第一章・あなたと出会えたなら1ー②
「ジェレミー、もう少しさ、兄さんに優しく出来ないのかよ」
「最近は喧嘩を売ったりしてないでしょ?僕も大人になったんだ。偽善者にだって最低限の配慮はするよ。同居してるんだから」
「お前な、こうして学校に行かせて貰えるのも、兄さんのお陰なんだぞ?少しは感謝しろよ」
「だから、働くようになったら、養育費やこれまで掛かった生活費に上乗せして返済するよ。僕も、借りを残したままでいるつもりはないし」
「ジェレミー……お前なぁ……」
「ギルは兄さんに恩返しとか考えなくていいよ。ていうか、ギルはもう十分、兄さんに返したと思うよ。給料の半分は渡してるでしょ?」
「そりゃ、食費とかもあるし」
「こうやって殆ど毎日、夕食はリリス亭で食べてるのに?」
ギルバートは「お前と兄さんが険悪だから、連れ出してるんだろうが」と心の中で突っ込む。
家では、ブランドンが何事にもジェレミーへお窺いを立てるように遜り、見ているのも痛ましい程だった。
だがギルバートは、そんな反抗的なジェレミーを強くは叱れないでいた。
精悍な面差しのギルバートとは違い、ジェレミーは今も少女のように愛らしい顔立ちで、潤んだ大きな黒い瞳は庇護欲を唆る。
軟弱そうに見える見た目と裏腹に、幼い頃からどこか達観した子だった弟は、これまで何事も上手くあしらって来たし、他人に迷惑を掛けた事もない。
剣士団の学校でも、歴代最高の成績で後々には『聖剣士』になるのではとまで言われている。
そんな優秀なジェレミーは、魔力があるのではと思ってしまう程だった。
「ねぇ、ねぇ、それよりもさ、ギルが配属されてる聖殿って、どんなとこなの?あそこは魔力がないと滅多と入れないじゃない?」
「俺はあくまでも聖殿の衛兵だから、そんなに奥までは入れないよ」
「皇宮と比べてどうなの?」
「皇宮は建物自体も巨大だし、石像とか柱とかも厳ついけど、聖殿の中央の神殿はステンドガラスに囲まれてたり、家具も繊細で、もっと女性的なイメージかな。魔導士の人数も多いから、聖殿っていっても小さな町みたいになってる」
「へぇ、僕も行ってみたいなぁ」
「町っていっても、余興の場所なんてないぞ?基本、魔法を正しく使う為に鍛錬する場所だから、みんな真面目に規律正しく過ごしてるし」
「そう聞くと、つまらなさそうだね。全員、兄さんみたいな嘘付きばかりかぁ」
「おい!あんまり口が過ぎると、塞ぐぞ!」
「うふふ。そんな事を言っても、ギルは僕が可愛くて仕方ないもんね?目に入れても痛くない程の、溺愛しちゃう弟だもんね?」
「クソ生意気な弟でしかないよ」
「そんな憎まれ口を言ったって駄目だから。ギルの愛情は、痛ーい程に感じてるよ」
「お前はいつから、そんな天使の顔で悪魔のような口を利くようになったんだ……」
「ギルを守ってやらなきゃって思うようになってからだよ」
「俺は一応、お前よりも先に剣士になってんだけどな」
「僕は聖剣士に必ずなるから。そしたら、老後は二人で悠々自適で暮らそうね」
「老後もお前と暮らしてるのかよ」
ジェレミーは自分達が他の誰かと結婚するという未来を、これっぽっちも考えてはいない。
確かに、ギルバートは両親がいない分、過保護なまでに弟を心配過ぎている自負はある。
だが当のジェレミーは、そんなギルバートを超えるブラザーコンプレックスだった。
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