50弾 この駆け落ちを成功させよう

 そこからさらに翌々日の朝、


「いよいよね、ダン。」


 朝食、身支度を全て終え、メム様はテンション高めである。


「細工はりゅうりゅう、あとは仕上げをごろうじろ、というところですね。」


「しかし、いろいろやったわね、それっぽい話をまき、暗殺の噂や幽霊の噂をまき、互いに喧嘩をするように噂をまき、保護しているという噂をまき、こんだけ情報が飛び交うと、そりゃあ混乱するわね、両校とも。」


「喧嘩をしながら、お互い目当ての人間を確保しようなんて、結構な難問になるはずですよ。」


 組合本部にも、両学校の関係者が何度か問い合わせに来たが、組合本部の方は知らぬ存ぜぬで押し通してくれている。警備隊に睨まれながら、かつ、組合本部に強気に出て対立することは、かえって学校の経営上難しいことになる。そのおかげかも知れないが、4人とも組合本部付き用の部屋で、うまく匿わられている。

噂に振り回されて、両校とも余裕がなくなってきているのだ。


「両校とも焦り出していますから、今なら思いっきり、囮の馬車やらで振り回せますね。」


 依頼を受けた日を含めてこの4日間、俺たちは食事をしながら、街で買い物をしながら、噂話をふり撒いていった。街中には、両校の学校関係者が、見張りや情報収集しているのがチラチラ見受けられた。オールバックか、七三分けの髪型なので、学校関係者だとよく分かるのだから。彼らに俺の動きを見せつけ、それっぽい行動を取ったり、俺たちが組合本部の部屋にいる間に、メムに別行動を取らせて、幽霊騒動を起こしたりさせた。そして、マーハ商店にお願いして、依頼者4人の依頼時に来ていた服に似た服を各5着ずつ購入して、いろいろ使うのである。


「よし、じゃあ、駆け落ち作戦決行ね。やるわよー、ダン。」


 メムがものすごくやる気になってきている。しかしその安直な作戦名はどうなんだろうかと思う。

 まず最初は、依頼者4人と俺が変装を開始する。匿われている部屋へ行き、変装のためウィッグをつけ、古着に着替える。用意したドラキャは、古布を貼り付け、古ぼけた感じを出す。

 俺とメムは組合本部の受付に行き、とある知らせを待つ。

 とすぐに、


「マーハ商店の定期便は予定通り出発しました。」


「リッチーナ商事の定期便、予定通り出発。」


 と、同じタイミングで次々に使いのものから連絡が来る。この定期便は囮で、4人がこれに乗っていくという噂を流している。

 セイクさんに


「では、依頼実行します。」


 とだけ告げて、4人の依頼人を呼び、人目につかないようにメムと一緒に、ドラキャへ駆け込み乗車させる。

 俺と依頼人は全員、60歳くらいの老人に変装をしている。そして、メムと女性たちは奥の席に隠すように乗せている。


「さあ、初操縦か。」


 俺が操縦席に座り、左横にカロルさんが変装状態で座る。


「ニシキ様、落ち着いて操縦してください。フォローはしっかりしますので。」


「今は、そう呼ばずに、スグキ殿。俺は、タクアンですし。」


 ちなみに、俺と依頼者は変装をすると同時に、俺と依頼者をコードネームで呼ぶようにした。


「では、出発します。」


 俺はそう言って、手綱を上下に振る。ドラキャはゆっくり動き出した。

 街の中は緊張感と喧騒に包まれている。そして、俺たちのドラキャは、裏門へと向かう。


「すごいです。誰もこのドラキャに注目していない。見事です…えと……タクアン殿。」


 チラリと見ていく者はいるが、老人に変装のためか、あまり興味をひかないようだ。

 裏門で警備隊員にチェックされるが、あっさり通ることができた。


「さて、ここからは急ぎますか。向かうは王都。」


 俺はそう言って、ドラキャの速度を上げるため、手綱を上下に2回ふる。


「ええ、なかなかお上手です。」

 

 隣で、カロルさん、いやコードネーム、スグキさんが指導をしてくれる。



 依頼を受けた日に依頼者たちと話し合い、変装して向かう方法を提案する。と同時に、本名呼びを禁止し、変装がバレない工夫をする。併せて、情報による撹乱かくらんを起こして、両学校の関係者を混乱させることも告げる。


「えっと、引き受けてくれるのはいいのですが、こーどねーむ、ですか。」


「はい、うっかり本名を呼んで、変装がバレると厄介ですし。何、移動中だけの呼び名です。で、移動先は王都でよろしいのですね。」


「色々な手配り、何から何まで申し訳ありません。ニシキ殿。いや、たくあんどの。」


「お互い、コードネームで言えるようになれば大丈夫です。カロルさんはコードネーム、スグキ。ルーゴさんは、シバヅケ。リープさんは、タカナ。ダオンさんは、ノザワナ。俺は、タクアン。そのようにお願いします。」


「コードネームの件は承知しました。あとは、ドラキャの手配ですが、私の方で手配してもいいでしょうか。中古のワゴンかキャブとホードラを扱う店に伝手がありますので。」


 ルーゴさん、コードネーム、シバヅケが申し出てくれる。


「うーん、皆さんを外には出せないし、さて、どうするか。紹介状みたいなものを書いていただいて、その店に俺が行きましょうか。」


「なるほど、わかりました。ドラキャの操縦学校ですので、4人連名にしましょう。」


 そうして、紹介された店に行くと、その店の主人は、両学校の内部事情と、対立関係の事情も知っていたようで、意外にも協力を申し出てくれて、ちょうど王都に持っていくドラキャがあると、教えてくれたのだ。組合本部にも納品しているので、それなら、指定の日に持ってこようということになり、ドラキャも手配できた。もちろん秘密保持をしてくれた。



「うまく、行きすぎて怖いくらいですね。」


「油断しないで下さい。スグキ殿。」


「わかりました。タクアン様。」


 途中、村での一泊の休息をとり、俺から操縦を交代してそのまま王都へ。所定の持って行く先にドラキャを進め、そこでドラキャを引き渡す、とともに貼り付けた古布を外す。そして、追手に追われることもなく、障害もトラブルもなく、護衛任務は完了となった。


「もう大丈夫ですよ。」


「やったー、これで………」


「あとは、なんとかしてかなきゃね、あなた。」


「うう、ヒックヒック、うう。」


「さあ、泣かないで。新たな歩みだよ。」


 4人とも感情が溢れてしまって、言葉が紡げなくなっている。


「ありがとうございます。完了の書類です。」


 4人を代表してカロルさんが、書類を渡してくれる。それに、


「この書類も受け取って下さい。両学校の長の不正経理や背任の記録を綴った書類です。ニシキ殿が戻って活用していただければ。」


 おい、えらいもの渡してきたな。

 そして、4人と別れ、王都で一泊して戻ることになる。

 宿泊先は、前に大連合機関サンイーカー支部への、配送達依頼の際に泊まった安ホテル。前と同じ部屋。


「相変わらず狭いわね。」


 メムがぼやく。


「まあ、あとは戻るだけですが。ずいぶん機嫌は良さそうですね、メム様。」


「まあ、日本の都々逸どどいつに、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、というのがあるからね。恋路の邪魔する奴にギャフンと言わせた気分よ。」


「じゃあ、メム様は、今回は馬の役でしたね。ずいぶん気合の入った馬役でした。猫の格好で。」


「はあ、じゃああなたは、とんでもない悪役ね。しかも陰の。」


「………でもまあ、怪我程度で済んでよかったです。」


「最初の話を聞いて、私は、シェークスピアの作品、ロミオとジュリエットかと思いそうになったわ。でも、近松門左衛門の浄瑠璃じょうるりのような心中とかにならなくてよかったわ。」


「すみません、学がないので、そこら辺の話はよくわかりません。」


「むー、そこは、知らなくても相槌ぐらい打ってよ。」


「いやー、学生の頃、名前とタイトルだけは聞いたのですが。社畜な生活をし、リストラされる予定だった男なので詳しく知らないのです。でもしかし、最近矛盾を感じますね。バーバリーエイプを殺してホッとし、賊の人間を焼き殺して嘔吐する、かといえば、こうやって人が死ななかったことに安堵している………。この異世界の俺は、一体本当に俺なのか………。」


「戻るためには必要な………まあいいわ、寝ましょう。おやすみなさい、ダン。」


 その翌日、乗合のドラキャにて、途中一泊してイチノシティへ帰還した。

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