1-3 サテュロスは身内には優しい性格のようです

そして夜。

何とか体力も回復した俺は、アカナメと一緒に敵の住む砦の前の茂みに身を潜めた。


「準備はいいか?」


俺は小声でアカナメに尋ねた。



「え? すみません、聞こえなかったので、もう一度お願いします」

「だから、準備はいいかって……うわ!」


俺が彼女に顔を近づけたとたん、また顔を舐めてきた。

これが狙いだったか。



「いひひ、緊張してますね? 美味しい垢がついてますよ?」

「当たり前だ! ……サテュロスに見つかったらどうすんだよ、馬鹿!」

「すみません……けど、ぬらりひょん様なら、あいつらに狙われても、バーっといってわーってやれば何とかなりますよね?」



擬音だけで物事を表現されるのはどうも苦手だ。

……にしてもこのアカナメは、俺を怪物か何かだと思ってないか?



「馬鹿言うな。俺たち人間は貧弱なんだ。妖怪やあんな化け物相手じゃ勝てねえよ」

「え? じゃあこのお酒、なんに使うんですか?」

「……逆になんに使うんだと思ってたんだよ……」

「……そりゃ、やっぱ殴りこみのための景気づけ?」



確かに、昔の戦場では恐怖心をごまかすために酒をふるまう軍もあったと聞く。

……だが、とうぜんそんなことに使うために大量の酒を用意したわけじゃない。

というか、ちゃんと作戦を説明した気がするんだけどなあ……。



「はあ……。もういい。俺が合図するまで、そこで何もするなよ?」

「はい!」


返事だけはいいアカナメをおいて、俺は荷車を引きながら砦に向かっていった。



「ん? ……なんだお前?」


砦の前にいた見張りが、そう腕を組みながら怪訝そうな表情で俺を呼び止めた。

……落ち着け、サテュロスたちは宴会好きな種族だ。だから、こういえば通るはずだ。




「へへへ、俺たちは最近隣町にアジトを構えた山賊でしてね。今後のことを考えてご挨拶と思いまして」




山賊行為をするようなものは、常に軍隊の陰におびえている。だからこそ、山賊同士が協力して対抗しようとする場面も多い。

そのため、このように近隣の山賊グループ同士が交流するような場面は決して珍しいものではない。


男は俺の発言よりも後ろの荷車に興味を持ったらしく、尋ねてきた。


「ほう、それでそこにある酒はなんだ?」

「ええ。先日キャラバンを襲ったら、そこがちょうど酒の行商人だったんですよ! それで、皆さんに楽しんでいただこうと思ったんです」

「……なるほど……」


そういうと、その見張りの男は顔をほころばせながら門を開けてくれた。



「話がわかるじゃないか! せっかくだ、お前も一緒に来いよ? ちょうどいい奴隷が入ったおかげで、つまみもそろってんだ!」

「奴隷……ですか?」

「おっと、このことは秘密な。……いわゆる『違法奴隷』だからな」



『違法奴隷』とは要するに正規の手続きを踏んで購入しなかった奴隷のことだ。

この世界では奴隷の購入自体のルールは厳格に定められているため、貧乏人は奴隷を買うことは出来ない。


その『違法奴隷』たちこそが、アカナメの言っていた雪女やスネコスリなのだろう。


……もし彼らが彼女たちにひどい扱いをしていたら、俺は許せない。だがここは、落ち着いた態度を見せて尋ねる。



「ええ、それじゃあ入らせていただきますね」


そういって俺は砦の中に入った。




「おい、てめえ! イカサマしただろ!」

「知らねえよ、見てねえほうが悪いんだろ?」

「じゃあ次は俺が歌うぜ! ら~ら~ら~!」

「ぎゃははは! あんたって本当に音痴だねえ!」


砦の中にいた山賊は10名ほどで、若年男性の比率がやや高い印象を受ける。


どうやら彼らはギャンブルや歌に精を出しているようだ。

……だが、そこに奴隷たちはいなかった。


俺は砦の中央にあった、粗末な掘っ立て小屋に案内された。


「お頭はここだ。宴会の前に挨拶だけはしておきな」

「ああ」


そういって俺は小屋に入った。




「すみません、挨拶に伺ったものですが……」

「部下から話は聞いた。てめえがご近所さんってことか……」



小屋にいたのは、サテュロスの中でもひときわ大きい怪物だった。

手には鎖を握っており、そして妖怪『スネコスリ』がつながれている。


(間違いない、こいつだ……)


俺はそう心の中で思った。

彼は先日、俺をぼこぼこに殴ってきたサテュロスだ。


この『合法侵入』は一度侵入さえしてしまえば、顔見知りが相手でも、その地位と立場で扱ってくれる。


そのため、余計なことをしなければ俺は『以前あった人間』ではなく『最近隣に住みついた盗賊団の団員』でいられる。



「……いらっしゃいませ……」


そういいながら彼女はおびえるような目で俺に対して茶を出してきた。

当然彼女も俺の顔を認識できていない。そのため、俺に対しても盗賊と同じような姿に見えているはずだ。


「ああ、ありがとう」


そういって俺はスネコスリから茶を受け取って可能な限りニコニコと笑みを浮かべた。



「あ……」


彼女はその様子に、少し顔を赤らめながらうつむいた。

……よほど、普段人に優しくされていないんだろうな、と俺は少し同情した。



「へへ、いいだろ、その奴隷。こいつ、妖怪だけど雑用にうってつけなんだよな」

「雑用ですか……」

「ああ。買い物に行かせたり、肩を揉ませたりとかな。……しかもこいつは『奉仕』するのも上手でな……」

「奉仕?」



彼女もまた、幼女だが相当に可愛い容姿をしている。

その姿を見て最悪の結果を思い浮かんだが、そのサテュロスは嬉しそうに答えた。




「なんとな! 俺が眠れないときにはな、寝付くまで子守唄を歌ってくれるんだよ!」

「こ、子守唄?」

「それだけじゃねえ、おねしょした部下のシーツも、綺麗に洗ってくれるんだぜ?」




……やばい、一瞬俺、こいつらを『バカ』だと思いかけた。

以前『魔法も使えない癖に偉そうに』とエルフに馬鹿にされたことがあるが、俺の考えはそれと同様だ。


種族によって得意なこと、不得意なことがあるから、俺の常識ではかるのはだめだ。

「自分に出来て相手に出来ないことがある」からと言って、それが相手を見下していい理由には決してならない。



「さっそくだ。お前も『奉仕』されてみろよ? ほら、行け」

「あ、はい……」


そういうとスネコスリは俺の後ろに周り、その小さな手で俺の肩を揉もうとしてくれたが、俺は固辞した。


「あ、いいんですか?」

「ああ、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとうな」

「は、はい……」



その様子を見たお頭は彼女の鎖を引っ張り、愚痴るようにつぶやく。



「ったくよう……。俺も奴隷商人だったらよう……。こいつやあの雪女を売った金で、かわいい嫁さんをもらえたんだろうけどなあ……」

「嫁さん、ねえ……。この子、めちゃくちゃ可愛いのに、お嫁さんにしないんですか?」

「え? か、かわいい? ……それに、お嫁さんって……」



その発言にスネコスリは顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに俺のほうを見た。

……何もそこまで照れなくてもいい気もするが……。




「あん? お前……あれか? 妖怪もいける口なのか? ……さすがに引くわ……」




だが、サテュロスは俺の発言に対してドン引きするような表情を見せてきた。



「うわあ……あたし、そういうの理解できないよ……」

「ああ。話には聞いてたけど、実際に目にするとな……」



隣にいた側近の二人にまで、そういわれてしまい、俺は笑ってごまかすことにした。


「え? ……あはははは……いやあ、よくマニアだって言われます……」



だが、このやりとりで、はっきり確信したことがある。

……この世界に住む西洋モンスター達は、どんな美少女も妖怪というだけで性的対象から外されるのだ。


だからこそ、妖怪に対して『何をしてもいい』という気持ちが生まれ差別を行うとも考えられる。


だが、裏を返せば彼らが、妖怪に対して性的搾取を行っていたようなクズではないことを知り、少しだけ安心した。




……俺の作戦が上手くいったあと、彼らを皆殺しにしなくて済みそうだからだ。




俺はそう思いながらも、ほかにどんな奴隷がいるかも尋ねてみた。

雪女とスネコスリ以外にもいたら、助けてやらないと行けないからだ。



「奴隷は彼女だけですか?」

「え? いや、もう一人捕えたやつがいてな。そいつも便利に使ってるぜ?」

「へ~。どこにいるんですか?」

「ん? ……そんなに気になるのか?」



そこで少し怪訝な表情を見せてきたのを見て、俺は少し自分の行動を反省した。

……確かに、相手目線で見れば「奴隷の居所をやたら聞きたがる盗賊」なんて怪しむ対象でしかない。


これ以上詮索すると正体がバレると思った俺は、先ほどつけられたレッテルを利用してごまかすことにした。



「いえ、その! 俺は妖怪マニアだから、ちょっと見てみたいな~って思っただけです! ……ま、そんなことより酒盛りにしませんか? もうみんな待ちくたびれてますし!」

「……おう、そうだな! お前もゆっくりしていけよ!」



そんな風にそのサテュロスは笑顔で俺の方を叩いて砦の中央に案内してくれた。

……なるほど、身内には優しいタイプか。


「ほら、お前も来いよ! ちゃんとこいつの相手をしろよな?」

「は、はい……きゃあ!」



そう思った瞬間、その男はスネコスリの鎖を強引に引っ張った。

転びそうになったところを俺は思わず抱きとめる。


「だ、大丈夫か?」

「あ、は、はい……ありがとうございます……」



そういって、うるんだ眼を俺に向けながらその手に頬ずりをしてくる。

……やばい、この子超かわいい。妹にいてくれたら最高にかわいがるよなあ……。



「おい、スネコスリ。そいつが気に入ったからってすねをこするなよ? 客人にケガさせたらただじゃおかねえからな?」

「わ、わかりました……」



そういうと彼女は慌てたようにお頭についていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る