2-12 吸血鬼は貴族でさえいれればいいようです
(やっぱりか……)
俺はパーティの後、朝の光が差し込むのを見ながら俺は廊下を歩いていた。
パーティの時に面したメイドたちの種族はほとんど夜行性であり、朝に仕事をしているものはほとんどいなかった。
わずかな警備兵であるガーゴイルも、屋敷の中の巡回はしていないようだ。
……いや、昔はしていたのだろうが人手不足によって門番にしか人員を割けなくなったことが伺える。
(まあ、それだけファスカ家はやばいんだろうな……)
俺と蛇骨婆は誰にも見つかることなく、フリーナのもとに到着した。
カギはかかっていない。
従業員が夜間にほとんどおらず、その従業員も自身を異性として見ないガーゴイルということも理由なのだろう。
俺はドアをそっと開け、中に侵入した。
(よし、どうやらぐっすり眠っているようだな……)
部屋の中央には大きな棺がある。
恐らくここで彼女は眠っているのだろう。
万一彼女の傍に警報ベルがあったり、彼女が俺の『合法侵入』に気づいたりしている可能性を考慮して注意深く部屋の中を観察したが、どうやらその気配はない。
机の上には大量の書類があり、つい先ほどまで当主としての仕事を行っていたことも伺えた。
(さて……いいぞ、蛇骨婆)
(おう!)
そういうと蛇骨婆はカーテンを開け、朝の光を部屋の中に取り込むと俺に手鏡を渡した。
この世界のヴァンパイアは代謝が少ない特性上真菌による浸食に弱い。
そのため、それなりに風通しのいい場所に部屋を構えなければならないことが幸いした。
もし彼女が暗い地下室を自室としていたら、より強硬な手段を取らなければならなかったからだ。
俺は棺をゆっくりと動かした。
「…………」
そこでは美しい少女……まあ、フリーナだが……が、寝息を立てずに死んだように眠っていた。
そのネグリジェ姿の美しさに一瞬見とれそうになりながらも、俺は彼女に声をかける。
「おはよう!」
吸血鬼達は日光に当たると消滅する。
その特性上『おはよう』という言葉は、死の宣告にも等しい。
「え!?」
一瞬寝ぼけていた彼女は俺の姿を見て、驚いた様子でがバッと目が覚める。
「あなた……なんで……ここに……?」
「ああ……。領主ファスカ・フリーナ。あんたと話をしたくて、屋敷に潜んでいたんだ……」
「そうじゃ。今までお主にはさんっざん世話になったからのう!」
窓の外で手鏡を構えていた蛇骨婆も、怒り心頭といった様子で叫ぶ。
その様子を見て、彼女の俺を見る目が変わった。
……『合法侵入』の効果が解けたのだろう。
「あんた……よく見たら昼間一緒にいた人間? ……まさか……」
「そうだ。……俺は『妖怪の総大将』ぬらりひょんだ……!」
その一言で、彼女の表情は驚愕に、そして失望と怒りに変わっていった。
そして俺に手を向け、掴みかかろうとしてきた。
「素敵な人だと思ったのに! 騙したのね!」
「悪いけど、動くな。……こいつが何かわかるだろう?」
そういうと、俺は手鏡を彼女にかざす。
窓から差し込む朝の光を反射させ、彼女の枕元に当てる。
「……! そうか……今は……朝なのね……」
「ああ。……この光に当たったら、あんたは死ぬんだろ?」
「く……」
そして彼女は怒りに歯ぎしりするような表情で、俺をにらみつけた。
「あんたの望みはなんなの? ……ううん、分かってるわ。どうせ印章が欲しいんでしょう? この略奪者!」
「被害者ぶるでない! もとはといえば、お主が盗んだものだろうが!」
「うるさいわね! 妖怪のあんたらには、あたしの苦労は分からないわよ! 当主としてのメンツを保つのがどれほど大変だと思っているのよ!」
「それは貴様らの責任じゃ! 言い訳になると思うてか!」
もともと仲が悪かったこともあり、二人の口論はどんどんヒートアップしていった。
「やめろ、蛇骨婆! 俺たちは口喧嘩をしに来たんじゃないだろ!」
「なんじゃと!? ……いや……お主のいうとおりか……すまぬの」
彼女は思ったよりもあっさりと引き下がってくれた。
そして俺は、フリーナに対して、あえて落ち着いた口調で答える。
「……確かに俺は印章が欲しいが、欲しいのはそれだけじゃない」
「……なによ! これ以上何を奪いたいのよ! ……分かったわ! あんた、私の貴族の地位が欲しいんでしょ! 言っとくけど、そんなのを渡すくらいなら私は死んだほうがマシよ!」
彼女はギリギリと歯ぎしりするように、泣きながらつぶやく。
「お父様とお母さまから受けついだ、大切なこの立場を守りたい気持ちなんて……貧乏人のあんたなんかに分からないでしょうね……」
「だな……。とりあえず、その前にこれを渡すよ」
そういうと、俺は手鏡をフリーナに渡した。
俺は丸腰で、しかも部屋の隅には日光は届かない。
なので、その気になれば彼女は、3秒もかからず俺を部屋の隅に殴り飛ばし、命を奪うことが出来るはずだ。
「え? ……なんで……?」
「俺は『強奪』をしたいじゃない。『話し合い』をしたいんだ」
「話し合い……?」
「もし、その交渉が気に入らなかったら、俺をそのまま殺しても構わない。……こんなの持ってやる交渉なんて、ただの恫喝だしな」
そういって俺はあえて彼女に背を向けた。
「ナーリ……ううん、ぬらりひょん……あなた……バカじゃないの?」
「人間なんてみんなバカだよ。……もちろん蛇骨婆にも手は出させないと約束してある。……テーブルについてくれるか?」
「う、うん……」
少しおどろいた様子で彼女は席についた。
無論これは単に彼女を安心させるためだけに行ったわけじゃない。
ヴァンパイアはその高い腕力や魔力を誇っており、また大変プライドが高い種族だ。
そんな彼女が『丸腰で無抵抗の短命種に恐怖して殺した』となったら、自身が斬られる以上の不名誉を被ることになる。
蛇骨婆は窓際に控えているため、目撃者を消すということも難しい。
そのため、寧ろ俺は武装解除したほうが安全と思ったのも、こうやった理由だ。
そして俺は彼女と向き合って席に着き、まずは頭を下げた。
「その……。まずは謝らせてほしい。……あんたの気持ちを踏みにじることになったこと……」
「全くですわ。……あなたのこと、少しは素敵な方だと思っていたのに!」
「ああ……そう思ってくれたのは嬉しいけどな……」
だが、武器を収めた俺に彼女も少しだけ態度を軟化させたのか、はあ、とため息をつきながらテーブルの上にあった印章を手渡した。
「はい、これが目的のものよ! ……それで、ほかに欲しいものって何かしら?」
「ああ。……二つ目は……俺にこの領地を譲ってほしい」
「……まあ……それは想定内ですわね。けど……あなたはそれを手に入れて何をするつもりですの?」
「俺は……妖怪や……苦しんで差別をされている種族……それだけじゃない、差別をしている種族も含めて、全員が今よりも幸福に暮らせる社会にしたいと思っている」
その発言に、フリーナは少しあきれた様子を見せながらも恨みごとのようにつぶやく。
「そうなんですね。……そのために、私に犠牲になってほしい、ということですわね? まあ、自業自得とあなた方はいうのでしょうけど」
「違う」
そういうと俺は、机の上に置いてあった大量の書類を持ってきて、それをテーブルの上に置いた。
「……3つ目の提案だ。俺に……この書類を全部引き取らせてほしい」
置いてあるのはすべて借金の証文だ。
当然、フリーナはおどろいたような表情を見せた。
「え……?」
「何を言うか、ぬらりひょん! そんなものを受け取っても我々に得は……」
「ないのは分かってるよ。……けど……フリーナも貴族の体裁を保つために無理をしてきたんだろ? その苦労も一緒に奪ってやらないと……俺はただの強盗になっちゃうじゃんか」
無論、これも彼女のためだけではなく、理由がある。
借金の返済先はすべて近隣の諸国であり、これをすべて完済出来たのであれば新領主としての信用も増すことになる。
さらにこれによって『あくまでも、自分はモンスターにとってかわりたいわけじゃない』という意思表示にもなる。
ざっと見ただけでも、このファスカ家の財政は無駄な交際費や調度品、人件費に使われすぎている。そのあたりを見直せば、何とかなるとも考えたためだ。
そしてフリーナに向き直り、俺は尋ねた。
「あんたから領地を奪うのは悪いと思うよ。……けど……あんたの荘園を俺が肩代わりしたら……その大切な『貴族』の立場だけは守ってやれるはずだ」
「……貴族? ……あ! ……そういうことね……」
貴族でいるための『上納金』は基本的にそのものの持つ荘園の土地で決まる。
ほとんどの領主は自身の体面を保つために上納金を払い続けるが、そもそも俺はそんな地位に興味はない。
そのため、俺が荘園を引継ぎ、彼女が残された自活用の土地だけを持つことになれば、互いに支払う額が少なくなるという寸法だ。
それを聞いて、彼女の表情は急に柔らかくなった。
やはり彼女が固執していたのは、領地や収入源ではなく、地位と名誉だったのだろう。
「つまり……私は貴族でい続けられるって……こと?」
「ああ。……なんなら、領主としての名前も残してやっていい。あんたは俺を『騎士』として雇って荘園を譲る形にしてくれれば、隠居ってことになるはずだ」
この世界には、領主としての仕事に興味がないものや領主に適する能力を持たないものが、他の優秀なものを騎士として雇い、実質的な統治を行うこともある。
それを聞いて彼女は、安堵したような表情を見せた。
「……そう……私はじゃあ……領主で貴族という立場を保てるのね……」
「ああ。どっちにしろ、このままじゃあんたも破産して貴族の地位を追われるだろ? ……後は俺に任せてくれないか?」
俺の提案を聞いて、少しだけ彼女は落ち着いたのか苦笑してみた。
「あなた……人間なのよね? ……私たち吸血鬼が、地位にこだわることをおかしいと思わないの?」
「んなこと言ったら、人間のほうがよっぽどおかしい種族だからな。俺たちほど『復讐』や『他人の不幸』が好きな種族っていないだろ?」
「……フフフ、確かにそうね」
そういって彼女はようやく笑顔を見せてくれた。
どうやら、俺の前にこの世界に来ていた人間も、相当な変わり者だったのだろう。
そして俺は最後に尋ねた。
「後、もう一つだけ……これは提案じゃなくてお願いなんだけどさ……」
「なによ?」
「今度……また、一緒に踊ってくれないか? ……あんたと踊れたのは楽しかった。これだけは嘘じゃないからさ。もちろん今度は貴族としてじゃなくて……友人としてさ」
彼女はそのお願いに対して、俺の胸にどす……と拳を当てながら答える。
「ええ……踊ってあげるわ……私も、その……私だって……楽しかったんですもの……」
……こうして俺は、この領地を統治する騎士となった。
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