第5話 無駄な門
「ようこそお越しくださいました、一二三殿」
一度も戦闘をしていないのに満身創痍の俺を、王様の側近と思われる兵士がお出迎えしてくれた。一見まともそうだが、俺はもう一切期待していない。油断すると意味不明な会話が始まるだろう、どうせ。
「あっ、はい、どうも」
「第一の門を開きますので、少々お待ち下さい」
おー、話が早くて助かる。助かるけど……〝第一の門〟って言った? 今。
「ふんぬぅ! ぬぁぁぁ!」
しかもめっちゃ扉重そう。俺も手伝ったほうが良いのかな? 兵士さん顔真っ赤だし、青筋浮き出てるよ。
「ぬぅぅぅぅぅ! だらぁぁぁ!」
頑張っている人間を嘲笑するのは良くないというのは重々承知しているが、誇り高き兵士とは思えない醜態に笑ってしまいそうだよ。第一の門でこれかぁ……。
おっ、ちょっとだけ開いた。俺の体系なら横向きになればギリ通れるだろうけど、挟まれたら怖いからもう少し待とう。
「さ、さぁ! この隙間を! おくぐりください!」
「え、くぐれって……」
「私が手を離せばすぐに門が閉まります! 私の股の下をくぐってください! さぁさ! 私に構わず!」
いや、俺が構うわ。恥ずかしいし、万が一のことを考えるととても無理だよ。もしものことがあったら、体が真っ二つになっちまうじゃん。
「は、早く! もう長くはもちません!」
それを聞かされたら、なおさらくぐれねぇわ。このVR無駄に高性能だから、挟まれた時にショック死しそうだし。
「俺も手伝いますから、完全に開けましょうよ」
「か、かたじけない!」
お、重い……。左右で分担してるけど、それでも以上に重いぞ。
「こ、これ、右側だけ二人で押すってのは……」
「い、いえ、これは左右両方に……力を加えないと……開きません……!」
なんだよ、この無駄な防犯意識。必要と言えば必要なんだろうけど、利便性をもう少しだけ考慮してほしい。
「い、今です!」
「は、はい!」
駆け込み乗車の要領で、隙間に飛び込んだ。まさに命からがらだ。
ふぅ……なんとか上手くいったけど、一歩間違えたら死んでたな。
「よくぞおいでくださいました! 第二の門に案内いたしますので、私に着いてきてください!」
……まだ門があるってのはわかってたけど、距離あるんだな。またクソ長い廊下を歩くハメになるのか……。
「一二三殿、ずいぶんとお疲れのようですな」
「……わかりますか?」
「失礼ながら、体調管理がなっていないのでは? この先が思いやられますな」
……思うところはあるけど、一旦置いておこう。それより、この先ってのは冒険ということでいいんだよな? 王様のもとにたどり着くまでの話じゃないよな? すんなりと会わせてほしいんだけど。
「ところで一二三殿はチェスを嗜みますかな?」
コイツもチェス狂いかよ! チェスブームすげぇな、おい!
もしかして伏線なのか? ……違うんだろうなぁ。
「アレは一種の戦争シミュレーションと言えるでしょう。いくら戦力が残っていようとも、王を討ち取られればそこで終わりというのがまさしく戦争ですな」
「……女王取られても続くじゃないですか、チェス」
「状況に応じて、駒を大事にしたり、使い捨てにしたりというのも、まさしく戦争ですな。我々も今は大事に扱われていますが、いざとなれば防衛を捨てて突撃させられることもあるでしょう」
……俺は確信している。聞く価値のない浅い話が続くと。
その確信が裏切られることはなかった。
「私は槍術よりも剣術のほうが得意なのですが、この国の兵士は槍を装備することを義務付けられております。剣と比較した製造コストの低さや、盾が不要という合理性などが主な理由ですね。正直心もとないので、剣と盾を身につけたいものです」
「へぇ、大変ですね」
「我が国の兵士は中々の手練れですが、魔物との戦闘経験が不足しているのが弱点ですね。まあ、平和になった後はむしろ対人戦の経験が重要になってくるわけですし、今の訓練方針で間違いはないのでしょうが」
長い廊下を歩くだけでも辛いのに、延々と話しかけてくることにより辛さが倍増している。それなりに中身ある会話っぽいけど、もうどうでもいい。さっさとセーブを済ませて、さっさとゲーム終了することしか頭にないよ。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
廊下の両端に所狭しと並んでいる兵士達が敬礼してくるけど、適当に愛想笑いしておこう。なんで王に謁見するだけで、凱旋みたいな扱い受けんだよ。いや、誉れ高いことなんだろうけども。
「………………」
「………………」
よく見ると、ところどころ居眠りしている兵士が混ざっている。無駄に芸が細かいのが腹立つな。俺としては静かで助かるけど。
「おい! 客人の前だぞ!」
「えっ! あっ、す、すみません! 申し訳ございません!」
……いらないよ、このくだり。そういうことは俺が帰った後でやってくれよ。
あーあ、足止めて説教モードに入っちゃったよ。廊下まっすぐっぽいから、この兵士無視してもいいかな? いや、さっきの門みたいに俺だけじゃ開けられないかもしれないし、待つしかないのか?
「大体お前はだな、普段の訓練もまるで身が入っていないぞ」
「い、いえ! そのようなことは!」
「あるから言っているのだ。私だって今の御時世、説教などはしたくないのだ。私が若い頃は鉄拳制裁が当たり前だったが、今の時代はすぐに越権行為として弾劾されてしまい、非常にやりづらい。そう考えると私の世代は一番割りを食っていると言えるな。若い頃は殴られ、殴る立場になったかと思えば世間が……」
やめてくれよ……。ファンタジーの世界で〝俺の若い頃は〟系の話やめてくれよ。そういうしょうもないしがらみが嫌で仮想空間に逃げるんだろ? ゲームをするんだろ? 嫌な形で現実を見せないでくれよ。っていうか、こっちの世界にもパワハラ的なものがあるんだな。世界観わかんねぇよ。
「お、お言葉ですが、客人の前で叱るのは今の御時世……」
「客人の前で眠りこけていた貴様が言えたことか!」
「ですが私だけでなく隣の兵士も……」
速度超過で捕まったヤツみたいなこと言い出したぞ。いや、気持ちはわかるけど、説教が長引くから口答えしないでほしい。
……所詮ゲームだし、思い切って間に入るか。現実世界の会社だったら、絶対見て見ぬふりするけど。
「あの、一旦私を王様のもとまで案内……」
「客人とはいえ、教育の邪魔をしないでいただけるか?」
「教育とやらは後で……」
「失態はその場で咎めるのが一番です」
頑固だし、食い気味だし、なんなんだよコイツ。どう考えても俺を案内するのが最優先の任務だろ。兵士の教育なんて、こっちからすれば他人事なんだよ。
「大体だな、お前は服装も乱れているし、普段の訓練も手を抜いているし……私が若い頃だったら問答無用で殴られていたな。しかし残念ながら、時代は変わりつつあるのだ。そう考えれば私の世代は一番辛い世代だな。せめてお前が訓練に精を出していれば、私も多少のことは目を瞑るという選択肢を取れたというのに」
おい、この短時間でループに入ろうとするな。なんで上司ってのは、一瞬で終わる話を延々とするんだろう。
「ですが兵長!」
「なんだ? この期に及んで言い訳をする気か?」
兵長なんだ、この人。兵長ってどれぐらい偉いんだろ。兵士の中で一番って解釈でいいのかな? 今のところ大物感はないんだけど。
「この廊下に二百人配置するというのがそもそもミスではないでしょうか? ここに人員を割くのは不合理です」
それはそう。いや、玉座の間が近いから警備を強固なものにするってのはわかるんだけど、限度ってもんがあるだろ?
この世界の魔法がどんなもんか知らんけど、こんな一直線の廊下に人を並べたら、一気に全滅せん?
「その話が今重要なのか?」
「自分の役割が無意味だと感じれば、居眠りの一つや二つくらいはするでしょう」
気持ちはわかるけど、居眠りしていい理由にはならんだろ。長引くから、本当に口答えやめて。
「ふむ……。では人員の配置が適正か否か、ここで議論をしようではないか」
嘘だろ? アンタの後ろには客人がいるんだぞ? 王様待ってんだぞ? っていうか廊下で会議すんの? この人数で?
「では私から、この配置について論じさせていただきます。許可を!」
「うむ。許可する」
「ありがとうございます!」
……一人発言する度にこのやりとりすんのかな? まさか二百人全員分の発言を聞かなきゃいけない感じ?
……昔見た映画を脳内再生してみるか。うろ覚えだから逆にちょうどいいだろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます