11弾 依頼をこなしてみよう

 ついにこの日が来た。と言うほど大袈裟なものではないが、朝、宿をチェックアウトし、その足で組合本部へ向かう。依頼の割り振り等の終わったギルド受付へ行くと早速、組合本部付きの寮へ、そして部屋へ案内された。しばらくの間この部屋が、この異世界での俺たちの住居となる。部屋は、少々手狭な6畳くらいの広さの個室だ。荷物を置くと、担当のセイクさんに案内され、書類の束を渡される。


「これが組合本部付きとなる際の手続きと契約書類になります。」


「わかりました、拝見します。」


 契約書類はしっかりと読み込んでおかなくてはいけない。前世での経験から、それを知っているのでじっくりと読み込む。どうやら、変な条件はなさそうだ。


「俺の月々の支払いは、この住居の維持管理費で2万クレジットか、食事は…」


「食事については、組合本部用の食堂がありますのでそこで撮ってもらっても構いませんし、街中で食事されても問題ありません。」


「ふむふむ、当たり前だが公序良俗に従って契約を行い、犯罪行為に手を出さない、巻き込まれない、ですか。」


「当然街の治安を守ってもらうために協力をしなければなりません。組合本部付きになってる以上、特にその点も配慮してください。」


 まるで会社に採用された時みたいなものだ。あの頃は社の寮に入っていたが。なかなかボロかったし、風呂、トイレ共同だったな。


「部屋の窓にカーテンをかけるとか地図を貼るのは問題はないですか。」


「問題ありませんが、そうする直前・直後でこちらに連絡ください。」


「わかりました。」


「では、早速、依頼の割り振りを渡します。」


 こうして、俺たちの異世界での社会生活?が始まった。



「ふーっ、今日も一日ご苦労様。」


「お疲れ様です。現場長。」


 俺は、仕事を終え、上司に挨拶する。


「じゃニシキ君、片付けたら組合本部で本日分の依頼料を受け取ってね。」


「へい、了解です。」


 組合本部付きとして、初めての依頼仕事は、工事作業の手伝いである。もう、かれこれ二ヶ月この仕事をやっている。

 しかし、この異世界の皆さん、労働については基本キッチリ3勤1休で動いている。ま、前世と比べると曜日の概念がない。労働基準法やらが無いようだから、労働について結構ひどくこき使われるブラック企業のような感じで、身構えていた。ただし時間の概念が全く違い、1日を日の出から日の入りを10刻、日の入りから日の出を10刻で分けている。まるで1日が20時間みたいな考え方だった。今俺は、夜明けと共に起床、朝飯、労働、昼食、労働、夕食風呂、寝るというサイクルでこの二ヶ月生活をしている。後はだいたいRPGゲームのような世界だ。

 工事作業の手伝いは言わば、この街の各種補修工事の手伝いである。堀のしゅんせつ、城壁の補修、道路の補修と結構いろいろな作業を行なっている。最初は体力的にキツく、あちこちの筋肉痛に悩みながらであったが、だんだん慣れてきたのか、少しづつ体力が上がってきている感じがする。メム様も猫の格好ながら、休憩時の飲食や軽い工具の運搬や現場周辺の見張りを手伝ったりしている。流石にツルハシなどの工具を振るったりはできないが。


「ねえ、ダン、明日は休みでしょ。また書庫漁り?」


 メムが尋ねる。


「まあ、きっちり休むことも含めながらの、情報収集ですから。しかしこの異世界、この街だけかもしれないけれど、労働環境は意外といいですね。鬼級のサービス残業やら、14日連続勤務とか、朝6時から翌日夜10時までの会社泊で追い込み仕事、とかが無いところがいい。」


「労働基準法とやらのあった世界には、あるまじき事のようだけど…、というか、えらくこの生活に馴染みきっているわね。」


「とはいえ、杖の材料捜索もあるからなあ。」


 この二ヶ月で一番悩まされている問題、魔法を発動するのに合う杖を未だ探している、というか合うものが見つからないのだ。今後様々な依頼を受けていくことを考えると、早く見つけたい気もするが、あえて魔術に関わらない依頼を選んでいく手もある。

 ただこの異世界、魔法と剣の世界といった感じの世界であり、剣技系として力と技を極めて存分に魔法を無視して活躍できる、というものでもなさそうだ。



 組合本部へ戻り、ギルドの窓口へ顔を出す。


「お疲れ様でした。こちらは本日の支払いになります。」


 担当のセイクさんから、本日分の支払いを受ける。


「あと、この依頼は本日で終了となります。予定の工事作業が、早い期間で終了したためです。次の依頼を用意しています。」


「そうですか、三ヶ月ぐらいの予定でしたけどね。まさかクビとか。」


「クビでは無いですよ。ええ、依頼主も満足する仕事でした。おかげでスムーズに進んだとおっしゃっていましたので。」


 工事作業が進んでまあ良かったか。でも次はどうしょうかな。


「この『レッドヒルダイル』の退治というのは、如何ですか。」


 セイクさんが勧めてくる。

 獣退治依頼か。初めてだけどやってみようかな。いかにも冒険者のクエスト感がある。


「じゃあこのレッドヒルダイルの退治を受けてみます。」


「わかりました。では、明日から10日以内に終わらせてください。難しい場合はすぐにこちらまで。」


 ということで新たな依頼を受けることになった。


 レッドヒルダイル、益獣としてランクされる。養殖もされ、養殖肉は食用として焼き物料理となり、皮は状態が良ければ、財布や鎧の強化用貼付材として利用される。今回の依頼は、どうやら養殖先から逃げ出して大きくなり、街や通行人に害を及ぼしているらしく、成長しすぎたため手に負いにくくなり害獣としての退治依頼がいった、とのことである。


「明日、休みだし、散歩がてら偵察に行ってみますか。」


 メムに聞いてみる。


「偵察ということは、戦闘はしないということね。」


「偵察中に見つかって戦闘になる可能性はありますが。あらかじめ偵察をしておけば対応策も先に考えられるでしょうし。」


「力及ばず依頼中止、ということもあるって事かしら。」


「偵察してみて、こちらから中止する手もありますしね。」



 という事で街近くの獣退治現場へ向かう。大きな池があった。


「なるほど、あれがレッドヒルダイルか…」


 見た目はワニに恐竜を足したような雰囲気。赤紫の体表面の色に、頭の先から尻尾の先まで2メートルくらいか、意外にも二足歩行をする時があるが、普段はワニのように伏せている。退治するには、あの硬そうな表皮に気をつける必要があるな。あと噛みつきか。水気の多い場所だから、その場所から離れて戦うようにするか。


「あれを退治するわけね。どう、何とかなりそう?」


 作戦を考えているところに、メムが不安げに尋ねる。


「うまく1匹ずつ退治できればいいのですが、8匹一気に戦うのは難しいかもしれません。こういうのは魔法を使えば一気に倒せるかもしれませんが…」


「魔法が使えない状態じゃ武器による攻撃というところね。」


「うまくいかない場合に備えて、毒餌を用意して奴らに食わせるという手も考えましょう。」


「毒餌がこの街で売っているかしら?」


「それも含めて、色々考えてから挑むための偵察ですから。」


「しかし、何かせこくてみみっちい戦いになりそうね。ダン、あなたに秘められたチート能力で、敵をバッサバッサ切り刻むなり、ものすごい魔法で敵を原子レベルまで分解するとかは、できそうにないの?」


「メム様、それができればいいのですが。もっと現実を見ましょう。俺たちでできることで、できることからやっていくしかないと思います。」


 世の中は、どこも基本的にそんなに甘くはない。


「わかったわ、とりあえず街へ戻りましょう。この感じだと、奴らもしばらく移動することはなさそうでしょうからね。」


 メムは偵察終了を促す。それをきっかけに、俺たちはその場から離れ、毒餌等を求めに街へと戻ることにした。

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