第一章・あなたと出会えたなら5ー①
その日はやたらと皆が慌ただしく、右往左往していた。
行き交う人々から聞こえる話によると、マーロンが不在であるのが原因のようだった。
マーロンは気紛れに街へ降りて奉仕活動をしたりと、周りの人間を困らせるのが常だったので、ギルバートもその光景が特別なものとは思わなかった。
いつものよう聖殿の中心である本殿の入口に立っていると、明らかに華美な装いの集団が近付いて来た。
遠目でも皇族であると分かり、平身低頭、頭を下げる。
荒げる声が聞こえて来てギルバートが目を向けると、その集団の中心にいる人物と側近が、何やら揉めているようだった。
「ジュリアーノ陛下がお越しであるにも関わらず、聖魔導士がいないとはどういう事ですか?!」
「そう声を荒立てるな、クランチ。急に私が聖殿に行きたいと言ったんだ。今回は完全にプライベートだったし、それにこちらにはこちらの都合もあるだろう」
「もう帰りましょう。このまま適当な対応をされては、皇帝の名に傷が付きます。聖殿の主であるマーロン殿には、抗議しておきます」
「ここは魔導士達の生活圏だ。いくら私が皇帝だからといっても、部外者であるのには変わりない。そう文句を言うな、クランチ」
側近のクランチは、そばかす顔に天然の癖毛と、庶民的な顔立ちだったが、『陛下』と呼ばれた男は麗しい集団の中でも、飛び抜けて美しい男だった。
腰まで届く、輝かしい蜜色の髪と紫の目は、皇族らしい気品に溢れている。
線が細く、女性と見紛う美貌ではあったが、周りの男達から比べても際立って背が高い。
民に愛される皇帝であり、慈愛の人でもあるジュリアーノ・ブルックスは、側近がいくら騒ぎ立てても、柔らかな笑顔を浮かべていた。
その性質は温厚そのもので、目くじらを立てるクランチを叱り付ける事なく、意見を聞き入れる。
その優しく宥める姿は、どちらが権力者なのか分からなくなる。
ふと、ギルバートはジュリアーノと目が合った。
真正面から見ると、改めてこんなにも美しい男を見た事がないと思う。
そして昨日、兄のブランドンがアダムに対して「あんなにも美しい人を、生まれて初めて見た」と言っていたのを思い出す。
アダムは、この美貌の皇帝よりも美しいのか。
身長こそアダムと変わりないが、華奢な印象のジュリアーノは、屈強な筋肉の肉体ではない。
それには、温室育ちだったのだろうこれまでの人生が垣間見えた。
不意に、ジュリアーノは側近のお小言を遮り、ギルバートに話し掛けて来た。
「そこの立ってる君。護衛か?」
「は、はい」
「聖殿には詳しいか?」
「ある程度は。ですが、魔導士しか入れないエリアともなれば、まるで分かりません」
「そこは私でも入れないだろう。一般的な場所だけで良い。案内してくれないか?」
皇帝の案内を、一般の剣士である自分が案内する。
それはダントニオ皇国の国民ならば、身に余る光栄に他ならなかった。
だが、自分が案内出来るのは、本当に誰でも入れるような場所だけだ。
視察と称して訪れているなら、たとえ下っ端でも魔導士に案内させた方が良い。
「恐れながら陛下。我々剣士は、ここの秩序を保つだけの為に存在します。陛下をご案内しますのは、そちらに居られます魔導士の方々が」
「私は、君が良い」
「ですが……」
「お前っ!陛下の命令を背くのかっ!」
皇帝へ臆面もなく断りを入れるギルバートへ、クランチはそばかす顔を歪めて怒りを爆発させた。
その顔はまるで鬼の形相だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます