第52話

 少しくらい抵抗されるほうが、オーロールとしては歯応えがあっていい。それでこそ。解決し甲斐があるミッションなわけで。


「どうしようかねー。私としても、面白そうだから誘ってるだけなんだけどねー」


「誘ってる?」


 またなにか嫌な予感。一歩、ヴィズは後ろに後退。


 磁石のようにオーロールは引き付けられて、逆に一歩前に出る。そしてポケットから取り出したものを指でつまむ。


「これ、なーんだ?」


 目の前でプラプラと揺れるそれ。ヴィズの瞳に光を反射しながら入り込んでくる。


「……小瓶?」


 中になにか折り畳まれた紙のようなものが。なんだろう、だが嫌な予感、というよりかは緊張。それが増していく。


 手渡しながらオーロールは声のトーンを下げた。


「そうなんだけどね。ほら、開けてみなよ」


「……?」


「なんて書いてあるでしょーか?」


 催促されながらもヴィズは小瓶の蓋を開けた。やはり中に入っていたものは紙片。そこには手書きの文字。これは。見たことがある。以前、このホール内でニコルから。あれはたしか——


「……なんだ?」


 重い足取りでイリナが近づく。一体なにごとだろう。背後から覗き見る。小さい字だが、その内容にハッとした。


 くるりと身を翻し、ステージから降りようとするオーロール。


「『雨の歌』『新世界より』『死の舞踏』『詩人の恋』『遺作』ときて。次のお題だよ」


 六曲目。もう、ブランシュもいないのに。ニコルもずっと見ていないのに。それでも終わることなく続いていく未来がヴィズの手に。


「ブラームス、ドヴォルザーク、サン=サーンス、シューマン、ショパン。そして……」


「……」


 イリナも無言でその先の語を待つ。この曲は。夢にまで出るこの曲は。非常に。危険な曲。


「死神に続いてこの曲とはね。決めた人は随分と捻じ曲がっているのかしら」


 たった今さっき弾かれた『死の舞踏』。そして今回は。悪夢をイメージしたその楽曲は。ヴィズも冷めた目で文字を追う。


 それにはオーロールも同感。ヴァイオリンが難しいんだよね。全く、人ごとだと思って。


「伝えておくよん。キミのことも含めてね」


 この美味なる香り。ここに来て。よかったと思わせてくれよ。








NEXTタルティーニ『悪魔のトリル』

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