第一章・あなたと出会えたなら5ー②

「この御方は、天下の皇帝陛下であらせられるぞっ!お前如き平民が、皇帝の命に抗うか!」


「俺は、そんなつもりは……」


「そこで、地べたに額を擦り付けて、赦しを乞えっ!この愚民がっ!」


「クランチ、ここでは私の方が部外者だと言っただろう」


「ですがっ……」


「下がれ、クランチ」


ゆっくりとした穏やかな物言いではあったが、ジュリアーノはその一言でクランチを完全に黙らせる。

途端に静かになった男は、ジュリアーノから5メートルは後ろに退いた。


「君は、護衛としては優秀なんだろう」


「優秀、といえる程ではないですが」


「本殿の入口を任されているのは、それだけの腕前という事だよ。肝心要の場所を、腕のない者には任せない。マーロンから信頼を得ている人間でなければ、ここには立っていないだろうから」


「配置は士団が決めているものと……」


「マーロンは気に入った人間しか、傍には置かないよ」


確かに、自分はマーロンに気に入られている。

あの最強の聖魔導士と言われる男の、ちゃらんぽらんさを知る数少ない人間ではあるし、他の剣士は誰もその姿を知らない。

ただ単に、ギルバートをからかい甲斐のある人間だと思われているに過ぎないかも知れないが。


「そこまで、あのマーロン様が一目置いて下さっているかは怪しいですが、褒め言葉としてありがたく頂戴致します」


「怪しい?」


「腹の底が見えない御方なので」


「……そんな風に、あの聖人を語る人間を初めて見たな。マーロンは、君にしか見せない顔があるのか?」


温厚そうに見えて、敏い男である。

ギルバートは、あまり過ぎた事を口にすべきではないと思った。

そもそも聖殿と皇室の関係は、あまり穏やかではない。


本来は、国に崇められるべき皇帝ではあるが、怪我や病気を直し、環境整備にも携わる魔導士達への国民の信頼は厚い。

だからこそ、『聖殿は皇室の下の組織である』と、これまでも何度となく知らしめるように告示して来た。

だが、穏健派のジュリアーノが皇帝の地位に着き、懐の深いマーロンが聖魔導士となってからは、その関係性が穏やかになったと言われている。


「失礼致しました。マーロン様は、本当に分け隔てなく、誰にでも優しく接せられる方なので。出過ぎた物言いをしてしまいました」


「羨ましいな、マーロンが」


「は?」


「皇室では、誰も私に逆らうような事はしない。皆が従順で……だが、私はそれだけ権力を持っていても、自由はないんだ」


この国の頂点に立つ男が、最高の権力を持ちながらも嘆く。

自分は、このダントニオ皇国に縛られているに過ぎないのだと。

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