2-5 ぬらりひょんは『合法侵入』を過信してしまった模様です
「じゃあ、行ってくるよ」
「本当に大丈夫? お兄ちゃん……」
俺は蛇骨婆と別れた後、件の吸血鬼ファスカ・フリーナの住む屋敷に足を運ぶことにした。
むろん今回は単なる偵察のつもりだが、あわよくば今回印章を奪還できればとも考えている。
むろん、万一失敗したときのため、スネコスリは街の入り口で別れはしたが。
(こいつが成功したら、俺はこの領地一帯の妖怪を仲間に入れられるかもな……)
もしそうすれば、手の目や雪女たちはすごい驚いてくれるだろう。
そんな風に都合のいいことを考えながら、俺は街にある大きな屋敷に到着した。
(ここか……)
見たところかなり大きな屋敷だ。
だが玄関側は丁寧に整備されている一方で、家の裏はかなり外壁にひびが入っており、お世辞にも管理が行き届いているとは言えない。
「ん? ああ、いらっしゃい……」
そんな風に、ロバの足を鳴らしながら庭を掃除するメイド服を来た女性が愛想笑いを浮かべてきた。
彼女の種族はエンプーサだ。
やはりサテュロス同様、妖怪ほどではないが不遇な扱いを受けていると聞いている。見た感じ、動物の身体を持つ種族は冷遇される傾向にあるように感じた。
……彼女のメイド服はパーラーメイドが着るような豪華な装いで、ロングスカートの裾しか汚れていない。
そのため彼女の身分は、※ステップ・ガールであることは想像がついた。
(※簡単に言うと『うちはメイドを雇ってるのよ!』と誇示するために週に一度雇われている女性)
「見ない顔ね、あなた。何しに来たの?」
俺はすでに『合法侵入』のスキルを発動している。
そのため、彼女には単なる『普通の顔をしたモブ』に見えているらしく、特に怪しむ様子は見せてこなかった。
「ああ、クリーニングする衣服がないか聞きに来たんだ」
この世界では、すでにクリーニング業が一般に浸透しているため、大きな屋敷であれば、その身分を伝えればまず怪しまれることはない。
実際彼女も、それを聞いて少しため息をつきながらもついてくるように指示をした。
「あっそ。けどさ。フリーナさんって貧乏だし、衣服とか出さないと思うよ? それでもいいなら、入んなよ」
……口ぶりから見ても、彼女はメイドとしての教育を受けていないことがわかった。
だが、彼女のようなものに『貧乏』と言われてまで、体面を取り繕おうとするのは見栄っ張りの吸血鬼らしい。
そう思いながら俺は玄関に上がる。
「……メイドから話は聞いた。ようこそ、我が屋敷へ……」
玄関先で俺は、そんな風につぶやく執事風の男に出くわした。
彼の種族は恐らくガーゴイルだ。
だが、俺の『合法侵入』の効果が発動しているおかげだろう、人間の俺が特に怪しまれる様子はなかった。
「それでそなたは、いったい何の用だ?」
「ええ、うちは衣服のクリーニングをやっていましてね。何か洗濯できるものがあったら格安でやっているんですよ」
「格安? ほう……」
そういうと、その執事の男は『格安』という言葉に反応した。
やはり、ここの領主ファスカ家の財政はひっ迫しているんだろう。
「……衣服の洗濯屋か……うちにはすでに、得意先があるが……乗り換えの相談ということだな?」
「そうなりますね」
「ちなみに、それにかかわる対価はいかほどだ?」
「ええ、これくらいです」
俺はそういって相場よりもかなり安い額を提示した。
……ちなみに、本当に衣服を受け取ることになっても、実は問題ない。
というのも、うちの砦に住む妖怪『一本だたら』が洗濯を生業にしているからだ。彼は大きな足をしているので、足踏みでの洗濯が非常に早いと自慢していた。
「……悪くないな……」
俺の提示した額を見て、その執事は興味深そうにうなづく。
この調子なら、部屋に上がり込むのは楽勝だろう、そう俺は高をくくっていた。
「しかし、この値段でそなたは本当に良いのか?」
「ええ。開店セールなので。……もちろん衣服を屋敷から運び出すのもやりますよ?」
基本的にクリーニング屋に出す衣服は、玄関先に集めてもらうのが普通だ。
だが、中には俺のように部屋に入り込み、衣服を集める業者も多い。
そのため俺の発言は別におかしなものではない。……今の防犯意識では少々考えられないことだが。
「なるほど……。悪い話ではないな。……よし、では早速だが一つ頼もう。うちに上がってくれ」
「はい、わかりました!」
そういって俺は、軽く靴の泥を落とした後玄関に上がり込んだ。
すると、執事の男はぽつり、と後ろから質問をしてきた。
「そういえば……貴様の名前は何というのだ?」
「え? 俺は……ナーリですけど?」
そう俺は答えた。
『合法侵入』の魔法がかかっている途中に名乗った名前は、スキルを解除した時点で相手に忘れられるため、※本名を守っても問題ない。
(※メタ的には、偽名を使うと誰が『ナーリ・フォン』か読者がわかりにくくなるためです)
「ほう、ナーリというのか。いい名だな。この町に住んで長いのか?」
「ええ、もう10年くらいですね、ようやくクリーニング屋を開店したんです」
実際には俺は転移してまだ1カ月くらいしかたっていない。
だが、この町に住んで長いとでも言っておけば、伝統を大事にする吸血鬼は喜ぶだろう、そう思って俺は答えた。
すると執事の男がハハハ、と笑った後にまた尋ねてきた。
「なるほど、それは苦労したのだな。それで、もう一つ聞きたいのだが……」
「え……?」
俺はその瞬間、背後にいた彼からすさまじい殺気を感じた。
……俺が恐る恐る振り返ると、男は剣を抜き、こちらに向けていた。
「なぜ、我がファスカ家の屋敷に入ろうとするのだ? ……侵入者が……」
「な……ど、どうして……」
「どうして、かだと? ……フン、教えてやろう」
実際には教えるメリットはないのだが、わざわざその男はニヤリと笑って口を開く。
「我らファスカ家に上がる時には土足ではなく、靴を脱ぐのが常識だ。……これは、この町に住むものなら皆知っているはずだ……」
「なに!?」
そういえば、うちの妖怪たちも砦の中でくつろぐときには靴を脱いでいた。
『屋内で靴を脱ぐ文化』が日本にあるのは俺もアニメで見知っている。
だからこそ、あれは『妖怪の特性』だと思っていたが、まさかこの家が由来のマナーだったことは知らなかった。
日本妖怪=文化も日本という安易な結びつきだけで、彼らの行動に疑問を持たなかった俺は自身の落ち度に気がついた。
「フン、ぼろを出したな。貴様は……む……初めて見る種族だな……まあいい」
俺が思わず驚きの声をあげたことで、完全に『合法侵入』が解けたのだろう。
男はつづけた。
「……そして、屋敷で名を聞かれた時には『二つ名』を名乗るのが常識だ。そんなことも知らぬとすれば、貴様はよそ者……そして侵入者だと合点がいくのだよ!」
しまった……吸血鬼は、格式をとても大事にする種族だ。
当然厳正なマナーもあり、それを破るものなどこの町にはいない。……ということだったのだ。
「さあ、貴様の目的を教えてもらおうか? さもなくば、痛い目を見てもらうぞ……ククククク……?」
そんな風に言う男の目は、先ほどまでの冷静で高圧的な態度とは打って変わって、恍惚としていた。
……ガーゴイルは、その特性上『外敵の侵入を阻む』ことに喜びを持つ。
しかも今回は、丁寧に偽装してきた相手の正体を看破できたのだ。
男は自身の『名探偵』っぷりに酔いしれているのが見ただけでもわかる。
「くそ……」
「さあ、まずはこっちに来てもらおう……ぐは!」
ここまでか。
そう俺は覚悟したが、男の体が急にぐらり、とかしいだ。
「くそ……何者、だ……!」
彼の言葉に俺も振り返るとそこには、
「ったく……。いくらあなたのスキルでも、ファスカ流の礼法を知らないで、侵入できるわけがないわよ……?」
「危ないところだったな。……悪いけど、うちの総大将は返してもらうぜ?」
「うん……まだ、フリーナ領主は戻ってきていないから……逃げるなら、今だよ?」
「みんな……来てくれたのか?」
俺の妖怪仲間たちが、そこに立っていた。
来てくれたのは、雪女を中心に、手の目と一本だたらの3名だった。
手の目はふう、と息を落ち着けて答える。
「ああ、スネコスリに聞いて、心配になって追いかけてきたんだ。……ギリギリセーフだったようだな」
先ほどの一撃は、手の目の後ろ蹴りだったのだろう、ガーゴイルの背中には大きな足跡が付いていた。
そして彼らの発言を聞いて、ガーゴイルは俺をにらみつけてきた。
俺を見る目が『不審者』から『外敵』に変わったのがわかった。
「なるほど……貴様が……最近街で噂になっている『妖怪の総大将』ぬらりひょんということか……味な真似をするじゃないか……」
……いつのまに誰が、俺のことを『妖怪の総大将』だって喧伝したんだ?
そう思っていると、雪女が俺の体をぐい、と引き寄せた。
「そうよ。彼は私たちのリーダー。私のことを誰よりも大切に思ってくれているのよ? 彼は私が守るの……。もし傷つけるようなら、容赦しないわよ……?」
俺のことを右手で抱きしめながら、ガーゴイルに対して雪女は啖呵を切りながら、手に氷の魔力を蓄える。
その様子を見ながら手の目は、
「まあまあ、二人とも落ち着いて。……ガーゴイルのおっさん。……俺たちを見逃してくれないか? ほら、この通り!」
そういって賄賂とばかりに銀貨を何枚か彼に手渡そうとした。
……が。
「いるか! 我ら『誇り高き門の護り手』であるガーゴイルを買収できるなどと思うな! まして、貴様ら薄汚い妖怪どもの施しなど受けるか!」
そういってバシッと銀貨を弾き飛ばす。
「く……じゃあ、見逃してくれるってわけには……」
手の目は苦々しい表情をしながらも、こぶしを握った。
「いかないな。……妖怪ども……お前たちはここから一人も逃がさん!」
そういうと、男は炎と氷の魔法を両腕にそれぞれ展開してきた。
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