第5話「強化合宿のスタート」

 今日は待ち遠しかった強化合宿が始まる日だ。そこで強化合宿に参加する術師はみんな車に乗って目的地に向かっている最中だった。そこは埼玉県の山奥に位置しており、その敷地は術式によって結界で覆われているのだ。結果が張られていることによって周囲には我々の姿は見えないように施されていた。なので、どれだけ激しい訓練をしていても、何の問題にもならない算段は整っていたのである。


「ここで今回も強化合宿が行われるんだな? 零介は初めてだよな!」


「はい。もろんです。楽しみで昨日は眠れませんでしたよ」


「そうか? しかし、睡眠は大事だぞ。やはり強化合宿に寝不足で挑むのは無理がある。だから、しっかり睡眠は取った方が良い」


「大丈夫です。車の中で寝ましたから」


「それなら良いんだ」


 そんな風に先輩でもある砂藤粒也が俺を心配してくれた。それには凄く感謝の気持ちでいっぱいになり、これから粒也先輩と強化合宿を共にするのが楽しみになって来る。それに俺はまだ土也先輩の術式を知らなかった。なので、どれだけ彼と連携が取れるのかに関して興味が湧く。


「それじゃあ俺らが泊まる部屋を紹介する。部屋は男女別になっているため、基本的には異性が泊まっているところに立ち寄るのは禁止だ。これが守れないようでは強化合宿を行う際には最初から別々にさせてもらう。それが嫌なら規則は守りなさい」


「さすがに天真先生は規則には厳しいんだよな? そこが天真先生らしいところだ」


「それが当たり前なんだ。俺は教師として注意するように言われているんだよ。だから、守らないと俺が怒られるの。分かってる?」


「問題ないです。肝心の女子はガードが固くてすぐにクレームですからね」


「当たり前じゃん。私たちは遊びに来たんじゃないのよ。それぐらいで文句があるなら、最初から別々にしてもらうのも良かったんだよね?」


(どうやら女子も数人の術師があるみたいだな? やっぱり本格的に始まると見て良いだろう)


 そんなことを思いながらも、俺は自分たちが宿泊する部屋に荷物を運び出す。そこで俺がこの合宿機関で泊まる部屋まで来ると、そこは広いスペースになっていた。今日から一週間はこの場所で他の術師と過ごすことになるのは、少し緊張感が高まって行くような気がしてしょうがない。しかし、強化合宿は年に二回ほど実施されると車の中で聞いていた。なので、合宿にはこれから慣れて行けば良いと内心では思うのである。


「よーし! 荷物を運び終えたら女子と合流だ! いつも言ってるけど、この合宿の目的は飽くまで強化させることにある。そこで成果が出なければ合宿の意味はないと思え!」


(天真先生はかなりやる気だな? それも天真先生が中心になって行われる合宿だって聞いてるから、きっとそのせいもあるんだろう。それにこの合宿では天真先生を相手に交戦する企画もあるみたいだし、俺も役に立たなきゃだ。足を引っ張る訳には行かないんだよな?)


 そんな責任が俺にはあった。それが俺の存在意義を訴えているように思えていた。しかし、俺が一番の目標にしているのは、飽くまで自身の強化だ。それが成せれるだけで天真先生は満足だと言ってくれているので、その通りにすることが俺には重要な意味があると思っていた。この合宿を通して強くなれなきゃ参加した意味がなくなってしまうのだ。だから、俺は合宿に注ぐ意欲は誰にも負けるつもりはなかった。それが精一杯と言う奴なのだろう。そこで俺が天真先生を倒す勢いで臨みたいと思っていた。


「それでは合宿の一日目を始めたい思う。今日の午前はひたすら俺を相手に戦ってもらう。ここは先輩である粒也と美風が中心になって後輩を導け。今日はまだ中学生である零介も参加しているから、彼のことも強化するつもりでいる。そこで君たちが手を抜いたり、足を引っ張るようでは話にならない。だから、心して掛かれ」


(ついに始まるんだな? 午前中は天真先生と交戦になるのか? どんな術式で相手するんだろう?)


 俺にとって天真先生は尊敬対象だ。それも一級術師である以上は倒せない相手が出て来た時には彼を頼るのが適切だと翔子先生からは言われている。しかし、それをなくすための努力は惜しまないことが大事だと窺っているのだった。なので、俺はこの合宿を通して強くなてやるのだとやる気が満ちているのだ。そこで俺に出来ることは全力で尽くしたかった。


「それじゃあ俺と戦う前に注意事項ね? まず俺が君たちを殺すことは絶対にしない。そして君たちの身に怪我をさせるような攻撃もすべて抑えるつもりだ。だから、恐れないで掛かって来な? 良いか?」


(それが保証されるなら、そこまで恐れることはないな? しかし、それでも天真先生を相手するのに油断は禁物だよな?)


 俺は自分に言い聞かせていたことがあった。それはこの交戦で天真先生からの攻撃に加減がされていても、安心し過ぎるのはいけないと言うことだ。それがなければきっと強くなる余地がなくなってしまうのである。だから、ここは天真先生が下す攻撃にも気を配る必要があるのだった。それを注意するのはこの先でも大切になって来るのである。なので、相手の動きは常に警戒するのが必須だ。


「では、構えろ!」


(来るぞ!)


 俺が構えを取ると、周囲にいる先輩たちから放たれる闘志がしみじみと伝わって来る。俺もそれに劣らない闘志で挑むのだった。


「始め!」


「これで決める!」


 そこで先手に出たのは旋条美風先輩だった。いきなり風を発生させて天真先生にそれが直撃する。しかし、天真先生はそれに逆らわずに風が吹いた方向に合わせて後退するのだった。美風先輩の攻撃によって、後退した時の距離が飛躍的に伸びているように見える。美風先輩が繰り出した攻撃は見事に利用されたのだ。


「相手は戦闘能力は一般の術師と比較すると分かる通りだ! 一斉攻撃で畳み掛けるぞ!」


 そこで黒美が自身の影から分身を作り出す。そして分身に斧を持たせると、そこから一気に五人を攻めに向かわせた。残りの三人は以前も言っていた通りになっているなら、本体を隠すためのカモフラージュに活用するのだろう。そんな黒美と一緒に攻めに入ると、そこで炎を拳に武装して攻撃に出た。すると、土也先輩も術式を展開させる。


「行くぜぇぇぇ!」


 その時、粒也先輩が地面の砂を操作して収束することで、鉄と同等の硬さを誇る槍を生成する。それを天真先生に向けて放った。しかし、天真先生は自分に向かって来た砂の槍を巧みな動きで避けると、すぐに黒美が分身に斧を持たせた状態で攻撃を仕掛ける。そこから俺も参戦するが、それでも天真先生の動きはy蹴られてばかりいる。どうやったらそんな身体能力が発揮できるのかが疑問に思えて仕方ないところだった。俺の拳と黒美の一斉攻撃を一気に相手して掠りもしないのは、かなり凄い身体能力と言える。


 そしてそこで到頭美風先輩が後ろから援護するかのようにん風が吹く。それを頼って天真先生の隙を窺うが、それでも体術でいなされてしまうのだった。そこを何とかしようと再び粒也先輩から砂の槍が飛んで来る。突き刺しに行くタイミングはばっちりだったのだが、それを回避する時になって分身が消えるほどの威力を誇った殴打が一気に二人の黒美に繰り出した。そして分身を減らすと同時に俺の拳を受け止めてから、粒也が飛ばした砂の槍を避ける。それも俺が当たらないように絶妙な回避を見せ付けた。


「くそっ⁉︎ 当たらない⁉︎」


「その程度じゃあ当たらないよ。もっと工夫しなきゃ」


「畜生ぉ!」


 すると、そこで黒美が減らされた分身を追加して向かわせて来た。さらに粒也先輩は砂で形成された槍を日本に増やして突き刺しに来る。しかし、それには黒美の分身を盾にすることで砂を固めた槍の攻撃を防いだ。それによって黒美が増やした分身が減って行く。そこから天真先生の動きはさらに過激になって行き、俺が殴りに掛かったところを避けながら、軽く複数に及ぶ光の球体を黒美によって作り出された分身に向けて放った。そして再び砂の槍が飛んで来た時にも同じ攻撃で打ち消す。さらに美風先輩の吹かせた風にも光を放出させて打ち消し合う。


「このままでは君たちの体力が保てないんじゃないの? 早く擦りさせるぐらいの攻撃を仕掛けて来ないと、俺が一気に片付けちゃうよ?」


「それならこれでどうだ!」


「来いよ?」


 そこで粒也先輩が直接砂を撒き散らして来た。それが天真先生の視界を塞ぎに出たのは俺にも分かる。しかし、それでは黒美にも影響が出てしまうが、それを天真先生は放出させた光で振り払った。そして粒也先輩の下まで来ると、そこから何も施されていない拳で通常の打撃攻撃を食らわす。


「ぐばっ⁉︎」


「おいおい。後輩が頑張ってる時に油断するなよ。今度は本気で倒しに行くからね?」


「くっ⁉︎ 簡単には倒させてからないか!」


「だったら、これでどうよ!」


 美風先輩がいつも吹かせている風の威力を増強させて天真先生に放った。それが丁度天真先生が繰り出した殴打の一撃で粒也先輩の身体が離れた瞬間を狙ったと見れる。それを殴りに出た反動で避けられなかったけれど、そこで美風先輩の風が天真先生に直撃した。そしてそこが隙となったところを黒美が即座に攻撃を仕掛ける。それも複数で一斉に斧を振り下ろすに行った。そこはもちろん俺だって見逃すことはしてはいけないと思って殴りに掛かる。


「バーンスマッシュぅぅぅ!」


「いっけぇぇぇ!」


 俺と黒美は絶妙なタイミングを合わせた上で攻撃をする。それが容赦なく天真先生に向けて下されると、それを光の球体を黒美が作った分身の腹部に直撃させて消した。けど、俺の攻撃までは届かないと見たが、それはそうでもなかったのである。


「はぁっ!」


「良いねぇ! その瞬間が堪らないよ! しかし、それでは間に合わない」


「なっ⁉︎」


 その時、天真先生が俺の殴打に対して同じ攻撃で向かって来た。二つの拳がぶつかり合った時には、俺が力負けして後ろに反動が起きる。まさか拳で返すとは俺も予測していなかったことだ。それを真面に食らうことで、すぐに態勢が建て直さなかった。しかし、そこを腹部に向けて放たれた殴打から即座に判断した粒也が攻撃を仕掛ける。そして接近したのを良いことに粒也は目前で砂の槍を使った。それなら当たるかも知れないと思っていたが、それでも天真先生はやはり素晴らしい術師だと褒めたくなるほどの実力に驚くばかりである。


(そろそろ体力に限界が来た。さすが「天真先生には余裕が見られる。それなのに俺らはすでに全員が疲れ切った術師であり、以前よりも身体機能が低下しているように思えた。


「はぉ……はぁ…はぁ……」


「それでお終いかな? これだと昼ご飯は抜きにするか?」


「こんなに空腹でいるのに対して食べさせてくれないのは可笑しいよ」


「それならさっさと掛かって来なさい!」


「こうなったらヤケクソだ!」


 美風先輩が抑えていた魔力をいつも以上に消費した。それが吹かせる風は嵐の如く天真先生を直撃する。そしてそれには進展があった。


「そこだ!」


「ほう? 少しはやるね?」


「うぉぉぉ!」


 美風先輩の吹かせた風が天真先生に直撃することで、彼が隙を作った瞬間を狙って俺の殴打が顔面に打ち込まれる。そしてそこに黒美が斧で一斉攻撃を仕掛けた時になって、天真先生は崩れた態勢から光の球体を黒美にぶつけた。


「ぐはっ⁉︎」


 一気に分身がすべて消えると、黒美が固めていた本体にも光の球体が放たれる。それによって黒美は分身を作り出すのに遅れ、さらにそっちに視線が逸れた瞬間に天真先生が膝で思いっきり俺の腹部を強打した。


「ぶはっ⁉︎」


「あの態勢から一瞬で立て直した!」


「凄い。あの身体能力には敵わないなぁ」


 俺はその場でうずくまった。天真先生の膝蹴りが腹部に向かって強く放たれことで、俺が行動不能に陥ってしまう。激しい痛みに襲われた瞬間に翔子先生が駆け付け、すぐに薬を飲ませてくれた。それは任務の前にいつも怪我やダメージの受けた際に回復させる時のために服用する薬だ。それによって俺の腹部を襲った痛みはなくなり、普通に動けるようになった。


 そしてその間に俺以外の人たちも天真先生によって戦闘不能にされて行く。そこを翔子先生は一人ずつ近い順に回って薬を飲ませるのだった。


「以上を踏まえて俺との交戦は終了。お疲れさん」


「マジで強いぜ。さすがに攻撃が決まった時は上手く行ったと思ったのに」


「これが一級術師か? 伊達じゃない」


(思った以上に攻撃が当たらなかった。それも一斉に攻撃を受けていたのにも関わらず、天真先生はそれを一人で相手した。それだけの余裕があったと言うことだ)


 そうやって俺らは午前中の訓練を終えた。結果は天真先生の圧勝に終わったが、それでも俺たちは全力を尽くしたのだ。それに越したことはない。

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