43弾 くたびれ儲けを体感しよう
臨時パーティメンバーという依頼をこなしたりしながらでも、魔術の研究は進めなければならない。初めて魔法を発動させたのは良かったのだが、しかし、いかに実戦で使えるようにするかは、とても大きな問題である。
「あの威力じゃなあ、ものすごく敵や対象に接近したらなんとかなるかもしれないが。」
「それだと、魔法を発動しなくても変わらないわね。」
メムが俺の独り言を拾い、俺が言おうとしていることを先に言う。
「紙製薬莢の材料は、魔伝紙か使用済み叩紙、この二つにはなるのですが、コスト面を考えると使用済み叩紙なのですが。」
「でも、使用済み叩紙って何か言いにくいわね。」
「じゃあ、
「せっかくここまで来たのだけどね。」
俺とメムはため息をつく。
改良の余地があるとすれば、インク、ペン、それと何か。インクの材質を変えるか、新たなペンの材料を探すか、紙製薬莢の中に入れるものを何か追加するか。糊、ノリを変えるか。
「ということで、まずインクを調べてみようと思います。」
「それはいいけど、朝から受付に行った後、何、私のこの格好?」
メムには薄い布で作ってみたポンチョみたいなものを着せてみる。
「一緒に煙突掃除をしましょう。組合本部の食堂の煙突です。組合本部の許可はもう取っていますから。」
「えーと、インクの調査と何の関係が?」
メムがいまいち乗り切れないという顔をしながら傍にいるのを横目に、俺は食堂の煙突掃除にかかる。
「一度、調べたいことがあって、組合本部食堂の煙突掃除をさせてもらってもいいですか?」
今朝、受付に行って、セイクさんにこういうお願いをする。
「急にまた、どうして?」
当然セイクさんは怪訝な顔をする。
「いえ、最近の食事は、ちょっと気になる匂いがついている気がして、その原因が煙突にあるのじゃないかという気がして。合わせて掃除もしておきたいなと、そういうことなら食堂の調理員にも満足いただけますかね。」
「ずいぶん変わったお願いですね。まあ、聞くだけ聞いてみます。」
そう言って奥の方に行って調整してくれた様だった。しばらくすると、満面の笑みで戻ってきて
「なんていい話しだ、とのことでした。しかし、今回、無報酬ですよね。いいのですか。」
「いいのです、こっちは食堂にお世話になっているので。このメムのおかげで。」
「そうですか、どうぞ。食堂の方は、いつでも来ていただければとのことですので。」
ということで、現在、煙突につながる換気口から、ブラシを借りつつ、ゴシゴシと煙突内の汚れを落としている。後で、屋根にも登り、外の煙突口も見てみるつもりだ。直立した煙突なので、ブラシの柄を長いのに取り替えつつ、汚れを落としていくと、かなり、煤や汚れがついていることが分かる。
「これは、集めて持ち帰るのね。」
メムがまだ謎が解けない様な感じで、俺に尋ねる。
「メム様、どうです。汚れ具合は?、だいぶ落ちたと思いますが。」
俺はメムにも、掃除の進行状況をチェックしてもらう。メムは薄暗いところでも、視覚・嗅覚は冴えているだろうと思っているので、
「そうね、かなり汚れは落ちたようね。でもなぜこんな熱心に掃除するの、ダン?」
メムの目は相当信頼できるかな、でもまだメム自身は疑問が解けないのだろう。
では、この中はこれくらいにして、屋根に登って、外の煙突口を綺麗にする。用心のため、登っていく時はハシゴを借りて、すぐに煙突にロープをくくりつけ、俺の体を落ちないようにロープでくくる。煙突口の汚れを落として、あとは慎重にロープを解き、ゆっくりと慎重にハシゴを降りる。
「煙突の掃除と調査は終わり。」
「え、どういうこと?」
メムが変わらず疑問符を顔に浮かべたままなのを傍に、仕上げとして煙突から落ちた汚れ、煤を集めて回収する。
「とりあえず、終わりですがよろしいですか。」
そう言って、食堂の調理員のリーダーを呼んで、掃除の後を見てもらう。
調理員のリーダーは、煙突掃除がうまくいった状態を確認し
「いつも俺たちがやっているのだが、これやると、体の節々が痛くなってな、調理に支障が出ることもあるのだよ。手を貸してくれて助かったよ。しかも、汚れを持ち帰ってくれた上に無報酬ってのは、ちょっと悪いな。今度、1ヶ月は何か食事サービスするよ。」
と、満面の笑みで感謝してくれた。
「掃除のプロじゃなくて申し訳ないですけど。」
俺はそう返して、食事サービスに感謝する。メムの大食いに少しでも財政的負担が軽くなるのはいいことだから。
組合本部の部屋に戻って、持ち帰った煙突掃除で出た煤や汚れを水に溶かす。と共に、メムの着せていたものを脱がして片付ける。
「メム様、いかがですか。この衣装を着てみて。」
「うーん、汚れを防ぐために着せたのはわかったけど。何とも言えないわね。で、煙突掃除をしたのは、煤集めのためってことね。やっとわかったわ。」
「インクを作るところから研究してみようかと思いまして。おまけに、調理員達には感謝してもらえる。ただ問題は、俺の疲労が著しいということで………」
そのまま俺は、昼寝に入り、夕刻ごろ起きると、筋肉痛を感じながら食事、入浴をし、早々と寝入ってしまった。
「なんか、この煤のための努力って………」
メムがぼやきながら、俺とともに寝入ったようだった。
そうして手に入れた煤を水に浸けて越した後、糊と水を混ぜて、インクとしてみる。それで使用済み叩紙に漢字の『火球』を書いてみて、紙製薬莢を作り、試してみたところ、前回とほとんど変わらなかった。
「これって、骨折り損の………」
メムがぐったりとした声で呟く。
「くたびれ儲け、です………」
俺もメムの言を継いで呟く。研究は、うまくいかないときもある。
「やっぱり、研究って難しいものなのね。」
「当たり前です。異世界に転移しても、世の中そんなには甘くならないです。」
組合本部の部屋で、魔術研究について次の方向性を、メムと話し合いながら紙製薬莢の試作品を一弾ずつ手作業で作っていく。
「魔伝紙はあまり乱用できないですし、低コストということなら、使用済み叩紙がベストです。今のままなら、入手するのにタダ、というメリットは大きいですから。」
「でも、ダン。タダより高いものは無いってことわざもあるからね。」
「この異世界に、そういうことわざがあるかどうかの疑問はあるのですが、心しておきますよ。」
「うーん、何かダンにヒントになる話ができればいいのだけど。」
「いやいや、メム様のうんちくやら過去の知識やらは役に立つ時もありますし、そうで無い時もあります。この異世界、そうそう神の知識やらが通用するのなら、俺たちはもう元の世界に戻れてますから。」
「それもそうね。じゃ次はペンについて研究してみるの?」
「ええ、行き着く先は、インクとペンになりそうな気もしますが。何か堂々巡りになってるようで、進まない感じですね。ああー。」
そう言って、俺は頭を掻きむしる。紙製薬莢を作りながらだが、少し集中力が落ちているようだ。作りかけの紙製薬莢が机から転がり落ちる。それを拾って、そのまま紙製薬莢をのり付けする際に、髪の毛が付着しているのに気付かず、
「ああっ、ちょっとしまったな、髪の毛が入り込んでしまった。」
数本の髪の毛、さっき掃除をした時に俺の毛が落ちたのだろうが、紙製薬莢に一緒にくっついてしまった。髪の毛は上手く取れそうにない。かといって捨てるのも勿体無いしな。
「ここらで、作業をやめて休憩にしない。」
メムが休息を勧めてくる。
「ああ、そうですね。もう夕刻近くですね。」
今日は、依頼も無く、こちらとしても、ちょっと研究に勤しみたいので、昼飯もさっさと終わらせたが、研究に没頭しすぎたようだ。
とりあえず、各店で買ったインク別に4発分の紙製薬莢を作ったのと、もったいないので、髪の毛の入り込んだ紙製薬莢1発は、明日にでも行って魔術実験で発動結果を見てみよう。
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