29弾 恋の悩みを解決しよう

「えーもしもし。あなた様は、何か遺恨でもあって、この店の前をうろうろされているのですか。あまり怪しいと警備隊が来ることになるかと思うのですが。」


 身構えながら声をかける。


「ひゃっ、ああびっくりした。いいえ、遺恨ではありません。ところで、このお店がマーハ商店でしょうか?」


 意外と若い落ち着いた女性の声だった。


「ええ、マーハ商店はここですが、何かお買い物でしたら店に入れば。」


「ええっと、ちょっと調べ物をしているので…。」


「でも入ってみないと、調査もへったくれもないのじゃないですか。」


「そうですが、ところで、そう言ってくるあなたは、この商店と何か関係が。」


「まあ、仕事上の付き合いがあって。もしなんかあるのでしたら、俺と一緒に入ってみますか。」


「そうですね、では入ってみますか。」


 ということで、一緒に店内へ。


「ところで調べ物というのは。実は俺も調べることがあって、それでこの店に来ています。」


「そうですか、こちらの調べ物というのは、人を探していまして。冒険者として依頼を受けた形になりますが。」


「へえ、なんという偶然、こっちの調べてることも人探しです。」


「まあ、すごい偶然ですね。」


「実は、この店で出会った女性の2人連れに出会って、その一人に一目惚れしたようで。相手女性は、歳のころは19から20歳くらい、白い肌に黒髪を結い上げて、くりりとしたやや垂れ目の美女。その相手女性から、詩の一部が表紙裏に書き込まれた詩集を渡された後、そのまま去ってしまったので、名前はもちろん、連絡先を聞きそびれたまま別れたのです。書かれていた詩は

『川の水は 別れても 下流に流れ 河口へ流れ やがて海にて 会い交わる』と、ものすごい達筆で、おお、ぐぐ、苦じい。」


 相手が急に俺の首に手をかけてきた。こっちも必死で振り解こうとする。


「なるほど、あなたが犯人ね。」


「な、なんで…やねん…。と、とりあえず手を離して。」


 店員が駆けつけてくる。


「お客様、何かございましたか。」


 メムも間に入ってくる。


「ふう、ふう。俺の首にかかった手は離してくれたけど、もしかしてそちらも。」


「はい、実は、この店で出会った若い軽鎧をつけた男性に出会って、その人に一目惚れしたようで。店内で買い物のエスコートをしてもらったとか。相手男性は、メガネをかけた柔和そうな20歳前後ぐらい、薄褐色肌に白髪をオールバックに撫で付けてたいい男。別れ際、詩の一部が表紙裏に書き込んで詩集を渡した後、そのまま去ってしまったので、名前はもちろん、連絡先を聞きそびれたまま別れたのです。書いた詩は『川の水は 別れても 下流に流れ 河口へ流れ やがて海にて 会い交わる』と、ちょっと、つかみかからないで。」


「ここで会ったが100年目、いざ尋常に…。ふう、いやちょっと興奮してしまった。というか、俺の話とほとんど一緒で。ところで、この詩は何の話から出てきたものでしょうか。」


「昔の説話で、とある国に離れ離れになったカップルがいて、色々あった上で時間はかかったけどようやっと結ばれて互いに幸せになるという話があり、そこからの引用です。劇場でよく上演されますよ。」


 どうやら多少の寄り道はあったが、目指す答えを持っているようだ。


「あなたと俺の話を突き合わせると、どうやらお互いの探し人に当たったようですが、いかがでしょうか。」


「そうですね。書きつけた詩の部分を考えると、そう言えるかもしれません。」


「該当の人物を連れて行くとなると、お互いそっちがこっちがで揉めるかもしれないので、文通から行わすことでいかがでしょうか。」


「そうですね、そこから始めて後日会わせるのがいいでしょう。ところで、その該当の男の名とは。」


「ギグス・ローウェルという者、このイチノシティの警備隊隊員です。そちらの該当女性の名は。」


「メモン・グリュック、ジューノシティの警備隊総隊長近侍役です。」


 ということで、ようやくかつ運よく探し人が見つかったようであった。


「そうでした。俺は、ニシキ・ダン。この人探しの依頼を受けていた冒険者で。」


「失礼しました。私は、リー・リン。近侍役の不調に伴って依頼を受けここまで人探しに来ました。」


 フードを下げて自己紹介をする。赤茶色の髪をサイドテールでくくっている。

 やっと終わったかな。



 リンさんと互いに該当相手の連絡先を知らせた後、リンさんはジューノシティへ早速戻って行った。俺も、早速警備隊詰所本部へ。

 ローウェル隊員を呼び出し面会する。


「どうやら見つかったようです。」


「ええっ、本当かい。よく、見つかったねえ。いやありがたい。よくやってくれた。何とお礼を言ったら良いか…。」


 ということで、相手らしき女性の氏名と連絡先を告げる。

 この後すぐに、親父殿である第十警備分隊副分隊長へも同様に報告すると、


「ええっ、本当かい。よく、見つかったねえ。いやありがたい。よくやってくれた。何とお礼を言ったら良いか…。」


 まさか、親子でリアクションが一緒になるとは。

 警備隊総隊長のメルクール・エリーに報告すると


「いやあ、大変だったね。よくやってくれたよ。しかし、相手側も同じ事を考えていたとはねえ。ふうん、ジューノシティ警備隊総隊長近侍役の子とはねえ。」


「あとは、本人たち次第ですね。こっちもこんなにうまく行くとは思いませんでした。」


 という事で、組合本部のギルド受付で完了報告をする。


「話は、警備隊総隊長からも聞いています。運がいいかもしれませんが、幸運呼ぶのも力のうちと申します。どうぞ、成功報酬20万クレジットです。あと、先日から話していた商業ランク、正式にランクアップしました。実は、ランクアップ推薦がマーハ商店から出ておりまして、その調査が終わりましたので。商業関係者推薦のランクアップはなかなかないものです。」


「ああ、そういうことだったのですね。商業ギルドの依頼をあんまりこなしてないなと思っていたので。」


「これで、商業ランクアップです。今回の依頼完了と合わせて、お疲れ様です。」


 後日、ギグス・ローウェル氏とメモン・グリュック嬢は文通を開始し、互いにあの時の相手だとわかったようだった。



「今回高額報酬ね、よくやったわ。ダン。」


「その割にはメム様、不満げな感じもあるのですが。」


 依頼完了報告後、夕食、入浴を済ませ組合本部の寮の部屋。


「まあ、向こうが調査に来てたおかげで、私たちジューノシティへは行けなかったのがちょっと不満よ。あそこでグルメツアーしたかったし。」


「費用の部分はかなり縛りを受けるから、別に行けなくても良かったと思いますが。」


「しかし、残念なのはあなたが、ジューノシティへ行ってあの詩を歌えなかったこともあるわね。」


「いや、歌わなくてよかったですよ。下手したら騒音公害の現行犯になって捕まっていたかも……うん、自分で言って、悲しくなってしまいました。」


「やっぱり人の恋愛は面白いわね。」


「いえ、振り回される側になるのは大変です。もうこういう依頼は受けづらいです。」


「でも、この恋愛話、まるで落語の崇徳院すとくいんね。ちょっと、ダン、何、怪訝な顔をして。あなた案外芸道に暗いわね。」


「ええ、残念ながら、今の俺にはその道に対する、提灯もあかりもありませんから。」

 俺は、大きなため息をついた。

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