第3章 合法侵入のスキルを狙う刺客、キキーモラ

3-1 ヤンデレ雪女の求めた報酬は、とてもささやかなものでした

それから1カ月が経過した。

俺たちはファスカ家が残した借金の返済のために『騎士』としてファスカ家の悪習を改革していった。



多重債務状態となっていたファスカ家の借金は1箇所ずつ返す必要がある。

そして今日、1つの金融業者に借金全額を返せるだけのまとまった金の用意が出来た。



「ほら、これでおたくにファスカ家が借りていた借金はチャラになるよな?」

「む……金利だけでなく元本も一括で返済するのか……」



この金融業者は一種の『街金』のようなものだ。

無担保で金を貸してくれるものの、その金利が高いこともあり最優先での返済を考えていた。


……体面を重んずるフリーナは、金利よりも借入先の事業規模に応じて返済額を決めていた。そのことも借金を膨らませるもとになっていたのだ。


ちなみにこの金融業者の種族は妖怪「金霊(かねだま)」だ。

雪女たちと同じ妖怪であり、金を集めるのが好きなようだ。

証文と俺が支払った金を見比べながら、にやりと笑って懐にしまった。



「ああ。……あんたらにとっては、金利だけ返してもらうほうが都合がいいのは分かってるけどさ。勘弁してくれ」

「ハハハ、分かってるな。……だが、正直いい気分だな。モンスターが返せなかった金を妖怪が返すってのは」



その金霊の表情は明るかった。

まあファスカ家の財政では、元本貸し倒れのリスクすらがあったのだから、当然ではあるのだが。


「けどよ、どうやって金をためたんだ? あんた、なんかヤバいことでもしたのか? それとも、ファスカ家の屋敷でも売ったのか?」

「いや。……やっぱさ、長命種はさ。貴族ってのによっぽど憧れがあるみたいだから、それを利用したんだよ」



別に隠すことではないので、俺はその手口を説明した。

実はファスカ家の屋敷には、彼女の両親が遺したであろう、余所行きのタキシードやドレスがいくつか残っていた。


彼女曰く「これだけは売れなかった」とのことだった。無論俺に対しても『売ることだけは勘弁してくれ』とも言ってきたのだ。



そこで俺は、彼女の済んでいた屋敷を一般に開放して『貴族生活の体験コース』という宿泊プランを展開するようになった。


このタキシードやドレスを身にまとい、メイドたちからのサービスを一日受けられるという宿泊サービスだ。こういう発想は、プライドの高い吸血鬼にはどうしても出来ない。



「長命種って言っても全員が金持ちじゃないだろ?」

「ああ。長命種は複利で稼いでる奴が多いが……。寿命が長い分、借金の利息もエラいことになってることが多いからな」



金霊はそう笑って答えた。

長命種は『複利効果』を長く得られるメリットがあるが、それは借金についても同様だ。

そのため、彼の得意先は短命種よりも長命種のほうが多いと言っていた。



「けど、そういうやつも『令嬢』になりたいって奴は多いからさ。あの屋敷を1日貸して、メイドたちに世話してもらう企画を作ったんだよ」



この方法なら、ガーゴイルやメイドたちの職も奪わないで済む。

給料は今までよりも減少したが、労働時間が減ったことと我がままなフリーナに仕えなくて済むようになったこと、そして彼ら以上に妖怪の給与水準が低いことを知っていたため、文句は出なかった。



「ま、これくらいのことは人間なら誰にも思いつく企画だよ。別に俺がすごいわけじゃない」



だがそういうと、金霊は少し感心したようにうなづいた。



「なるほどな……。けど、体面を重んじる吸血鬼や、伝統を大事にするエルフには逆立ちしたって出ない発想だからな。……もし何か大きな事業をやるなら、呼んでくれ。低金利で貸してやるからな」

「え、いいのか?」

「ああ。……いつかは私もあいつらドラゴンたちみたいに、担保を取る金貸しをやりたいからな。そのためになら、いくらでも協力するさ」



金霊はその特性上「金銀財宝」に囲まれることを好む性癖がある。

だが残念ながら、同じような性癖を「西洋ドラゴン」の多くも持っているため、財宝を担保に金貸しをするような仕事は彼らに奪われてしまっている。


金霊は、そのことに対する不満を明らかに見せていた。



「分かった。それじゃあ、お互いに頑張ろうな?」

「だな。ま、私も妖怪を相手にするほうが気楽でいい。それではな」



そういうと、金霊は去っていった。





「ふう……これで第一歩ってとこか……」

「ええ、お疲れ様。頑張ったわね、ぬらりひょん」


そういいながら雪女は俺にいっぱいの水だしコーヒーを提供してくれた。

正直俺は緑茶は好きではないので、用意してもらうようにしている。



「うまいな……やっぱり雪女に入れてもらうと違うな……」


雪女は基本的に冷たいものの調理は得意だ。水だしコーヒーなども例外ではない。

それを聞いて雪女は嬉しそうな表情をして、つぶやく。



「どういたしまして。ねえ、ぬらりひょん……」

「なんだ?」



「……愛してるわよ。大好き」

「……ああ……ありがとう」




ちなみに今回の金印奪還作戦において彼女が言ったお礼は2つだった。

一つは、



「いつでも俺に対して『愛している』『好き』と『言っていい』権利」



だった。

……正直、俺にとってこの報酬は理解できないものだった。


俺に対して、そんな許可を貰う必要なんてないじゃないか、言いたいなら別に言えばいいんじゃないかと思っていたからだ。



だが手の目によれば、


「姉御は自己評価が低いから、自分がナーリを好きになることで、ナーリに嫌な思いをするかもしれない」



と思っているとのことだ。

確かに、雪女は『愛している』とはいうが、逆に彼女のほうは俺に見返りを求めようとはしてこない。食事の用意や身の回りの世話なども、何も言わずに尽くしてくれている。



そして「愛している」という時に彼女はとても幸せそうな顔を見せる。

だが、そんな彼女に対して俺は居心地の悪さを感じていた。



(……これだけ大事にしてもらえてるのに……全然気持ちがときめかないのは……俺が冷たいからなのかな……)



俺は、もともと誰かを異性として好きになるという感覚が理解できなかった。

それは今でも変わらず、これだけ自分に尽くしてくれる雪女に対して、恋愛感情のようなものが湧いてこない。


そして俺は彼女に助けてもらってばかりで、何も返せていない気がする。


この間のガーゴイルとの戦いでも、彼女が助けてくれなかったら捕まっていたし、その後のダンス練習にも、彼女が付き合ってくれなかったら、即正体がバレて作戦が失敗していたはずだ。



俺は、彼女を好きになる義務があるし、好きにならないといけない。

そんな風に考えていると、雪女は俺に尋ねてきた。



「そういえば……。あなたは『騎士』になれたのよね? フリーナの屋敷にすまなくて良かったの?」

「あそこはもともと、商売に使うつもりだったしな。それに……今はこの砦のほうが俺には居心地がいいからな」

「フフフ。それなら、もうちょっとだけあなたと入れるのね。……ありがとう、大好きよ。……ねえ、ぬらりひょん?」



そういうと、彼女は少しだけ恥ずかしそうにもじもじとして、俺に尋ねてきた。



「なんだ?」

「……お願い、私の名前、呼んで?」

「ああ。……これからもよろしくな、フレア?」

「……うふふ、ありがと……やっぱり素敵ね、名前があるって。名前を呼ばれると、あなたが私を愛してくれているような……そんな気持ちになれるわ?」



そして2つ目の報酬は彼女のことを「名前で呼ぶ」ことだ。

そもそもこの世界では貴族たちをのぞいて苗字がない。そして、妖怪たちは(同一個体が少ないという理由もあり)名前すらない場合が多い。



そのため、固有名詞を持つファスカ・フリーナに嫉妬心を持ったのだろう、彼女は自分のことを『フレア』という名前で呼んでほしいと言ってきた。



雪女に似つかわしくない名前な気もしたが、本人曰く『氷にちなんだ名前より、暖かいものにちなんだ名前のほうがいい』とのことだった。

そのため、俺は彼女をフレアと呼ぶことにしている。



「それで、これからどうするの?」

「ああ。……まだまだ財政はボロボロだからな。年末年始の贈り物の廃止や、舞踏会の回数を減らすことや……色々立て直しのために、根回しをしていかないとな」



正直、舞踏会に出て分かったが、すでに貴族の面々はこの舞踏会を『やめるタイミング』を探していると思えるほど、参加は義務的に行っている印象を受けた。


ほかにもいわゆる『虚礼』となっている贈り物の文化や『弱者救済』と称して行っている無駄な支出は、すべて廃止するために働きかけてみるつもりだ。



だがそのためには一度、手の目と蛇骨婆に相談してみようと思い、俺は立ち上がった。



「それじゃ、ちょっと手の目たちと作戦会議してくるよ」

「それなら、私も一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫だ。……ありがとうな、フレア」

「うん。……いってらっしゃい」



……とにかく、俺はフレアに何らかの形で報いたい。

例えば贈り物をするなんてのもいいかもしれない。


たぶん手の目なら、どんなことをすれば彼女が喜ぶか教えてくれるだろうから、ついでに訊いてみよう。


そんな風に思いながら、俺はコーヒーを飲んだ後、手の目と蛇骨婆のいる鶏小屋に向かった。

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