32弾 ちょいと宰相邸へ行ってみよう

 翌日昼、早速警備詰所本部へ向かい、総隊長と面会する。


「いやあ、来てもらってありがとう。実は、ローウェル隊員の件なんだけど。」


「もしかして……、振られたとか、ですか。」


 俺がおずおずと尋ねてみる。


「何言ってるのよ。文通交際していて、振るも振られるもないじゃない。違うわよ、正式に会ってみることになったのよ。」


「はあ、そうですか。」


 古式ゆかしい昔気質の恋愛方式、ということか。


「で、あなたにもローウェル隊員と一緒に王都へ向かってほしいのよ。費用はこちらで持つから。」


「俺たちですか。警備隊の誰か、というわけにはいかないのですか。」


「いや、相手の捜索はニシキ殿、あなたがしたわけだし。相手方の調査しにこの街に来た冒険者と顔見知りでしょう。それに、この国の宰相がというか、宰相の娘さんが関わってくるのよ。」


 たかがと言っていいのかどうかだが、普通の一市民の恋愛になぜ関わりがあるのか。頭の中が疑問符でいっぱいになる。


(ダン、鈍いわね。おそらく、2人連れだった一人が宰相の娘よ。)


メムが念話術で教えてくれる。


「ああ、もしかして宰相の娘さんが、じゃああの店に来ていた。」


「そういうことよ。ローウェル隊員がグリュック嬢と出会った時、お忍びで宰相令嬢アルトファン・リーゼと一緒に行動していたの。つまり、グリュック嬢はその令嬢の護衛役をしていたのよ。」


「確か、グリュック嬢はジューノシティ警備隊総隊長の近侍役。なぜ宰相令嬢の護衛を。」


「宰相はジューノシティ出身だからよ。その関係からだそうよ。」


「なるほど、なるほど。では、俺は、ローウェル隊員を伴って、グリュック嬢と面会できるように護衛兼務で王都に向かえばいいのですね。」


「そういうこと。まあ、一緒に王都を楽しんでくれればいいよ。宿泊先は、宰相の屋敷だよ。」


 ということで、移動含めて4日間の予定で、王都に行くことになってしまった。

 至れり尽くせりという言葉があるが、今回の移動はまさにそれだった。イチノシティ組合本部とジューノシティ組合本部には、宰相からの手紙が高速で届き、護衛依頼の実行という形で、俺とメム、そして、ローウェルは、王都へ向かうことになった。

 親父殿も同行を熱望したが、総隊長に、


「本来、イチノシティと、ジューノシティの警備隊員の話だから両街の警備隊総隊長が出張る話になるのに、宰相からの指示で、できる限り両人二人きりにするように言われている。まして、そこに、副分隊長が出張るのは、指示違反になりかねないし、二人の仲をおかしくした場合、その落とし前はつけれるのかい。」


 と半ば脅され、泣く泣く留守番になった。


「まあ、公私混同しかねないからね。こっちで警備隊の仕事をさせながら見張っておくのが、一番いい。」


 とは、行く直前に総隊長が教えてくれた。


 総隊長から話があってから3日後、宰相から迎えのドラキャがやって来て、俺たちは、ローウェルと一緒に、それに乗り込んだ。

 ホードラは、相当優秀な状態にあるらしく、俺の予想以上の速さで走っていく。


「一日あれば、余裕で王都には到着可能です。ただし、途中休憩を入れますので、夕刻には宰相邸に到着する予定です。」


と、迎えのドラキャを扱う御者の話だった。


「そういえば、貴方のいる第十警備分隊の、分隊長ってどんな方なのですか。」


 車内でふと気になってたことをローウェル隊員に聞いてみる。


「ああ、分隊長は、怪我で療養中なのです。」


 意外な答えが返ってきた。


「怪我ですか、どうしてまた。」


「いえ、野獣の群れが城門付近に屯してまして、それの退治処置をしていて、城壁上で指揮していたのですが、退治が終わって、城壁から階段で降りている最中に、足を滑らして、転げ落ちましてね。それで怪我して、療養中なのです。」


「もしかして公表していない話、とか。」


「ええ、外には漏らさないでください。」


「わかりました。」


 などと会話しているうちに、どうも眠くなってきた。結局、ドラキャ内でみんなうとうとしながら、道中何事もなく、宰相邸に到着した。


 しかし、さすがというべきか、なかなか立派な豪邸である。石とレンカ造りでできた2階建ての庭付きの広い家。邸宅だけで大体100坪、約300平方メートルはある。延床面積もかなりのものだろう。また、庭も中々に広くできている。


 さて、宰相邸に着くや否や、俺とメム、ローウェルは、それぞれのゲストルームに案内される。中々の部屋だ。組合本部の部屋より広く、かえって落ち着かなくなる。


「ふーん、広いわね。ねえ、私はここで寝るけどいいわよね。」


 メムが元女神の貫禄からか、妙に落ち着いている。


「いいですよ。しかし、トイレと風呂付き、でこの広さ。さすが宰相邸。」


 俺は、言葉がなくなる。

 実際、組合本部付きとして、いつも使っている寮の部屋は、風呂・トイレは共同のため、部屋についていることもなく、ベットルームと机があるだけの質素な部屋。対して今いる部屋は、まるで高級ホテルの部屋のような位の差がある。しかも夕食は、宰相令嬢の意向で、ルームサービス、部屋まで持ってきてくれるということに。


「あら、随分食欲がないのじゃない。おまけに口数もいつもより少ないし。」


 ガッツリと食事をむさぼった元女神猫は、満足げな声で俺に話しかける。


「メム様、すみません。こんだけ至れり尽くせりだと、却って何かあるのではと考えてしまい、かつ緊張してしまって、吐きそうな気分で。」


「あら、王都やらに来て、嘔吐しそうな気分になるなんて。洒落しゃれているじゃない。なに、もしかしてビビってんの。」


 この元女神猫は、ものすごい煽りトークをかましてきた。


「申し訳ないですが、メム様、どうぞ。」


「あら、ありがとう。」


 俺は、緊張感と不安と疲労感にさいなまされながら、風呂に入ってさっさと休むことにした。早めに就寝したが、メムが高いびきで楽しく眠っている隣のベットで、俺はまんじりとしないまま一晩を過ごしたのだった。



 翌朝、朝の食事は、当事者と同行者でとりたいという宰相令嬢の意向で、別室に連れられていく。ローウェル隊員も少し緊張しているが、


「おはようございます。ニシキ殿。」


「おはようございます。ローウェル隊員。」


 朝の挨拶を交わし、


「随分緊張されていますね、ニシキ殿。それだけ緊張されると、こっちは落ち着きますね。なんか、ありがとうございます。」

 やっぱり、緊張している他人を見ていると、緊張しなくなるという説は本当だったか。

 朝食会場は広めの食卓がある部屋であった。

 扉を開けて、部屋に入ると、そこには、妙齢の女性が。もしかしてこの方が宰相令嬢か。そう思ったところに、もう一方の扉が開き、前にあったリー・リンさんと例のジューノシティ警備隊総隊長近侍役が現れた。

 俺は、リーさんと目が合い、一礼をする。一方、ローウェル隊員と近侍役のメモン・グリュック嬢は互いに見つめ合いながら、顔を赤らめている。文通ばかりで、直に会うのは、あのマーハ商店で出会った時以来だったけ。

 そこへ、


「さあ、皆さん。とりあえずお席に。」


 凛とした女性の声がした。宰相令嬢は、すらりとした長身で栗色の髪をハーフアップにしている。

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