2-6 実はアカナメの精神年齢は、雪女よりも高いです

「いくぞ!」


そう叫び、ガーゴイルは炎の魔法を雪女に、氷魔法を手の目に向けてきた。

その表情は嬉々としたものだった。やはり『外敵を排除する』というガーゴイルの本領を発揮できるという、めったにないチャンスだからだろう。



「なめないで!」


雪女は周囲に吹雪を巻き起こして火炎を相殺する。

やはり、使用できる魔法を氷一本に絞っている分、魔法の力そのものは彼女のほうが上なのだろう。



「こんなの当たるか!」



手の目はフットワークの要領で、氷のつぶてをかわす。

そのまま、ガーゴイルの懐に踏み込んで両手を大きく上下に広げる独特の構えを見せた。



「ほう……妖怪らしい構えだ……」



ガーゴイルはそうつぶやく。

手の目は、左右の目が違うところにあり、それぞれが別の像を見ることが出来る。

そんな彼のスキルを最大限利用した構えだろう。あれなら突きも蹴りもどちらにも対処が出来る。



「でりゃ!」


そしてアウトレンジから相手の隙を突く強烈な足技が彼の得意技だ。



……だが。



「お前たちこそ、私をなめるな!」



ガーゴイルは手の目の鋭い蹴りをあっさりかわしながら踏み込み、手の目の両腕をがっしり掴むと、背負い投げに似た動作で雪女に向けて投げつける。


……そう、手の目のスキルはいいところばかりではない。

腕を掴まれてしまうと、攻撃手段だけでなく視界まで奪われるという欠点がある。



「ぐは……!」

「大丈夫、手の目?」

「ああ……すまない、姉御……」


雪女は吹雪の展開をいったん停止して手の目を受け止めた。

そしてガーゴイルの男は腰の件を抜いて、まっすぐ構えた。



「なるほど、さすがは妖怪といったところか……。だが……私はファスカ家一の剣士……殺しはせぬが……痛い目にはあってもらうぞ!!」

「危ない、姉御!」


そういうと、神速の飛び込み突きを手の目はかろうじてかわす。

視野が広いだけでなく、手を顔の前に出す独特の構えだからこそ、一瞬早く反応が出来たのだろう。



「ほう……今の突きをかわすとはな……楽しませてもらえそうだ……」



その突きをかわされたガーゴイルは、ますます嬉しそうな表情になりながらレイピアをひゅんひゅんと振るう。


それを見た手の目と雪女は一本だたらにつぶやく。



「ねえ……。一本だたら? 合図したら、ぬらりひょんを……」

「うん……」

「手の目、あなたも手伝って?」

「分かってますよ、姉御」



そうつぶやいていたが、俺は何を言ったのか聞き取ることは出来なかった。




そして一瞬ののち。


「いくぞ、ガーゴイル!」


手の目は今度は、壁に向けて飛び上がり、三角飛びの要領でガーゴイルにとびかかる。

ジャンプ中も視点を一点に固定できるため、人間のそれよりも正確に相手を狙える。

これは手の目の特性を利用した技だ。


「く……」


手の目のブーツには金属板が仕込んでいるのだろう、ガーゴイルにレイピアで受けられるが、ブーツ自体はびくともしない。



……そしてその隙に、


「今よ! 走って!」



そういって雪女は地面を凍らせた。

その氷は遠くのファスカ家の玄関先まで続いている。


「おい、まさか……!」

「うん! ごめん、ちょっとつかまって!」



そういうが早いか、一本だたらは俺をがっしりと掴み、ぴょんぴょんと氷の上を滑るように走る。



……これは彼のスキル『雪道走り』だ。一本だたらは雪や氷の上だと移動速度が倍加する。

俺は一瞬で屋敷の外まで連れ出された。



「くそ……待て、ぬらりひょん!」

「おっと……お前の相手は……」

「私たちよ!」


そう聞こえる3人の声がどんどん小さくなっていく。

……これが意味することはわかっている。



俺は彼に叫んだ。


「待てよ、まだ雪女が……!」

「わかってる! けど、ぬらりひょんさんが捕まっちゃダメだから! 先に逃げて!」

「ダメだ、あいつを放っておけない!」

「僕は、お姉ちゃんに頼まれたんだ! ぬらりひょんさんだけは逃がしてって!」



そういうと一本だたらはがっしりと俺の体を掴んだ。



「くそ……くそ……!」



そのまま俺は一本だたらに連れられて、砦まで帰還した。

追撃はない。恐らく振り切ったのだろう。




……だが、今回の失態は、全部俺のせいだ。

いつも俺のために料理や家事をしてくれた雪女たちに恩返しをしたいと思い。一方で自身が『総大将』だったのに何も総大将らしいことを出来なかったことへの焦り。


そして何より『合法侵入』のスキルを過信した慢心が、みんなを危険にさらしてしまった。



(無事でいてくれよ、頼むから……)



そう思いながら、俺は砦の一室で祈り続けていた。





そして、時間は経過し翌日の夕方になった。



「……まだか……まだ、帰ってこないのか……」


だが、雪女と手の目は一向に帰ってくる気配はなかった。



「くそ……俺のせいで……俺のせいだ……!」



俺の頭は雪女のことでいっぱいだった。

俺のせいで彼女を危険にさらしてしまった。そして、彼女をおいて俺は一本だたらとともに逃げてしまった。


食事も手につかず、ひたすら彼女の無事を祈るだけだった。

……そんな時。



「ん? はは……うっひゃひゃひゃひゃひゃ!」


誰かが後ろから、俺の背中に舌を入れて嘗め回すものがいた。

……まあ、誰かは考えるまでもない。



「ぬらりひょん様~? 元気出してくださいよ~?」


アカナメだ。

彼女は能天気な表情でそう答える。



「あ~、やっぱりぬらりひょん様の垢って最高~? 雪女ちゃんがいる時には、舐めさせてもらえない場所を舐めちゃいますね?」

「は……わっひゃひゃひゃひゃ!」

「う~ん、おいしい~!」



そういうとアカナメは犬がやるように、俺の顔をべろべろと嘗め回す。


「う、うっひゃひゃひゃ! ……ち……ちょっと待てよ!」


だが、俺は思わず彼女を引きはがした。

アカナメはまだ嘗めたりなさそうに不満げな表情を見せる。



「もう、なにするんですか?」

「俺はさ……あいつが……雪女が心配でしょうがないんだよ。……頼むから、そっとしておいてくれないか?」


だがアカナメはあっけらかんとした表情で答える。



「何言ってるんですか? ……雪女ちゃんも手の目兄ちゃんも強いんですから! 心配しないでいいですよ!」

「……けど、それでも……」


そうぐずぐず言っていると彼女は、俺の肩に腕を回してきた。

そして、




「それともぬらりひょんさんは……雪女ちゃんや手の目兄ちゃんの力を信用していないんですか? ひょっとして、二人の判断が間違っていたっていうんですか?」




突然、アカナメはまじめな口調でまっすぐ俺を見つめて尋ねてきた。

普段のくるくるパーな行動しかしない彼女の言動とのギャップに、俺は思わずぞくりとした。



「雪女ちゃんは、頭いいんですよ? 自分たちが捕まったら、ぬらりひょん様や私たちに迷惑をかけることくらい、わかってます。そんなことも考えないで、ぬらりひょん様と一本だたら君を逃がすと思ってるんですか?」



「そうだな……俺は……」


だが、彼女のいうことももっともだ。

俺は妖怪の総大将だ。


……なら、部下である二人の判断を信じないと行けない。



「……そ、そうだな……ありがとう、アカナメ?」

「えへへ、わかってくれたらいいんですよ? ……それじゃ、続きしましょっか?」



そういうと、アカナメはいつものおちゃらけた表情に戻ると、またべろべろと俺の体を嘗め回してきた。



「あっははははは! ひーひひっひ!」



……だが、今度は俺は彼女の行動を止めなかった。

彼女の言う通り、俺は雪女たちのことを信じてやれていなかった。

少なくとも、今は彼女の帰りを落ち着いて待つべきだ。


そのことに気づかされてくれた、せめてもの礼のつもりだからだ。

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