2-4 いいか、炎と氷魔法を同時に使える日本妖怪だっているんだ!

「なんだ、あいつは……」

「吸血鬼のファスカ・フリーナ。うちの領主様だよ……」



そう答えるスネコスリの表情は、あまり明るくない。

彼女のことを快く思っていないのは明らかだ。



「あら……見ない顔ね。……ってあなた、人間じゃない? 見るのは100年ぶりくらいかしら?」


そういうと彼女は高慢そうな表情で尋ねる。

……こいつ、自分の種族が一番偉いと思ってやがるな。



「人間って確か、何かしらの『固有スキル』を持ってるのよね? ……有用なスキルなら、私のところで雇ってあげてもよろしくてよ? あなたのスキルってどんなものかしら?」



いきなりそれを訊いてくるか。

俺のスキル『合法侵入』は、顔バレさえしなければ、身分を怪しまれないというものだ。



相手から見て、顔と名前が一致する身分(例えば親兄弟は、その代表だ)を名乗ることが出来ないうえ、合言葉を用いるなどの手段でもあっさり対策される、正直『ゴミスキル』だ。



彼女のように、身分を誇示すればどこにでも入れる権力者が持っても、ほとんどメリットはないだろう。


……それ以前に、俺はわざわざ彼女のようなむかつく奴に自分のスキルについて丁寧に説明する気にはなれなかった。



「いや、俺は……妖怪の総大将だからな。誰かの部下になる気はないよ」



それを聞くと、彼女は嘲るような笑みを浮かべて答えてきた。



「総大将? あなたが……? きゃはははは! こんなバカたちの上に立つなんて、人間って本当にもの好きね!」

「こりゃ、ワシはまだおぬしの部下になるなんて言っとらんぞ?」



蛇骨婆も、俺に対してたしなめるような口調で答えてきた。

一応紹介状には俺が『妖怪の総大将』だと書かれていたのだろうが、これは、俺たち砦の面々が勝手に名乗っているだけだ。


領主はひとしきりバカにした後、蛇骨婆に向き直る。



「はあ……。まあ、いいわ。あんたに会いに来たわけじゃないし。今日はまた、楽しいお話をしに来たのよ。……ところで、領主である私にお茶くらい出せないの? それとも貧乏なあなたには、茶葉も買えないのかしら?」

「ちっ……」



気に入らない相手だが、貧乏だと舐められるのはもっと気に入らないのだろう。

悪態をつきながらも、蛇骨婆は部下に指示をして茶を持ってきた。



「ほれ……。それを飲んだらとっとと出ていくがいい」



妖怪は一部の種族を除いて茶を飲まないが、来客用の茶についてはきちんと用意している場合が多い。また、彼らは※砂糖を抜いたグリーン・ティーのようなものを好むという、独特の習慣を持っている。


(※要は日本でよく飲まれる緑茶のことである。ナーリは母国で飲んだことがない)


彼女は茶を受け取りながら、給仕をしてくれた鳥妖怪に嫌味たっぷりに笑みを浮かべる。



「ありがとうね、『ばあさん』さん?」

「……私の名前は『波山(ばさん)』です。皮肉めいた敬称も不要です。何度も間違えないでください……」

「はいはい。それじゃ、話を始めましょうか……」



そういうと、彼女は一枚の羊皮紙を取り出した。

見ると、どうやら『養鶏事業の譲渡』という内容だというのがわかる。



「単刀直入にいうわ。あなたの養鶏事業を譲りなさい。これだけの金を出してあげるわ?」


だが、その金額は市場の知識に疎い俺でも少ないことは一瞬でわかった。

当然蛇骨婆は首を振る。



「やはり、その話か。……そんなははした金で、ワシの最後の生命線を渡せるか!」

「あら……。けど、今の鶏卵の市場価格は知っているでしょう? あなたがこのまま鶏を育てても、いずれは破産するわよ?」



そう彼女はニヤニヤと笑う。

……この地域では、露骨に鶏卵と鶏肉の金額だけ安くなっていた。


最初は『養鶏が盛んだから』だと思っていたが、実際には、この領地ではさほど鶏を育てていない。つまり領主である彼女が、蛇骨婆を困窮させるために介入しているのは、このやり取りでわかった。


蛇骨婆は激昂して答える。



「ふざけるでない! お前が市場価格を操作しているのじゃろう? そんなこともわからんワシだと思うてか!」

「あら、仮にそうだとして、あなたに何ができるのかしら? それに私は、貧しい民にも健康で美味しい卵とお肉を食べてもらうために、値段を下げているだけなのよ?」



そう彼女は言うが、それが詭弁であるのは態度からも明らかだ。

また、仮にこれが事実だとしても、決まったものしか食べない妖怪たちにとっては、何のメリットもない。



……つまりこれは、純粋に蛇骨婆、ひいてはそこで働く妖怪たちに対する嫌がらせなのだ。



「フン……貴様の魂胆などお見通しよ……」



蛇骨婆は憤怒の表情でつぶやく。……よく見ると、両サイドにいる赤と青の蛇もあからさまに怒りを蓄えている表情だ。



「貴様は……ワシから魔法だけでなく……この仕事まで奪うつもりか?」

「魔法? ……ああ、あれね? あの魔法はもともと、私たちが編み出したものよ? ……そんなこと言うから、あなたは『パクリ婆』って言われるのよ!」

「……!」



その一言で、彼女はもとより両サイドの蛇たちが怒りとともにその首を彼女に向ける。



「待て! よさんか、二匹とも!」



だがその蛇たちは彼女が止めるのも聞かずに、炎と氷のブレスを彼女に向け、放つ。

ごおおおお……というすさまじい音とともに放たれた炎と冷気。


……だが、



「まったく……ペットの指導も出来ないなんて、さすが『パクリ婆』ね?」



彼女は左手で炎魔法、右手で氷魔法を使って無効化した。彼女も同様の魔法が使えるのだろう。





そしてこの場ではこれ以上の交渉は無意味と悟ったのだろう、彼女はフンと鼻を鳴らした。



「まあ、そっちがそのつもりならいいわ。……せいぜい、無駄に悪あがきした後、国を出ていくといいわ?」


そういうと彼女は、霧になって消えていった。





「だ、大丈夫、お婆ちゃん……?」


そして彼女がそこから去ったあと、スネコスリは心配そうに蛇骨婆に尋ねる。



「ああ。……見苦しいところを見せたな。……あの領主様は……ワシのことがよっぽど気に入らんのじゃろうな……」

「それにしても、あそこまでするのは……何かあったのか?」

「ああ。……たぶん奴は、ワシが怖いのじゃろうな……」



そう言いながら彼女は赤と青の蛇をなでながら答える。



「こやつらは生き物に見えるが、ワシの自我の延長じゃ。……つまり、ワシは炎の魔法と氷の魔法を同時に操れるのじゃよ」

「え? ……けど、その魔法なら領主様もやっていなかった? それに最近はその魔法を使う人、いっぱいいるけど」



スネコスリは不思議そうに尋ねると、蛇骨婆はふう、と少し疲れたような表情で答える。



「この『炎冷両立』の魔法は、学校の授業に取り入れられておるからの。じゃが、この術式は……ワシが最初に発案して、魔法庁に登録したのじゃよ」



この世界では、魔法というものは一種の特許に近い。

そのため、魔法を編み出したものは学校などで指導されるたびに、登録者に金銭が振り込まれる制度だ。


だが、その話を聞いてスネコスリは疑問の表情を浮かべる。



「あれ? それじゃあなんで、お婆ちゃんはお金がもらえてないの?」

「……それはな。あの小娘が……ワシの屋敷から印章を盗み、登録証を改ざんしたからじゃ」

「ええ? 印章を?」



この世界の印章は特殊な魔法がかかっており、偽造は出来ない。

……だが、印章自体を盗まれてしまってはなんの意味もないのだ。



「あやつらは霧になって侵入できるからの。……ワシが持っていた印章を盗んで『炎冷両立の魔法の登録者は、私だ』と魔法庁に言ったのじゃよ」

「それじゃ、つまり……」


「魔法庁の奴らは、妖怪のワシより吸血鬼のいうことを信用するものじゃ。……つまり奴の家族が領主になれたのも、ワシの魔法の使用料によるところが大きい」

「酷いじゃない! そんなのってないよ!」



思わずそうスネコスリは頭から湯気が出るんじゃないかという勢いで、そう叫ぶ。


「ああ。……いつかワシが、その登録証を奪い返すんじゃないかと心配なんじゃろうな、奴は。……じゃから、こうやって嫌がらせをして、ワシらを領地から追い出そうとしているのじゃ」

「……そいうだったのか……」



俺が彼女の立場なら、正直なところ蛇骨婆を殺して口封じする。

だが、それを行わないのは彼女たちが吸血鬼だからだろう。



彼女たち吸血鬼は、プライドを命より何百倍も大事にする種族だ。

そのため、万一にも『妖怪ごときを恐れて、暗殺した臆病者』なんて噂を立てられるのを嫌って、こんな回りくどいやり方をするのだと考えられた。


彼女が『パクリ婆』というあだ名で呼ばれるのも、彼女が『炎冷両立の魔法の発案者』であるという主張が嘘であると思わせ、同時に彼女の居心地を悪くさせ、国から追い出すためにために仕向けたものだろう。





だが、そんな風に俺たちが話をしていると、彼女の部下たちも口々に領主の悪口をいいはじめた。



「ったく、あのクソ女が! あたしより年上な癖に、あたしのことを『ばあさん』何て呼びやがって!」

「血を吸う種族がそんなに偉いってのか! ワシら『野衾(のぶすま)』だって血くらい吸うわい、タコが!」



そんな部下たちを蛇骨婆は制しながらも、申し訳なさそうな表情をした。



「ま、まあ……とにかくじゃ。そんなワシに残された最後の事業である養鶏の仕事を守らねばならん。……状況は厳しいが、おぬしらに力を貸せんな」



そういわれて、俺はぽつり、と尋ねた。



「そうか……。ちなみに、俺がその印章を取り返したなら……鶏を分けてもらうことは出来るってことか?」



そういうと蛇骨婆は、力なく笑う。



「ハハハ……出来るわけなかろう。吸血鬼という種族は、モンスターの中でもひときわ強力な魔力を持つ。それだけならまだしも、彼女の眷属たちも強敵じゃ。力でぶつかって、どうこうなるものじゃない」



やはりこの世界でも、吸血鬼は驚異的な種族のようだ。

彼女が領主の立場になれたのも、単に印章を奪ったからだけではなく、その圧倒的な戦闘能力によるところも大きいのだろう。



「かもな。……だから、たとえばの話だよ」


まだ、印章の奪還を行えると決まったわけじゃない。俺はそう訂正すると、蛇骨婆は苦笑しながら答える。



「そうじゃな……。もしもそれをやってくれるなら……ワシはお主の部下になってもよい。鶏はむろん、この養鶏場を部下ごとお主にやってもよいくらいじゃな」


「ああ、あのクソ領主に一泡吹かせてくれる人なら、喜んであんたの部下になるよ!」

「ワシもだ! 前から気に入らなかったからな、あの小娘は!」



彼女の発言に、部下の波山や野衾たちも呼応して答える。




「そうか……。わかった」



確かに真っ向からぶつかり合ったら、彼女らには勝つ見込みはないだろう。

だが、戦いの基本は『相手よりも勝てること』を一つでも探すことだ。



確かに吸血鬼は霧になって忍び込むという強力なスキルを持つ。だが『潜入能力』で比べれば、『合法侵入』のスキルを持つ俺は決してあの吸血鬼に引けを取らないはずだ。


このスキルは確かに弱いが、こと潜入やアイテムの奪取にかけては恐らく最強だ。

そう思い、俺は養鶏場を後にした。




……この時の俺は、自分のスキルを過信していたのだと、後になって痛感したのだが。

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