44弾 これで研究進むだろう
翌日、安板を2枚小脇に抱え、今度はより街に近い鉱山跡へ行って魔術研究をする。あまり同じ場所で魔術研究や魔法の発動の訓練は、盗み見られる可能性もあるから場所を変えたりする、と臨時パーティメンバーとして依頼をこなした際に、タータルさんとベランツさんに教えてもらったこともあったからだ。俺としては、カーリメアの森へ行く交通費を抑えたいという思いもあったのだが。
鉱山跡手前の林の中の木に、前回、前々回と同様に安板を1枚立てかける。あらかじめ製作した5発分の紙製薬莢、使用済み叩紙円筒の中に使用済み叩紙に書き込んだ魔法式、漢字で書いた【火球】、を詰めた物、各店で売っていたインクごとに1発ずつ作ったものと髪の毛のくっついてしまった1発、一緒に件の拳銃をカバンから出す。
拳銃の弾倉を取り出すボタンを押し、左側に弾倉を振り出すと、紙製薬莢を詰める。詰め終わると弾倉を元に戻し、立てかけた安板を的にし、両手で拳銃のクリップを握り、ハンマーに右親指をかけて引く。深呼吸して、引き金を引く。
1発目から4発目までは、前前回と変わらず、打ちごろの野球ボールみたいな威力。
5発目も大したことないと思いながら引き金を引くと、
ドシュボワッ
パーン
鈍い音で発動し、安板があっという間に灰になる。
「え」
「え」
俺とメムは、異口同音に驚きながら、目を丸くして、灰になった板を見つめる。
「まさか、こんなに威力が出るとは。」
と俺は言い、
「まさか、こんなことになるとは。」
とメムが俺の後に続けて言う。
その後、俺は、拳銃の状態をチェックしたが、何の異常も見受けられなかった。さらに、灰になった板をじっくりと見てみる。
「着弾して、貫通して、爆発して、燃焼して、それらがほぼ同時に起きたのね。これなら威力十分じゃないの、ダン。」
板だった灰を眺め、何か匂いを嗅いでいたメムが、驚きから抜け出せないといった感じで声を低くして言う。
「まさか、髪の毛とは。」
意外な答えに俺は、戸惑いを隠せない。
「ダン、あなたの髪を全部、この紙製薬莢の材料に使えば、もしかしたら元の世界へ一気に戻れるのじゃないかしら。」
メムが驚きの発言をする。
「メム様、それは、この俺の髪の毛から眉毛からすね毛からあそこの毛まで全部使えということですか。それは流石に厳しいですし。全部そうやって使ったら、俺は眉なし、髪なしの怪しい人相になってしまいますよ。それに全部使って元の世界へ戻れなければ、どうなりますやら。髪が生えそろうまで待ったら、時間がかかってしまいますよ。しかし、毛を全部出せって、むしり取りすぎでしょ。」
俺は、思いっきり反論する。
「そうね、ちょっと興奮しちゃって。自分でもとんでもない発言だったと思うわ。まだ研究の必要はあるわね。」
意外にも、メムが無茶振りを引っ込めてきたかと思ったが、
「全身脱毛は流石に厳しいわよね、頭髪を丸坊主にする程度なら大丈夫よね。」
元女神猫は悪魔のような気質でした。
とりあえず俺の毛が、魔法の威力に寄与することが分かったところで、組合本部の寮の部屋に戻る。
「そういえば、西遊記に出てくる孫悟空は毛を使った術で、身外身という術を使ったって記載があったわね、確か分身の術で。」
寮の部屋に戻って、メムが知識を披露する。
「あと、呪いに髪の毛を使うこともあったわね、一例として藁人形による呪詛なんかがそうね。あなたの髪にも呪いがこもっているのかしら。」
「メム様、そんな言い方したら、俺が呪われた人物みたいに聞こえますが。何か俺に恨みでもあるのですか。そもそも、あの時、神の世界でトラブルになった時、さっさとトラブルを解決すればよかった話じゃないですか。それをラメド様と乱闘を始めたばかりに!。」
問題が一つ解決したせいで、妙に気持ちが落ち着かなかったためか、つい溜まった想い、鬱憤が破裂したように言葉が出てきて、メムに突っかかってしまう。
「………ごめんなさい………ごめんなさい………。」
意外にもメムが殊勝に謝り出した。
「巻き込んでしまったのは事実だものね。詫びをしなければいけないのは分かっているのだけど、この異世界から元の世界に戻りたいのは本当よ。」
「まあ………、俺も強く言い過ぎましたかね。でも、どうしてラメド様と乱闘になったのです。前にラメド様の話をしたら、不機嫌になられましたが、ラメド様と何があったのです。」
メムの詫びには少しドギマギしてしまったが、なぜラメド様とこんな拗れたような関係になったのか疑問が湧いてくる。
「………私の恋人を……… とられたのよ………あのラメドに………………」
「へー、……………………。」
えっと、前世の神の世界でもこんなことがあるのかい。まさかまさかのコメントに言葉をなくす。
「………俺のような下賎の人間には、神の世界でそんなことがあるなんて思いもしないのですが。マジですか。」
「…そうよ。ダン、あなたギリシャ神話は知っているわよね。」
「ええ、御伽話でオリオンやアテネの話などは聞いたことはあります。」
「ゼウスが浮気しまくる話は。」
「………色んな女神や女性に手を出して色んな神ができたとか。それで妻のヘレが激ギレして色々やったとか…」
「あれ、ある意味事実だから。私のいた神の世界じゃ、結構あったのよ。浮気だ、不倫だなんてもの。神話は、結構誇張されているけど、神の名前は変えて、あなた達に伝わったのよ。」
「へえ。そうですか。コンプライアンス全盛の俺の時代の世界じゃ、あまり、いやでも………。」
言いにくいが、まあ人の世界でも、結構男女関係であるな、色々。
「まあ、そういう事よ。ダンのいた世界でも、不倫や浮気の話は色々あるのと一緒、神の世界も似たようなところがあるのよ。」
しかし、そうはっきり言われると、俺は元の世界に戻りづらいなあ………。
「うん、ラメド様と仲が良くなくて、あのトラブルの解決中に喧嘩になったのはわかりました。でも神、女神の喧嘩って止められているのじゃ。」
「んー、それは………人間の世界に害を及ばさなければ、問題視はされない、って感じね。」
「えー、何だか、もやっとする話ですね。俺からしてみりゃ。」
女神の喧嘩、神の喧嘩ってものすごいエネルギーを発するのじゃないかとも思ったのだが、今の状況では確認しづらいな………。
「でもまあ、まず、紙製薬莢にも目処がつくかもしれないですし、これで魔法が使えるのなら、一気にゴールは難しいですが、元の世界に戻るための手段は少しずつ増えていますし。」
俺は、空気を変えるように明るく言ってみる。
「そうね、そうね。」
いつものメムとは違う感じもするが、少しずつ、いつものメムに戻ろうとしている様子だ。
「しかし、今後は毛の量を少しずつ変えたものを、試していくことになりますね。」
「毛髪は、どうやって入手するの。丸坊主にして、その髪の毛を使うのかしら。」
「メム様、ずいぶん丸坊主にこだわりますね。何か理由でも?」
「………いえね、ダンの頭髪、結構ぼさぼさになっているから、この際スッキリさせることも兼ねればいいのかなって思っただけよ。」
「………まさか、………いえ、ほどほどに刈りますよ。ある程度残しておけば、いざ急に必要な時にも対応できるでしょうから。」
メムの元恋人やらが丸坊主だったとかじゃないかな、と心の片隅で思ったりしたが、それを言うとメムが変にキレて収拾付かなくなるかもしれない、と考えそれは言わないことにする。
とはいえ、まずは新たに得た知見で、魔術の研究を進めよう。
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