15弾 商人と会って話してみよう

 翌日、街の一角にあるマーハ商店を訪れた。店員に紹介状を見せて、しばらく店内でウィンドウショッピングを楽しんだ、とは言っても衣料品と布類と糸の販売されているのを眺めていただけだったが。

 そうこうしているうちに、店員が俺たちを店の奥へと案内した。店の奥には応接室があり、そこで少し待っていると、


「お越しいただき、誠にありがとうございます。ニシキ・ダン様」


 挨拶と共に、落ち着いた雰囲気の三十代後半ぐらいのやや小柄な男が姿を現した。


「初めてお目にかかります。私、マーハ・ダホンと申します。先日は義父ラステ、妻リラーフェと我が子の護衛に協力いただきまして誠にありがとうございます。義父からもお礼をしておりますが、私めからも、是非是非お礼をさせていただきたく。」


 と言って、深々と頭を下げる。


「いえいえ、丁重なお礼の数々かえって恐縮でございます。このグランドキャットのメムに、存分の活躍に対して十分すぎるお礼、こちらこそ誠にありがとうございます。」


 俺も丁重な言葉を返してしまう。社畜ビジネスマンとしてのへり下り対応がつい出てしまったようだ。


「ところで、ダホン様、お義父様と奥様とお子様は大丈夫でしょうか?」


「ええ、お陰様で、皆すこぶる健康でございます。」


「それはよかったです。」


 一通りお礼と挨拶のやり取りを交わす。


「怪我をされた護衛の方も大丈夫でしょうか?」


「全く問題なく回復しております。」


「そうですか。それもよかったです。」


「まあ、お話だけでも何ですので、ぜひお食事をどうぞ。さあこちらに。」


 と言ってテーブルに案内されてしまった。

 メムに念話術で念押しする。


(わかっているな、がっつくんじゃないぞ。いいな。)


(わかっているわ、ここで醜態を見せたら、あなたの今後の行動にも、影響があるかもしれないものね。)


(頼む。本当に。)



 食事は滞りなく済んだ。前にツケでメムが20人前平らげた話が、あちらにもあったからか、メムの食事は多い目だった。


(これは、いい料理ね。ガツガツ平らげるのが失礼なくらい上品で、かつ旨みに満ち溢れていて、まさに私の五臓六腑を満足させる味だわ。)


 メムは念話術で俺に微妙なグルメレポートを伝えてくる。

 それはよかった。ただ俺はメムのやらかしがものすごく心配で、食事の味がイマイチわからなくなっていた。



 食後のお茶を飲みながら、ダホンさんが尋ねる。


「ところで、護衛の方から聞いたのですが、賊を相手取っていた時、得物を護衛に貸した後、杖のような変わった武器を使っていたとか。」


「杖ですか。うーん、杖というか何というか。」


「ええ、短杖みたいなものだそうですが。一度、拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「見ていただくだけでしたら、ただ他人に口外しないでいただければ。」


 と言ってカバンから拳銃を取り出して机の上に置く。ダホンさんが顔を近づけてそれをまじまじと眺める。


「もちろん口外する気は毛頭ございません。さて、握っていたのは、この細長い部分でしたでしょうか。」


「ええ、その黒い部分の先で殴打してました。」


「ふーむ、なるほど、杖を面白い使い方しますね。いえ、私もかつて冒険者として魔術を使いながら世界を巡っていたものですので。長杖を、近接武器がわりにやむを得ず使うことは、稀にあったのですが、短杖を近接武器として使うのは、聞いたことも見たこともなかったので、気になっておりまして、拝見させていただいた次第です。」


 杖に見られるとは全く思ってなかった。ふと疑問が浮かんで質問してみる。


「ここらで、飛び道具というと、武器は弓矢やクロスボウですか?」


 眺めていた拳銃から目を離し、俺たちの方に拳銃を押しやりながらダホンさんが答える。


「ええ、弓矢はクロスボウより速射性が高いです。クロスボウは威力が弓矢よりあります。冒険者的には弓矢の方が携行性があるのでそちらの需要が高いですね。」


 やはりこの異世界には、銃器の概念はないということか。もう一つ更に問いかける。


「結局は魔術による遠距離攻撃が一番ということでしょうか。」


「ええ、長杖ちょうじょうを使った魔法による遠距離攻撃がトータルでは一番でしょう。ただ、己に全く合わない杖を使うと、威力が激減するか魔法が発動しなくなります。」


 経験者としての言葉だろう。ずしりと重い話だ。


「そういえばかつて冒険者として、とおっしゃっていましたが、冒険者から商人へとジョブチェンジしたのは、怪我とかで?」


「いえ、冒険者としていろいろ任務をこなしているうちに、商業ギルド系の依頼をこなすことが多くなりまして。あと、私めの性に合っていたのかも知れません。そうこう依頼をこなすうちに、今私の義父であるラステと知り合って、何やかんやしている内に、婿養子としてこの商店に納まったという次第です。」


 婿養子だったのか。でもその経緯は今ここで聞けないな。


「そうですか、それでこれを見たいということだったのですか。」


「ええ、私も商用であちこち動き回るので、戦闘の対応の参考になればと思った次第で。」


「なるほど、こちらもいい話を聞かせてもらいましてありがとうございます。」


「ああ、そうでした。これは、そちらのメムさんへの贈り物でございます。どうかご笑納くだされば幸いです。」


 平で薄い箱を渡される。


「開けても構わないので。」


「ええ、ぜひどうぞ。」


 箱を開けると、中には細やかな細工をした、緑と黄色の模様が艶やかな、幅広の組紐が入っていた。


「いかがでしょうか、メムさんの首輪用に当店であつらえてみました。」


「これはまた、結構なものを。恐れ入ります。」


 と言いながらメムの顔を見ると、うっとりとした顔で首輪に目を注いでいる。早速首輪をつけてみる。


「実に似合います。素晴らしい首輪をありがとうございます。」


 俺は見事な作りに感心しながらダホンさんにお礼を言う。


「実によく似合いますな。作ったこちらとしてもも安心しました。」


「店内も拝見しましたが、見事な商品ばかりですね。」


「ありがとうございます。丈夫さと艶やかさが当方の商品の売りでございますので。そういえば、話は変わりますが、まだ組合本部付きでローランカーでしたな。」


「ええ、まだ駆け出しの冒険者です。」


「もしよろしければ、何か耳寄りな情報とか冒険談がありましたら、ダン様がよろしければ、こちらに来てお話しいただければありがたいのですが。商売をやっていくうえで、売買等の流れの波を把握しなければなりません、流行り廃りに乗り遅れるとえらいことになりますので。」


「情報をいろいろ手に入れる手段は持っておられるのでしょうか。」


「もちろん、いろいろ手段は持っていますが、情報入手の手段は多い目にしておくのが良いのです。もし、ダン様のランクが上がって行動範囲が広まれば、より得られる情報の質量も大きくなるはずですので。当然いい情報をいただければ相応のお礼をさせていただきたいと考えております。」


「他の冒険者とかはいるのですか?」


「もちろん、そういう情報提供の契約をしている冒険者もいるのですが、新たな冒険者となかなかよしみを通じる機会がないものですので。そこでぜひ、この機会をきっかけにということは考えておりました。」


「わかりました。もし契約書とかあれば拝見いたしたいのですが。」


「契約書の案がありますのでこちらをどうぞ。じっくり読んでいただければ。」


 情報提供の契約については後日を約して、マーハ商店を後にした。

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