18弾 茶店とやらに入ってみよう
組合本部のギルドの窓口で担当のセイクさんと話をし、緊急依頼中にファイティングエイプに遭遇した件とマーハ商店と俺との情報提供の個別契約について相談すると、あっさり了承してくれた。但し、商店に提供した情報は後で組合本部にも報告することを条件づけられた。ま、ギルド関係の依頼の話や調整が出てくるためだそうだ。契約書案も見せたら了承してくれた。
「あと、工事手伝いの依頼があるのですが、いかがですか。3日後から受けて手伝ってもらう形になります。」
「今回は2ヶ月間ですね。これも工事進行次第で早期に終わるかもしれないし、延長になるかもしれないということですね。」
「ええ、前回受けた依頼と同じようなものです。」
「分かりました。この依頼を受けます。」
ということで、再び工事手伝いに精を出すとしよう。
今後の予定も決まったところで、昼飯までに時間があるので、メムとの朝の約束通り、喫茶店らしきものを探すことにした。
(どこか当てはあるのかしら。ま、なければ屋台で買い食いよ、買い食い。)
(まあ、当てが全くないわけでもないので。ただあまり期待せずに。)
一応ジョギングで街中を走り回っているので、ある程度の目星はあるのだが、果たしてそれが当たりかどうかはわからない。繁華街や歓楽街近辺に目星をつけていたので探してみたが、飯屋や食堂や居酒屋らしきものはあるが、喫茶店らしきものは見つからなかった。念話術で報告する。
(意外でした、メム様。一軒ぐらいは喫茶店らしきものがあると思ったのですが。)
(意外だったわね、ダン。あなたが歓楽街に入って喫茶店以外の店を探すのかと思っていたから。)
俺は少しずっこける。
(メム様、ひどいです。あそこで遊ぶには結構な金がかかると聞いているので。下手に入って無駄遣いはしたくありませんし。)
(分かっているわよ。軽いジョークよ、ジョーク。)
(あとは住居街周辺か商業地域と住居地域の境ぐらいにあればいいのですが。)
(捜索続行よ、喫茶店探し続行よ。)
(分かりました。もうちょっと別のコースを辿ってみます。メム様。)
ジョギングコースを歩いている。
(まさか、ランナーズハイによるジョギング中毒、ってことはないわよね。)
(当たり前です。確かこの辺に茶店の看板があった記憶が。)
少し街外れの、住居街からも商業地域からも離れた静かな一軒建の店だった。人の気配がない。
看板には『茶店 ノンブリ 不定時休』と書かれてあり、看板と扉には『営業中』の札がかかっていた。
「ここでした。いつもジョギングの時にちらりと目に入るのですが、不定時休なようで閉店の札がかかっている時ばかりだったので。」
「ジョギングの時は営業時間じゃなかったのでは。」
「まあ、入ってみますか。行きますよ、メム様。」
この異世界の喫茶店とは果たしてどんなものか、ドアを開けると、人がテーブルの一つにうつ伏せになっていた。慌てて近づくと、むくりと起きあがり、
「あ、あ、いらっしゃいませ。」
寝ぼけ眼の中性的な顔をした少年ぽい店員だった。薄茶色の髪に二重瞼で、こっちを無表情にじっと見ている。
「えー、客として入ってきたのですが、今開店中ですよね?」
「あ、はい。どうぞこちらに。メニューをどうぞ。」
席に案内され、メニューを渡される。その少年は奥に入っていった。
「おい、ものすごく久しぶりの客だぞ。準備しろー。」
「え、客が来たの。どれどれ。」
「本当だ、客がいる。」
奥からこっそり見ているようだ。しかし、そんな会話を聞くと、よっぽどひどい店に入ってしまったのだろうかと少し怖い気持ちになる。
メニューを見ると
『 緋茶セット、日替りスイーツつき 1000クレジット
碧茶セット、日替りスイーツつき 1000クレジット
翠茶セット、日替りスイーツつき 1000クレジット 』
3種類のメニューで勝負、というわけか。
「すみません、この緋茶セットを2つお願いします。」
と注文をすると、件の少年が出てきて、
「かしこまりました。少々お時間をいただきます。メニューはこちらに。」
と言って、メニューを引き取り、注文を受けてくれた。
(ちょっと、妥協案とは言え、この店大丈夫なの。)
メムが心配そうに念話術で聞いてくる。
(ここまで来たら、ある意味一か八かです。俺が毒味しますよ。)
こっちも腹を括る。ただ奥からドスンバタンと物音が響く。余計に不安が掻き立てられる。落ち着く意味で、街売りの新聞を広げて目を通してみる。
新聞1部を半分読み終えたところで注文した緋茶セットが来た。メム用に平皿も頼む。日替りスイーツは果実のパイのようだった。これなら俺たちの口に合うようだ。メムもまあ満足げのようだ。緋茶はまるで紅茶と甘茶をミックスさせたような、しかし甘さがしつこくない味だった。スイーツも味はひどくなかった。酸味と甘味が程よくミックスされている。何の果実のパイかは分からなかったが、前世で食べたアプリコットのような味だった。
「会計をお願いします。」
「はーい、ありがとうございます。」
奥から少年が出てくる。
「代金は2000クレジットになります。」
「ごちそうさまでした。不定時休となっているけど、いつ休みかわからないのですね。」
代金を支払いながら聞いてみる。
「ええ、材料の仕入れとかがあって休みの日が一定にできないのです。またのお越しをお待ち申しております。」
少年は無表情に淡々と答えを返した。
茶店を後にして、一度足を止める。この辺り人の気配は相変わらずない。
「メム様、いかがでした?」
「悪くなかったわ。また今度来ようかしらね。」
「しかし、少年が働いていて、学校は大丈夫なのでしょうかね。」
「2つ考えられるわ、学校に行かずに茶店をやってる。もしくは若く見えて実年齢はもっといっている。」
「まあ、後者だとしたら羨ましい気もします。俺が学生の頃、老け顔でよくいじられたもので。」
「じゃあ、この異世界に来た今も老け顔でいじれるわね。実際は中身は17歳じゃないし、外見も老け顔とは思っていたし。」
メムがしめしめという感じで言い放つ。
「メム様、それ、今言いますか…。まあ、とりあえず中心街に行きましょう。」
実際、前世の記憶や意識は50歳のままだけど、外見は若くなっているからいいもんね……。やっぱりちょっと悲しい。でもとりあえず息抜き用の喫茶店は見つけたし、メムも満足してるようだし。あとは不定時休をどう知るかだな。
今回の工事手伝いの依頼は2ヶ月きっちりやって完了させた。前と同じ面子だったのもありスムーズにできたのだ。体力全般も上がってきてる。この間に、マーハ商店との情報提供の契約も締結し、たまに情報を提供している。ただ工事手伝いをしていると、マーハ商店のためになりそうな情報は、なかなか入手できない。
「お疲れ様でした。こちらは本日の支払いになります。これで今回の依頼は完了となります。あと、ボーナスも出ますのでお受け取りください。」
と、セイクさんからボーナスの黄金貨10枚を渡される。
「はい、ありがとうございます。」
ボーナスも出るようになったか。まあ10000クレジットの追加とはいえ、なかなか気持ち的に盛り上がるものだ。
「さて、次の依頼ですが、『バフロッグ』10匹の退治をお願いします。期限は依頼を受けてから6日でお願いします。」
「分かりました。やってみます。あと、一つ疑問なんですが、冒険者は兼業禁止なのですか?」
「全くそんな訳はないですよ。マーハ・ダホン氏のことで気になられたのですか。」
「その通りです。かつて冒険者だったと言っておられたので。」
「まあ人にもよるのですが、商売の方が忙しくなって冒険者稼業を停止する方もいますし、家庭持ちの方でしたら、パートナーに小さな店をやってもらい自分は冒険者という方もいらっしゃいます。ただ、冒険者と他の稼業をバランスよく兼務するのが結構難しいと言います。」
「なるほど、よく分かりました。」
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