第6話 無駄な問答
待てど暮らせど、会議のような何かが終わる気配がまるでない。タイトル画面から今に至るまで、おそらく十時間ぐらい経ってるはずだが、俺の本体は大丈夫なのだろうか? 途中尿意に見舞われて、ゲーム内でトイレに行ったらスッキリしたわけなんだが……。これさ、本体漏らしてない? 本体空腹になってない? めっちゃ不安になってきたんだけど。
「慰安旅行が国内というのは少しばかり、寂しくはないでしょうか?」
「有事の際に駆けつけるためには、仕方のないことだ。私だって、他の国に遊びに行きたい」
「グループをわけて少人数で行くというのはどうでしょうか?」
「現時点でも十分少人数だが、これ以上減らすというのか? そもそも国民並びに兵士は我が国に金を落とせというのが、国王の定める方針だぞ。勅命と言ってもいいだろうな」
人員配置の話どこに行ったんだろうな。そろそろ兵長の頭ぶん殴っても許されるのではないだろうか?
でもこのゲーム、感覚に関してはリアルだから、反撃されたら痛そう。
……冒険しても大丈夫なのか? 魔物に攻撃されたらショック死するのでは?
「一二三殿! 貴殿の案を聞きたい!」
なんか知らんけど、俺に話を振ってきたよ。どんな質問が来るかはわからないが、どうせ俺の答えに大した意味はないんだろうなって。
「なんでしょう?」
「貴殿にとって正義とはなんだろうか?」
……慰安旅行の話はどこにいったんだろう。いや、こっちのほうが答えやすいし、RPG感はあるんだけどさ。
どう答えたもんか……いや、真剣に考えるだけ無駄か。さっさと話進めよ。
「弱き者を守ることですかねぇ」
「むっ? それはつまり、強い者に救済はいらないと言うことか? 確かに優先度で言えば弱者が最優先かもしれんが、正義の意味を問う質問に対する答えとしてそれはどうだろうか? 守るという答えに異を唱えるつもりはないが、庇護対象の力量を天秤にかけるというのはいかがなものだろうか。相手によって出したり引っ込めたりするものを正義と呼べるのだろうか?」
……なんだろうか。このオッさんの物言い、デジャブ感があるんだよな。なんていうか、この世界に来る前から似たようなものに相対してきたような気がする。
「悪をくじくことですかね」
「ふむ? 悪とな? 善悪というのは、どの立場から物を見るかによって変わらないだろうか? 自分と対立する立場の者の思想を悪と断じるのは、いかがなものだろうかと思う。我々にとって虫を踏み潰すことは善でも悪でもないが、虫からすれば大罪人であろう? 虫が人間の居住空間に入り込むのは生きるための行いだが、我々からすれば滞在人であり大罪人、大罪虫であろう? 家畜とペットの違いは一体なんだろうか? なぜ猫を殺すのはダメで、虫は良いのだろうか? 殺める相手が少し大きな生き物になるだけで、蔑まれるのはなぜだろうか? 魔物と人間、あくまでも立場が違うだけであって、我々も魔物に生まれたのであれば人間に牙を背くだろう」
……。
「いわれなき暴力……理不尽から誰かを守ることかと」
「それも視点によるのではないか? 無自覚のうちに人を傷つけることもある。全て白黒つけるというのも難しい話だ。加害者が被害者ぶることなど、人間同士でもままあるぞ? 魔物の進軍に限っても、あやつらからすれば正当な攻撃だ。それをいわれなき暴力だと決めつけてかかるのは、魔物相手でもあっても暴力的な言い分ではないだろうか?」
……あれだ、これはSNSのクソリプおじさんだ。職場のクソ上司だ。
なんでVRゲームの中でまで、クソリプと戦わなきゃいけないんだ。せめて魔物と戦わせてくれ。できればお家に帰してくれ。
逆に質問すればいいのか? このオッさんの考える正義について。
いや、この手の輩に逆質問は無意味だ。俺はよく知っている。
「この質問にはどういう意図が?」
「意図がわからなければ問答もしてくれないというのか? 損得利害が絡まないと、会話の一つもしないのか? 貴殿の人生は仕事なのか? 勇者としての意気込みと解釈すれば立派なものだが、この先必ず弊害が出てくると思われる。人間を代表して戦う以上、人間同士のコミュニケーションは避けて通れないのだからな」
お前……いや、この世界の人間にコミュニケーションうんぬんを語られたくないんだが? お前ら全員、会話できない人じゃん。
「あの、とりあえず王様に会わせていただけませんか? もうかなりの時間、お待たせしているのでは?」
全員打ち首レベルだろ、こんなん。
「大丈夫だ、王との謁見にはまだ五時間ほどある」
は? じゃあ、まだ家にいてもよかったじゃん。ご近所ぞ?
「よいか? 一二三殿。人というのは、一人では生きていけないのだ」
「……そうですね」
安っぽい教師みたいなこと言い出したぞ。どういう話の流れだよ。
「王は偉大だが、国民がいて初めて王なのだ。我々は兵士として優秀だが、仕えるべき主君がいてこそだ。貴殿は勇者だが、魔王がいて初めて勇者なのだ」
……え?
なんかいい話っぽい雰囲気出してるけど、全然良い話じゃなくね? 勇者に存在価値を与えるのは魔王って話?
「あの、いいからとりあえず進みませんか? まだ次の門すら見えないのですが」
「貴殿は少々せっかちすぎる。時には急ぐことも大事だが、時には足を止めることも大事だ。急いては事を仕損じるという言葉もあるであろう? 立ち止まり、思案することも必要になってくるのだ。そう、今がその時だ」
絶対違う。一刻も早く王に会わせてくれ。五時間後とかどうでもいいから、今すぐ会わせてくれ。
「一応確認しますが、次の門をくぐれば王様に会えるんですよね?」
「いや、一旦外に出て、外周沿いに裏側の入口まで行く必要ある。そこから書庫に入り、三つのレバーをおろして階段を出現させる。それを上がった先に鍵があるので回収し、地下にある宝箱を……」
なんだよそのセキュリティ。もう少し利便性と天秤にかけろよ。魔王城でもここまでせんわ。
俺、初めてだよ。王様に会うだけでここまで手間かかるゲーム。っていうかそこまで難解なら、サクサク進めてくれよ。尺稼ぎにも限度ってもんがあるぞ。
「それはさておき、魔族と人間の歴史について今一度語らせていただきたい」
「今一度……。はい、お願いします」
うわー……長くなりそー。っていうかアンタそういうポジションじゃないだろ。
言うまでもないが話は脱線に脱線を重ね、三時間話した挙げ句なんの情報も得られなかった。俺、世界観とか一切理解しないままクリアしそうだわ。いや、クリアまで遊ぶ気はサラサラないんだけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます