第二章・あなたといつもいられたなら3ー①

ダントニオ皇国には、ほぼ生活困窮者がいない。

たとえ孤児であったとしても、その個人の適正に応じて、何かしらの収入が得られるようにと様々な手厚い保護がある。


それでも抱えきれない闇はある。

皇国の、城下町の一際入り組んだ裏通りにある宿屋は、知る人ぞ知る場所だった。

そこは他国からの流れ者も多く、すれ違っても互いの内情を探ろうとはしない。

後ろめたい仕事を生業にしている者達にとって、身を隠すにはもってこいの宿屋だった。

一見、古ぼけた歴史ある建物にも見えたが、内装はやり変えてあるのか、外観程にくたびれてはいない。

アダムとエレンは、そうした宿を根城としていた。


二人はもうここ十年余り、地方を回ってヒーリングの旅をしていた。

エレンは、子供の頃から仮面を被らされているアダムを引き取り、魔力を半分に抑えられても、まだ力を暴走させてしまうその能力に困り果てた。

少しずつ、少しずつ、コントロールが自在になっていくと同時に、髑髏の仮面が皮膚にめり込んでいく。

仕方がなくはあったが、どうしてやる事も出来なかった。


そうして人知れず生きて来た二人ではあったが、この度、再び中央に戻って来た。

ダントニオ皇国の中心部に突然立ち上がった、とてつもない強大な『魔』。

それは200年程前に存在していた、かつての皇妃レヴィアーナの魂に近しい程の悪しき魔力だった。


皇妃レヴィアーナは、辺境の地オルタナイドからダントニオ皇国へ嫁いで来た、深窓の美姫だった。

宝珠のように真紅に輝く艶やかな髪、新緑を思わせるアーモンド型の瞳は、ダントニオ皇国にはない華やかさで、国民の皆までも夢中になる。

素直で愛らしい、皆を虜にする愛くるしい姫だった。


だが当時、皇宮を仕切っていた側室によって、陰湿なる虐めを受ける。

食事には虫を入れられ、風呂へは汚泥を流し込まれ、ドレスは全て引き裂かれ。

そして、何度となく命を狙われた。

また、当時の皇帝は、それを見て見ぬ振りをした。

小心者の皇帝は、力を持つ側室に抗えず、言いなりだったのだ。


そうした外圧を掛けられる日々に、レヴィアーナは精神を病み、壊れていく。

誰の助けもない、命を脅かされる孤独な毎日は、彼女の魂に影を宿らせていった。

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