第4話 無駄な構造
我が家から城まで徒歩三分もないのだが、この短い区間でさえ無駄だらけだよ。
例えばそこの何もないスペース。子供が追いかけっこをしてるんだけど、動きが異常なんだよ。忍者の訓練ってこんな感じなんかね? 残像見えちゃってるよ。
で、なぜか吟遊詩人が五人いる。この短い区間にだぜ? 最初、五人でユニット組んでるかと思ったわ。さすがに競合相手と近すぎるだろ。
プレイヤーが近くを通るってのがスイッチになってるのか、客もいないのに吟じだしたよ。普通、会話してから吟じるもんじゃないの? 当然内容はまともに聞いてないけど、〝魔王〟って単語が聞こえた気がする。どうでもいいけど。
とりあえず看板をチェックするか。ここの地名とか、王様の名前とかが書いてるかもしれんし。
『橋をわたり堀を超えれば王の城。とても立派で、見上げると首が痛くなるほど大きい城だが、別に王様が巨人なわけではない。城の大きさというのは権力の誇示も兼ねているわけだが、それは人間同士の話である。魔王軍に目をつけられる可能性がイタズラに増えるだけだという説があるが、国力の低さから侵攻する価値が低いので、当分は大丈夫ではないだろうか? 正直、情けない話なので手放しでは喜べないが、国民が安全であることに変わりはないので、そこに関しては喜ぶべきであり……』
よし、読むのをやめよう。っていうか文字が小さすぎて良く見えん。
さてと、兵士に話しかけて城の中に入るか。
「あの、お忙しいところ申し訳ございません。国王陛下にお呼びいただいておりますので、お通しいただけますか?」
「むっ? 国王陛下というのは、我が国の偉大にして尊大な王のことか?」
一人しかいないんだろ? その質問いる? っていうかお前、尊大って悪口じゃないか? そういや母さんも『貴方はこれから王様の長く退屈な話を聞くのですから』みたいなこと言ってたな。実は国民から嫌われてる?
「ええ、偉大な王のことです」
「そうか。疑うわけではないが、一応名前を確認してもいいだろうか? いや、姓名判断をしてやろうだとか、名前の由来について根掘り葉掘り聞こうだとか、そういう意図は一切なく、これは様式美のようなものだ。キミのことは良く知っているので、無駄な質問と言えば無駄な質問ではあるが、一度例外を作るとそれが綻びになり、ひいては国家滅亡まで追い込まれる恐れがある。これは決して大げさな話ではなく、ゴミのポイ捨て一つから……」
「私の名前は……! ……!」
な、なんだ? 面倒くさいから食い気味に名乗って進もうとしたんだけど、例の画面に飛ばされたぞ?
急に時が止まり、手には例のグニャグニャな剣、眼前にはスライド式の文字入力システム。え、名乗る時いちいち入力しなきゃいけないの?
「そう、ひふみ。ひふみだよ、キミは。ところでチェスという遊戯をご存知か? 太古より神々の間で嗜まれてきた盤上の遊戯だ。経緯はわからないが、今では人間界でも嗜まれているわけだが、その最上位プレイヤーが同じ名前だな。まあ単なる偶然だとは思うが、誉れ高いことであるからして……」
「あの、もう通ってもよろしいですか?」
チェスって暇を持て余した神々の遊びだったんだな。っていうかこっちの世界ではチェスのグランドマスターなんだ、一二三さん。俺の世界では将棋の人なんだけど。
えっ、っていうかさ、そんなセリフまで用意されてんの? もしかして相当、高性能なAIを積んでる? 声のサンプル取って自由に喋らせてる感じ?
「ああ、中にいる兵士達には話が通っている。つまり私が通した人間は全て素通りできるというわけだ。おっと、別にセキュリティが脆弱というわけではなく、私への全幅の信頼ありきで……」
「では失礼します!」
このゲームがどこまで作り込んでるか知らんけど、まともに会話してると永遠に終わらないわ。なんか無駄に橋が長いし、所狭しと兵士が並んでるが無視してもいいだろう。色々話しかけてきてる気がするけど、全員一斉に喋ってるから何を言ってるか全くわからんし、無視だ、無視。
「すみません、王様はどちらに……」
誰にも話しかけたくないけど、城が無駄に広いから道を聞かざるをえない。というか時間は大丈夫なのか? ここまでかなりの時間を食ってるはずだけど。
「王様は上の階におわします」
おっ? この兵士はまともか?
「ありがとうございます! そこの階段を上がればよろしいのですか?」
「その階段からも行けますが、直通で行けるのは奥の階段になっております。その階段から行く場合は、一旦上に上がって階段の裏側にまわり、左側……その時の自分の位置から見た左側の扉を開けてください。そこには長い廊下があり、一つ目の曲がり角を曲がらず直進した後に二つ目の曲がり角を曲がってください。二つ目というのは扉を開けた段階から数えて二つ目という意味であり、一つ目の曲がり角から二つ目という意味ではないのでお気をつけください。曲がった先に扉がいくつもありますが、基本的に使用人の部屋ですので入室はお控えいただけると幸いです。そもそも玉座の間以外に貴殿が入ってもいい場所自体存在しないわけですけども」
……?
「えっと、奥の階段からは直通なんですよね?」
「ええ、先程も申し上げましたが、奥の階段から上がればすぐです。しかし、敵襲に備えて階段は途切れ途切れになっておりまして……」
……どういうこと? パルクールみたいな要領登れってこと? 王様の身体能力によっては幽閉されない? ああ、でも遠回りすれば行けるんだっけ?
「とりあえず奥の階段にはどうやっていけば……」
「あちらに見えます噴水広場をそのまま突っ切って、左折してすぐに右折したところに扉が見えます。二番目の扉に入っていただくと、兵士達の休憩所があります。最近兵士の間でチェスが流行っておりますので、貴殿も一局打っていってはいかがでしょうか? チェスというのは一見単純に見えますが、実に奥が深く、知恵を計るための競技とも言われています。これはあくまでも仮説といいますか憶測にすぎないのですが、かつて神々はチェスで序列を決めたのではないかと言われて……」
「すみません、階段への行き方を……」
王様に呼ばれてんだぞ? 悠長にチェスなんて打ってられっかよ。っていうかいっそのこと先導してくれよ。
「王様は文化を重んじていらっしゃいますので、魔族との戦争が激化してからも芸術などの発展に力を入れて……」
「あの、その辺は時間がある時にでも……」
……俺いつになったら冒険に出られるんだろ。
「魔物にも芸術を解する者が存在するらしく、洞窟に魔物が描いたであろうと思われる壁画が残されているケースも存在します。なぜ魔物が描いたと考えられているかと言うと、魔物が崇めている神が……」
「あの、奥の階段……」
あれいないかな、いわゆるメタキャラ的な人。ゲーム終了方法を教えてくれるメタキャラいないかな。もうそろそろやめたいんだけど。もうバイト代いらないから、早く帰らせてほしい。
「芸術によって人種差別が緩和されたという歴史がありまして……」
「そうですか」
「王様は最近腰の調子がよろしくないようで、腰痛改善のための体操を……」
「そうですか」
「最近の研究では塩と気力の関係性が……」
「そうですか」
ダメだ、もはや俺のほうがNPC感あるよ。もう無視して自力で階段を探そう。そのほうが多分早いわ。俺が知ってるゲームなら王様に話しかければセーブができるはずだ。そのシステムであってくれ、頼む。
そう願って、延々と語り続ける兵士を無視して歩みを進める。ウロウロと歩いている兵士や、無駄に曲がりくねった廊下がストレスを加速させるが、それでもめげずに歩き続ける。もう何度も階段を登ったり降りたりしているが、未だにたどり着ける雰囲気がしない。だがそれでもめげない。絶対誰にも道を聞かないと心に決めて、一心不乱に歩き続けた。
玉座の間にたどり着いた頃には、VRの凄さに対する感動などとうに失せていたということは言うまでもないだろう。
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