第5話 パンドラの箱
我が校のサッカー部についてだが、あえて表現するのであれば、お調子者が集まる大学のサークル的な部活である。
勝ち負けよりもみんなで和気藹々とすることを目的としており、辛い練習などは一切行わず、いつもグラウンドには笑い声が飛び交う。
そんな緩いノリを求めてか、毎年多くの入部希望者が殺到しており、学校内でもそれなりの地位を確立させている。弱いわりに女子マネージャーが2人もいるのがその証左であろう。
絶対あいつら部内の男と付き合ってんだろ。
おっと、若干やっかみみたいになってしまったが、そんなことはどうでもよくて。
とりあえずグラウンドまでやって来た俺たちは、サッカー部の会計担当であるサブカルの聖地っぽい名前の
「何の用? こっちは練習で忙しいんだけど」
ほほう、そのお遊びみたいなミニゲームが練習のうちに入ると? それが練習と言うのであれば、野球部のやってるあれは修行か何かですかな?
あとそのヘアバンド、絶望的に似合ってないですよ!
俺が心の中でそんなことを思っていたのはさておき、水戸瀬が持ってきた書類を下木田に渡した。
「先日提出された収支報告書についてですが、添付資料が不足しておりましたので、ご準備頂いた上で、再度提出をお願いいたします」
水戸瀬はご丁寧に、足りていない領収書の項目に付箋を貼り付け、別途メモまで記している。これであれば、返却された方も何をすべきなのか一目瞭然であり、素直に従うはず。
だが、メモに目を通した下木田が言い放った一言は俺たちが予期せぬものだった。
「何かと思えば、レガースを購入した時の領収書が1枚足りてないだけじゃん。こんなのそっちで上手いこと処理しといてよ。じゃ、よろしく〜」
そう言って、下木田はその場で紙を手放し、グラウンドへと引き返していく。
ヒラヒラと舞いながら地面に落ちた収支報告書。それを急いで拾った水戸瀬は「ちょっと待ってください!」と下木田を追いかけ、前に立った。
「困ります! 規則ですので、ちゃんと書類は全て揃えて頂かないと!」
水戸瀬に怒られても、下木田はどこ吹く風だ。しまいには小指で耳の中を掻き始める。
「あのさぁ、領収書の1枚や2枚足りないなんて普通にあることっしょ? その辺、理解してくれると助かるんだけど」
「けど、規則ですので……」
同じことを何度も言われて鬱陶しかったのか、下木田はわざとらしく大きな舌打ちをして水戸瀬を威嚇する。
「今年の監査委員は融通が利かなくて困るなぁ。前任者はこんなことでいちいち言ってこなかったけど?」
相手が3年生ということもあり、さすがに萎縮する水戸瀬。
これ以上は1人にしておくことはできないと判断した俺は水戸瀬の隣に立つ。
「すみません、忙しいのは重々承知しているのですが、こっちも顧問から言われてやってることですので、何とかご協力頂けないですかね?」
下木田の視線が俺に移った。
下から出たということもあり、いくらか表情は柔らかくなっていた。
「……まぁ、探すくらいならやってもいいけど」
「ありがとうございます」
即座に頭を下げた俺を見て、下木田は「めんどくせ」と吐き捨てながら、グラウンドとは反対方向へと向かっていく。
どうやら、部室の中を探してくれる気になったらしい。やれやれ……。
頭を上げた俺に、水戸瀬はか細い声で言った。
「ごめんね、芹沢くん。フォローしてもらって」
「気にすんな。それよりも……」
問題はこの後だ。俺の予想が正しければ、領収書はきっと出てこない――
サッカー部の部室の前で待機してから、5分くらいが経った頃。
下木田は手ぶらで部室から出て来た。
「探したけどねぇわ。きっとゴミと一緒に捨てちまったんだな」
案の定、下木田はそんなことを言っている。嘘か誠か。どちらにしても納得できないため、さすがに水戸瀬が食い下がる。
「探したって、ほんの5分程度じゃないですか。もうちょっと真剣に探してください」
「はあ? めっちゃ真剣に探したんですけど? 言いがかりはやめてもらっていいですかね?」
まったく聞く耳を持たない下木田。
水戸瀬の顔は呆れているように見える。
「じゃあ、絶対に部室に無いって言い切れるんですね?」
「ああ。無いものは無いね」
「分かりました。では、部室の中を見せてください」
「……は?」
下木田が驚くと同時に、俺も驚く。
水戸瀬さん、マジで言ってるんですか……?
「無いという確証があるなら、見せられるはずです。構わないですよね?」
立て続けに詰問され、下木田は歯噛みする。
「……部長に許可取ってくるから待ってろ」
遠ざかっていく下木田を視認しながら、俺は水戸瀬に言った。
「一応確認だけど、男子の部室だぞ? 少しは抵抗ないのかよ」
「あるに決まってるよ。出来れば私だって入りたくないけど、ここまで来たら自分たちの目で確認するしかないじゃん」
年頃の女子が、汗と泥の臭いが充満した男子の部室に入るというのだ。思うところの1つや2つはあるだろう。だが、その思いを押し殺してでも自ら確認するというのだから、水戸瀬の意思は固いと言える。
「左様ですか」
とりあえず今日は帰りが遅くなりそうなので、美耶にその旨を伝えておこう――
サッカー部の部長である
無駄に長い襟足が特徴のそいつは、俺たちの前に現れてこう言った。
「話は下木田から聞いた。今回はこちらの不手際のようだから、練習が終わった後でもいいなら、部室の中を好きなように調べてくれて構わないよ」
その言葉を受け、俺たちは時間を置いてからもう一度サッカー部の部室前へとやって来た。既に午後6時を回っており、気付けば朱を含んだ紫陽花の夕空が街の上に広がっていた。用のない部員はさっさと帰り、今この場に残っているのは会計監査委員会である俺と水戸瀬、そしてサッカー部の勅使河原部長と下木田の4名だけである。
「では、そろそろ初めてもよろしいですか?」
水戸瀬の問いかけに、勅使河原が頷く。
「OK。俺たちは外で自主練してっから、終わったら声でもかけてくれ」
あ、手伝ってくれるわけじゃないんですね……。
まぁ、期待していたわけじゃないからいいんですけども。
許可を得たところで、俺たちはサッカー部の部室へと足を踏み入れる。
初めて入るサッカー部の部室は何というか想像通りだった。コンクリートの打ちっぱなしの室内は、入り口をコの字で囲むようにベンチが配置されており、その上には部員たちの練習着がぐちゃぐちゃに放り付けられている。また入ってすぐ左の棚は備品や雑誌、ユニフォームなどで溢れかえっており、下を向けば床はゴミだらけ。全体的に清潔感の欠片もなく、一体最後に掃除したのはいつなのか問いただしたいレベルで悲惨な状態である。
水戸瀬の顔も目に見えて引き攣る。
「こ、これは中々だね……」
「今ならまだ引き返せるが?」
「ううん。さ、やるよ!」
水戸瀬は腕まくりをして、躊躇することなく棚を漁り始める。
すげぇな、こいつ。まるで迷いがない。
だが水戸瀬よ。男子の部屋を漁るということがどういうことか、君は正しく理解しているか。
しばらくガサゴソしていると――
「……ねぇ、ちょっと芹沢くん」
「なんだ」
「こういうのって、見つけたらどう反応すればいいのかな……」
さっそく出てきたか……。
水戸瀬は恥ずかしそうに一冊の本を手渡してきた。正確には、大人のお姉さんが水着でポーズを取っているあれである。
「まぁ、見なかったことにしてやるのが正解だな」
健全な男子高校生たるもの、エロの1つや2つは許容すべきだ。自分を正当化するわけではないが、俺はそう思う!
そんでもって何を思ったか、水戸瀬はそのエロ本をペラペラとめくり始める。
「すごいおっぱい……これってやっぱり詰め物なのかな?」
真面目な顔で何言ってんだお前……あと俺に聞いて分かるわけないだろ。
「さぁ……天然なんじゃないか?」
「どうなんだろうね。まぁどっちでもいいんだけどさ」
だったら聞くなよ……と切に思う。
水戸瀬はエロ本を仕舞い、捜索を再開。
すると今度は、小さな長方形の缶に目が行く。
「これなんだろ?」
振ると、中でカタカタと音が鳴った。どうやら空缶ではないようだが、何となく開けない方がいいと俺の直感が囁いていた。
「やめとけ。絶対碌なもん入ってねえぞ……」
「大丈夫だよ。パンドラの箱じゃあるまいし」
パカっと開けた箱の中身。
それは、十代の少年少女にとっては非常に大事な物であり、絶対に欠かすことができないもの。
まどろっこしい言い方になってすまない。
え〜、つまり何が入っていたかというとだな、びっくり中身は大量のコンドームでした!
「…………」
水戸瀬は数秒フリーズした後、黙って箱を閉じた。
だからあれほど言ったのに……。
「ねぇ、芹沢くん。もしかしてこの部屋って……」
「何もいうな。それがお前のためだ」
「分かった……」
俺たちの間に気まずい空気が流れる。
だけど、これだけはどうしても言わせてくれ。
おい、サッカー部‼︎
やるなら校外でやれ、バカ‼︎
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