30代


 小学生になると更に娘は逞しさを増していき、同じクラスの男の子を馬乗りになって殴ったらしく、私は学校に呼び出される。


 話を聞けば、どうやらその男子生徒は他の女子生徒を執拗に揶揄ったらしく、それを見ていられなかった娘が飛びかかって押し倒したあと、顔面を数発殴ったとのことだ。


 私は被害男子の母親に深く頭を下げて謝罪するけれど、「まあうちの子も悪いし、大丈夫ですよ」と言ってくれて、大事になることなく収まった。


 その後も娘は元気いっぱいなわんぱく少女として人生を謳歌しながら中学生になり、部活は女子バスケットボール部を選ぶ。


 土日のどちらかは試合があったりもするので、お弁当だけではなく保護者たちがどでかい水筒みたいなのに麦茶を作って子供たちに提供したりもしなくちゃならなかったし、色々と苦心しながらも私はなんとか娘の生活を支えていく。


 勉強も疎かにはしないハイスペックな娘は、いつも成績は上の中らへんをキープしていて、得意な数学では九十点以下を取ったことがない。

 体育はもちろん、音楽や美術なんかも高得点をキープしていて、通知表は4と5以外なかった。


 気が強いところもある彼女は友達と喧嘩をすることもあるけれど、私に散々愚痴ったあとに自分から謝る。当然すぐに仲直りする。それをわざわざ報告に来て「やっぱ友達っていいね」と言われても、友達がいない私は曖昧に頷くことしかできない。


 運動神経が優れている娘はバスケでスポーツ推薦をもらい、高校でも活躍していた。


 すっかり私の手を離れた彼女は、私の手料理を美味しくないと言いながらご飯をおかわりする。


 身長もどんどん伸びて、百七十センチを超えた娘を私は見上げながら話すようになり、本当に私の娘なのだろうかという疑問が頭を過ったと同時に、あの拷問のような出産シーンを思い出し、少しだけ泣いてしまう。


 よく死ななかったなと、今更ながらゾッとしてしまった。


 全身でアクティブを体現していた彼女なら高校生になると同時にアルバイトをするかと思っていたけれど、どうやら部活に打ち込むことに決めているらしく、毎日朝練に行く為に四時頃起きて家を出ていく。

 そして夜は七時頃帰ってきて、また食事に文句をつけながらおかわりをする。


 今日も今日とて、食器を洗っている私の背中に娘は話し掛ける。


 部活で先輩にいびられていると言い、嫌がらせが続いているとプンスカしながら話す娘。「でも昨日仕返ししてやったんだ」と嬉しそうに破顔する。バスケのルールはよく知らないけれど、どうやらワン・オン・ワンとやらで勝負して、負けた方が勝った方の言うことをひとつ聞くみたいな話になったらしく、結果、娘が圧勝する。そして、ボコボコに殴ったとのこと。ただ、それは娘がやられたことと同じことをやり返しただけらしいのだけれど、如何せん、彼女は体力も腕力も同世代に勝っているので、しかも加減を知らないところもあって、多分、意図せずやられた以上にやり返してしまっていると思われる。


 表情をコロコロ変えながら、愚痴や武勇伝を話す娘は、なんだかんだと高校生活を楽しんでいるようだった。


 三者面談ではやはり彼女の評価は高くて、成績も申し分ないからそれなりに高い偏差値の大学を目指せますと担任教師に言われる。でも私はどこでもいいと思っていたし、大学に行かなくてもいいとすら思っていた。

 それこそ本人が決めることなので、周囲が期待を寄せても無駄なプレッシャーになるだけだろうから。


 当の娘はというと、大学ではバスケはやらないとのことで、彼女は私が聞いたこともない大学に進学して、しっかり勉強しながらバイトに励む。


 そして、彼女は初めての給料で私に腕時計をプレゼントした。


 嬉しいしありがたくもあったけれど、女性がするには時計の部分が少し大きいのでは……と思いつつ目の前で私が装着するのを待ち望んでいる彼女の希望通りにはめてみる。


「あ、左手につけて。んで、ちゃんと時計の部分が内側になるようにね」と、なんとも注文の多いプレゼントだなとため息を吐き出しながら、なんとなく彼女の意図することがわかったような気がして、私は言われるがまま左手首につけ替える。


 満足したように娘は頷き、「失くさないでね。お母さんすぐ物失くすから」と子供に対する忠告みたいなことを親に言う娘は果たして、単にという認識でいいのだろうか。


 娘は話すことが大好きらしく、家にいる時はこちらがなにをしていてもお構いないとばかりに、のべつ幕なし喋り続けていた。


 高卒の私は大学のシステムとかもよくわからないので、サークルがどうのとかゼミがどうのとか、楽しげに話されても全くイメージができない。


 でもそんな私にお構いなしとばかりに娘は大学のこととかバイト先のこととかを嬉々として私に聞かせる。


 どうやら彼女はなかなかモテるらしく、大学卒業を間近に控えたこの時点までの人生で十六回も告白されたとのことだった。


 でも別に自慢げでもなく、お眼鏡に叶う相手がいなかったから付き合った経験はないのだとか。


 同じ恋愛未経験でも、私とは背景が違い過ぎる。私は誰にも相手にされなかったから彼氏ができなかったのに、彼女は引く手数多にも関わらず、それらを全て蹴散らしておひとり様を謳歌しているのだ。


 ここで、ふと思う。

 私、この子より優れてるところなんてあるのだろうか。

 全ての面において私を凌駕し続けているのではないだろうか。


 いや、親として、それは喜ばしいことでもあるのかもしれないけれど、なんというか、それでいいのだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る