第3話 無駄な親子団欒
三時間ほど無駄なモノローグを見続けた結果、ようやくゲームが始まった。
黒背景に白文字が延々と流れてくるから、精神おかしくなりそうだったよ。何より内容が意味不明だし。
ああ、ちなみに結局わからなかったよ。九割以上が無駄話だったから、世界観とか全くわからんかった。間にサラッと挟んでくるから、多分見逃しまくってる。っていうか、途中からボーっとしてた。
まだ画面が暗いけど、バグじゃないよな?
「起きなさい、一二三。起きるのです」
女性の声が聞こえる。棒読みなのは素人声優だからだろうか。っていうか名前を呼んでくれるの凄くない? デフォルトネームじゃないんだぞ?
まあ結構前からそういう技術あるけど、ここまで流暢に呼んでくれるの凄いな。
あっ、画面が徐々に明るくなってきた。この寝起きでボヤけてる表現凄いな。悔しいけど天才だわ、先輩。
「あっ、おはようございます」
とりあえず目の前の女性に挨拶をしておいた。めっちゃ美人だけど、この人は母親だろうか? 妙に若いけど、まあ老けさせる理由なんてないもんな。
うーん、個人的に口元のホクロいらないなぁ。結構好きな人いるんだろうけど、あんまりわからん。まあ、ケチつけるところじゃないか。
「聞こえますか? 窓の外でさえずっている鳥の声が。私には鳥言語なんてわかりませんが、気持ちがいいですね。ああ、そういえば最近の学び舎では鳥言語の授業があるそうですね。一二三は学んだのかしら? いえ、そのような話をしている場合じゃありませんね。早くベッドから降りなさいな。今日は王様から直々にお呼び出しを受けているでしょう? いいですか? 時間というのは有限であり、貴重なのです。さらに言うなら、その人間の存在価値によって重要度が変わるものです。多忙な王様の時間の価値は、我々庶民と比較することもおこがましいほど貴重であり……」
うぜぇ! 登場人物さえこの調子なのかよ! せめてモノローグだけにしてくれ!
「起きる起きる、起きるからそこをどいて……」
「今は私が話している最中でしょう? 貴方はこれから王様の長く退屈な話を聞くのですから、私の要点をかいつまんだ短い話ぐらい最後まで聞きなさい。そもそも貴方という人は昔からそそっかしく、人様の話を無駄話と断じて……」
……このゲーム、どうやって終わるんだろう。もうやめてよくない? 無駄が多いということを先輩に伝えたほうが良いと思う。まあ無駄だろうけどさ。
「貴方の父も戦士としては優秀ですが、人の話を聞かないという点では……」
そういやタイトル画面にゲーム終了がなかったよな。オプションから派生するのかな? それとも特殊な操作?
「ああ、彼は今頃どこで何をしているのでしょう。魔王を倒しに行くと言ったきり、
そういやタイトル画面で持ってた剣がないな。まあ寝る時まで帯刀しないか。
「魔王軍の侵攻が落ち着いた今でこそ朝食を取れていますが、私が若い頃は朝食というものがなくてですね……」
俺って魔法とか使えんのかな? それにしても母親美人だなぁ。設定上は当然血が繋がっているんだろうけど、プレイヤーにとってはしったこっちゃないもんな。この人とのルートあんのかな? まあ中身がこれだから、欲情するの難しそうだけど。
……中身はさておき、いい乳してるな。
「朝食を取る文化ができてから、生産率が向上したと言われています。食事の中で最も重要だそうですね。その根拠は私にはよくわかりませんが……」
それにしても布団の感触もしっかりあるんだよな、このゲーム。VRってここまで技術発達してんだなぁ。
「聞いてるのですか? 一二三?」
「え? ああ、はいっ!」
「必要であればもう一度説明しましょうか?」
え? 説明? なんか説明してたっけ?
とりあえず首を横に振っておこう。こんな聞く価値のないトーク、絶対にリピートしたくない。
「じゃあ早く着替えなさい」
「あっ、はい……。えっと、服はどこに……」
「靴はベッドの下、靴下は一階で干してあります。ズボンはそちらのクローゼット、上着はリビングにあります。帽子は天井裏で、手袋は脱衣所にあります」
なんでバラバラに置いてんだよ。っていうかリビングとかクローゼットって単語が存在する世界なんだな。いや、まあそういうのは言い出したらキリがないし、タブーなんだろうけどさ。
で、なんで帽子を天井裏に置いてんだよ。脱衣所に手袋置いてる意味もわからん。
「天井裏にはどう行けば……」
天井から階段を下ろすタイプか? ああいうのって事故りそうで怖いよな。
「一度、二階の窓から外に出て、家の裏側にあるドアから入ると、下に続く階段があります。その先にあるドアを開けば天井裏に行く階段があります」
……なんて?
「じゃあ私は朝食の準備をしますから、早く準備をなさい。たった一秒であろうと、王様を待たせてはいけませんよ」
じゃあ無駄話すんなよ。っていうか結局天井裏どうやって行けばいいの?
……帽子なんかなくてもいっか。どうせすぐに兜とか買うだろ? RPGだし。
防御力ゼロかぁ、この帽子。デザインも無骨っていうか、もはや水泳キャップなんだよなぁ。こんなの装備して王様に謁見したくないんだが?
え? 結局帽子を取りに行ったのかって? 最初はスルーしたんだけど、装備揃えるまでイベントが進まない空気を感じたんだよ。勿論、長々と意味不明な話を聞かされたよ。内容は全然覚えてないけど。
「このフォークと呼ばれる食器は、とある魔物の武器をヒントに作られたと言われています。その魔物は常に舌を出しており、そこから食事が連想されたという説があってですね……」
世界観的には中世寄りなんかね? 屋根裏に行くときに窓から外に出たけど、どことなく古めかしい建物が多かったよ。
「フォークが普及するまで、長い年月がかかったそうです。魔物の武器というイメージの悪さもさることながら、食べ物を刺すという行為に対しての批判が多かったとかなんとか。今となっては普通の行為ですが、当時は食への冒涜だという意見が……」
それにしてもVRってのは凄いな。咀嚼や嚥下の感覚は勿論、味までしっかりと感じるぞ。脳が誤認することで、味が再現されているのだろうか? 食べる人によって個人差が凄そうだな。
「殺傷能力の低さから、拷問用に使われることもあるらしいですよ」
さてと……さっさと水で流し込んで、王様のところに行くか。もうこれ以上母親の話を聞きたくないし。
「そろそろ行ってきます、母さん」
「ええ、くれぐれも気をつけて行くのですよ。いいですか? 歩く時は右足と左足を交互に出すのですよ?」
本当に無駄しかねえな、会話に。
「そこのドア……こちらから見たら出口のドアを開ければ外に出られます。中に入る時は入口になります。これは決して哲学的な話ではなく、坂と同じ原理です。坂というものは登る時に登り坂となり、下るときに下り坂になります。少し考えればわかることですが、普段は意識していないでしょう? もしこれを理解しないまま外に出てしまっては、ドアを出口専用だとか入口専用だとか固定観念を……」
「わかりました、わかりましたから。行ってきます!」
ラチがあかないので強引に話を打ち切り、家の外に飛び出した。
あれ、そういえば王様のところには何時につけばいいんだ? っていうか今何時なんだ? 時間の経過はリアルと連動しているのか? ほら、ゲームによっては一秒で一分経過したりするじゃん? っていうかステータス画面とかオプションって、どうやって開くんだ? 先輩は困ったらヘルプを見ろと言ってたが、どうやって見ればいいんだ?
「いいですか? 王様の城は、この道をまっすぐ行って、看板があるところを左に曲がればあります。看板というのは木製の立て札で、そこには様々な文字が書かれています。その文字は決してランダムではなく、状況に合わせた……」
うわっ、母親が家の外まで来やがった。いいから家の中にこもってろよ。RPGの母親なんて、冒険開始したらもう会うことないだろ? ……会うんだろうなぁ、この世界の母親だし。
「うん、ありがとう。ここからでもお城が見えてるから、大丈夫だよ」
「それならいいのですが、私は不安なのです。必要であれば近くまでついていきましょうか? 街の外は魔物が跋扈しているので同行することができませんが、街の中であれば基本的に危険はないので大丈夫です。ええ、勿論人間同士のいざこざがありますから、絶対に安全という保証はありません。むしろ、魔王軍が侵攻する前は人間同士の争いが絶えなかったと……」
「ありがとう! 一人で行くから! じゃあ! お元気で!」
ところどころ重要そうな話が混じってるんだけど、無駄が多すぎて話を聞く気になれないんだよなぁ。っていうか声優さんも大変だろ、このセリフ量は。
「一二三は少々、冷たくありませんか? 私は女手一つで、貴方を立派な男の子に育ててきたつもりです。それに対して見返りを求めるつもりはありませんが、せめてもう少し人間味を見せてもいいのでは? ええ、男の子はいつか旅に出るものだというのは重々承知していますが、覚悟していても辛いものは辛いのです。今生の別れではないにしても、旅立ちの前に母親を抱きしめるぐらいのアクションをしてもバチは当たらないと思いますよ?」
……王様のところに行くだけだよな? いや、多分魔王討伐に行けとか無茶振りされるんだろうけど、それって現時点で決まってないんだよな? 母親はRPGの世界だと認識してないわけだし、普通は一旦家に帰ってくると認識するのが……。
いかんいかん、俺まで思考がしつこくなってきたぞ。先輩のクソテキストに感化されることは、看過できんぞ。
「さぁ、早く。この体勢は中々腕が疲れるのですよ? 母親相手に焦らしプレイとは中々高度なことをしますね。立派な男に育てたと言いましたが、そういう意味ではありませんよ? 貴方の父親もそっちの意味で立派でしたね。男の剣に関してはさほど立派ではありませんでしたが」
……え、ガチで抱きつくん? ゲームのキャラとはいえ、緊張するんだが? だって今までのことを考えると、抱きしめた感触とか匂いも感じるだろ? 設定上は血縁関係があるんだろうけど、俺にとっては赤の他人、一般女性なわけであって……。
っていうか今、さりげなく下ネタ言わんかった? 声優さん可愛そうだから、そういう安っぽい下ネタやめてあげて。
とりあえず大人しく抱きしめた。想像通り、感触と匂いがあったよ。悲しいことに現実世界で女性を抱きしめたことがないから、どこまでの再現度かはわからんけど、気持ちよかったよ。柔らかくて良い匂いだった。世界観的に臭くてもおかしくない気がするけど、まあ良い匂いに越したことはないだろ。
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