3-3 領主編 どうやら妖怪たちは異常なほど強いと思われています
それから数日が経過し、貴族会が終了した。
結局蛇骨婆達の根回しがあったこともあり、ナーリの意見が通り、救貧センターは段階的に廃止することが決まった。
「いやあ、言いたいことを言ってくれるものがいると助かりますなあ。野蛮な妖怪どもは私らと違い思慮を持たぬが、そこがいいところもあるということですな」
「ま、あれは短命種ならではというところですな。我ら吸血鬼は未来を見据えて生きるが、彼らは今に生きているのでしょうな! はっはっは!」
これについて多くの貴族たちは、本心では運営費のひっ迫に対して不満を持っていたため、意外なほど多くの人が賛同していた。
無論その会話の中には自身ら長命種に関する特権意識や妖怪たちに対する見下しの意識は見られたが、下手に同族である吸血鬼やリッチーに提案されるよりは、却って受け入れやすかったようだ。
「……くそ……救貧センターの廃止だと? 貴族どもいや、ぬらりひょんめ……」
……だが、今回の貴族会の開催国であり、かつこの救貧センターの運営者でもある『ハイクラー家』の当主『※トイシュ・ハイクラー』はこれに対して不満を持っており、屋敷で頭を抱えていた。ちなみに彼の種族はリッチーである。
(※ラストネーム→ファーストネームの読み方をするのはファスカ家特有の文化である)
執事は彼に対して心配そうに尋ねた。
「やはり……。この救貧センターの廃止案は……我らにとっては厳しいものですな」
「おのれ……ぬらりひょんめ……短命種の分際で……」
彼らハイクラー家は救貧センターの運営を主な事業として行っていた。
貧困者層への食料の提供や住居の世話などを自身が中心になって取り組む代わりに、各地の議会から莫大な運営費を受け取っていた。
要するに現代でいう『貧困ビジネス』だったのだが、この救貧センターの廃止となれば当然その収入もパーになる。
またこれによって『弱者を救うヒーロー』として領民から得ていた尊敬もなくなる。正直、リッチーという種族上、承認欲求の強いトイシュにとってはそのほうが辛いのだろう。
また、救貧センターの廃止による問題はもう一つある。
執事は頭を抱えるようにしながら、書類をパラパラ止め来る。
「……救貧センターがなくなれば、当然職業訓練も廃止されます……。闇魔法なんて正直もう、この世界で学ぶ人はいないですから、今後の財政は……」
「ああ……どうやって生活すればいいんだ……まったく……」
数十年前まで起きていた大規模な戦争が、この大陸で終結した。
無論小さな小競り合いなどは起きているが、それでも『戦いにしか使えない魔法』よりも『戦いにも使えるが日常生活でも使用できる魔法』の需要が大きく上昇した。
特にその中でも脚光を浴びたのは土魔法だった。
以前は『地味』『殺傷力が低い』とバカにされていた属性だったが、農地の掘り起こしや雑草の駆除といった畑仕事に対しては無類の重要性を発揮しており、現在では人気属性になっている。
一方で一気に凋落したのは闇魔法だった。
殺し合いにおいては無類の強さを発揮するが、火をおこすことも出来なければ畑に水をやることも、快適な風を送ることも暗闇を照らすことも出来ない。そのため闇属性は、寧ろ学んでいるだけで『戦いが好きな、ヤバい奴』と思われるありさまだった。
それでも『職業訓練』という名目でこの闇魔法の指導を行い、その使用料を得ていたハイクラー家は、これで収入源を同時に失ったことになる。
「くそ……ぬらりひょんめ……我々ハイクラー家を狙い撃ちするような施策を使って気負って……いっそのこと、奴を消せば……」
だが、そう口にしたところ執事は首を振る。
「いえ……それは難しいかもしれません。奴の手下『月下の雪姫』と『闇の目明し』の噂をご存じですか?」
ちなみにこの二人は「雪女」と「手の目」のことだ。
「ああ……以前話には聞いている。私はその時のパーティには出席しなかったが……」
「彼ら曰く、あの二人は一個師団にも匹敵するような力を持ち、恐るべき秘術を持っているとのことですな……」
先日ガーゴイルが雪女と手の目を相手取ったときの話について、ファスカ家は喧伝の意味も含め、ものすごくオーバーに伝えていた。
それが独り歩きしたこと、さらにハイクラー家周辺には妖怪があまり生息していないこともあり、その噂は極限まで大きくなっていた。
さらに執事は続ける。
「特にあの『妖怪の総大将』ぬらりひょんはもっと恐ろしい相手です。噂では、奴はあの『夜半の魔姫』ファスカ・フリーナに一人で挑み、彼女を降伏させ、隠居させたとのことですから……」
「なに……? あのエインヘリヤルの集団をも撃滅させたフリーナ嬢をか……それで、騎士の地位を得たと……?」
「ええ。彼女もあの男には一目置いている様子ですから、恐らくは事実でしょう……」
また、吸血鬼ファスカ・フリーナはその圧倒的な魔力と怪力から、先の大戦では多大な戦働きをしたことでも知られている。
ただでさえプライドの高い吸血鬼、しかもそれほどの名声を得たものがまさか、
「油断して寝込みを襲われ、はるか格下の人間相手に、手も足もでない状態に持ち込まれました」
なんてことをいうわけがない。
そのため、彼女が多くを語らなかったことにより『妖怪の総大将ぬらりひょん』の幻想は肥大化の一方をたどっていた。
それを聞いて、トイシュは少し悩むような様子を見せた。
「うーむ……。なんとかならないものか……」
「そうですね……。一つ考えがあります」
そういうと、執事は奥にあった棚から一冊の本を取り出した。
「奴は『妖怪の総大将』などと名乗っていますが、その正体は恐らく人間でしょう……」
「人間? 私は詳しく知らないが、どんな種族だ?」
「ええ。やや身体能力に優れる以外は魔法の使えない短命種のエルフといった、取るに足らない存在ですが……。大抵の場合何かしらの『特殊スキル』を携えているようです」
「特殊スキル?」
「はい。そのスキルはなにかしらの超常の力を持つもの……。その力があるからこそ、彼は妖怪の総大将になれたのかと……」
「ふむ……つまり、そのスキルを奪ってしまえば奴らは瓦解するということか?」
「恐らくは……」
そう執事はうなづいた。
妖怪たちは同種族が少ないということもあり、団結することは今までなく、ごく少数のグループを作る程度にとどまっていた。
そんな彼らが一人の「総大将」のもとに集まる自体というのは、非常に珍しいことでもあった。
それを聞いてトイシュは少し考えたのちに、つぶやく。
「ゴルゴン族であれば、奴を問答無用で石化させられるのではないか?」
「いえ……奴の能力が分からないうちに、勝負に出るのは危険でしょう。ひょっとしたら、奴の能力は『反射』の可能性もありますから」
執事はそう慎重論を唱えたが、結果だけ先に言えば、彼らにとって最良の選択は、それであった。
実際には『合法侵入』のスキルしか持たない彼は、ゴルゴンやバジリスクの石化攻撃にはなすすべなく倒されていただろう。
「また『月下の雪姫』らは奴の能力でなく、奴自身に臣従している模様。下手に彼の暗殺を行った場合、最悪は……」
「我らの命はない、ということか……」
「ええ。つまり、奴と同時に妖怪どもを無力化しないとならないということです」
この見解についても間違っている。
確かに雪女や手の目の実力は高いが、それでも最良の状況で戦って、一個中隊程度のものに過ぎない。妖怪全員の戦力を合わせても、多く見積もって一個大隊程度なので、ハイクラー家の国力であれば力押しで殲滅できる。
だが、プライドの高い吸血鬼が必要な情報を流さず、逆に不要な情報を肥大化して伝えたことが、皮肉なほどに彼らに対する足かせになっている。
そんな風に話していると、一人の女性が横から現れ甲高い声で叫んだ。
種族はキキーモラだ。
「それであれば、私にお任せいただけますか?」
「ほう? お前は確か……」
「私の能力であれば……奴の力を逆に利用し、そして厄介な手下どもの寝首を書いてやることが出来るはずです」
自信満々にそうつぶやく女性を見て、トイシュはにやりと笑う。
「そうだな……。お前の『スキル吸収』の力なら……問題ないだろう。だが……」
「ええ。慎重を期して行動するので、トイシュ様にご迷惑はおかけしないよう配慮いたします……」
「奴はまだ、この街に滞在している様子。急げば追いつけるでしょう」
「ええ。……それでは吉報をお待ちしてください」
そういうと、その女性はすっと屋敷を後にした。
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