第一章・あなたと出会えたなら3ー②

マーロンは見た目こそ『聖魔導士』に相応しい厳格さがあったが、その中身は皆に崇められるような気質ではなかった。

とにかく軽い。

下町の酔っ払いと会話しているのではないかと思わせる程に。


「ねぇ、ギルバートも思わない?本当、聖殿って朝が早いよねぇ?誰がこんな決まりを作ったんだか。どうせなら昼からにしてくれたら良いのに!」


「いや、俺は朝が早くても定時が早いだけなんで、問題はないです。交代制ですから」


「もう~!ギルバートは真面目過ぎるよ~!お兄さんのブランドンと、そういうとこは似てるよね」


「まぁ、兄は荒くれ者の剣士達の中で育った俺と違って、生粋の魔導士ですから、更にクソ真面目ですけどね」


「お兄さんにさ、もう少し肩の力を抜いた方が良いよって言ってやりなよ。あんまり真面目一辺倒だと、疲れちゃうよって」


そもそも魔導士が秩序を乱さないようにと育てる機関である、聖殿のトップが何を言うか。

魔導士から倫理観を奪ったら、それこそこの世の中が乱れてしまう。

力に傲れば、皇族から権力を奪おうとしたり、魔力を使って皇帝になろうという輩も出るだろう。


マーロンのそれは、特殊能力を持つ者達の頂点に立つにしては、相応しくない言葉だった。


「マーロン様は、もう少しまともになって、魔導士達の鏡となるべきです。そんなにチャラチャラしてたら、いつか聖魔導士の立場から降ろされますよ」


「お、降ろされ……」


「兄から真面目を取ったら何も残らないっていう位、真面目が売りなんです。マーロン様から、不真面目を取ったら何も残らないのと同じで」


「厳しい事を言うね、ギルバート」


「とにかく、その軽い性格はバレないようにして下さいよ」


「ハイハイ」と適当な返事をしながら、マーロンは本殿へと入って行った。


どういう訳か、ギルバート以外にはこの本性を見せてはいないらしい。

魔導士の訓練をしている子供達からも、ここで指導をしている者も、皆が『素晴らしい人格者』だと言う。

何故、マーロンは裏の顔をギルバートにだけ見せるのだろう。

ふと、ジェレミーが『ギルはもう少し危機感を持った方が良い。天然の誑しだし、そのせいでやたらと男に絡まれる』と溢していたのを思い出す。


自分はそんなにも人誑しだろうか。

確かに、異様に男ウケが良い。

近所の幼馴染みも、剣士団の同僚達も、ギルバートが飲みに行くかと声を掛けると、家族をほったらかして付いて来る。

いつも行くリリス亭でも、ジェレミーがいない時は、見知らぬ男から『奢るから一緒に飲もう』と誘われるのは日常茶飯事だった。

だが、聖魔導士であるマーロンにまで懐かれるには、ジェレミーの言う通り、自らの人を引き寄せる力は異常なのだろうかと思ってしまう。


魔力は遺伝しやすく、強力な魔導士の家系は力を持つ子供が生まれる確率が高い。

ヴェンジェンス家は、一般的な家庭よりは子沢山だという異例さはあるものの、両親も一般人だ。

長男のブランドンにだけは魔力が現れたが、ギルバートにもジェレミーにも魔力なしの結果が出た。


「俺が女に生まれようもんなら、求婚者が山のように現れたかもな。想像したら、ゾッとするけど」


ただでさえ、女の少ないダントニオ皇国は、女であればどんなに一般人であろうとも、ある程度は相手の男を選ぶ事が出来る。

つまり、求婚者の中で一番の優良物件を勝ち得るのだ。

それが子宮を持つ男であっても、女程ではないにしても、後継ぎが欲しい家からは是非にと求婚を受ける。


もしも自分に子宮があったとしたら。

ギルバートはそれを想像して背筋が寒くなり、つくづく男に生まれて良かったと痛感した。

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