1-4 妖怪が美少女に見えているのはナーリだけのようです
「がはははは、お前、面白い奴だな!」
「いやあ、そうですかねえ……ヒヒヒ!」
しばらくして、俺はサテュロスたちのメンバーと楽しく酒盛りをやっていた。
ちなみにつまみは、彼らが大事にとっておいた冷凍の魚をルイベにして出してくれた。
……頭の悪そうな連中のわりに意外と芸が細かい。
俺は一瞬演技を忘れて、思わず舌鼓を打った。
「それにしても、この魚は旨いっすね? お頭が作ったんですか?」
「おう! 冷凍は雪女の奴にやってもらったんだけどな! 本当、あいつを奴隷に出来てよかったぜ!」
……やはり、彼女も性的対象ではなく『冷蔵庫』として扱われているのだろう。
そう思った俺は、ある意味で安堵しながらうなづいた。
「ほら、こいつに給仕しろよな?」
「は、はい……どうぞ……」
びくびくした様子でスネコスリは俺に対して酒を注いでくれる。
「ああ、ありがとう」
「……は、はい……」
「その……この子にもご飯をあげていいですか?」
俺は机の上に置いてあった手つかずの鶏肉を見て尋ねる。
ついている耳が猫のような形をしているから、きっと彼女は肉食だと思ったためだ。
だが、スネコスリは少し不思議そうな表情をしながら、
「あの……ごめんなさい、私はそれ……食べられなくて……」
「え?」
そう首を振った。
その様子を見たお頭は、不思議そうに答える。
「あん? 何言ってんだよ、お前? 妖怪が俺たち『モンスター』の食べるものなんか食うわけねえじゃんか」
「え?」
それは知らなかった。
また、彼ら西洋の魔物は自分たちのことを『モンスター』と呼んでいることも驚いた。
まあこの世界には『西洋・東洋』なんて概念はないから当然か。エルフなども自分たちを「モンスター」と呼ぶのだろう。
俺が不思議そうにしていると、お頭は親切に教えてくれた。
「基本的に妖怪はよ、決まったものしか食えねえんだよ。精気を吸う奴が多いけど、きゅうりしか食わない奴とかもいるな。あと、わけわかんないものしか食わないやつもいるな」
「へえ、そんな奴がいるんですか……」
確かに、決まったものしか食べない種族は昆虫には多いので、それ自体はおかしなことではない。
(きゅうりか……。俺は嫌いじゃないけど、それだけ食べるってのもなあ……)
日本の妖怪にはあまり俺は詳しくないが『きゅうりしか食べない種族』なんているのを聞いて、面白いと思った。
お頭はさらに、気持ち悪そうな顔をしながら続ける。
「そういやさ。俺が以前逃がしちまった奴にアカナメってのがいるんだけどよ。あいつなんか、俺たちの老廃物を食うんだぜ? ……正直、気持ち悪かったな」
「ああ。全身をべろべろ舐められるなんて、考えただけでぞっとしたよ。正直あいつは、逃がしてよかったな」
そう、周りの連中も嫌そうな表情を見せた。
……うーん……こいつらはどう見ても嘘をつけないタイプの種族だ。
こんな下卑た男たちが『美少女に全身を舐められること』をそこまで嫌悪するのには少し意外に感じた。
やはり、モンスターと俺たちは価値観が違うのだろう。
最初はそう思ったが、俺の頭には別の疑念がよぎった。
(……いや、まさか……おかしいのは俺のほうかもな……)
そう、おかしいのは彼らではなく、俺の方かもしれない。
ひょっとして、異世界転移をした際に『妖怪が可愛く見える』ように価値観をいじられている可能性は高い。
(まあ、いいか……可愛く見えることって、デメリットはないし……)
だが俺は、気にしないことにした。
それからしばらく、お頭たちと一緒に酒を酌み交わす。
「それにしてもよ、お前すごい飲みっぷりだな? 見てて気持ちがいいぜ?」
「本当よね。あんた、自分の盗賊団がつぶれたら、うちに来なよ? 歓迎するから!」
……やはり、彼らは身内に対しては優しい連中なのだろう。
だが俺は、先日受けた傷の痛みを忘れていない。
もちろん命を奪うつもりはないが、それなりのお仕置きは考えてある。
そう思いながらも俺はさりげなく、サテュロスの一人に尋ねてみる。
「ところで、団員ってここにいる連中で全員っすか?」
「え? ううん、もう一人いるよ。ただちょっと病気になっちまってさ。それで倒れてんだよ」
「病気、ですか……」
昔のアニメなどでも山賊はよく目にした。
彼らはいつも、主人公にかっこよく倒されるやられ役だと思っていたが、よく考えたら彼らもNPCなんかじゃない。
当然病気になったり、こんな風に酒盛りを楽しんだりするということなのだろう。
そう思いながらも、ここにいる彼らがこの砦の全勢力だとわかって安堵した。
「病気ってどんな感じなんですか?」
「ああ。……まあ、ちょっとした風邪みたいなものだからな。今雪女の奴に看病させてるから、すぐよくなるよ」
「雪女が看病してるんですね。ちなみに彼女たちはどこに?」
だいぶ酒も回ってきたのだろう、その山賊の女性は特に怪しむ様子もなく、砦の南西にある小さな小屋を指さした。
「ほら、あそこだよ。病気をうつさないように隔離しているんだ」
「へえ……。そうだ、じゃあ後でそいつにも食べ物を持ってってやりますよ」
「ああ、ありがとうな」
そういうと、彼女はニコニコと笑ってくれた。
(これで大体知りたいことはわかったな。……よし、仕上げに入るか……)
そう思った俺は、お頭のグラスに酒をどぼどぼと注ぎ、尋ねた。
「お頭。……実は俺、盗賊団の中では一番の酒豪なんですよ。……お頭は酒、強いんですか?」
サテュロス達の特徴として『酒好き』というものがある。
これはアカナメから聞いて知ったものだ。
「あん? ひょっとしてお前、俺と飲み比べでもしようってのか?」
「はい。……というより、ここの団員全員と戦いたいですね。……まあ、無理にとは言わないっすけど……」
そして彼らは負けず嫌いで勝負事が大好きな特徴もある。
その発言に、周囲がにやりと笑った。
「へえ……。面白いじゃん!」
「俺たちと飲み比べってわけか。やってやろうじゃねえ? なあ、お頭!」
「そうだな! お前が勝負を挑んだこと、後悔させてやらあ!」
やっぱりだ。
こんな風に簡単に飲み比べに乗るんなら、楽勝だ。
そう思った俺は、笑ってグラスを掲げた。
……そして1時間が経過した。
「お頭? それに皆さん? もう終わりですか?」
そういいながら俺は酔いつぶれたサテュロスたちに声をかけた。
「く、そ……」
「へへへ……旨い酒だねえ……」
「てめえみたいな若造に……喧嘩ならまだしも、飲み比べて負けるとはな……」
……大丈夫だ、全員前後不覚になって酔いつぶれている。
サテュロスは睡眠時における排尿を我慢できない種族なのだろう。何人かはおもらししてしまっているのを見て、俺は少しあきれた。
(力はお前らには勝てないけど、酒の強さなら楽勝だったな……)
どんな強力なチート能力者が相手でも、必ず1つか2つは『こっちが勝つもの』がある。
視力や聴力、身長や体重、友人の人数やゲームの腕前など、何でもいい。
それを1つでも見つければ、勝機はあるのだ。
サテュロスたちは大柄な見かけによらず、酒の強さは人間目線で見て常識の範疇にとどまる程度だった。
逆に俺は、元の世界にいたころから、異常なほど酒に強く、どんなに飲んでも酔わないタイプだ。
……ある意味ではこれも『ゴミスキル』だったが、こんなところで役に立つというのだから、この世界は面白い。
(おっと、半分以上残ってる。飲みかけはもったいないな……)
俺はお頭が飲みきれなかったワインを代わりに全部飲み干すと、砦の向こうに隠れていたアカナメに声をかけた。
「あ、もう大丈夫ですか~?」
(ああ、早く来てくれ!」
「わっかりました~! アカナメ、ぬらりひょん様のところにすぐ参りま~す!」
バカ、そんな大きい声で叫ぶんじゃない! というか、来るときには声を出すなと合図しただろうが!
「う、なんだ、今の声……妖怪か……?」
(やべえ!)
案の定一瞬サテュロスの一人がそう呻いた。
俺は慌てて彼の耳元で、
「かわいいサテュロスちゃん~? あなたの足はもう限界~? 早く寝ましょう、明日まで~?」
そんな風に即興で作ったでたらめな子守唄を歌った。
先ほどのお頭の発言から、彼らが子守唄に弱いことを知っていたからだ。
「あん? ……まあ……いいか……」
俺のへたくそな歌でも、幸いなことによく寝てくれた。
そんな風にやっていたら、アカナメはすでに俺の近くまで来ていた。
「ご主人様、アカナメ、参り……もがもが!」
バカ! まったく、だから大声を出すなと言ってるだろうが!
そう思いながら、俺はアカナメの口を塞いで注意した。
(いいか、このチャンスを逃したらもう次はないぞ? 絶対に大声を出すな、いいか?)
「んん!」
そうやって彼女はうなづいたので、俺は手を離した。
そして俺は小声で彼女に伝える。
(いいか、俺は今から雪女を助けに行く。その間に、こいつらをロープで縛っておけ)
(はい、任せてください!)
もちろんロープはここに来る前に揃えてある。
元気そうに敬礼するアカナメに少しあきれながら、南西にある小屋に向かった。
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