような外形なりですので、就学年齢だと勘違いされるのですが、成人してますし。」


 確かこの異世界の成人年齢は16歳だったっけ。しかし、ぱっと見12歳、いや13歳くらいに見えちゃうが。


「へー、まあでも、これから急成長するかもしれませんしね。おいくつでしたっけ。」


「実は、こう見えて18歳なんです。」


 驚きで、目を見開いてしまう。


「ま、まあ、………いや、これからですよ。」


 ちょっと自分でも何言ってるのか。


「気にしないでください。ニシキ様。」


 え、なぜ俺の姓を知っているのか?

 落ち着きをなくしながらメムを見ると、頭を撫でられながら、うとうとしてるようだった。


「ふぅ、どうして俺の姓を………。」


「いえ、最近グランドキャットを連れ歩き、任務をこなす組合本部付きの冒険者がいると、街の巷で噂になっていますので。」


 いやー、目立ってしまっていたか。うーん、困ったな。


「いつも来ていただき、有難うございます。私は、この店の店主兼店員で、姓をチャイ、名をヘイルと言います。」


「わざわざ名乗っていただくとは恐縮です。いつも奥にいる2人は。」


「ええ、弟のチャイ・イワンとイワノフ、双子です。恥ずかしがり屋なので、お客様の前には顔を決して見せないのですが。ニシキ様、今後ともご贔屓いただければ。」


「そう言われると、できる限りこの店に顔を出したくなりますね。でも不定時休なのですよね。」


「それはご了承ください。」


「いい店ですよ。このグランドキャットもいい心地なのでしょう。」


 俺はそう言い、店主と俺の2人で、うつらうつらするメムを眺める。


「ところで、このグランドキャットは名前をなんと言うので?」


「メムと言います。俺の相棒です。」


「へえ、相棒ですか。」


 ヘイルさんが微笑む。


「そういえば、この店はあなたが新たに始められたので?」


「いいえ、親の店だったのを継いだものです。」


「へえ、そうでしたか。」


 しかし、会話していて、なぜかふと感じる不安感を覚える。


「さて、そろそろお会計をお願いしても。」


 話を切り上げ、組合本部の部屋に戻ろう。


「わかりました。では精算いたします。」


 ヘイルさんと会計を済ませ、メムを起こして組合本部へ向かう。


「ありがとうございました。メムさんを撫でさせてくれて、重ねてありがとうございました。」


 の声を背にして店を出たのだった。



(いやー、食べた食べた。ありがとうね、スイーツくれて。)


(スイーツ食って、愛撫してもらってさぞかし気持ちよかったでしょう?)


(何かいい感じに扱われたのは、久々のような気がするわ。)


(そうですか。とりあえず戻って、研究の結果をまとめましょうか。)


(はーい。)


 茶店を出た後、念話術で会話しながら組合本部の寮の部屋に戻った。機嫌取りと、釘刺しはうまくいったようだ。



 部屋に戻り、一緒に研究結果を整理していると、メムが不意に、


「そういえば、あの茶店の店員と会話してたのよね、ダン。」


 と言ってきた。


「ええ、そうですが、気になることでも。」


「いや、会話の中身は私もうつらうつらしてたので、うろ覚えなんだけどね。うーん、なんていうか、不思議ちゃんというか。」


 いや、あなたもある意味十分不思議ちゃんですが、と言いたい気持ちをグッと抑える。


「え、まあ、そういえば、あの少年のなりで、よくあの店って経営維持できるなとは思ってましたが。」


「うーん、そうじゃない、経営じゃなく、そうじゃないのだけど。なんか違和感というか。」


 おや、メムも何か感じていたのか。


「うーん、なんなのかしら、あの違和感………。」


 メムが考えに入ってしまった。



 魔術研究の課題は、文字の組み合わせについてである。俺が覚えている限りの漢字を紙に書き出し、魔法が発動しそうな漢字を組み合わせる。うろ覚えな漢字もあるし、それを紙にかいて、魔弾を製作するのは結構な手間もかかる。後やはり、筆記道具にも課題を感じている。現在はコスト管理のため、一般的な羽根ペンを使うが、叩後紙たたきあとにうまく書ききれない時もあるのが不安材料だ。今の段階では、火球や水球などの球系の魔法発動でも十分強力だと思うが、強化のために更なる研究と、魔弾の整理と、状況に応じた魔弾の選択及びスピーディーな装填技術は必要だ。

 

 まあなんやかんや言っても、お金は何にしても必要なわけで、依頼はこなしていくことになる。


「そういえば、ダン。残額とか気にしているけど、何か買うものでもあるの?」


「お金の問題は、ついて回る問題ですからね、どこの世界でも。宵越しの銭は持たねえ、って訳にはいかなくて。」


「でも、ドラキャ操縦許可証の取得費用は、そんなにかからなかったわよね。」


「ええ、でもあの依頼完了のための経費が大きくて、赤字になった訳ですから。」


 依頼完了のためとはいえ、経費のかけ方については、もうちょっと考えなければならないと反省はしている。


「おかげで、私も厳しい食事だったからね。稼いでいる割に、余裕がないなんて。働けど働けど、我らの暮らし、楽にならざる。みたいな感じね。」


「その原因、メム様にもあるのですが………。」


「ああん、何か言ったかしら。」


 メムが威嚇してくる。


「まあ、身支度も終わりましたし、行きますか。ひと稼ぎに。」


 組合本部へ向かう。

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