3-2 ヤンデレ雪女への贈り物は氷がいいようです
あれから、俺達妖怪は蛇骨婆を中心に養鶏業を継続している。
幸いなことにフリーナからの市場介入がなくなったこともあり、商売は順調にいっているようだ。
そのため事業を拡大するために蛇骨婆の要望によって、手の目は養鶏場で仕事をするようになった。
おかげで畑仕事は俺一人でやることになったが、その分鶏たちに雑草を食べてもらえるようになったため、ある程度手間が省けるようになった。
また、事業拡大をするうえで頼もしい助っ人が入ったことも大きい。
「さすがです! フリーナ様の怪力、我々にはとても真似は出来ません!」
「なんという聡明さ……あなたの見えている世界は我々とは違う次元にあるのですね!」
「おーほっほっほっほ! そうでしょうね? 私の力がなければ、妖怪の皆様は何もできないのですから……まったく、仕方がありませんこと!」
その助っ人とは、ファスカ家の当主、ファスカ・フリーナだ。
彼女は俺に荘園のほとんどを譲ったため、働き口を探さないといけない状態だった。
俺は彼女を見つけて挨拶した。
「こんにちは、フリーナ? ……すごいな、たった一日で小屋を建てたのか?」
「あら、ごきげんよう、ぬらりひょん。ええ、『名誉総厩務長』の私にかかればこれくらいお安い御用ですわ!」
この養鶏場で働く鳥妖怪はみな、夜になるとものが見えなくなる。
そのため、怪力で夜に強い吸血鬼は、ぜひとも今の養鶏業には欲しい人材であった。
だが、プライドの高い吸血鬼を単純な低賃金で働かせることは難しい。
確かに彼女も渋っていたが『名誉職』につけることを提案したら、意外なほどあっさり了承してくれた。
実際、彼女が自称する『名誉総厩務長』という肩書だが、要はただの現場責任者だ。
「ええさすがはフリーナ様! 私たち、あなたに付けて幸せです!」
「本当ですよ! 俺たち、フリーナ様に惚れこんでいるんですから!」
彼女の部下に据えたのは、妖怪『カワウソ(動物のカワウソではない)』と『むじな』だ。どちらも口が上手く、彼女を持ち上げるのは巧みな種族だ。
本人はご満悦といった表情で俺に笑顔を向けてきた。
「ええ、そうでしょう? ……フフフ、領地は失いましたが……こんな生活も悪くないですわね。感謝してますわ、ぬらりひょん」
そういうとフリーナはフリルの裾を持って、ぺこりと頭を下げた。
(誰もがやりたい仕事をパワハラ受けながらやるより……誰もが嫌がる仕事をちやほやされながらやるほうが、本人にとってはいいのかもな……)
そんな風に思いながら、俺は養鶏場の奥にある蛇骨婆達のいるところに歩いて行った。
「ほう……飛車を狙うかのう……じゃが、その手にはのらんよ」
「そう来るか。けど、これが囮だったら?」
そこでは、いつものように蛇骨婆が手の目と二人で茶を飲みながら将棋にいそしんでいた。
着物姿で懐に手を入れながら将棋をするその姿は、実に様になっている。
そこに俺は声をかけると、二人はこちらを振り向いて笑顔を見せてくれた。
「おお、久しぶりじゃの、ぬらりひょん!」
「ああ。それと手の目も久しぶりだな」
「悪いな、最近畑に行けなくて」
「いや、いいんだよ。それより今度の貴族会についてなんだけどさ……」
「おお、あの件か。根回しは順調に進んでおるぞ?」
そんな風に言いながら、蛇骨婆は王手をする。
今度のテーマとしては『救貧センター』の廃止だ。
救貧センターとは、一種の生活困窮者に対して食料の提供や住居の世話などの生活保障と職業訓練を行う施設であり、多くの国が金を出し合って横断的に運営している。
その件について話をしながら、手の目は少しあきれたような表情で答える。
ちなみに盤面を見ると、すでに必至の状態である。
「耳障りがいい政策って、吸血鬼やエルフ達は、本当に好きだからな。……けど、ありゃ酷い金食い虫だったからな」
「だろ? ……正直、あの法律は誰も得しないしな」
そう、最初は高尚な理由で始められたこの『救貧センター』制度だが、実際には生活困窮者への多額の無料奉仕によって、逆に民業を圧迫してしまっていた。
これによって本来普通に生活できていたはずの個人商店も売り上げが落ちてしまい、彼らまで救貧センターの世話になるという本末転倒な結果になっていた。
職業訓練についても、時代にあっていない的外れな訓練ばかりやっており、実質的に『救貧センターの職員を養うための施設』になり下がっていた。
そのため、これらの全面撤廃をすることを提案することにした。
「あやつら長命種は、意思決定が遅いからのう……。本当はもう、すっかり救貧センターが機能していないことなど分かっておろうに……」
「そういうこと。……もし、ここに金を出さなくなったら、かなり借金は返せると思うからな」
ただし、当然だが新しいことを始めようと古い習慣を廃止しようとすると反発が出るのは分かっている。
そのため、根回しを蛇骨婆にお願いしていた。彼女が印章を取り戻して『炎冷両立の魔法』の使用権を奪い返したことで発言力を取り戻したのは、このような場所でも役に立つ。
そして俺はしばらく話をしてある程度まとまったあと、手の目に尋ねた。
「とりあえず、今度の会議の件はいいよな。それでさ、手の目……ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「なんだ? ……って聞くまでもないか。姉御のことだろ? いいぜ、なんでも相談に乗ってやるよ」
そう苦笑するように手の目はうなづくとぐい、と立膝を突き出しながら酒杯を煽った。
もうここからはプライベートということだろう。
「ああ。……その……俺はさ……フレアに本当に大事にしてもらってるだろ?」
「え? ……ま、まあな。ちょっとヤバいくらいには、な」
ちなみに彼女を『フレア』と呼ぶようになったことは、二人にも伝えている。
本人曰く『フレア』呼びをしていいのは俺だけのようだが。
「だけどさ。俺は……フレアのために何もしてあげられてないだろ? ……本当は俺、彼女のことを好きにならなきゃダメだと思うのに……」
「好きにならなきゃ、ねえ……どう思う、ジャコ?」
ジャコ、というのは蛇骨婆のニックネームだ。
雪女が自分を『フレア』と俺に呼ばせているのを見て、彼女も手の目に『ジャコ』と呼ぶようにお願いしたため、彼女はそう呼ばれている。
「そうじゃのう……ひょっとしてお主……誰かを好きになったこと自体がないのではないのか? 無論、異性として、という意味じゃがな」
やはり、気づいたか。
そう思いながらも俺はうなづいた。
「そうなんだよ。……みんなみたいに、俺は……人を好きになるっていう性愛がわからないんだ」
その発言に、手の目は不思議そうに尋ねる。
「けどさ、あの時お前は姉御に抱き着いただろ? あれは、姉御のことが好きだったからじゃないのか?」
氷漬けになっていたのに、見ていたのか。
そう思いながらも俺は首を振る。
「いや……あの時の俺は……分からない。ただ、彼女にそうしたいって気持ちが、ぐわああああって湧いてきて……」
「じゃあ、あの時居合わせたのがアカナメだったら、同じことしたか?」
「うーん……」
もしかしたら、したかもしれないし、しなかったかもしれない。
だが、そんな「もしも」を考えてもしょうがないと思っていると、手の目は笑いながら俺の肩を叩いてくる。
「ハハハ、悩むってことは少なくとも、特別『かもしれない』ってことだろ? だから思うけどさ。お前はさ。性愛を理解できない人じゃないと思うぜ? ……ただ、自分の気持ちに蓋をしているうちに、そういうのが分からなくなったんじゃないか?」
そういわれると、俺は思い当たる節があった。
昔から俺は、あまり友人がいなかった。
それに孤独な生活を送っていた俺は、人を好きになっても、どうせ拒絶されるとわかっていた。だから、いつしか性愛を持とうとする気持ち自体が分からなくなっていたのだろう。
そんな風に思うと、手の目は笑う。
「まあさ。……姉御はさ。お前に付き合ってもらうことは期待してないと思うぜ?」
「そうか? けど……いつもフレアは『あなたは私のことが好きでしょ?』って言ってるじゃんか。やっぱり期待してるのかなって思ってたけど……」
「ああ、あれはさ。自分に言い聞かせているだけだよ。ナーリが自分のことを好きになってもらえるわけないって、姉御は思ってるはずだ」
そういうと、納得いったように蛇骨婆もうなづく。
「なるほどのう。つまり、お前と決定的な別れが来るまではそうやって『恋愛ごっこ』をして自身を慰めとるってことじゃな」
そういわれると、思い当たる節があった。
よく考えると、フレアは俺に対して『あなたは私のことが好き?』と尋ねてきたことはない。彼女は、俺とのやり取りの中で『自分は愛されている』と一方的に思い込むことを楽しんでいただけだったのか。
……彼女は本当は『思い込みが激しいタイプ』じゃなかった。
そう思うと、俺は彼女に申し訳ない気になった。
「そういうことならさ。……やっぱり、フレアのために何か出来ることをしてやりたいんだよ。手の目、何かアイデアはないか?」
「ふうん、フレアのために、ねえ……」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらも、手の目は少し考えた。
そして、
「姉御はさ。氷しか食べないんだ。だけど良質な氷で作った『氷細工』なら喜んでくれるだろうな」
「そうなのか? ……けど、氷は貴重品だな。……これだけあれば買えるかな?」
現在俺たち妖怪の財政状況は借金の返済でアップアップだ。
だが、俺が自分の畑で取れた野菜を売った私費なら問題はないだろう。
そう思いながら俺は財布を見せると、手の目はうなづく。
「まあ……それ全額出せば、ちょっとなら買えると思うけど……」
「そうか? よし、じゃあ今度の貴族会が終わったら早速買いに行くことにするよ! サンキュ、手の目!」
やっぱり、手の目に相談してよかった。
そう思いながら、俺は養鶏場を後にした。
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