第50話

「自由に述べても問題はないでしょう? それほどまでにオーロール・カローという人物のヴァイオリンには魅力があるわ。それはあなたにもわかっているはず」


「……ちっ」


 ヴィズから正論で返され、これ以上はイリナも言うこともなく舌打ち。それ以上は聞きたくなかった。情報を自分の中に取り込みたくなかった。


 とはいえ、なにもかもを受け入れられる、というわけでもない。ヴィズは軽くフォローを入れる。


「あなたの言いたいこともわかるわ。信じたくない、信じられないものね。一度彼女の音を聴いたことがあったとはいえ、比較対象があるとより明確」


 一度、とはもちろんブリジットとのショパン。ヴァイオリンでの『遺作』は何度か聴いたことはあったが、その中でもより心の奥深くに突き刺さった。ショパンの『苦味』のような、キラキラしていない、彼のスポットライトの当たらない部分を煮詰めたかのようで。


 ピアノの詩人。その光と影。


「ふむふむ。そんで?」


 褒められている。それはそれでオーロールとしても嬉しい。こういうのはいくらあってもいいものだから。もっともっとちょうだい。しかし。


「それだけよ」


 と、突き放すように冷たくヴィズは言い切った。そう、それだけ。音楽は。クラシックは。それだけじゃない。


 もっと盛大に、それこそ胴上げするくらい祝ってもらってもオーロールとしてはよかったのに。どうもそうではなさそうな雰囲気。


「おーん?」


「表現力ではたしかにあなたのほうが上、と私は感じた。けど、好みとは別。私はブランシュの世界観のほうが『死の舞踏』に合っていると思うわ。あなたのヴァイオリンは。喋りすぎてるのよ」


 両者を聴き比べて、そして出たヴィズの結論。他の人にはどう、とかはどうでもいい。ショパンコンクール的な見方とか、評論家目線とか。そういうのは抜きにして。自分がどう思ったか。

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